24.異国の王子、復帰す
まだ明かせないが、御園准将は既に『男が最後にいきつきたい仕事』を見据えて、先輩でもある石黒准将に『要求をつきつけている』ことを、雅臣が示唆する。ソニックが『最後にそこに行きたいと思っている』ほどの、なにかをしようとしている……。
育てたエースパイロットの『意地とプライド』をみてしまった石黒准将も『あのお嬢さんめ、何をする気だ』という不審な目つきになっていて、心優はひやひやする。
「雅臣、さっきの封筒。もう一度返してくれないか」
「え、どうしてですか」
「いいから、いいから」
雅臣は手帳に挟み込んだ『条件を飲むための、交換条件』を記された石黒准将から渡された封筒を言われるまま返してしまう。
すると受け取った途端、石黒准将は再びペンを手にして、さらに先ほどの条件に続きを書き足している。
「うわ、教官。ずるいですよ! 付け足しなしですよ」
「うるさい。それほどのすごいことをするなら、簡単に平井君はやらない。もっと条件ふっかける」
「うわーー、俺が怒られるじゃないっすかーーー」
ああ、もう……。大人の上司には敵わないお猿さんになってると、心優は隣にいて呆れてしまう。
「もう、連隊長もおやめください。なんですか、そんなことをミセス准将にお願いしないでくださいよっ」
あちらの高槻中佐も呆れている状態。それを元パイロット教官と元教え子パイロットで子供っぽくやり取りしているので、ついに心優と高槻中佐は顔を見合わせて笑いだす。
やっと雅臣が書き足されてしまった封筒を取り返した。
「はああ、もう。意外とめんどくさそうなのをさらっと簡単に……」
本気で汗をかいているお猿さんが取り戻した封書を心優ももう一度覗き込む。
・小笠原に招待すること
・島蜂蜜を送ってください。あれ、うまい。
・橘を一度こちらに出張によこす
・詳細打ち合わせのため、貴女と食事をしたい
なんてことが追加されていた。
心優も目が点になる。
「だって彼女とこっそり打ち合わせしておかないと、こっちが振りまわされるだけじゃないか。そういう意味だよ」
それもそうかも。海東司令とも年に数回極秘の食事をするのだから、それは訓練校設立にご協力頂くには必要ではないかと心優も思う。
「わたくしからも御園に伝えておきます。島蜂蜜も送らせて頂きますね」
ミセスの側近として心優が答える。隣にいた雅臣が少し驚いていたが、『自分からよく言った』という満足そうな笑みを次には見せてくれた。
雅臣もさっさと封筒を手帳に挟んでバッグにしまった。
「そうだ。高槻、あれを頼むよ」
「かしこまりました、准将」
側近の高槻中佐が連隊長のデスクから、なにかの報告書のような冊子を持ってくる。
「たぶん、ミセス准将の元にも既に届いているはずだよ。だがこれが俺のところに来たのは昨日でね。雅臣はまだ見ていないだろうが、実際に航海に出ていた者に確かめておこうと思っていたんだ」
「なんでしょう」
「空部隊の上層部で共有することになっている情報ではあるんだが。実際のところはどうかと思ってね」
その冊子を石黒准将がめくっていく。報告すべき情報の詳細を記された文章と、いくつかの写真画像が掲載されていた。
そこには空と海、そして空母も写っている上空。そして戦闘機の画像。尾翼に見覚えある特有のイラスト、そして機種はスホーイ、su-27。
それを見ただけで、雅臣の目が見開いた。
「あいつ、復帰している?」
あいつ? 大陸国の、雅臣が知っている男。心優も思いだしてハッとする。
「あの時の……」
ふたりの反応を見て、石黒准将と高槻中佐が顔を見合わせる。彼等も真剣な顔つきになっていた。
「やはり、知っているのか。いま、岩国の高須賀准将が艦長として巡回航行をしているだろう。その中間報告で届いたんだ。この機体がずいぶんと活発に挑発してくるらしい」
「あいつの機体番号に似ている……。尾翼のイラストはおなじだ。つまりおなじフライト編隊」
そして石黒准将も雅臣に告げる。
「この機体番号は前回ミセス准将が東シナ海で大量出撃を受けた時には出撃していない機体番号で、新しいものになるそうだ。高須賀准将はすでにさらなる情報を持っているようで、このパイロットが現れると『王子』と呼んでいるそうだ。彼がそう呼ぶから官制員達も近頃は『王子』と呼ぶらしい。そのことまで中央司令部に報告されている」
「高須賀准将がそう呼ぶとおり、もし『彼』であるならば、まさに『王子』みたいなもんですからね」
「ということはだ……。報告書にはまだそこまで確定はされていないが、このパイロットは……」
「確証はありませんが、高須賀准将がなにか確信を得ているならば、『王子』は前回の航海任務で出くわしたバーティゴを起こしたパイロットでしょう」
