28.ファイター・クライシス!

 きっとフレディの6号機はハイレートクライムで急上昇をしてきたに違いない。


 あちらもそれだけの体力で英太に奇襲をかけてきた。だが英太も考えている。上がってきたばかりなら、今度は急降下させてやる! バレット機の片翼が下方へと傾くと、そのままひらっと珊瑚礁の海へと墜落するようにしてどんどん高度を下げ落ちていく。


「いいぞ、バレット。海面まで叩きつけてやれ」


『ラジャー! ……アイツに海面に叩きつけられそうになったことがある。ずうっと忘れていない、あの時の屈辱!』


 その時も、ミセス准将とスプリンターのコンビで追い込まれ、辛酸を舐めさせられたという英太の記憶が蘇ったようだ。


 雅臣のモニターにガンカメラが映すのは、海面がぐんぐんぐんぐん近づいていくる映像。そしてヘッドマントディスプレイの高度計数値と高度移動スピードを示す水平スケールがものすごい速さで、低空高度値を打ち出して下がっていく。


 訓練中の下限高度というのが決められている。これより低い高度では訓練時は飛んではいけないというもの。だが、今日はそれがない。コンバットのために、海上まで追い込みOKのエリアへの飛行を許可してる。


 そのエリアで、バレットとスプリンターが海面に突っ込んでいく鳥のように急降下をしている。


 当然、垂直並の降下をしている彼等にはいまの時点で8Gはかかっているはず。


 しかし雅臣はまだだと手に汗を握る。高度計、速度、機体の角度。英太の荒い息づかい。そしてコックピットに移りすぎていく高速の『青』と『海』。足下からゾクゾクとした何かが駆け上がってくる!


 俺、飛んでる。いま、本当にコックピットにいる。あの時の俺が見ていたものそのものがここにある!


 あの人が『指揮をしていても、空を飛べる』と言ってくれた意味が、本当の意味がここでようやっとカラダで感じている!


 だが目の前のモニターの映像は海面のみ、高度計も操縦桿を切らねば上昇もできないポイントに来ている。


 もう9Gぐらいは彼等の胸を押しつぶしているはず。でもどちらも操縦桿を動かさず、そして追うスプリンターも急降下の操縦で手一杯なのかロックオンもできず。


 ――あがれ、そっちからあがってしまえ! そっちももう苦しいだろう!?


 いつもはミセス准将が『そのへんにしなさい』と彼等の安全を考慮してストップをかけるところ。雅臣もいままではそうしてきた。


 雅臣は離れているカウンターにいる彼女へと目線を流す。すると、彼女もこちらを見ている。


 ――はやく英太を上昇させてやりなさいよ。

 ――そっちこそ。いつもなら『あなた達の為』とか言って、止めに入っているだろ。


 彼女がいつにない歯軋りをして頬を引きつらせているのが、あからさまにわかってしまった。彼女があんなにムキになっている! そして雅臣も『畜生。こんなときに貴女は怖いもの知らずのティンクに戻って一線を越えようとする』と睨み返してしまう。


「おいおい! 海面にぶつかるぞ! 俺に指揮を返してもらう!」


 雷神の訓練責任者である橘大佐に、雅臣もミセス准将も通信手段の無線を切断されてしまう。


「7号バレット、6号スプリンター! 今の対戦はそこまでだ。高度をあげて、上昇しろ! 勝負つかずだ!」


 海面ギリギリまでの急降下、どちらも譲らない限界を超える操縦を即座にやめ、素直に海面で旋回し上昇をしてきた。


 彼等が通常飛行に戻った時点で、橘大佐が通信を再開させてくれる。


『キャプテン、ダメだった。ギリギリまで頑張ったけれど……。アイツを振り切れなかった……。やっぱ互角ってヤツかな……』


「悪い。エンブレムの大佐が中止をかけてしまった」


『ミセスからは、止めなかったってことっすよね?』


「そうだな。あっちも同じ事考えていたようだな。今日はいつもの限界を超えてもいいってな……」


 英太の溜め息が聞こえてきた。そっか、あの人も限界を超える覚悟だったのかと。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 訓練時間が終わり、空母艦から陸へ戻る時間になる。

