28.悩める双子のママは……
夏の夕風が優しく入る大きなリビングで、焼き肉パーティーが始まった。
「えー、私はさあ、Backstreet Boysがいいよ」
と真知子お姉さん。
「俺達は、アブリル、」
「Avril Lavigneだよな!!」
と、ユキ&ナオのイマドキ双子。
「Bon Joviも聴きたいなあ。AQUAも聴きたい」
いろんな時代もけっこう守備範囲の臣さん。
「いやいや、次はDavid Bowieのブルージーンだ」
そして、懐かしどころを厭わずつっこんでくるお父さん。
なのに。娘に息子に、孫達が『おー、いいじゃん。聴きたい』と丸く収まってしまう不思議な光景と軽快な会話が、心優の目の前で繰り広げられる。
そしてそれをサッと取り出しちゃうアサ子お母さんが、オーディオにセットする。
耳に入ってきたメロディに心優も沸き立つ。この曲も臣さんが官舎で聴いていたから知ってる! 私も好き! と心優ものってしまう。
開け放している窓から夏の夕風。年季が入っているフローリングだけれど、丁寧に手入れをされてきた味わいがあるリビング。大きなテーブルにずらっと並んだ焼き肉の材料を、三つのホットプレートで次々と焼いていく。
焼き肉を豪快に食べつつ、お祖父ちゃんを中心に音楽の話で盛り上がる城戸家の風景に、心優もすっかり馴染んでいく。
お酒もちょっぴり頂いて、気分もついつい良くなっていく。でもアサ子母はお酒は全く呑んでいない……。
「あーあ、もうビールがなくなっちゃった。取ってこようかな」
お姉さんの飲みっぷりは豪快そのもの。彼女が席を立った。
「母さん、もうとうもろこしないのかよ」
「俺はソーセージもっとほしい」
「はあ、もう食べちゃったのかよ、あんた達は~」
息子二人が餌を求める小鳥のように、席を立ったお母さんにあこれこ要求。ほんとうに小鳥のようで心優はそっと微笑む。
そのままエプロンをしているお姉さんがリビングの向こうにあるキッチンへと入っていったので、心優はそっと追いかけた。
キッチンのドアも開いていて、心優がそこを覗くと、真知子姉が冷蔵庫を開けているところ。
「お姉さん、お手伝いありますか」
既に私服に着替えていた心優がキッチンにいるのを知って、彼女が驚いた顔をする。
「いいよ、心優さんはお客様なんだから」
「あの、アサ子お母さんが呑んでいないのが気になって……」
「ああ。あの人はいつもバイクに乗れるようにって滅多に呑まないよ、酒よりバイク。酒より音楽って人だから」
「そうでしたか。本当にバイクがお好きなんですね」
「うん。私や雅臣が生まれる前から乗っていたからね。私達姉弟がもの心つく前にぼんやり覚えている若い母さんだってバイク乗ってる母さんだからねえ。だから気にしなくていいよ」
それならいいんだけれど……と心優もホッと微笑むことができた。
「母さんのこと、気にしてくれて、ありがとね」
「いいえ……。お母さんのことだから、なんとなく。みんなを守るためにそうされているような気がして。基地に来られた時も、雅臣さんのことも、双子ちゃんのことも、心も身体もめいっぱいつかって守ろうとした姿を見たものですから」
その時の母親としての心苦しさを思い出してしまったのか、真知子お姉さんが飲もうとしていたビール缶をキッチンにあるダイニングテーブルに置いてしまった。
あ、双子ちゃん家出の話はしない方が良かったのかなと心優は後悔をする。
「時々、あの双子は思わぬことをしてくれるんだよね。あのように無邪気で、体は大きいけれど、まだまだかわいい男の子なんだけれどさ」
「わかります。確かに思わぬことが目の前で起きて、わたしもびっくりしましたけれど。素直に謝って、素直に自分たちがしたことが悪いならそれを受け入れるという真っ直ぐな姿勢がまわりの大人達、隊員達が、すぐにこの子達は悪気はなかったんだ。かわいい子供のようなものと感じさせていたところはあります」
「でもね。だからって子供だからと許されるのもあと数年だよ。思わぬことを引き起こして、他人様に迷惑をかける、または組織に迷惑をかける。そこがどうしても母親として防げることができなくてね……。今回、ほんっとに心底そう感じたよ」
そんなことが何度も? 母親としての真知子の苦悩する表情を見てしまった気がして、心優はなにも言えなくなる。
「そんな息子が、規則で厳しい軍隊なんかとんでもないよ。また雅臣に迷惑かけるに決まっている。諦めさせたいんだ……」
う、どうしよう。これって、心優が首を突っ込んでいい話じゃないかも。いくら弟の嫁でも、ここは真知子お姉さんの家庭の問題?
