第47話 渾身の魔王ムーブ

「さーて、これで一通りこっちに来た連中は片付いたな」



 殺到したエースプレイヤーたちを撃墜したスノウは、上空から戦場を見渡した。

 とりあえず目立つように暴れ回り、エースプレイヤーたちを誘引して撃墜せしめた。傭兵部隊が最前線でお嬢様たちと戦っているのなら、自分が目立ちに目立って敵を引き寄せるほかない。ここまではスノウの目論見通りに事が運んでいた。



『でも先ほど上空から観測した限りでは、傭兵部隊にはまだエースプレイヤーが何騎か残っていたはずですね』


「そうだねぇ。まだ多少食い足りないからおかわりが欲しいところだけど」



 3騎がかりで襲ってきたエースプレイヤーたちを撃墜しておいて、そんなことをのたまうスノウ。



『あれでまだ足りませんか……』


「やっぱりアッシュやジョンくらいの腕はほしいよね。やっぱり死闘が燃えるよ。連携して襲ってくる敵というのも悪くはないけど」



 そういえばジョンは最近どうしてるのかな、と呟きながらスノウは眼下の戦況に目を向けた。



「おっ……?」



 そこでは今まさに、恋とサッカーゴッドの死闘が最高潮を迎えんとしていた。


 エースプレイヤーの生き残りの奮闘によって、大きく数を減らした【白百合の会】のお嬢様たち。

 しかし恋はその陣頭に立ち、自らの手でエースプレイヤーたち数騎を屠ってみせた。その快挙に勢い付いた【白百合の会】の残存兵は、【俺がマドリード!!】の本隊に突撃。


 フットサルで鍛えた連携によって巧みに【白百合の会】に襲い掛かる【俺がマドリード!!】は、常に2騎~3騎でお嬢様1騎に襲い掛かるチームワークを見せていた。

 しかし【白百合の会】とて、タンクとガンナーのタッグプレイによる防衛戦術に定評があるクラン。お嬢様たちは密集陣形を組んでガッチリとフットサルパリピどもを受け止め、逆に殲滅することに成功していた。


 そしてその最終局面。

 恋とサッカーゴッドは互いの目論見通り、総大将同士の一騎打ちによって雌雄を決さんとしていた。



「レンちゃんッッ!! 諦めて俺様のモノになれえええッッ!!」


「うるさいッ!! 女を所有物にするその前時代的な発想に怖気が走るんですのよッッ!!」


「だってそうは言うけど婚約ってそういうもんじゃんっ? 所詮オレ様たちは家に縛られた駒じゃんっ?」



 サッカーゴッドの機体“No.5ナンバーファイブ”は強靭なレッグパーツを装備している。その脚から射出される球体は、内部に炸薬をたっぷり詰め込んだ爆弾ボール。

 素早いドリブルで走り回りながら繰り出されるシュートで、爆弾ボールを恋の機体に叩き込む。



「だからこそ、貴方に近付いてほしくないんですのよ! 私を籠の鳥だと自覚させないでくださいます!?」


「家の駒だからこそ、オレたちはその範囲で幸せになるべきじゃん? レンちゃんの心を手に入れられれば、オレ様は幸せになれるじゃんじゃんっ!!」


「価値観が根本的に違いますわ! 貴方のノリ大ッ嫌いですの!!」



 恋が駆る“胡蝶蘭こちょうらん”は全身が純白に彩られた、優美さを感じるデザインの機体だ。蝶のように華麗な動きでヒートナギナタを振り回し、その切っ先で爆弾ボールを両断する。

 本来はガンナータイプの機体では使いこなせないはずの武器種だが、それをプレイヤーの技量で扱っていた。中の人に心得がなければこうはいかない。


 爆弾ボールは炸裂するが、胡蝶蘭は距離を十分に取っているので爆風によるダメージは受けていない。ヒートナギナタを振り回した勢いのまま、No.5へと突進を仕掛けて両断を狙う。



「お覚悟ッ!!」


「なんとぉっ! 接近戦ならこっちが!!」



 サッカーゴッドの機体が足を踏み込み、バク転しながらムーンサルトキックを繰り出す。

 キックの先端が胡蝶蘭の頭部スレスレを掠める。しかしヒットはしていない!



