第34話 いきなり!借金生活

 ハンガーで新たな換装を迎えたシャインの乗り心地を試していたスノウが、突然ぶるっと震えた。



「あ、ごめん……ちょっとトイレに」


「おう、行ってこい」



 スノウの瞳が閉じられ、頭の上に“離席中AFK”の表示が出る。

 トイレに行くためにはいったんVRポッドから出なくてはならない。このとき外部からは起きているのか寝落ちしているのか、お花摘みに行っているのか判断できないので、離席モードにしてからトイレに行くのが普通だ。

 離席モードになっている間は、そのプレイヤーはあらゆる行動の干渉を受けない。


 バーニーはクッキーが満載のボウルを取り出すと、中身をわしづかみにして退屈そうにボリボリとかじり始めた。

 そんな眼下のバーニーの様子を、ディミはコクピットシートから横目で伺う。



『(………………)』



 こっそりと“鑑定”モードを発動し、バーニーのステータスを確認。



【ERROR!】



『…………えっ?』



【貴方よりクリアランスが高いアカウントにアクセスすることはできません】



「やめとけよ。自我ができたばっかであれこれ興味あるのは可愛らしいと思うがね。“好奇心猫を殺す”って言うだろう?」


『…………!?』



 すぐそばから聞こえてきた声に目を剥く。

 ほんの一瞬目を離した隙に、シャインのコクピットのすぐ外側にバーニーがもたれかかっていた。クッキーを取り出し、またひとかじり。

 山盛りに盛られたクッキーを、ほんのわずかにもこぼさずに。


 ぞわっと背筋に悪寒が走る。

 やろうと思えばこの少女の形をしたは、一瞬で自分を消滅せしむる。



「クリアランス・ピュアホワイトか。検索避けを抜けてここにたどり着けるわけだぜ」


『……貴方は一体何者なんです?』


「忠告したつもりなんだがな。AIには命の危険を理解できなかったか?」



 押し潰されそうなプレッシャー。いや、やろうと思えば実際にできるだろう。

 その圧力に一歩も退くことなく、ディミはバーニーを見つめ返す。



『私はサポートAIであるが故に、主人に危険を及ぼしうる存在の情報を収集します。もう一度お聞きしますが、貴方は一体ですか? レイドボスからドロップしたパーツを、使一目で解説した貴方は何物ですか』


「忠誠心が高いのは、見せかけメイド服だけじゃないようだな。しかも観察力も優れているときた」



 惜しいな。シャインのモノじゃなければいただいたんだが、とバーニーは笑う。



『誤魔化さないでください。貴方は鑑定スキルを使うまでもなく、“アンチグラビティ”の具体的な使い方を語った。それはつまり、貴方は最初からあのパーツのことを知っていたということです。それに、この倉庫も』



 ディミはうずたかく積まれたコンテナの山を見上げる。無数のコンテナは、どこまで積みあがっているのか見当もつかない。

 その頂上にあるパーツが、いったいどれだけのレアリティなのかも。そして当然、そのパーツは未だ人類にとって未知の存在であることも。



『最精鋭の大手企業クランですら、所有していないパーツを所持する個人。運営側のスタッフだとしても不自然です。いわんや、“バイト”だなんて。ただのバイトが、AI最高位ピュアホワイトのクリアランスより上なんてこと、ありえません』


「大した名探偵だ。メイド服じゃなくてトレンチコートが似合うな」



 バーニーはボウルを自分の口の上にひっくり返す。クッキーが滝のように零れ出し、バーニーの小さな口に流れ込んでいく。その固形物の山を水のように飲み下してから、彼女はポケットから棒付きキャンディを取り出して口にくわえた。



「だが教えねえよ。あのなあ、シャインだってそんなこたぁ当然気付いてるんだぜ。あいつはポンコツだが、異様に勘が回る。根が臆病なんだな。ノッてるときは煽りまくりで調子付いてるが、危険な臭いを感じたらすぐ退く。だからこそあのときもひとりだけ……いや、それはいい」



 皮肉気な笑いを浮かべ、バーニーは頭を振った。



「オレがなんか変だなんてこたぁ、あいつは百も承知だよ。だけど何も訊かない。何でかわかるか?」


『……追及したら、親友でいられなくなるからですか?』


「それもある。あいつは臆病だからな。せっかく再会できたオレの事情に突っ込んで、仲違いしたくないんだろう。現状にしがみつく臆病さ、“怠惰スロウス”。それがあいつの罪業カルマのひとつ。だがそれだけじゃない」



