25.みんな大好きソニック✧*。٩(*ˊωˋ*)و✧*。

「よかったね、臣さん。教官といっぱい話せて嬉しそう」


 と、心優が彼を見上げると、雅臣が涙ぐんでいたのでびっくり。


「お、臣さんったら……」

「悪い。石黒さんと一緒にいると、俺なんだか当時のガキのまま逆戻りしちゃうんだよな……」


 自分のハンカチで目元を押さえるお猿さん。こんなとき、心優は愛おしくなってしまって困ってしまう。


「いけね。今から、心優がいた教育隊に行くのに」

「大佐殿がそんな涙目だったら、後輩達がびっくりしちゃうよ」


 でもそんな涙もろい大佐殿もいいかな――なんて、心優は雅臣を笑顔で見上げた。


「よし、行くか」

 気を取り直した雅臣が、あっという間に大佐殿になってしまうのは驚き――。



 心優がいた事務所は、教育隊の本部に所属するパイロット候補生や現役隊員達の訓練のスケジュールや滑走路の時間割など基地の時間にまつわることを主に管理するところだった。


 そこ居続けたため、後輩しかいない。そして男の子は心優を飛び越して昇進していき、女の子は辞めるか結婚していなくなってしまう。


 そこを訪ねて、知っている後輩が残っているかどうか……。室長に会えれば、それでいいかなと思うぐらい。


 懐かしい事務室の匂いが、もうすぐそこ。夏のためか、ドアが開け放たれていた。


「お邪魔いたします」


 心優から覗いた。事務室には幾人かの隊員が休日当番で出てきている。

 おなじ白いシャツに黒い肩章、そして黒ネクタイという男性達が一気に振り向いた。


 遠くにいる室長デスクにいる男性が、とても驚いた顔で立ち上がる。


「園田!」


 四十代の男性が嬉しそうにしてやってくる。


「宮間中佐、おひさしぶりです」


 楚々とお辞儀をすると、彼がすごく喜んで心優の肩をがっしりと掴んだ。


「おかえり。ここを出て行ってからの活躍ぶり、すごく嬉しかった。俺の部下だったんだと自慢だよ」

「え、そうなんですか。ここではなんにもできなかったのに」

「そんなことはない。ちゃんと園田が残したものがある」


 宮間室長が振り返ると、一人の男の子が走ってきた。


「園田さーん、お久しぶりです! うわあ、本当に園田さんだあ!」

「吉岡くん! ええ、吉岡君?」


 二年前、心優が指導していた新人の男の子だった。


「え、背が伸びてる?」


 心優は思わず彼を見上げた。


「あはは。おかしいだろ。成人しているのに、ここでなんか伸びたんだよ。な、吉岡。どうだ、園田。男らしくなっただろ」


「はい。び、びっくりです。え、身体もちょっと違う?」


 おもわず、いつもの『肉体がわかっちゃう目』で、心優はつい後輩の男の子のお腹を触ってしまった。


 でも硬い! これ、鍛えてる! シドぐらい硬いんじゃない!? 心優は目を見開いてつい男の子を見上げた。


「園田さんに鍛えられましたからね。あれからもずうっと続けていたんです。いま空手部に入って技磨いてます。ほんとは園田さんが参加していたような体力作りの時のように指導を受けたいんですけれどね……。寂しいっす」