「そんな魅せ技など!」



 胡蝶蘭のビームナギナタが空中のNo.5を両断せんと振りかざされる。

 しかしサッカーゴッドは空中でバーニアを噴出し、無理やり態勢を立て直すと宙を飛んだまま回し蹴りを叩き込む!



「フェイントォ!!」


「くうっ!?」



 ビームナギナタをかわしながらの攻防一体のキックを受けて、胡蝶蘭が吹き飛ばされる。そんな胡蝶蘭に向けて、すかさず爆弾ボールを蹴り飛ばして追撃を狙うサッカーゴッド。



「お舐めにならないでいただけるッ!?」



 しかし着地した胡蝶蘭は地面を滑りながら鋼弓“矢車菊やぐるまぎく”を構えると、素早く爆弾ボールに向けて射出した。弓道の構えとはまったく異なる攻撃フォーム。それはいわゆる弓術と呼ばれる、弓道の成立以前の実戦戦術のもの。


 シュバリエの重厚な装甲すらも貫く矢が爆弾ボールを撃ち落とし、爆発を引き起こす。その爆風の影響範囲を避けながら、胡蝶蘭は弓を手に横方向へダッシュ!

 もちろんサッカーゴッドもそれをただ見ているだけではない。韋駄天もかくやという速度で疾走を始めながら、サブマシンガンを連射して胡蝶蘭へのヒットを狙う!


