44.どこに家を建てよう?

 早々に海東司令は横須賀基地へ帰投。それを見送った後も、雅臣と心優は准将室へ戻っても帰宅せず。


「貴方達、帰りなさいよ。あちこちご挨拶回りしたみたいで疲れているのでしょう」


 明日からでいいから――と御園准将が呆れている。


「こんな一大事が起きているのに、では、明日からゆっくり検討しましょうなんて気持ちで帰れませんよ」


 御園准将が溜め息をつきながらデスクの皮椅子に座ると、雅臣も正面に向きあった。心優はその隣に控える。


「だから。ゆっくり検討するのよ。まだ時間はあるんだから」

「ですが……。どうされるつもりなのですか」

「うん、そうね」


 ミセス准将の目が、艦長の目になっている。海上のブリッジでクルーを束ねている時、またスクランブル発進でパイロットを空へ見送る時の『指揮をする』という時の目だ。


「高須賀さんからの報告を聞いてから、ずっと『最悪の想定』はしてる」

「最悪の……? ……それはつまり、撃ち合いの戦闘になるということですか」

「うーん。なんか、それだけはならないと思えるのよね。どうしてかしら」


 そこは妙に呑気な様子でミセス准将は首を傾げた。雅臣にとってはパイロットを護りたい気持ちがいっぱいいっぱいのようで、その呑気さに眉をひそめている。


「どうして、そうならないと感じられているのですか?」


「だから。私は『王子君』の汚名返上であると思うの。それさえ済めば大人しくなると思う。でも……。細川連隊長が言うように、二度と私とは対峙したくないから、私を失脚に追い込んで退いてもらう。そうすれば危険な目に遭わせなくて済む。自分の名誉も復活する――という狙いもあると思う」


 そこで雅臣も顎をさすりながら考え込む姿。一時して雅臣から言い出す。


「では。雷神と王子の真っ向勝負をすればいいということですか」


「口当たりよく言うと『競技をする』……かしらね」


「競技――。スポーツ対戦ですか。は、冗談でしょ? あそこは『ルールがあるけど、ルールなど守られない』場所ですよ」


「口当たり良く――と言ったでしょ。こっちだって、仕掛けられている以上、また射撃をされるぐらいの覚悟で行くわよ。だから……」


 『だから?』

 その後、御園准将が考えていることを告げられる。

 雅臣はそれに驚き、でも……。


「わかりました。では、その任命は准将から彼等に伝えていただけるのですね」

「もちろんよ」

「では。俺は彼等を護ることを考えます」

「そのつもりの訓練に切り替えて。エースコンバットは帰還するまで保留よ」

「かしこまりました」


 師弟の意志が揃ったようだった。雅臣も納得できたようで、心優はホッとする。


「貴方達はどうなの。婚姻届、ご家族と一緒に書いてきたのでしょう。今日にでも入籍するの?」


 息が詰まる話はここでお終い。やっとミセス准将がいつもの葉月さんの笑顔を見せてくれる。


 そして心優と雅臣もちょっと照れくさいまま顔を見合わせたが、雅臣から婚姻届を出して准将デスクに広げた。


「ほんとうだわ。ご両家のお父様も認めてくださったのね。ご家族もお喜びのことでしょう」


 あのミセス准将が優美な笑みで嬉しそうに見てくれる。


「明日、彼女と一緒に人事課に隣接している島役場出張所に提出する予定です」


「そう。雅臣、心優、おめでとう。私も嬉しいわ。そばにいる二人が結ばれて」


 二人揃って『ありがとうございます』と礼をする。


「明日、提出する時はでかける許可をするから、時間を教えてね」

「はい。俺が訓練から帰ってきた昼休みにしようと思っています」

「わかったわ。その時に心優も出せるように準備しておきます。それから……」


 准将が木彫りデスクの引き出しを開ける。取り出したものを心優の前に差し出してくれる。


「それが終わったら、心優、これを受け取ってね」


 それには部署と階級、そして英語名の他に、『城戸心優』と記されたネームプレートだった。


「隼人さん同様に、正式には城戸、雅臣と分ける時は園田ということも内々には周知してあるから」


 着々として準備をしてくれていた。留守の間に、心優は城戸心優になる準備を……。


「准将、ありがとうございます」

「名字が変わるって……、やっぱり結婚するってかんじね」


 御園准将がちょっと致しかたなさそうに微笑んだ。

 そっか。婿養子をとられて、ご自分は名字は変わらなかったからか――と心優は気がつく。


「でも、わたしも、いつか准将がおっしゃっていたように、婚姻届に書いた瞬間が『結婚する』という実感、本当にありました」


「心優も、結婚式は後だものね……。だからよ、きっと……。私も……命拾いしてすぐだったから、隼人さんがいま入籍したいと言ってくれて。それだけで嬉しかった」


 時々しかみせない女性の顔になっている。雅臣もそんな葉月さんに気がついたようで、見守る男のようにして微笑んでいる。


「俺、その時の隼人さんの気持ち、凄くわかります。一緒になりたいんですよ、一刻も早く」


「でも。帰還したら、きちんとしたお式は挙げなさい。私はね……。フランクの兄様やコリンズ大佐の企みでね……、空母艦で式をしたの」


 え!? 心優はそんなことできるの?? とびっくりした。雅臣は『そうでしたね』と知っている様子。


「あなた達もどう? いえば正義兄様、けっこう乗ってくれると思うわよ」


「いいいやいやいや、とんでもない!!! そんな俺達の為に、そんな!!」


「あ、そうだ。雅臣の靴をホワイトのピトー管にくっつけて、シュートブーツとかおもしろそう」


「やめてくださいよ! それって空母の任務期間を無事に終え、甲板を離れる隊員にする餞別の儀式でしょ!」


 面白がっていた准将だったが『それもそうね』と思い止まったようだった。


「でも、心優が空母艦で結婚式してくれたら、私も嬉しいなあ」


 彼女の目がきらっと光った。が!


