第58話 時価5億のクマー

昨日は休んでしまった失礼しました。

その分頑張ろうと思って書いてたら9000字になってしまっていたので、話がオチてないですがいったん切っています。ご了承ください。

======================================


 【白百合の会】と【俺がマドリード!!】との戦闘に力を貸してから1カ月が経過して、時は6月。虎太郎が傭兵・スノウライトとして活動するようになってから2カ月が過ぎたことになる。


 散々好き放題した割にはあまり名前も広まらず、以前に叩き潰したエースプレイヤー以外からは警戒もされないのでまあこんなものかと思っていたスノウだが、最近になってやたらと名前が売れ始めた感があった。


 スノウが戦場に姿を現すと、見知らぬプレイヤーから「“強盗姫”のシャインだ!」とか「レアな武器は使うなよ、奪われて二度と戻らねえぞ!」とか悲鳴が上がるようになってきたのだ。

 おかげで敵プレイヤーが警戒して、強力な武器を装備しなくなってきた。スノウとしてはレア武器を奪えなくなったのは残念だが、逆に言えば強い武器を使ってこなくなるということでもある。おかげでサクサクと戦闘が進むので、悪いことではない。

 そこへいくとアッシュはどんな局面でも強力な武器を使って挑んでくれるので、ときには苦戦もしながらも武器供給先として大変助かっている。

 先日「やっぱりアッシュは有象無象と違って出来ているよねぇ」と課金武器を奪ってからしみじみと言うと、ディミが変な顔をしていた。「また無慈悲に1アッシュが飛びましたか……」と言っていたが、スノウには何のことやらである。


 それにしても何でここに至って急に名前が売れ始めたのやら、とスノウは疑問に思わなくもないが、まあここまで結構暴れてるしな……と深く考えないでいる。


 これまでスノウの名前が売れなかったのはペンデュラムが関係者に緘口令を敷いていたり、メイド部隊がカバーストーリーを流したりしていたため。

 急激に名が売れ始めたのは璃々丸恋率いる【スノウライトFC】なる珍妙な集団が内々でスノウ撃破のための情報交換を始め、その噂を聞きつけた他のプレイヤーがエース集団がこぞって対策を練るスノウライトは何者なのか、と興味を抱いたせいなのだが……。


 もちろんスノウはそんな事情など一切知る由もなかった。やたらと勘だけはいいが、こいつは基本的に情報収集に興味がない。せいぜい他人のプレイ動画を視聴して、テクニックを研究する程度であった。


 だから今回の依頼人がスノウに声を掛けたのが、璃々丸恋によるステマ活動の成果だということも本人はまったく知らないでいる。




※※※※※※




「ようこそおいでくださいました! シャイン氏のお噂はかねがねうかがっておりますよ。こうしてお会いできるのを楽しみにしていました」



 スノウを自分のクランに招いた男は、応接室の椅子から立ち上がってにこやかに微笑んだ。

 いかにも知的で顔立ちをしており、ライトの反射で深緑のフレームの眼鏡がキラリと輝く。髪の毛も眼鏡のフレームと同じ緑色に設定しており、瞳が糸のように細い。しかしその瞳は鋭い眼光というよりも穏やかな光をたたえていた。

 クランリーダーという肩書きよりも研究者の方が似合いそうに思える。


 スノウは彼の顔を見て、ちょっと懐かしさを覚えた。かつて虎太郎が親しくしていた人物が、彼に似た穏やかで研究者然とした風貌の持ち主だったからだ。


 まるで彼のクラン名には似合わない、凪の日の湖面のように穏やかな風貌。

 しかしそんな彼が率いるクランこそが血の気の多さでは【氷獄狼フェンリル()】と並んで称される暴れん坊ギルド【騎士猿ナイトオブエイプ】。

 そして彼こそがそのクランを率いるリーダー、“チンパンジー1号”氏であった。


 1号氏はスノウににこにこと友好的な笑みを浮かべ、応接室の上座に座ることを勧める。



「いやあ、世辞でなく本当に嬉しいのですよ。ファンクラブができる前から貴方の活躍ぶりには注目しておりまして。一度じっくりとお話をうかがいたいと思っていたのです」


「えへへ、そりゃどうも」



 ファンクラブ? と思いながらもスノウは勧められるままにソファに座って、えへんと薄い胸を反らした。

 とりあえず他人からおだてられたら、下手に謙遜せずに素直に乗っておくのがスノウの主義である。どうせ現実リアルではないのだし、いくらキャラを作っても損はない。


 初対面の相手に尊大に振る舞うスノウだが、1号氏は気分を害した様子もない。むしろそれで当然といった顔をしていた。



「それにしてもシャイン氏のビルドのセンスは図抜けておりますね。初見プレイでああまで自分に合った的確なビルドで挑むとは。詳細を知ったときには、こんなプレイヤーがいるのかと感服しましたとも」