 そしてその一騎打ちを、戦場の全員が息を飲んで見つめていた。

 歴戦のエースプレイヤーにも匹敵する、手に汗握る白熱の死闘。



『や、やりますねあの2人! 今回の戦場で一番強いんじゃないですか!? まさかこんな腕前を隠していたとは……!!』



 固唾を飲んで見守っていたディミはそんな言葉を口にして、ふととてつもなく嫌な予感に襲われた。



『……騎士様? まさかとは思いますが……』



 ディミは恐る恐るスノウの方を見る。


 ――その表情は喜悦に歪み、操縦桿を握る指は獲物を求めてわなないていた。



『ダメですっ! いけませんよっ!? 出る幕じゃないですっ! これはあの人たちの問題で、そもそも契約違反にっ……!!』




 “レッドガロン”が待ちかねたように業炎を吐き出し、胡蝶蘭とNo.5の間に爆風を巻き起こす。

 ぽかんとして攻撃を止める2騎。


 その間に、白銀の騎士が舞い降りる。



「楽しそうだなあ……僕も混ぜてよッッ!」


「クソわよッッッ!!!!」



 吐き捨てるようにお嬢様が絶叫した。



「間違えましたわ! お排泄物野郎でしてよ!!」


『言い換えた意味あります?』


「気分の問題ですのっ! それはともかく!」



 胡蝶蘭の指がシャインに付き付けられる。



「どういうおつもりですの!? 依頼したのは相手の助っ人の相手です! 決闘の邪魔をしろなどとは頼んでおりませんわ!」


「いやぁ、あんまり楽しそうだったから。ボクがこのゲームやるのは金稼ぎのためでも生活のためでもないんだよね。強い相手とりたい、ただそれだけなんだ」



 シャインはにっこりと無邪気な笑顔を浮かべた。

 しかしその瞳に浮かぶ鋭い眼光は、熱に浮かされたかのように強者との死闘を待ち望んでいることを示している。

 目の前の御馳走を前に、血に飢えた魔獣は今にも飛びかかりたい本能を抑えつけるのに精一杯だった。



「キミたちはとても強そうだね。ダメだよぉ、ボクみたいなプレイヤーの前でそんな素振りを見せつけちゃあ。戦いたくて戦いたくて仕方なくなっちゃうだろ?」


「……ペンデュラムから聞いてはいましたが……聞きしに勝る狂犬ですわ」


『そうですよ騎士様! 紹介してくれたペンデュラムさんの顔に泥を塗ることになりますよ! 今からでもごめんなさいしましょ、ね?』


「はぁ? するわけないでしょ。このまま2人ともブッ殺してあげる。骸は仲良く並べてあげるから、安心していいよッ!!」


「えぇ……。何スかこいつ、チョーヤベーんですけどぉ……」



 ドン引きするサッカーゴッド。

 頑張れ、多分この中ではキミが一番常識人だ。恐ろしいことに。



「レンちゃん、何でこんなの呼んだの? マジでキチってんですけどぉ……」


「ペンデュラムにエースプレイヤーを複数人まとめて相手できるほど強い人を紹介してって頼んだら、これが来たんですの! 文句ならペンデュラムに言ってくださる!?」


「ってゆーかぁ。自分たちの真面目に鍛えた力を見せると言っておいて、結局そっちも助っ人頼んでんじゃねッスか……」


「ブラフは戦闘の基本でして……よッ!!」



 キャンキャンと口喧嘩に没頭しているかに見えた恋が、セリフの途中で唐突にハンドガンを抜き撃ち、シャインに向けて射撃する。威力は控えめだが扱いやすく、即座の抜き撃ちが可能な武器だ。


 しかしそれを予期していたかのように、シャインは素早く横方向へとダッシュして回避する。

 だがその避けた先には、瞬発したNo.5がスライディングしながら飛びかかる。



「馬に蹴られて地獄に堕ちろッ!!」



 レッグパーツの裏から鋭いスパイクが飛び出し、凶悪なスライディングキックを繰り出す!

 そのキックを避けきれず、シャインはダメージを受けて吹き飛ばされた。



「やりィッ! なんだ、大したことないじゃねッスか!!」


「油断禁物ですわッ! 一気に畳みかけますわよ!!」



 笑みを浮かべるサッカーゴッドをたしなめながら、レンは鋼弓を引いて吹き飛ぶシャインに追撃を繰り出す。鋼弓の射出速度なら、吹き飛ばされたシャインにヒットすると見越しての刹那の早撃ち!


 しかしシャインは接地することなく、空中でバーニアを入れて横方向へと回避。シャインがいた場所を鋼鉄をも貫く矢が素通りする。どれだけの破壊力を持っていようが、当たらなければ問題ない。



「ナイス連携ッ……!」



 スノウは唇を歪めつつ、恋とサッカーゴッドの連携を称賛する。

 スノウの勘は鋭いが、予想外のファクターに対処することはできない。2人の連携は正直に言って、スノウの予想を超えていた。



「逃さねえしッ!! こいつを喰らうッスよ!」



 そんなシャインに爆弾ボールを蹴り付け、ダメージを狙おうとするNo.5。

 強靭なレッグパーツから繰り出される剛速球は、当たれば爆風ダメージと合わせて致命傷レベルの破壊力。



「それはもう見た!」



 だがその攻撃は、先ほど既にスノウに見られている。

 飛翔してその攻撃をかわすシャイン。上方向に移動できるフライトタイプにとって、爆弾ボールの回避はさほど難しくはない。


 しかしその飛翔を待っていた人物がいた。



「むざむざ罠にかかるお馬鹿さんッ!!」



 胡蝶蘭の鋼弓が、飛び上がったシャイン目掛けて飛翔する!

 息の合ったコンビネーションによる追撃は、さながら熟練の狩人が猟犬に追われて空に舞い上がった鳥を撃ち落とすかごとし。



『騎士様ッ! 避けられませんよッ!?』


「避けられない? かわさなくたっていいじゃん」



 ディミの叫びに小さく呟き返し、シャインが右腕で“ミーディアム”を撃ち放つ。

 精密なビームライフルだからできる、針の穴を通すかのようなピンホールショット! 狙いたがわず、光の矢が迫りくる鋼の矢を撃墜する。



「なんですって!?」


「お釣りだッ!」



 あまりのことに呆然とする恋に向けて、左腕のロケット砲を連続発射!