 どうやら心優が転属してその後も、彼は心優が残した指導を続けて鍛え、空手の虜になったらしい。


「な、園田。おまえが残したもの、なかなかいい男になっただろう」

「ていうか。園田さん、綺麗になりましたね」


 後輩の男の子が臆面もなく言うので、心優はつい顔を熱くしてしまった。


「そ、そうかな。御園准将がお綺麗だから……、同じようにとなっちゃって……」


「それっすよー。ミセス准将の側ってすごいじゃないですか。広報誌見ましたよ!! この事務室めっちゃ盛り上がったんですからね」


「そうだそうだ。まさか、まだ子供みたいな顔つきだった園田が。御園准将の隣で大人っぽくなっているのを見た時には、嫁に出した親父の気分……」


 と室長がしんみりしたところで、また男二人が『あーっ』と心優に詰め寄ってくる。


「嫁に出すって、ほんとに嫁になるんだってな」

「すげえっす、園田さん! あのソニックの奥さんになるんですよね!!」


 おめでとう!! と、もうお祝いされっぱなしで心優は圧倒されっぱなし。でもそこでようやっと、少し離れたところで控えてくれていた雅臣へと振り返る。


「あの、その、ソニック……です」


 雅臣が待っている方へと、男二人に紹介する。

 雅臣もおかえりなさいの大歓迎に圧倒されたのか、ちょっと気後れした様子で近づいてきた。


「お邪魔いたします。宮間さん、先日は声を掛けてくださって有り難うございました」


「城戸大佐、いらっしゃいませ。いやあ、園田を連れてきてくださって、有り難うございます」


「いいえ。先日の研修と最後に小笠原でフライトできたことを連隊長にお礼をしたかったものですから」


「無事に小笠原で飛べたのですね。よかったです。ここで訓練中も見事なアクロバットでした」


「最後の足掻きでしたから、なんとか――。そうだ。園田も一緒に飛ぶことができました」


 宮間中佐が驚いて、心優を見た。


「そうなのか、園田。え、ソニックの……」


 またここでも。ソニックの操縦する飛行機に乗れたのかこのやろうみたいな驚き顔。


「はい、御園准将が結婚のお祝いにと、二人で搭乗することを許可してくれました」


 すると、元上司の隣で静かになっていた男の子が、ものすごいなにかを耐えてうつむいている。


 ん? どうしたの? おい、どうしたんだ? と宮間中佐と覗き込んだら。


「うわあっっっ、本物のソニックだー!!」


 せっかく男らしく大人になったと思った後輩が、大きな雅臣へと一直線。


「俺、子供の時からのファンです。特に横須賀マリンスワローの展示飛行! 軍広報部から発売されたDVD持っていて、もう宝ものなんですう」


 雅臣の目の前で詰め寄っていくので、雅臣の方がびっくりして後ずさる始末。


「あ、そうだったんだ。あ、有り難う。嬉しいよ」

「サイン、ください」

「え、俺の?」

「はい。この前お見かけした時は、大佐殿だしソニックだし、畏れ多くて近づけるわけなくて! うー、俺の先輩の旦那さんになるだなんて!」


 やっぱりここでも、みんな大好きソニック現象が起きてしまう。心優はそんな雅臣であって欲しいと『わたしからもお願い』と笑った。


 ひとしきり近況報告をして、名残惜しかったが元の同僚と上司に心優は別れを告げる。


 雅臣が隣で疲れた溜め息をこぼした。


「なんかさ、心優ってさ。年下の男に好かれるよな」

「な、なに。いきなり」

「面倒見がいいのかな」


 たぶん、シドのこと意識してるのかなと思った。


「うちの双子もすっかりお姉ちゃんができたみたいに盛り上がって心優が来るの待っているし。いまの、吉岡君もなあ」


 しかも。男の身体触っていた――、なんて小声が聞こえてきた。


「そんな、うんと年下の男の子だよ。ずいぶんと鍛えていたからびっくりしただけ。ほんとに普通の痩せ形の男の子だったんだもの」


「ふうん。吉岡君と……」


 手帳にメモなどしているので心優はギョッとした。


「な、なんで。メモしているの?」


 まさか。心優と関わる男はメモしているのかと――。


「いや。気になる子はメモをしておく習慣をつけることにしたんだ」

「な、なんの話?」

「大佐の話。心優があんな若い子を育てていただなんてな」


 意味がわからなくて眉をひそめた心優だったが、雅臣の顔が言うとおりに大佐の顔。仕事の顔。なんのつもりなのか教えてくれず、疑問のままにさせられる。


「でも、わたしより。ソニックに会えて嬉しそうだったね」

「俺のスワロー時代はまだ子供だったなんて、ややショック」


「それでも彼の中ではずうっとエースなんだよね。そう、エースってそういうことなんだね」


 俺も素直に嬉しいよ――と雅臣も微笑む。


 基地訪問も終わって、さあ実家へいこうと、再びレンタカーに乗り込んだ。


 雅臣の運転で、浜松基地の警備口をIDカードを差し出してチェックアウトをしとうと車を停車させた時。心優と雅臣は一緒になってギョッとした。


 警備口の外、そこに真っ黒なバイクと全身真っ黒なレザー服を着た白金頭のライダーがいる。


 ええ!? お母さん! 心優も目を瞠る。あれが噂の『ゴリライダー』!?


 呆然としてる雅臣が、警備の隊員にカードを手渡すと、その彼が教えてくれる。


「城戸大佐のお母様ですよね。ここで待たせて欲しいと家族証を見せてくださいましたので許可しております。二十分ほどお待ちですよ」


 まさかの。真っ黒ゴリライダーのお母さんが、基地までお出迎え。

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