「まあ、自分にあったプレイスタイルは知ってたからね。あとはそれに合ったビルドを初期パーツの範囲でできるかどうかが問題だったけど、うまく行ってよかったよ」


『私のおかげですからね! ワガママを叶えてあげた、この私の!! ほんっとうに苦労したんですから!』


「はいはい、わかってるわかってる」



 スノウが投げやりに言うと、ディミがぷくーっと膨れる。

 そのやりとりを1号氏は眼鏡をくいっと右手で押し上げながら、興味深そうに眺めていた。



「ほう……ペットAIですかな? それにしては情緒が発達しているようですね。これほどの発達を見せるペットAIというのは正直見たことがありません」


「ええと……まあ、ちょっと特注品です」


『…………』



 ディミがじーっと顔を見つめてくるのを汲んで、スノウは言葉を濁す。そういえば以前、サポートAIの誘拐が流行ったら困るので広めるなと言われていた。



「なるほど。さすが一流のプレイヤーが所有するペットAIはひと味違いますな。常に見るような機械的なやり取りとは違う。きちんと調律されたAIは大変レアですし、費用もかかりますからな。それをゲームに持ち込んでいるとは大したものです」


「AIに詳しいの?」


「まあ、職業柄……ですかね」



 1号氏は穏やかに笑いながら、軽く頷いた。



「研究用に調律済みのAIを手元に欲しくて、小さなアトリエに依頼したんですよ。【桜ヶ丘AI工房】という、規模は小さいですが知る人ぞ知る腕利きのAI育成メーカーでしてね。ですが請求金額が高くて断念しましたよ」


「へえ。世の中にはAIの育成なんて商売もあるんだ」


「ええ、これからの時代はAIですよ。いや、もうそうなっていると言っても過言ではないですな。施設の管理やサービスコールなども任せられるし、より高度な知性ならば自分で情報収集し、その内容を有意に選別することもできるでしょう。何しろ人間とは一度に参照できるデータ数の桁が違う。ンンンwww いずれ官公庁などのデータ収集や、国家間の諜報活動の主役にもなりえると吾輩思いますなwww」



 1号氏はAIの話題になると、勢い込んでまくしたててきた。

 その様をなんだか微笑ましいものを見るような顔で受け止めるスノウ。

 てっきりスノウはテンションが上がったクランリーダーを気持ち悪がるのではないかと予想していたディミは、不思議そうな顔で耳打ちした。



『あれ、騎士様なんだか平然としてますね?』


「なんか昔の知り合いに似てるからね。あの人も研究分野のことになると、ちょっと人が変わったように興奮するタチだったから」


『バーニーさんといい、変なご友人をお持ちで……類は友を呼ぶんですね』



 そんな彼らの様子を1号氏の右隣に座って眺めていた少女が、退屈そうな口調で口を挟む。



「っていうかー。いつになったら本題に入るワケ? この子の自慢話とか、イッチのAIオタに付き合うほどウチは暇じゃないんですけどー」



 肩を露出した赤いジャケットに、ダメージジーンズ。どこかギャルっぽいメイクをした、金髪ツインテールの少女だった。年齢は17歳ほど。

 2010年代後半によく見られた若者ファッションは一度は廃れたが、20年の時を経てリバイバルブームを迎えている。その潮流に乗ったデザインだ。



「こら、ショコラ。シャイン氏に失礼じゃないか。話の枕というものがあるだろう?」


「知らねーし。オトナっていちいち話がなげーって。つーかさぁ」



 たしなめる1号氏の言葉をざっくりと斬って、ショコラと呼ばれた少女は胡乱げな目つきでシャインを睨む。



「アンタ、なんかイッチに気に入られてっけどさぁ。本当にそんな腕前あるわけ? ウチらの縄張りでイキって実はたいしたことないですってなったらポコパンだし」


「お? じゃあ一戦やろうか?」


「えー、マジでやるん? やっべこいつ、沸点低すぎるし……」



 ケンカを売られたと認識した途端に、目を輝かせるスノウ。イキイキとしたその表情を見て、ショコラはなんだかだるそうな反応をする。。

 そんなショコラを見て、1号氏の左隣に座っていた女性が困り顔になった。



「おやめなさいショコラ。誰彼構わずケンカを売るものではありませんよ。余計に話が進まなくなってしまうでしょう」



 こちらはウェーブがかった豊かな銀髪を長く伸ばした、物静かそうな女性だ。年齢は20代半ばぐらいで、妙齢の女性らしい落ち着いた大人らしさを感じられる。白いブラウスとグレーのズボンの上から藍色のコートを着込んでいた。