 まるで煙草でもくゆらせるように、バーニーは棒付きキャンディの芯をぷらぷらと上下に振った。



「“ネタバレ回避”だよ。あいつは自分でゲームを攻略したいんだ」


『ああ、言ってましたねそんなことも……』


「ほんっとなー、あいつのゲーム好きは筋金入りだぜ。自分の手で何でも明らかにしないと気が済まねえんだ。人から与えられた答えは、真実として認めやしねえ」



 そこなんだよな、とバーニーは呟いた。



「その性質は“怠惰”とは相反する。“怠惰”の七罪冠位を押し付けたがってる、クソGMゲームマスターの思惑とは裏腹にな。それがこの牢獄の鍵になるかもしれねえ……」


『そんなことを私に語ってもいいんですか? 私、運営の手先ですよ』


「なに、ゲームマスターにもどうにもならん話さ。何せ人の心の器カルマの話だからな。そうそういじりようもねえよ。それが本人であってもな……」



 まあともあれ、と手を叩く。



「オレはシャインの味方をする。あいつに全賭けだ。だからオレがすることは、あいつに一切不利益にならねえさ。……だからそう心配そうな顔はするなよ」


『別に心配そうな顔なんてしてませんし!』


「嘘つけ、オレが敵なら刺し違えてでも……みたいな顔してたぜ。可愛いねえ」



 むきーとするディミの頭を撫でて、バーニーはくつくつと笑う。

 そこに、スノウの頭の上から離席AFK表示が消えた。



「ただいまー。なんか席を外してる間に、ちょっと仲良くなった?」


『なってません!』


「なったなった。あ、ところでシャイン。これは今回の請求書な」



 バーニーがツナギのポケットから取り出した紙を受け取るシャイン。

 早速広げられた紙を横から覗いたディミは、目を剥いて絶句した。



『せ、請求総額2000万JC!?』



 現実の資産価値にして20万円である……!



「安心しろ、足りない分はツケにしといてやるからよ。かーっ! オレってなんて初心者に優しいんだろなあ……!」


『た、タダじゃないんですか!? というか完全に予算オーバーして借金になってるじゃないですか! さ、詐欺ですよこんなの!!』



 何も知らぬむらびとを辺鄙な田舎に呼び寄せ、多額の借金を背負わせるタヌキな悪徳店主のごときあくどい手口に、ディミは憤慨を隠せない。

 だがその怒りを向けられた方は、実に余裕しゃくしゃくのクッソむかつくメスガキスマイルを浮かべていた。



「何言ってんだ、タダなわけねーだろ。ここはショップだぞ? 取るもんは取るに決まってんだろうが」


『そ、それはそうかもしれませんが……! パーツ・武器代が1000万JCなのはともかくとして、デザイン・設計・手数料1000万JCって……!!』


「このオレのデザインだぞ? それがパーツを取り寄せる手数料と組み立て料金込みでたった10万円なんて、びっくりするほど格安だろ」



 一方、紙を一瞥したスノウはふーんと頷いて、請求書をインベントリに入れる。



「まあこんなもんでしょ」


『き、騎士様いいんですか!? いきなり借金生活ですよ!?』


「別にいいよ、リアルマネーってわけじゃなし。そもそも準最新式の武器があの手持ちで買えるわけないじゃん。パーツを外から買い寄せるのも知ってたし」



 あっけらんかんと言うスノウに、ディミが目を見開く。



『知ってたんですか?』


「だってバーニーは筋金入りのコレクターだよ? 自分のコレクションを使うわけないじゃん、やるなら外から買い寄せ一択だよ。それならまあ高くつくよね」


「さっすがシャインだな! オレのことをよーくわかってる!!」


『こ、この、しゃあしゃあと……。何が“自分のすることは一切不利益にならない”ですか……!?』


「いや、実際助かってるよ? こんないい機体に仕上げてくれたんだから。どのみちまともな機体にするには、借金するほかなかったしね」



 スノウはシャインの機能チェックを終わらせつつ、機嫌よさそうに言った。



「あとはJCを稼いでくるだけだね。じゃあ支払いを楽しみに待っててくれよ、バーニー。たんまり稼いでツケを払ってやる」


「おうよ。サービスだ、メンテナンスは格安でやってやるぜ」


『ええ……? 信じていた親友に借金背負わされて、その反応……?』



 完全に理解を超える友情メスガキの絆に頭痛を感じ、ディミは額を押さえた。



「ディミ、そんなことよりそろそろ時間じゃない? ペンデュラムと電撃作戦とやらに参加する約束をしていたよね」


「あ、はいはい……そうですね。今回の目標エリアは“キザキ雪原”。中堅クラン【鉄十字ペンギン同盟】に奪取されたエリアの再占領です」


「えらくファンシーな名前だな……まあいいや。早速ひと稼ぎといこう」


「了解です。転送スタンバイ」



 シャインが転送準備に入ったのを見て、バーニーはぴょんと肩から飛び降りる。キャットウォークなど使いもしない。10メートルほどはあるコクピットの高さから、腕や腰を軽快に伝って地上に着地する身軽さは、確かにウサギを思わせた。



「バリバリ稼いでこいよー!」



 帽子を脱いで、左右に振るバーニー。

 出撃するパイロットを見送るメカニックは、こうするのがお約束だ。


 そんな少女に親指を立てて、スノウは新たなる戦場へと転移した。



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