14.アイスマシン(連隊長)もびっくり

 双子が見せる奇妙な勘に、そこにいる大人たちが引き込まれていく。


 ついに御園大佐が勝手に『パイロット候補生シミュレーション』に切り替え、遊びではない正規の訓練メニューを双子に与えてしまう。


『あれ、上に見えていた黒い点。なくなっちゃったな』


 データがすり替えられたことを知らない双子だが、ティンクがいなくなったことには気がついた。そして彼等の後ろにはそのパイロット候補生のデータが近づいてきている。


『うしろからなんか来た!』

『え、なんかコックピットが鳴っている!』


 コックピットが鳴っているのは、候補生のデータが双子を捕らえてロックオンの範疇にまで迫ってきたから。そして。もう飛行機の形が見えているのに、叔父さんが気がつかずそのままだなんておかしい――と双子も騒ぎ始めている。


「科長。双子が無意識に操縦桿を握りました。危機感を持っているようです」


 コックピット内に備え付けられている室内カメラが双子をモニターに映し出す。津島大尉の報告どおりに、双子は揃って操縦桿を握っていた。


「よし。操縦桿のロックを解除しろ」


 勝手に操縦できないよう固定されていたロックが解除されれば、双子自身が操縦できるようになってしまう。彼等の操縦次第では、あっというまに墜落してしまうことに……。


 操縦桿を動かせばいいってものではない、スピード調整の操作さえ彼等は知らない。シミュレーションとはいえ、パイロットを目指したい双子がショックを受けないか心優は心配になってしまう。


 なのに御園大佐はまたにっこりおじさんの顔になって、ヘッドセットのマイクから双子に告げる。


「操縦桿が動かせるようになったよ。さあ、ゲームのはじまりだ。後ろの敵から逃れられるかな?」


 まるで子供に接する先生のような語り口で、御園大佐は双子を煽った。


『マジで! わ、ほんとうだなんか動く!』

『え、え、どうすればいいんだよ!』

「逃げたい方に逃げればいいんだ。自由にやってごらん」


 大佐はゲーム感覚の空気にして、双子の感性を見定めようとしている? 連隊長も御園准将も雅臣も、御園大佐の後ろから食い入るようにモニターを眺めているだけ。心優はその横でハラハラするばかり。


「科長、スピードが低下。そろそろ機首が落ちます」

「まだ切り替えたばかりで、惰性でスピードが残っている。そのまま行かせてやれ」


『真後ろに来た!』

『絶対、俺達、ロックオンされている!』


 そうロックオンされそうになっている。ロックオンをされるまえに、なんとか回避しないと!


「ユキ、ナオ。操縦桿を右だ、右……」


 雅臣も無意識にそう呟いている。声など届かないのに。

 なのに、本当に双子がその通りに、揃って操縦桿を右に倒している!


 目の前のモニター映像には、右に回避した双子二機の映像が。後ろにいた敵機をひらりとかわしたところ。


 それには、そこにいた上官がそろって『本当にやった』と仰天した顔を揃えた。


「ソニック、いままで何か教えたことがあるのか!」


 あの連隊長が、テレパシーのように通じあっている叔父と甥っ子と、シンクロするような双子の操縦を見るなり、雅臣に食らいついてきた。


 アイスマシンと言われている冷静な男が吼えたので、さすがのミセス准将も驚きで固まり言葉も出ない様子に……。


 雅臣が小刻みに頭を振る。


「いえ、そんなことは。ただ、ゲームセンターのコックピット型の操縦ゲームで叔父さんと一緒にやってみようと遊ばせたことは……」


「ゲームセンターだと! それだろ!」


「あの、連隊長……。遊びのゲーム操縦席ですよ。チェンジとはまったく別の代物……。それに一緒に遊んだのは双子が小学生の時ですし、回避ぐらいなら身に覚えがあってできたぐらいで偶然だと思います」