 連絡船の乗り口へと、パイロットと共に向かう。


「あの、城戸大佐」


 指揮をしていたブリッジ管制室を出た通路で、ミセスの護衛をしているはずの心優が、雅臣の目の前にやってきた。


 エースコンバットの演習中、心優は一度も雅臣とは目を合わそうとしなかった。彼女もミセスのそばにいる以上、誰よりもミセスの表情を見つめ読みとり、彼女のことを第一に考えるようになっていると雅臣もわかっていた。


 その心優が護衛中だというのに……。


「准将からのお願いです。レモネードを買ってきて欲しいと」


 は? なんで俺が? それってそちらの秘書官の仕事では? 雅臣は眉をひそめる。


 だが心優も困った顔をしている。しかもミセス准将が遠くから『買ってこないと承知しないわよ、雅臣』という目でじいっとこちらを見据えている。


 つまり、雅臣にそれをさせる意味があるとわかった。


「承知いたしました。確か、ブリッジ下、甲板レベル2の官制員クルーの寝室エリアの自販機にありましたよね」


「お手数おかけします。連絡船が出航するまでにどうしても飲みたいとのことです」


「よほどにお気に入りなのですね。そのレモネードは……」


 これが飲みたくて、彼女が遠い自販機めざして姿を消すというのもよく聞く話。そのせいで、このメーカーの自販機があちこちに置かれるようになったとか。なんつう我が侭を――と思いながら、心優が差し出してくれた小銭を受け取った。


「有り難うございます。お待ちしております」


 心優がホッとした様子で、ミセス准将のそばへと戻っていった。

 はあ、女王様のお遣いか。雅臣は溜め息をついて、ブリッジ階下への階段へ向かう。


「雅臣、先に乗船口に行ってるからな」


 橘大佐の掛け声にも『先に行っていてください』と告げる。


 管制室から甲板より下の階へと向かう。陸で言えば地下にあたるところ。まったくもう、陸まで我慢できないのか、あの人は。しかも付き添いの秘書官がいるのに……。いや、心優には常にミセスのそばにいて欲しいし、ラングラー中佐に言えばきっと彼も『なにをいっているのですか。陸まで我慢してください』ときちんと言い返しそうだ。


「だからって、なんで俺??」


 対等な日々が続いて勝負がつかない当て付けか? と思いながら、レモネードをゲットして、皆より遅れて雅臣はこれまた甲板レベルさらに階下へ。海面に近いフロアにある連絡船乗船口に辿り着く。


 だが、そこで待っていたのはいつも共に行動をしている橘大佐ではなく、優美な空気をまとっている女性が二人、青い空と海を背に待っている。


「ありがとう、雅臣。ごめんなさいね、付き添いではない大佐に買いに行かせてしまって」


 ミセス准将と心優の二人だった。

 待機している連絡船は一隻になっていて、その向こうの海上には二隻の連絡船がすでに出発してしまったところ。


「橘さんには先に帰ってもらったわ。私が雅臣に我が侭のお遣いをさせたから、私が待っていて連れて帰るってね」


「はあ……、そうでしたか。あ、これ、どうぞ。冷たいうちに」


 冷えた缶ジュースを雅臣は彼女に差し出す。


「ありがとう。今日みたいな暑い日には欲しくなってしまうの」


 もう甲板でのミセス准将の顔ではなくなっていた。雅臣が時々出会う、お姉様の顔だったからなんだか逆に落ち着きがなくなってしまう。


 なに考えているんだ。でも雅臣はこの状況になって気がついた。『わざと俺に少し離れた場所に買い物に行かせて、他の者は先に帰して、人払いをしたんだ』と――。


 つまり、雅臣と対面して話したいなにかがあるということ。


「さあ、帰りましょう」


 心優が先に船室へと乗り込み、ミセス准将の前を気遣っている。ミセスが船室に入ってから、雅臣も後をついていく。

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