「つまり、あちらの国の総司令の……」
「機体番号が下二桁異なるだけです。彼の機体はバーティゴ事故の際に墜落爆破してしまったから、新しい機体を与えられた可能性が。ただ彼が復帰したのか、あるいは、他の新人がその機体に乗るようになったのかは確かに司令部の判断どおり判定はできないでしょう」
こちら日本国の空母艦に来てしまった、大陸国海軍総司令官の子息だった彼。あの彼がまた復帰して、以前以上のアタックを領空線で仕掛けてくるとの報告だった。
「平気で数秒の侵犯を試みてくる。以前と大胆さが異なっているそうだ。一度、競り合いになったらしい。その時にこちらから措置の通信をした際、おなじ周波数のチャンネルから『白いのがいない艦隊なら興味がない』と返してきたらしい」
「白いのがいない? それって……ネイビーホワイトのことですか」
「おそらく、雷神がいない艦隊なら用がないということなのだろう。ただ今回の艦隊にそれがいるかどうかはこちら日本側から明かすことはできないため返答はできない。白いのがいるのかいないのか確かめるための挑発は激しいらしい。高須賀君も、ギリギリ押し気味の航路で航海をするからね。でもあちらの狙い目はやはりミセス准将の艦隊だ。また行くんだろう。気をつけておいた方がいい。俺が言わなくとも、あのお嬢さんはもう戦略を頭の中で描いているだろうけれどね。あと、こちらも新人パイロットを各基地現場に送り出すにあたって、いまの情勢は知り尽くしておきたい。その心積もりを教育隊のうちに整えてさせておきたいんだ」
「わかりました。それも含めて、御園准将に伝えます」
「王子を救助した後、御園准将はなにを彼と話した? 雅臣もなにか話したのか?」
「それは……」
「だよな、司令部から許可がないことは言えないよな。だが俺も航海後の報告は届く立場にあるもので、ひとまずバーティゴを起こしたパイロット、つまり総司令官の子息が復帰したと睨んでいる。互いに接触をしたことがある者同士が、また敵国同士として空で接触する。ミセス准将がその時どうするのか。王子の気持ちがなんであるか。そこを案じているよ」
雅臣も黙ってしまった。もうソニックであって、大佐殿の顔になっている。
そして心優も、次の航海ではまた領空線ギリギリの、前の任務以上の緊迫する航海で、もしかすると高須賀准将がそうなったように次回はドッグファイトが勃発するのかもしれないと身体を硬くした。
「情報とご心配、有り難うございます。絶対に護って帰ってきます」
「うん。気をつけて行って来いよ」
「はい」
仕事の話はここまでだった。
その後は、恩師と教え子という和やかさで雅臣も楽しそうに会話を弾ませていた。
最後、石黒准将自ら、入口の扉まで見送ってくれる。
「今から実家か」
「はい。心優を家族に紹介して、明後日、彼女の実家の沼津に行く予定です」
「おまえのお母さん目立つよなあ。この前もそこのスーパーで会ったから挨拶したところだよ」
その話を聞いて、心優は『ここでもお母さん、目立つんだ』と、逆になんだか嬉しくなった。きっとハーレーダビッドソンに乗って買い物に行って、そこで石黒准将が見つけてしまうんだろうな――とその光景を思い描く。
雅臣はちょっと恥ずかしそうに照れている。
「はあ、ですよね~。いえ、母に挨拶してくださって、有り難うございます」
そして高槻中佐まで。
「私も先日、そこのバイパスを車で走っている時に見かけました。あちらは私のことはご存じではないのでご挨拶できないのが残念です」
うわあ、やっぱりアサ子お母さん。目立ってるらしい!
「いつも挨拶ぐらいであまりお喋りじゃないお母さんなのに、この前は『既に葉月さん経由でご存じかもしれませんが、もうすぐ雅臣が結婚するので、お嫁さんを連れてきてくれるんです』と、嬉しそうに俺に報告してくれたよ」
「そうだったんですか。いやあ、いろいろ心配かけちゃいましたからね」
「あの無口なお母さんがあれだけ喜んでいるんだから、おまえ、心優さんとしっかりやれよ」
あのお母さんが無口? と、雅臣と心優は一緒に首を傾げたが、どうも雅臣の上司の前では口をつぐんでお母さんも静かな様子を整えているようだった。
「帰ったら入籍するんだよな。おめでとう、雅臣。そして、心優さん」
「おめでとうございます。どうぞ、お幸せに」
石黒准将と高槻中佐に祝福され、心優よりも雅臣の方が嬉しそうだった。
二人で敬礼をして、最後に一緒にお辞儀をして失礼をした。
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