第36話 何がペンギンだよ、飛ぶんじゃねえ

 厄介なことになったと、【鉄十字ペンギン同盟】のクランリーダーは思った。


 【トリニティ】の本拠地から離れた林の中に身を隠し、クランメイトたちの報告を受け取りながら、クランリーダーはこの数日で何度目になるかもわからないため息を吐いた。


 ことの起こりは1週間前、【氷獄狼フェンリル】から共同作戦に参加して領地を奪い取らないかという誘いからだった。

 【氷獄狼】はクランメンバーのモラルに問題があることで知られているが、そのリーダー格のヘドバンマニアや血髑髏ちどくろスカルは(名前とは裏腹に)物腰も比較的穏やかで信用できる人物だ。【トリニティ】のエリアは切り取り放題、占領した後は互いに干渉することはないという約束で、【鉄十字ペンギン同盟】はその誘いに乗った。


 そして4日前、【鉄十字ペンギン同盟】はキザキ雪原の占領に成功した。念願の新たなゲレンデを得て、大はしゃぎのペンギンたちがその日は夜通しナイトスキーとしゃれこんだのは記憶に新しい。


 しかしその次の日、【氷獄狼】から【トリニティ】の再侵攻に備えての援軍という名目でアッシュという男がやってきた。これが非常に粗暴なうえに腕だけはやたら立つプレイヤーで、【鉄十字ペンギン同盟】のペンギンたちを脅し付けて自分の立てた対【トリニティ】迎撃作戦に従わせようとしてきたのである。


 当然ペンギンたちは反発したが、多少なりとも腕に覚えがあったプレイヤーたちはアッシュに蹴散らされてしまい、軍の支配権を完全に掌握されてしまった。クランリーダーの彼も、今は【トリニティ】本拠地を強襲する攻撃部隊に組み入れられて、すっかり顎で使われてしまっている。



 ああ、本当に厄介なことになった。

 自分たちはただのスキーを愛する、平和なペンギンだというのに。



「リーダー、秘匿通信です。“セイウチは巣にこもった”」


「……時間か。わかった、行こう」



 どうやらアッシュの描いた絵図通りに作戦は進んでいるらしい。

 暗号の意味するところは、“強力な索敵能力を持つ機体を釣り出すことに成功した。本拠地を強襲せよ”。


 ペンギンリーダーはシュバリエの雪原用脚パーツ“ブースタースキーレッグ”の具合を確かめてから、配下のペンギンたちに号令を下す。



「聞け、愛するペンギンたちよ! 我々の聖地たるこのキザキ雪原に、【トリニティ】の魔の手が迫っている! 今こそ侵略者たちを討ち果たし、我々スキーとスノボを愛する者たちの楽園を守り抜こうではないか!」


「「「「「「クカカカカカカカカカカカカ!!!!!!」」」」」」」



 ペンギンリーダーの勇ましい号令に、ペンギンたちが喉を鳴らして唱和する。



「いざ、アサルトスキー部隊! 出撃!!」


「クカーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」



 ペンギンシュバリエたちの足パーツの背後からバーニアが噴出し、雪煙を巻き上げる。凄まじい加速性能と共に、雪原を疾走するペンギンたち。

 そう、彼らが装備する“ブースタースキーレッグ”はスキー板に強力なバーニアを取り付けた雪原専用の高機動脚パーツである。今、100騎のスキーペンギンたちが悪しき侵略者である【トリニティ】本拠地に向かって進撃を開始した。


 重装備のタンクタイプの機動力をスキーレッグで補った彼らは、雪原戦ならではの占領のスペシャリスト。本気を出した彼らの強襲を防ぎ切られたことは1度としてない。今回もまた、【鉄十字ペンギン同盟】に輝かしい勝利をもたらすことであろう。勝利への確信を胸に、ペンギンたちは雪上を往く!



 ところで、先に侵略したのお前らやぞ。




※※※※※※




『騎士様、どうします!? このままだとシロさんと本拠地が!』


「どうしますと言ってもな……」



 目の前には続々とアッシュに合流してくるペンギン兵。

 後方に逃がしたシロは敵の別動隊に包囲され、本拠地は敵の奇襲を受けている。


 まずこのままアッシュやペンギン兵と戦い続けるのは論外。アッシュだけでも相当手ごわい相手だが、さらにタンクやガンナータイプの敵に狙われるときつい。

 だからいったんは退いて、シロか本拠地どちらかの救援に駆け付けるのが戦術的には正しい。



「いいんですよ、シャインさん。私たちのことは見捨ててくださいな」



 その判断を後押しするように、ホログラムの向こうのシロが気丈に微笑む。



「私たちはどうせ負けてもリスポーンして本拠地に戻れますから。構わずに本拠地に戻って、ペンデュラム様を助けてあげてください」


『騎士様、シロさんのお言葉に甘えましょう。どのみち、シロさんを助けに行ったところで救出するのは難しいです。アッシュやペンギンの人たちとの挟み撃ちになっちゃいますよ。そうなればシロさんを助けるどころじゃありません』