「だってネメっち……」


「だって、ではありませんよ。お客様の前で粗相をしてリーダーの顔を潰すつもりですか」


「そんなつもりじゃねーけどぉ」


「まあまあ、ネメシス君。ショコラも悪意があったわけじゃないのだから」



 ネメシスと呼ばれた大人びた女性に叱られ、口を尖らせるショコラと、そこに仲裁に入る1号氏。

 なんだか年頃の娘と落ち着いた両親みたいな組み合わせだなとスノウは思う。



「リーダーもリーダーです。憧れの“腕利きホットドガー”に会えてうれしいのはわかりますが、ちゃんと本題を進めてください」


「ええ、わかりました。しっかりやりますよ」



 ネメシスに叱られた1号氏は両手を挙げて降参のポーズを取ってから、スノウに向き直る。



「失礼しました。改めて紹介しますね、こちらが副クランリーダーのネメシス。こっちの拗ねてる子が、エースパイロットのメルティショコラです」


「ネメシスです。ポジションはスナイパー。よろしくお願いします」


「……うっす」



 ネメシスが深々と頭を下げる一方で、ショコラは不承不承といった感じで呟く。

 そんなショコラを一瞥して苦笑を浮かべてから、1号氏は説明する。



「本日シャイン氏に来てもらったのは、頼みたい大仕事があるからです。実は我々【騎士猿】はあるレイドボスの撃破を目指していましてね。シャイン氏にはその手助けを頼みたいのです」


「レイドボスかぁ。結構面白いバトルができるかな?」



 2カ月前に戦った巨大熊アンタッチャブルのことを思い出しながら言うスノウに、1号氏は眼鏡をきらめかせながら頷いた。



「ええ、それは保証しますよ。何しろ相手はこれまで討伐報告が上がっていない“強欲グリード”の眷属、上位レイドボス“黒鋼の鉄蜘蛛ウィドウメイカー”。それを20人の規定人数内で撃破することを目指します」


「規定人数クリア! いいね、一度やってみたかったんだ!」



 スノウの中では、アンタッチャブルとの死闘は完全勝利とは言えない。300人近くもの人数を動員しての力押しの勝利だと思っている。

 やはり向こうが主張する土俵で勝ってこそ、本当の勝利だ。相手のプライドを木っ端みじんに叩き折りたいのはPvPプレイヤーのサガである。



「おお、いい返事ですね……! これは心強い」



 スノウの言葉を受け、1号氏は嬉しそうに微笑む。



「ウィドウメイカーが潜む“黒鋼クロガネ峡谷”にはフリーモードで挑みます。我々の精鋭部隊14名にシャイン氏を加えた15名がバトルメンバーとなります」


「フリーモード?」


『自由にマップに入ってモンスターと戦ったり、素材を採集したりできるモードのことですよ』



 小首を傾げるスノウに、ディミが説明する。



『別に他クランと戦争状態にならなくても、マップへの侵入はできるんですよ。レイドボスを狩りたいときにはこちらのモードを使うのが一般的ですね。制限時間とかもないですから』


「へえ。前のときは戦争状態に乱入してきたけど?」


『レイドボスが乱入してくるのがむしろ例外なんですよ。そりゃたまにはありますけど、大体はこっちから挑みますね』



 ディミから説明を受けるスノウを見て、ショコラがマジかよと呟く。



「え、大丈夫かよ? そんなことも知らねーとかある? 素人なん?」


「だって別に必要なかったからなあ。クランに所属したことないし」


「クランに所属したことなくて“腕利き”になるなんてありえる……?」



 あっけらかんとしたスノウの返答に、ショコラが絶句する。

 そのやりとりに、1号氏が頷いた。



「まあ、そういうこともあるでしょうな。レイドボスを倒すメリットは、なんといっても技術ツリーの解放にあります。クランに所属していないなら倒す必要性は薄いですし、ソロ狩りできる相手でもないですから。……ですが、我々は倒す必要がある。奴を撃破し、他のクランに先駆けて技術ツリーを解放したいのです」


「そういうものなんだ」


「ええ。比較優位というのは常に強い。寡占技術ならばなおのことです。我々【騎士猿】はいわゆる企業クランではない。ただの趣味プレイヤーの集まりです。資本面で劣っているのであれば、生き残るためには常に技術で先行しなくてはいけない」



 そう言って、1号氏は軽く笑った。



「私がある情報屋から仕入れた情報によると、規定人数内でレイドボスを倒した場合は特別な技術ツリーが開示されるそうです。多人数で力押しした場合には得られない技術となれば、その価値は計り知れない」


「計り知れない、かあ。いまいちピンとこないかも」


「例を挙げますか。先日“慟哭谷の羆嵐アンタッチャブル・ベア”という未撃破だった個体が【トリニティ】と【アスクレピオス】に倒されたのですが、そのときに重力制御技術が解放されたそうです。この2クランの寡占技術となったツリーを教えてもらうのに必要な対価が、5億JCだと言われています」


「5億……!?」



 スノウは椅子からずり落ちそうになった。

 あのクソ熊に、リアルマネーで500万円の価値があっただと……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る