23.いつか俺が奪う仕事
雅臣が御園准将から言付かってきたのは、『浜松基地にいる、とある教官をよこせ』ということだったらしい。
自分より先輩の准将おじさまに、平気でふっかけるためか、石黒准将も『あのお嬢さんめ』と唸っている。
「ですが、そこにある教官の名は、小笠原で活躍されていたパイロットです。引退されて後、こちらで教官をされていますよね」
雅臣は、ミセス准将が誰に目をつけたのかもう知っている。つまり、彼女からその胸の内、手の内、今後の意向をきちんと知らされているということになる。
それは。雅臣が彼女の右腕として認められているということになる。そして彼はもう彼女の後継者として動き始めているし、ミセス准将もそのつもりだと心優は知る。
そして、その小笠原にいたという元パイロットの名を雅臣がはっきり口にする。
「平井中佐をお返しください」
雅臣の真っ直ぐな申し入れに、石黒准将も致し方なさそうにため息をついただけ。
「雷神の初代飛行隊長だった男だ。しかもミセス准将とはおなじフライトチーム、『ビーストーム』にいた戦友。彼女が雷神を発足した後に抜擢した1号機リーダーだ」
「そうです。俺が事故に遭った後にリーダーとして抜擢された平井中佐です。俺が事故に遭ったため、急に雷神の1号機になる飛行隊長を決めなくてはならなくなった。御園准将とも連携が取れるベテランパイロットとして、引退を決意していたところを彼女に説得され就任したと聞いています。うちの鈴木英太がエースの称号を取得したのを見届け、いまのスコーピオン、ウィラード中佐にキャプテンを任せ、ようやく念願の引退。雷神の飛行隊長だった経験を活かして、いまは浜松基地でパイロット候補生の教官――ですよね」
「そうだよ。雷神の初代飛行隊長ということで、候補生達は彼に敬意と憧れを抱いて訓練に挑む。うちの教育隊にとっての売りでもあるよ」
「自分も、先日、久しぶりに平井さんと話せました。俺がなるはずだった座に居座ることになったけれど、いい経験だった――と話してくれました。辛くはありませんでした。それを知った平井さんもホッとしてくれたようです」
「気にしていたんだろうな。雅臣が事故に遭わなければ、平井君は雷神など携わることもなく、ただ引退したパイロットで終わっていたはずだから。胸を張って選ばれたというわけではなかったのだろう」
そんな雷神の経緯もあったんだと、心優が知らない初期の雷神の様子を初めて知る。
「ですから。もうそうは思わずに、これから俺が指揮をしていく雷神の初代飛行隊長だったことを胸を張って誇りに思って欲しいと……。俺も伝えることができました」
そんなふうに事故を乗り越えた雅臣を知り、また石黒准将の目に涙が。
「うん、よかった。ほんとうに、俺も安心した!」
「ご心配かけました。これからは遅れ馳せながら、雷神で精進していく所存です」
「うん、わかった。でも、これとそれは別な。こっちだって売りの教官をまた帰してくれ、はいどうぞとはいかない」
「条件はいかがですか」
これまた雅臣がにんまりと微笑みかける。うわー、臣さん。御園大佐ぽい駆け引きの顔をしてる! 大佐殿になると、そこはかとなく腹黒い笑みはいまも健在。
「まーったく。こうやって横須賀でも長沼がいいように使われていくらしいじゃないか」
「長沼准将の主席側近をしていた自分としては、条件を飲むからこそ、長沼准将も力をつけてきたと思っておりますよ」
「うわあ、おまえ。すっかり葉月ちゃんの下僕だな」
「なんとでもおっしゃってください。そうです、俺は下僕です」
開き直った雅臣が堂々としているので、ついに石黒准将もちょっと躊躇った溜め息をつくと、胸ポケットのペンを手にした。
そのまま御園准将から届いた女性らしい封筒の宛名も記されていないそこに、なにかを書き出している。
書き出していること、六、七箇条ほど。
「彼女からコンタクトがないと、こういうことも頼めないからな」
そういって書き終わった封筒を雅臣に差し出した。
雅臣がそれを受け取る。しかも、心優にも見るように目の前に差し出してくれる。
「側近なんだから、覚えておけよ」