 矢継ぎ早に繰り出されるロケット弾を避けきれず、胡蝶蘭の機体が損傷する。



「レンちゃん!?」


「こっち見てる場合じゃなくてよ! 自分の身を守りなさいッ!!」


「ッッ!!」



 一瞬恋に視線を向けるも、彼女の叱咤を受けてシャインに視線を戻すサッカーゴッド。その目前に迫っていた“ミーディアム”の一撃に気付き、すんでのところで回避に成功する。


 恋へのダメージでサッカーゴッドの注意を引き、気が逸れたところへビームライフルの一撃を狙う算段。それを崩されたスノウが口笛を吹く。



「なかなかやるじゃん。お2人さんいい関係じゃない? そんなに息が合ってるのに、どうして婚約を嫌がるのかわかんないなぁ」


「貴方にはわかりませんわ……! 生まれながらにどんな人生を送るのか宿命づけられた人間の気持ちなど!」



 恋はギリッと奥歯を噛みしめながら、憎々しげにシャインを睨み付ける。



「進学する学校も、結婚する相手も、何もかもが自由にならないのなら! せめて学校生活をどう過ごすかや、結婚相手とどう付き合うかくらいは自分で選びたい……! だから私は勝ちますわ! このゲームに勝って、せめてもの心の自由を手に入れるッ! 貴方なんかに邪魔はさせませんわッ!!」


「レンちゃん……」



 婚約者の言葉を聞いて、サッカーゴッドが辛そうに目を伏せる。

 一方スノウは目を細めて恋の言葉を聞き、はあっとため息をついた。



「ゲームに何を持ち込んでんの? くっだらないなあ」


「は?」



 自分の執念をさくっと一蹴された恋が、間の抜けた声を上げる。

 そんな恋に、スノウは飄々とした口調で続けた。



「ゲームっていうのは楽しく遊ぶものでしょ。そんな重い事情なんか持ち込んじゃ興醒めだよ。そんなのどうだっていいだろっ、キミたちが今やるべきことはただひとつ! さあ、ボクと楽しくバトろうっ!!」



 あまりにも空気を読まないフリーダムな発言に、その場の全員が目を剥く。



「えっ……何? ちょっと頭おかしすぎて話が通じてないんですが……。こ、子供ですかこの人!?」


「こいつ……マジかよ、自由すぎんじゃん……!?」


『むしろ類人猿の一種じゃないですかね? 多分チンパンジーと人間を結ぶミッシングリンクですよきっと』



 人間・AI織り交ぜて言いたい放題である。人間はチンパンから進化しねえよ。

 その反応を気にした風もなく、スノウはワクワクした表情でロケット砲を持ち上げる。



「さあ、キックでも弓でも薙刀でも、何でも使ってかかってこいっ!! 小難しいこと全部抜きで、全力でぶつかり合おうよッ!!」



 きゃっほーーーー!! という歓声と共に降り注ぐ、ロケット弾の流星弾雨!

 速度の緩急を付けて降り注ぐ致命の一撃の嵐を潜り抜け、恋が叫ぶ。



「いいでしょう! おファッキンクソガキぶっ飛ばして、目にモノ見せてあげますわーーーッ!! 自分の運命は、自分で切り開くモノでしてよッッ!!!」


「ええっ……!? レ、レンちゃん待って! ひとりで突っ込まないで!!」



 イキイキとした表情で弓を構えながら疾走する胡蝶蘭と、そのサポートをしようと後を追うNo.5。



「頑張ってくださいませ、恋様!!」


「裏切り者のおクソ野郎をブチのめしあそばせッッ!!」


「ファイトっすよゴッド!」


「今めっちゃ輝いてますー!」


「うおおおおお!! クソガキを懲らしめてやってくれえええッ!!」


「ウホホ! ウホウホ!!」



 そしてその2人に大声援を送る両クランのギャラリーたち。

 その光景に、ディミは白目を剥く。



『このゲームのチンパンジー人口高すぎませんッ!?』



 わざわざ好き好んでPvPやる時点でお察しでしょ?

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