心優は迷った。でも、だったらどうしてお姉さんはこんな話を心優にしているのだろう。だから思い切って。
「思わぬことをするって……。うちの御園准将も、かなりのものですよ。思わぬことをするから、ご主人の御園大佐と、連隊長のお二人がかりで手綱を握っていると基地で言われているくらいです。それぐらいの人材も軍隊では必要です」
「え、あの、お嬢様だとかいう隊長さんが?」
そうだよね、そう見えるよね。わたしもそうだったよ――と心優は『お嬢さん隊長様は、男達を突風の目に巻き込んで動かしちゃう魔風の女』なのにと苦笑いが浮かんでしまうほどの上官というのが正体だって。
「見かけはお嬢様ですけれど、元パイロットですよ。雅臣さんだって恐れるくらいの行動をされる女性です。女性……と言いたくはないです。あの方は、ほんとうに根っからのネイビー。その方が、雅幸君と雅直君になにかを見出しているのは確かです。それどころか、とんでもないことをするお嬢ちゃんだと手綱を握っている連隊長だって、双子ちゃんになにかを感じて心を動かされたぐらいです。とんでもないことをするかもしれません。でも、軍隊でなくても。きっと双子ちゃんはスケールの大きなところで力を発揮できるんだと思います。いまだと、ちょっと枠が小さいのかもしれないですね」
なんて……。思ったことを、ついに心優は言い切ってしまった。初対面の、しかもお義姉様に生意気いっちゃったかな……。恐る恐る真知子姉さんを心優は窺う。
やっと彼女が缶ビールを手に、プシュッと栓を開けた。
「そっか、枠が……か。でも、雅臣の迷惑にはなりたくないんだ。それでなくても……、あいつ、飛んでいる時だってお国のために身体はって、外国の敵機と張り合ってきたんだろ。身体だって望んでいない形で壊しちゃってパイロットを諦めてさ。やっとやっといまの仕事に戻れたんだろ。そんな……」
「既に。手に負えない悪ガキを受け持っていますよ。その悪ガキパイロットさんが葉月さんの元に来た時は、それはもう言うことを聞かなくて、規則破りの飛行をしたとか大変だったらしいです。そういう男達を葉月さんは束ねていますし、雅臣さんだっていまその悪ガキパイロットを受け持って、エース教育をしているぐらいです。そんな双子ちゃんだけじゃないですよ。そういうエネルギッシュな才能も必要なんです」
迷っているんだ。そう思った。だから、心優はもうひとこと付け加える。
「軍隊には、ユキ君ナオ君のような男達はごまんといます。大喧嘩をして処分を喰らう男なんて、珍しくないことです」
彼等だけが問題児というわけではない。そういう男達が組織の中で学んで、軍人という男に育っていくもの。心優はそう言いたい。
彼等が特別ではない。そう聞いた義姉の表情がふと我に返ったように変わったのを心優は見た。息子達のような男達はいっぱいいる。そんな男達でもそこで大人になっていくもの――。
「体力と忍耐、そして志がものをいう現場です。おいそれと務まるものではありません。それ以上に、パイロットはなりたくてもなれるものではありません。これこそ恵まれた『素質』があってこそ。弟の雅臣さんはその男達の上に立つ兄貴であって、大佐です。いまでも皆が憧れる『ソニック』はエースでヒーローです。そんな大佐のお姉様が育てられた甥っ子のユキ君とナオ君にその素質があってもおかしくはないし、叔父さんとおなじ性質がすでに備わっているのは当然のような気もします」
ついに真知子義姉がうつむいて、黙ってしまう、すごく難しい顔をして、ビールを一口飲んだ。
そこで心優ははっと我に返る。
「も、申し訳ありません。なにも知らないのに……、生意気を申し上げました」
深々と頭を下げた。ただ、ただ、ユキ君とナオ君はそんなに悪くはない。いっぱいたくさんの可能性を秘めている男の子達だと言いたかっただけ。
「ひょろっとして、本当に護衛官?」
ビールをさらに呷った真知子姉が、にやっと心優を見た。今度は心優がヒヤッとする。うわー、どうしよう。生意気を言って、だいぶ年上のお義姉様の気分を害して、第一印象台無しじゃないこれって!? と焦った。けれど。
「と、思っていたんだけれど……。うん。雅臣が惚れたのもわかった。そりゃ、あのお嬢様飛行隊長の護衛官だもんね。肝すわってるわ」
「は、はあ……。あの、ですが……」
「あのユキとナオをそういってくれて受け入れてくれるなんて、安心したかな」
ん? 安心した? 双子ママさん、どういう心境でそう言ってくれているのか。心優は首を傾げる。
「結婚する弟の婚約者に、『前のカノジョさん』のことは話したくないんだけれどさ……」
さらにビールを飲むお義姉さんが、また深い溜め息をついてうつむいた。でも心優はドキッとしつつも、心の中では『聞きたい』と騒いでいる。だって。アサ子お母さんがあんなに気遣うのもきっとその時のことが原因だと思っているから、聞いておきたい。
「アサ子お母さんなんですけれど。すごくわたしに気遣ってくださるんです。もしかして、以前……、その、雅臣さんがおつきあいしていた……えっと、雅臣さんの補佐だった中佐殿の奥様……」
「え、そこまで知ってんの。心優さん」
「いろいろと。たくさんの方達から聞きかじって知ってしまったといいましょうか」
「……実はさ。雅臣がカノジョに嫌われたのって、うちが原因なんだよね。きっと」
それは雅臣もなんとなく感じていたようだったが、だからってなにが原因だったか雅臣自身もはっきりわかっていなようだった。でもお義姉さんはわかってる?
「うちの双子なんだよ。原因は……。そういうこともあって、もう、あの双子がきっかけで事態が変わっちゃうなんてことはしょっちゅうなんだよ」
双子ちゃんが原因? なんだか、彼等なら思わぬことやっていそうで、だったらその時なにがあったのかと心優の方がドキドキしてきてしまった。
「な、なにがあったのですか」
それが原因。この家族が、アサ子お母さんがあんなに気遣うのも、真知子お義姉さんが双子を外に出すのは心配と案じて自信がなさそうなのも?
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