「いえ、あの、わたし達は家族のこともあるので、横須賀か静岡県内でしようと思っているんです。御園ご夫妻が立会人をしてくださるのもそこでお願いしたいです」


「それはそれ。空母は、隊員達に祝ってもらうのよ。参加自由にしたら、ソニック大好き男達がこぞってやってくるわよ」


 うわー、そういう派手なことはやめてください――と雅臣が顔を真っ赤にして拒否をした。


 確かに、確かに! そんな恥ずかしい。絶対にそこでまた『キスをしろ』だのなんだの、悪戯大好きな海の男達になにか仕掛けられるに決まってる!!


「あー、そうだ。葉月さんに相談したいことがあったんですよ!」


 その気になりそうな葉月さんの気を逸らそうと、雅臣が必死になる。


「え、なに?」


 そんな咄嗟に出てきた言葉だろうに。でも気を逸らそうとしていると思っていた心優は、雅臣が言いだしたことに驚かされる。


「帰還後、島の何処かに家を建てたいと思っています。葉月さんも結婚する時にいまの家を建てられたんですよね。どうすればいいかと思って――」


 そうか。入籍にばかり気を取られていたけれど、それが終わったら今度は『わたし達のおうち』を探すんだ。臣さん、もうそこに向かってると心優は感激してしまう。


 すると御園准将がケロッと軽く言った。


「うちの土地、とかどう?」


 うちの土地? 心優と雅臣は首を傾げる。その土地どこにあるの、というか、御園の土地なんてあるの? と。


「私がいま住んでいるあたりの一帯の土地を買い上げたのよ。これからうちの不動産会社があそこに家を建てて、島民の若い世代とか隊員をターゲットに販売する予定なの」


 二人揃ってギョッとした。だから、これだから! 葉月さんは資産家のご令嬢なんだって!!


「うちみたいに、輸入住宅にする予定なのよ。義兄の部下になる男性がずっと不動産を担当してくれていて、彼の会社が管理しているから、心優と雅臣の計画や理想を聞かせてくれたら、ぜんぶうちで引き受けてもいいわよ。その人に会ってみる?」


 輸入住宅! その言葉に心優は一気に惹かれてしまった。


「あの、どんな輸入住宅なのですか。雅臣さんのご実家も輸入住宅ですごく素敵だったんです。わたしも、あんなゆったりした間取りの自宅がいいなって」


「あら、そうなの。うちも輸入で、彼の会社に建ててもらったの。海野もそうよ。なんだったら、うちの近くに建てたら? お互いの夫が留守になる時も、私も心優のお手伝いできると思うし……。私も、これから海人が独立したら独りになっちゃうかもしれないから、心優がいてくれたら安心だし……」


 それを聞いていた雅臣が急に真顔になる。


「俺が留守の間……。お願いしてもよろしいのですか」

「もちろんよ。こちらもお願いしたいくらいよ」


 雅臣が決した目をする。


「お願いします。是非、その方に会わせてください」


「わかったわ。伝えておく。ここのところずっと小笠原を拠点にしてお仕事をしているから、シドが住んでいる丘のマンションの義兄のところにいるわ。時間が取れたら教えるわね」


 どんな方なんだろう。御園のお商売を引き受けている男性なんて、あのミスターエドのように凄腕の社長さんだよね……とちょっと緊張していると。


「エドともうひとり、黒猫ボスを補佐しているフランス人の兄様がいるのよ。エドの先輩でね。本気になったら凄い怖いシビアな人なの。その人がうちの不動産をずっと取り仕切っていてね……」


 あのミスターエドより、先輩で怖い人!?

 あれ以上の幹部おじ様がいるのかと、心優は密かに恐れ震えた。

 でも雅臣は秘書官時代に知っていることだったのか『ああ、あの金髪の上品な男性ですか』と落ち着いてるのも心優には驚きだった。


「ジュールというの。シドのおじ様みたいな感じね。シドの生みの母親とは幼馴染みらしくて、シドが生まれたときから、ほぼ父親代わりだったみたいね。だから、シドは黒猫のボス級幹部である彼に認められたくて頑張っているのよ。猫パパね」


 猫パパ――。そう聞いて、心優も雅臣もそれだけで固くなった。つまり、ミスターエドのように、表の顔は医師でボディーガードだけれど、裏の顔は黒猫諜報員。その人もそんな人、黒猫リーダーということらしい。


 でも。シドがいつもいう『おじき』のことだろうと気がついて、心優は急に会いたくなった。どこか刹那的な生き方をしている彼をなんとかしてくれるのではないかと。


「土地だけでも下見にいらっしゃいよ。海に近くて風も程よくて気持ちがいいわよ。ジュールが子供用の公園も造ると言っていたから、そのうちに子供が育てやすい環境に整えていくと思うのよ」


 それまますます好条件。心優は楽しみになってきた。


「葉月さん、ありがとうございます。その方にお会いした後、心優と見に行きますね」


「なんかうちのお商売押しつけちゃったみたい。でも、住みやすいと思うのよ」


 それはご自分がそこで家庭を築いてきたからなのだろう。その不動産社長も、御園家で試験モデルにしてきたのかもしれない。


 これで入籍して、家のことも考えて。任務のことはあるけれど、帰ってきたらうんと幸せなことがいっぱい起きそうだから、やっぱり頑張って還ってくる。


 心優は城戸心優のネームを前にして微笑んだ。

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