「いいや。遊びでも敵が来たらどうすればいいかという勘は同じだろ!? そういう予備知識でやってのけたってことだと思うんだ!?」


 あの連隊長が裏返った声になって興奮しているし、困惑しているし彼らしからぬ物言いで、連隊長ではなくてみんなの兄貴というちょっとした素にもどってしまってるじゃない――? 心優もこんな連隊長は幻かと目を擦りたくなってきた。


 ゲームセンターでもシートが動いて楽しめるものはある。だが、それとこのシミュレートはまったくレベルが違う。それでも双子の危機感と感覚は合っているし、いま危機を回避しようとした本能の行動は『正解』を導いている。


「神谷、双子のヘッドマントディスプレイに『ナビゲーター』をつけてやれ。それから、ドッグファイト形式もここまでだ。次は『本物の、候補生シミュレーション』をさせてやれ」


「イエッサー」


 御園大佐だけが、目線を鋭くさせ静かに淡々と事を進める。

 連隊長も額に滲んだ汗を指先で拭うと、ひと息ついていつもの凍った顔に戻った。


「隼人。候補生の訓練をさせるってわけか」

「はい。もう充分でしょう。天性とかいうのは……。本物の初心者訓練をさせてみましょう」

「そうだな」


 それを聞いて、心優はもう震えていた。

 嘘。パイロットになれるから、パイロットの訓練をさせてみようと、トップの人達が認めてしまった?


 嘘。これじゃあ、あの子達も、これから臣さんみたいなパイロットになるってこと!?


 まさかと思っていたのに。それが本当になりそうで、心優は震えている。


 それは甥っ子になる双子が、大佐殿のようなパイロットになるかもしれないから? 夫のようなエースパイロットが親戚からまた誕生するかもしれないから?


「葉月。あの子達、いま高校二年生だと言っていたな。入隊をするとしたら再来年度か」


「はい。小笠原の訓練校設立までは間に合いません。このままでは、横須賀に取られてしまう可能性も高いかと……」


 またトップのふたりが話し始めたことにも、心優は驚きを隠せない。それは雅臣も同じだった。


「待ってください。連隊長、准将。双子はまだ身体検査などもパスしておりません」


「きっと大丈夫よ。あなたと体格も体質もそっくりみたいだし」


「そこでだめならだめで、基地には来ないだけだ。それならそれでいい。こちらも諦めがつく」


 銀縁眼鏡の連隊長まで、もうその気になっている。


「葉月、どうする」


「スカウトする組織でもお作りになられたらどうですか。いずれ小笠原の訓練校に入隊させる候補生が欲しいという名目で――」


「なるほど」


「そう思って。スカウトしたい候補生を岩国で一時預かりにしてもらえないかと、既に岩国の高須賀准将に協力してくださるようお願いしております」


「そうか――」


 御園准将がもう先へと仕事を進めていることも、ここで初めて知った心優は雅臣と顔を見合わせる。


 この人はもう、雷神など振り返らない。本当に橘大佐と雅臣に引き渡して、自分はもう先を歩き始めているのだと……。


「わかった。滑走路侵入の件は『不問』とする」


 ついに連隊長が、双子の処遇に結論を出した。

 双子になにかを感じたということに!!

 心優はもう力が抜けそう……。


「ただし、あの双子が入隊をしたら絶対に小笠原に確保しろ」


「もしかしたら、英太並みの問題児かもしれませんわよ。英太も『こう思ったらまっすぐ突っ込む』タイプでしたでしょう。自分の心のモヤをはらすために、艦長を襲う。『どこかの大佐にそそのかされて』でしたが、滑走路侵入飛行をしたこともありましたでしょう。あのようなこともありうるということですよ」


 鈴木少佐は、小笠原に赴任してすぐに『御園大佐』にそそのかされ、戦闘機が侵入してはいけない輸送機や旅客機の滑走路に突っ込んで、ダイナミックな飛行を『高官棟にいる、連隊長とミセス准将』に見せつけたことがあるらしい。処分を受けたのは御園大佐で、そのときも、ウサギさんが空母にすっ飛んできたのを楽しんでいたという話は、心優も聞いたことがある。