 ディミの意見は冷徹だが、合理的な判断といえる。



「へっへっへ、どうするよぉシャイン? お仲間と本拠地、どっちを見殺しにするんだぁ? まあどっちにしても、お前はここで俺に負けるがよぉ!!」



 判断に迷うスノウの姿を眺めつつ、アッシュは舌なめずりせんばかりに煽る。

 アッシュとしてはスノウがどちらを選ぼうが構わない。


 まあ十中八九本拠地に戻る方を選ぶのだろうが、その場合は逃げる背中にガンガン追撃を繰り出して墜としつつ、見捨てられた仲間の悲鳴を聞かせてやる。仲間を選んだとしても、待っているのはアッシュとペンギンたちによる挟み撃ちと、本拠地の陥落という苦い敗北だ。


 完璧だとアッシュはほくそ笑む。

 3日間かけて作った罠だ、たっぷりと敗北と屈辱に打ち震えてもらわなければ困る。



 一方、スノウはこの期に及んでまだ苦悩しているようだ。

 通信をつないできているペンデュラムに確認する。



「……ペンデュラム、そっちは守り切れそうにないの? 総大将が守りを固めているんだから、そうそう落とされはしないでしょ?」


「確かにそれはそうだが……あっちは精鋭のタンクタイプにスキー脚を履かせて、高速で襲ってきている! クランリーダー率いる最精鋭の占領部隊だ! このままではコスト差で押し切られかねん! できれば戻ってきてほしい……!」



 ペンデュラムは苦い顔で厳しい戦況を訴える。


 本拠地の占領判定には、本拠地にいる機体の合計コストが大きく関係する。

 防衛側の機体の合計コストよりも攻撃側の機体の合計コストが上回っている場合には防衛ゲージが下がっていく。防衛ゲージがゼロになると本拠地が陥落し、敗北してしまう仕組みだ。


 今回の場合、ペンギンリーダー率いるアサルトスキー部隊はコストが大きいタンクタイプを多数組み込んでいる。さらに総大将であるペンギンリーダーには指揮官コストが加算されており、攻撃に参加するだけで【トリニティ】の防衛ゲージを大きく減らすことができるのだ。


 雪原での塹壕戦のために攻撃部隊を出撃させていた【トリニティ】の裏をかいた、巧みな戦術であった。このままでは【トリニティ】側の敗北は免れない。


 そして、それを聞いたスノウはニヤリと笑った。



「なーんだ。なら何も迷うことはないじゃん。


「なんだと?」


「ペンデュラム、キミともあろうものがオタオタするなよ。ボクと共に覇道を往くんだろ? もっとどっしり構えなよ、キミの自慢の武器を活かすときだ」


「どっしり構えて、俺の自慢の武器を……」



 オウム返しに呟いたペンデュラムは、はっとした表情になった。



「そうか……了解した! こちらは任せてくれ」


「そうそう! 頼んだよ、ペンデュラム!」


「ああ、互いにベストを尽くそう!」



 親指を立て合い、お互いに頷き合う。

 通信傍受を警戒してあえて言葉少ないやりとりにしたが、ペンデュラムは期待通りこちらの意図を察してくれたようだ。そこには言葉は少なくとも、完全に相手を理解し合う者特有の信頼があった。

 頼れる戦友への信頼で胸が温かくなるのを感じながら、スノウは通信相手をアッシュに切り替える。



「待たせたね。まさかチンパンジーにも戦術なんて高等な思考ができるとは思わなくて、ちょっとびっくりしちゃったよ。今動物園にこういうチンパンジー見つけたんですけどいりませんかってメール送ってたところなんだ」


「ぬかせやクソガキ! ここがテメエの墓場だッッ!! 殺れええッッッ!!」



 長距離ビームライフルを発射するアッシュに続き、集まってきたペンギン兵たちが一斉にシャインへと手持ちの武器をぶっ放す。アサルトライフルにガトリングガン、ロケット弾、バズーカ砲、マルチミサイル、さまざまな武器が雪原の空を彩った。