秘書官として室長だった時の声。いま遊びに来ているようで、そうではない。雅臣が浜松基地に来たのには、大事な仕事も含まれていたらしい。
そして心優も石黒准将の『交換条件』を眺める。
その内容に心優は息を止める。どれもこれも……。御園准将ではないと調べられないことばかり。あるいは、浜松基地として『そっちのこういう隊員を教育隊として何名欲しい』、『こっちにもチェンジが一台ほしい』などなど。
「すぐにはわからないことも多いだろうから。それらの調べがついて、こちらに知らせが揃った頃には、こっちもどうするか考える。そうすればちょうどいい時期なんじゃないの。どうせ小笠原にできるあれのことだろう」
明言はしなかったが、石黒准将も御園准将が言わんとすることは見透かしているようだった。
そこへ、秘書官の高槻中佐がアイスコーヒーとアイスティーを持って准将室に戻ってきた。
雅臣にはアイスコーヒー、心優にはアイスティーを置いてくれる。どちらも二人が先ほど飲み損ねたものだったので、ほっとした微笑みをお互いに浮かべてしまう。
「高槻。またお嬢さんから変なお手紙が来たよ。読んだら、いつもどおりにしておいてくれ」
「かしこまりました。後ほど、こちらに燃やすものを持ってきます」
「うん」
密通というわけだった。心優はそれを目の当たりにする。そのお遣いを頼まれていた城戸大佐の横に当たり前のようにしていさせてもらっているのは、心優が雅臣の妻になるからではない。御園准将の側にいる秘書官だからだと悟った。
高槻中佐も主席側近として、ボスに届いた密書に目を通している。
「平井中佐をよこせですか。まあ、なんとなく。そろそろ欲しいと言い出すんじゃないかなと思っていました」
高槻中佐もお見通しのようだった。
それでも石黒准将は溜め息。
「平井君はどうかな。やっと浜松に家族と落ち着いたところだろうし。お子さんも本州の学校に慣れてしまえば、また島に逆戻りともいかないだろう」
「どうでしょうね。奥様も島暮らしが長かったようですし、いまは単身赴任もできます」
と、高槻中佐は平井中佐の気持ち次第と言いたげ。でも連隊長は顔をしかめる。
「そんな寂しいことさせられるか。まったくお嬢さんも酷なことするよ」
そいういこともちゃんとフォローして引き抜かなくてはならないらしい。もうコックピットを降りて、家族と一緒に穏やかな地上勤務になったのなら、もう戻れないかもしれない。心優はふとそう思う。
だが雅臣がまた容赦なく切り込んでいく。
「確かお子様もあと数年すれば高校も卒業されるお歳だったかと。独り立ちさせてしまえば、ご夫婦で島に来られるかもしれませんしね」
そこまで雅臣も把握して、ミセス准将とおなじところへ向かおうとしている。しかも雅臣は、さらに目の前の恩師にふっかけた。
「俺は平井さんが羨ましいですよ。雷神の飛行隊長として葉月さんから選ばれ、しかも、今度は……。その仕事、俺、いつか平井さんから奪い取るつもりです」
そう聞いて、心優も平井中佐がどこに望まれているかやっと解った! 御園准将は平井中佐を、アグレッサー部隊の大事な指揮官に据えるつもりなんだと。
雅臣の悔しそうなふっかけを見た、石黒准将と高槻中佐がおののいている。
「雅臣……。それほどのことなのか? おまえほどのエースパイロットが……、そんな顔をするほどの仕事を彼女は準備しているのか」
「ええ。もう聞いた時は、ほんとうにやってくれるなと。あの人だからきっとできるんです。雷神を俺にほいっとくれたはずです。ですがいつか俺もそこに行くつもりです」
さらに石黒准将と高槻中佐が仰天した顔。
「雷神以上の、なにかってなんだ」
「そ、そうですよ。いまや、日本だけでなく提携してるアメリカからだって、雷神に選ばれないかとパイロットがそこを目指しているのに?」
「雷神は最高です。ですが、パイロットとして最後にそこに行きつくのも『男』かと感じています」
もう浜松のおふたりが絶句していた。
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