 それぐらいのことを、双子もやりそうだと、彼らの才能を気にしているミセス准将は、そこも感じずにいられないようだった。


 そしてそれは細川連隊長も。


「ああ、そうだったな。ゾッとするほど惚れ惚れする飛行だった――。隼人にそそのかされたとはいえ、あれは度肝を抜いた。しかし、あれを見てしまったからこそ、あの問題児を……」


 当時を思い出したのか、連隊長が少しだけ迷いを見せたのだが――。


「かまわない。そうなったらそうなった時だ。それに扱いにくい候補生ならば、どこの訓練校も匙を投げるだろ。こっちで引き取ろうってもんだ。またバレットのように立派なパイロットにすることも可能だ。そうしたいから、将来性を傷つけない判断とした。不問とした俺もリスクを背負うことになるわけだから、無駄にしないでほしい」


「かしこまりました、連隊長。不問としてくださり、ありがとうございます」


 双子の才能を認めた連隊長が、もうスカウトする気になっている! でも心優はそれよりも、双子が昨日したことが許されることになってもうそれが嬉しくて……。


「城戸大佐、不問になりましたよ。良かったですね」


 心優はまず、双子にもゴリ母さんにもなんの処分もなくなったことを喜んだ。


 でも雅臣は浮かない顔をしている。叔父さんとしてなにか不安なのかもしれない?


「そうそう、操縦桿の動かし方はそれであっている。音声ガイドに従って、ナビゲーターの映像どおりに動かしてみようか」


 御園大佐は双子に簡単な操縦桿操作を既に教官の顔で教えている。

 双子は『ほんものみたいだ』と喜んで従ってもう楽しそうだった。


「それから、葉月。『アグレッサー』のことも、そろそろ準備を始めておけ」

「わかっております、連隊長」

「なんだか疲れた。俺はもうここで帰らせてもらう」


 あの細川連隊長がいつにない疲れた顔をして、コントロールルームを出て行った。


 連隊長が出て行ってすぐ、雅臣が御園准将に問いつめる。


「准将、アグレッサーって……。まさか……『アドバーサリー部隊』をこの基地で編成するつもりなのですか」


 『アグレッサー』に『アドバーサリー』? 連隊長から初めて聞かされた『指令』だった。心優はなんだか胸騒ぎがした。


「そうよ。まだ日本の『国際連合軍基地』ではどこも持っていないから、それなら小笠原の訓練校の特徴として作ってしまおうと連隊長と話していたの」


「アドバーサリーは、自国の概念以外の理論をもって、あらゆる敵を仮想して戦術を組むうえに、どうしてそんな操縦が同じ戦闘機でできるのだと思わせる程の相当な技術を持ったパイロットが必要となりますよ。いわば、戦術の職人ですよ。自分の性格や特徴を生かして飛ぶんじゃない。その敵の特性になりきって演じることもできるほどの、」


「そうね。でも、だいたい目星もつけているわ。そういうパイロットこそ、すぐ目につくもの。ただ、雷神のように広報で華々しいステージでの活躍もない。ただただ、その部隊でパイロットをコーチするために淡々と敵機をこなす。でも、全国のパイロットには悪魔のように恐れられる、尊敬される。雅臣、あなただって、行く末はアグレッサー部隊のパイロットになれたと思うわよ。あなた、小笠原に戻ってくる前に、岩国で名を伏せてのアグレッサーをしてくれたでしょう。ああいう『敵役』がこれからの雷神には必要なの。雷神と同じぐらいの、いいえ、以上の『アグレッサー』がこれからはね……」


 雅臣は先を行く彼女がどこへ向かっているのか知って絶句していた。


 そして、御園大佐は知っていたのか知らなかったのか。双子の指導をしながらも、肩越しにそっと妻を見ているその眼差しが冷たくなっている。怒っているようにも心優には見えた。


 初めて聞いたのか、あるいは彼女が訓練校での仕事をしようとしていると知ってしまったのか。また心優は違う胸騒ぎに渦巻かれる。


 昨日だけではなくて、今日も。いろいろ目の前で起きてしまって気絶しそう……。心優はため息をそっとついた。

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