 それらが織りなす弾幕を背に、シャインは全力で後退を開始。

 銀翼に宿る白い光が輝きを増し、一見するとデタラメとしか言いようのないぐにゃぐにゃとした軌跡を描きながら飛翔する。その機動に騙された一部のミサイル系兵器があらぬ方向に逸れ、背中を狙うビームライフルがロックを外される。



「だ、駄目ですアッシュさん! あんな滅茶苦茶な機動をされちゃ、ロックオンしてもすぐ解除されてしまって……」


「アホどもがッ、何してんだッ!? エイムアシスト使わずに狙えやっ!!」


「む、無茶を言わないでください!! マッハ0.5出てるじゃないですかアレ! あんな標的に手動で当てられるわけないでしょッ!?」


「ノーコンどもがっ!!」



 プログラムの補助がなければ満足に狙いも付けられない未熟なプレイヤーに舌打ちしながら、アッシュは全速力でタイヤを転がしつつ、シャインの背中を狙う。

 スノータイヤで物理的に雪原を滑走しながらの照準はブレにブレるが、それでもアッシュの手動による狙撃は、シャインの銀翼スレスレをかすめた。


 アッシュが歯噛みして、クソがっと吐き捨てる。



「やっぱ地上を走ってちゃ当たらねえか……! 飛べッ! ブラックハウル!!」



 真っ黒な巨大なバイクを思わせるアッシュのシュバリエ“ブラックハウル”の四気筒エンジンが唸りを上げ、格納されていた漆黒の銀翼を展開させる。猛り狂うエンジン音はその名の通り、狩りの興奮に咆哮を上げる魔狼を思わせた。



「シャイイイイイイイイイイイイイイインッッ!!! テメエは俺が墜とすんだッッッ!!! 逃げられると思うなよッッッッ!!!」



 背後から高速で追尾するブラックハウルの機影を背面カメラでとらえたスノウは、まなじりを吊り上げて微笑む。



「アハッ♪ やっぱり追いかけてくるんだね、キミ! さっきのビームライフルの狙いもよかったよ。いいぞ、予想外だ! ボクを殺しにこいッ!!」


「やらいでかよぉッッッ!!! 喉笛噛み千切ってやる、逃げんじゃねぇッ!!」



 その様は迷いの森の中、魔狼に追いかけられる麗しの姫君のごとく。

 しかし本当に狩り立てられているのはどちらなのか?



「み、みんな! アッシュさんが飛び出した! 遅れるなッ!!」



 猛追撃するブラックハウルに遅れまいと、ペンギンシュバリエたちが次々に飛翔してその後を追う。

 姫君、魔狼、ペンギンが矢のごとき速度で雪原の上空を飛ぶ。


 その先頭に立つスノウが、操縦桿を握る手をぶるぶると震わせた。

 恐怖ではない。

 今すぐ振り返って、とびっきりの獲物を狩り殺したい衝動を抑え付けていた。



「ああ……戦いたい! 今すぐ撃墜したい! でも、だめだ……まだだ、まだ早い……焦るな、焦るなよ。戦いには一番いいタイミングってものがある……」



 目を見開き、熱っぽく荒い息を吐き、ぶつぶつと呟きながら超高速で飛行するスノウ。控えめに言ってガンギまっていた。

 アドレナリンがドバドバ出てるパートナーにヒきながらも、ディミは声をかける。



『騎士様、どうなさるおつもりです? この方角、本拠地とは違いますが……。まさかシロさんを助けにいかれるおつもりで?』


「そうだよ。本拠地はペンデュラムに任せる。なーに、あんなにでっかい大楯持ってるくらいだし、守りはなんとかしてくれるだろ」


『なんとかって……。言っちゃなんですが、シロさんの戦術的価値は今ほぼゼロですよ。本拠地をおいてまで助けに行く意味なんてあるんですか?』


「何言ってんのさ、大アリだよ」



 やや冷静さを取り戻したスノウは、にっこりと笑う。



「この戦いのカギは彼女が握ってる。さあ、いたいけな赤ずきんちゃんでも悪いオオカミを退治できるってところを見せてやろうじゃないか」


『何を図々しい。貴方の役どころは赤ずきんどころか魔女でしょう』



 ディミに突っ込まれたスノウは、きょとんとした顔になってからクスッと笑った。


「そりゃいいや。じゃあオオカミの腹の中に毒リンゴをばら撒いてやろう」



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クマやらオオカミやらペンギンやら、敵が動物ばっかじゃねえか!

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