7.男同士、酔っ払った結果……(・_・)
親友が起こした事故で、エースと言われた自分がコックピットを追われた。
同時に、空を飛べる後輩達への羨望も、前に行きたいのに拒絶する精神と身体。あげくに、横須賀に帰れと突き放されたミセス准将への暴言。過去の自分を思い出すと居たたまれなくなる。
「俺にもおかわり頂けますか」
空になったコップ酒をカウンターの大将へと差し出す。
「いいんだよ。それがあって。ようやくここに戻ってこられたんだろう。頑張ったんだろ」
雅臣のコップにも溢れそうなほどに、日本酒を注いでくれる。雅臣も、今夜はなんだか変な気分になってきた。嫌な気分ではなくて……、こう溜め込んでいたものが、いまここで飛び出していく予感のような、奇妙な気分。
ああ、これかあ。それで御園大佐はここにくるのか、よーくわかった。しかも、なんだかんだいって、航空隊の大佐殿達も通っているじゃないか。しかも、葉月さんまで。
御園の男がよく足を向けるのだろうが、そうではない。御園の溜まり場というわけではなくて、あの人達の『軍人ではない兄貴』がここにいるから来るんだ。
これじゃあ。まだまだ青年まっさかりの子猫王子は、大将の手のひらに乗せられてぐだぐだするはずだ……と、雅臣はすでに目が据わっているシドを見る。
「おい、トラ猫。まだ子供はいらないって彼女と話し合っているから、遠慮せずに思いっきり訓練の相手をしてやってくれよ」
雅臣もコップ酒を一気呑み。あおって、シドの背中をバシリと叩いた。
「ああ、くっそ! 心優のカラダに、俺の好きなバニラアイスをのっけて舐めてみたかったなー」
またとんでもないことを言い出したトラ猫王子の大胆発言に、今度は雅臣が酒を噴き出しそうになった。
「はあ? これから夫になる男の前で、よくそんなことが言えるな」
「これくらいのやっかみ、いいだろ。いつだって心優に触れる男なんだから、さー」
というか。確かにあのかわいい彼女のカラダに、アイスを乗っけて舐めてみたい。雅臣もそんな気持ちになってしまったではないか!
「あー、臣サン。俺のアイデアを、今度やってやろうとかって顔しているでしょ。ひでーなー。最低大佐!」
「するわけないだろっ。なにいってんだよ」
いや、したいなと思った。やってみようかなと確かに思った。
「そっちも、俺の妻になる女を妄想でも勝手に使うな! 妄想で舐めるの禁止だからな」
「はー、妄想なんかしなくても。女には困らないし?」
「そうだ、そうだ。そっちで我慢しろ。心優は絶対に、渡さない。触らせないからな。押し切って触っても駄目だからな」
「んな、こと。これから先のことなんかわからないのが男と女っしょ。ねえ、おっちゃん」
大将もそんな二人のやり取りをみて、平気な顔で『わはは、そうだな。その通りだな』と高みの見物のようにして笑っている。
でも、そうして。お互いに気が済むまでやり合うのをそっと見守ってくれているようだった。
「あのソニックだから、俺だって、我慢してるんすからね。十代の時に見た、城戸サンのスワローアクロバット、めっちゃかっこよかった。特にテイクオフしてから直ぐの! めちゃくちゃ低空からの、急角度急上昇のハイレートクライム。『すげえ無茶すんな』ってやつを観客の目の前でやってのけたあのテクニック。あれすごかったー。エースの成せる技だった。心優が城戸サンを好きだってわかった時、あの男かーって、ショックだったもんなー」
「え、そうなんだ? 俺の展示飛行とか見てくれていたんだ」
あのトラ猫王子が、もう顔を真っ赤にして酔っぱらって……。カウンターにしょんぼりと顔を伏せている。
「広報映像の、コックピットの城戸サンもめっちゃかっこよかったもんなあ。ソニックのアクロバット、ほんと、俺も好きだった」
「そっか、あ、ありがとうな」
「ソニックでなければ、マジで奪っていたからな!」
「うん、わかった。……ていうか、その、これからも心優のこと、よろしくな」
「あー、くっそ! なんだよ、もう!!! おっちゃん、酒!」
はいはいと、大将が今度はどうしてか真顔で子猫のコップに酒を注ぐ。
はあー、俺もどうして! 真っ正面から『あんたの妻になる女、狙っている。好きなんだよ』とかいう男に、『これからも妻をよろしく』なんて言わなくちゃいけなかったのか!
「大将、俺もおかわり」
「はいよ」
やけくそになる場所、なれる場所。きっとここにはまたくるな。雅臣はそう思った。
思ったけれど。何杯酒を飲んだか、覚えていない。
―◆・◆・◆・◆・◆―
ハッと目を開ける。布団の上だった。そして、ヒヤッとした。
俺、呑んでいたのでは? ここ、どこだ?
でも。『コックピットの俺』が壁に貼ってあるから、ここ、俺の家だよな? そうか、俺、ちゃんと帰ってきたんだな。
でも。俺のコックピットの写真を引き伸ばして作ってくれたポスター……。ベッドルームではなくて、和室に貼り替えたよな?
ここ和室? 俺の家だけれど、なんで俺、今日は和室で寝ているんだ?
心優は――。痛む頭を抱えながら、雅臣はむっくりと起きあがる。
畳に敷かれた布団の上だった。こっちで寝ることなんてない。ここは心優の母親が小笠原に遊びに来た時に泊まっていく部屋で、その為の布団。
「屋台にいたのに? あれ?」
見下ろすと、ネクタイは外れていたが、しわくちゃになっている白シャツとスラックス、制服を着たままだった。
「んー、」
誰かの手が、雅臣の手に触れた。人肌、暖かい人の体温。
なんだ心優、俺と一緒にそこにいたのか。声がした方に振り返って、雅臣はギョッとする。
そこで横たわっているのは、金髪の男! おなじくしわくちゃになった制服姿のままで眠っているシド!
「う、」
うわー! なんでおまえがここにいる!! ここ俺の家! と叫ぼうとしたら、青い目がぱっちり開いた。彼も雅臣をみつけて凝視している。
「うわーーーー! なんだ、これ!!!」
雅臣が叫ぶ前に、がばっと起きあがったシドが叫んだ。
「なななな、なんで臣サンがここにいるんだよ」
「俺だって、どうしておまえが俺の家にいるんだよ」
「え、臣サンの……?」
シドが辺りをキョロキョロと見渡す。官舎の一室、和室で、壁にはスワローパイロットの広報ポスター。
彼の顔色が見る見る間に青ざめていく。
「嘘だろ。俺……、絶対にきちゃいけないところに来た!?」
片想いをしている彼女の愛の新居に来てしまったという彼の衝撃。でもかろうじて、彼女と大佐殿が愛しあっているベッドルームではない。
「なんで、臣サン。俺の自宅は、丘の御園家マンションだって知ってたんだろ」
「聞いてはいたけれど、昨夜、どうやって帰ってきたか覚えていない」
「俺もだ。どういう経緯でこうなった。というか、男と寝ていて目覚めるだなんて最悪だ。しかも、城戸大佐と心優の自宅だなんてっ」
シドがすっかりパニックを起こしているが、雅臣もなにがなんだかわからない。
すると、和室のふすまがすっと静かに開いた。
そこには夏シャツ制服にスラックス姿の心優がいた。彼女の冷めた目線……。それだけで男二人は『そうか。俺達は酔って前後不覚になって、ここに帰ってきたのか』と悟った。
「城戸大佐、フランク大尉。おはようございます。お食事が出来上がっておりますよ。お風呂も沸かしておきました。あと一時間で出勤時間です。早めの支度をお願いしますね」
基地でそうであるような秘書官の顔で言われた。それだけいうと、心優はすうっとふすまを閉めていなくなった。
雅臣の背に、さあっと冷や汗が滲む感覚。それはシドも同じく。
「どーすんだよ、臣サン。俺達、二人で会ったことがばれないようにって漁村に行ったのに。二人で酔っぱらって、しかもここに帰って来て心優に知られるって。無駄になってんじゃん」
「あー、そ、そいうことになるのか!」
飲み過ぎて重い頭を抱えながら、雅臣はさらにがっくりと項垂れた。
「嘘だろー。心優のあの顔、めっちゃ怒ってるじゃん。俺と臣サン、どうして会っていたのか絶対に勘ぐっている」
どうして会っていたか、言わなくちゃだめ? いわなくてもなんとかなる? トラ猫王子のパニックは続く。
だが、雅臣は腹をくくった。
「なんとかする。シドは余計なこと言うなよ。俺がなんとかするから」
「聞かれたら、正直に答えるってことなんすか」
「わからない。心優と正面切って話さないとわからない」
「俺が心配していた件だけは、絶対に言って欲しくない」
そこは男として、そして、心優が哀しまないためにも死守せねばならないことは雅臣もわかっている。
「安心しろ。そこは言わない。言わないが、なんとかする。どうする、一度、家に帰るか? 帰るなら俺の自転車を貸してやるけれど」
シドが腕にしているミリタリーウォッチを眺めて唸る。
「間に合いませんね……」
「シドも腹をくくれ。うちで風呂浴びて、メシ食っていけよ。俺のシャツ、貸してやるから」
「うわー、女が結婚生活する家で酔いつぶれて、風呂借りて、夫のシャツ借りて出勤って最悪じゃねえかよ」
「まだ結婚していない」
同じじゃないか! とシドがじたばた布団の上で暴れ出した。なんだこのガキンチョは、おまえは本当にシークレット隊員の『チャトラ』なのかと首を締め上げたくなってきた。
再度ふすまが、勢いよく開いた。
「シド、うるさい! 臣さんも早くして!」
またドンときつくふすまが締められる。
「怒ってる。心優がマジで怒ってる」
トラ猫王子が、さぐられたくないことが彼女にばれるのではないかと、すっかり怯えている。
そして雅臣も、溜め息……。
(二度目の)どうしてこうなった。
まさかの、恋のライバル(?)トラ猫王子を家に連れて帰ってきてしまうだなんて。
心優はどう思ったのだろう? 絶対に近寄らないだろう男を雅臣が連れて帰ってきてしまったこと。また一緒に呑んだくれていたことも。
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