13.エースパイロットDNA?
お気に入りのコーヒーを飲み干すと、細川正義連隊長は『そろそろ行こう』と御園准将室を出て行こうとした。
ついていくのは御園准将にお供の心優、そして雅臣。城戸の母までのチェンジ入室は許可できないとされ、准将室で待機することになった。
工学科チェンジ室までの道をゆく中、いちばん後ろについてくる雅臣へと心優はときたま振り返る。
非常に困惑した様子の表情のままだった。心優はそっと気配を殺して、准将の背から離れる。
「臣さん、大丈夫?」
「大丈夫なものか。なんで双子の才能を――なんて話になるんだよ。あのガキども、ちゃっかりチェンジに乗せてもらうようになって、しかも俺のデータで動かすだって? 気絶するか酔うに決まっているだろ」
「だよね。エースソニックのデータでしょう……。しかもコードミセスに勝っちゃたんだから、いまチェンジでは最強ってことだもんね……」
「これで連隊長がやっぱりなたいしたことなかったと感じたら、じゃあ、どうなるんだよ。俺の家族――」
きっぱりと判断したことを告げてくれるならそれで従ったのに。なんでこんなことになっているのかと雅臣は焦れているよう。
「でも、御園准将はもう気にしていたよ。双子ちゃん達を迎えてくれた時に、なにか思いついたみたいにニヤニヤ楽しそうだったもの」
「はあ~、いい加減にしてくれ。なんだよー、もうすぐ心優と夏休みだと楽しみにしていたのに。どうしてこうなるんだよ」
そして最後、雅臣がぽろっとこぼした。
「いつもそう。俺の家族は騒々しい。心優に会わせるのが不安だったのも、そういうことがあって……」
びっくりしただろう。ほんとうにごめんな。なんて、こんな時に雅臣が謝るので心優も困ってしまう。
「心優。プライベートの話し合いなら後にしなさい」
護衛としての勤めを忘れて、彼女の背から離れてしまったことを諫められる。
ふたり揃って『申し訳ありません』と頭を下げ、心優はもとの護衛に専念する。
チェンジ室に到着すると、御園准将から前に出てドアを開ける認証を取る。次に雅臣が、最後に連隊長がと登録している生体認証をパスしてチェンジ室に入った。
そこではもうチェンジの箱が油圧で動き始めているところ。二階のコントロールルームの窓には既に御園大佐の姿が見えた。
二階に上がり、御園大佐と工学科科長室のメンバーとチェンジの動作操作を監視しているコントロールルームへ。
「いまちょうど、発進をしたところです」
一行の到着を確認し、すでにヘッドセットを頭に装着している御園大佐が、やってきた全員にひとつずつヘッドセットを配った。
心優ももらえたため、さっそく頭に装着する。
『すげえ! いまカタパルト行ったよな!』
『行った、行った。すげえ! これマジで雅臣叔父ちゃんの操縦?』
さっそく双子がはしゃぐ声が聞こえてきた。だがすぐさま『うげーー』『うわーー』という叫び声が聞こえてきて、心優はハラハラしてくる。
それは叔父の雅臣も同じ。
「空母から離艦して上昇旋回しているところで、操縦席が真横になっているんだろ。もうそれだけで目が回って吐くやつは吐くんだ」
雅臣もハラハラして、御園大佐が見ているモニターへとたまらず歩み寄っていく。
「俺の、なんのデータですか」
御園大佐の横に並んでしまった雅臣が尋ねる。
「コードミセスと対決する前に、ティンクの癖を知りたいと、本物のティンクデータと練習対戦しただろう。あれ」
「それでも、本気で操縦したやつですよ。あいつら、遠心力に耐えられるかどうか。3D映像も加わって視覚的にも惑わされて酔いやすくなっているでしょ、チェンジは――」
エースだった自分には当たり前の操縦でも、双子は初体験のコックピットで身体を振りまわされる。プロともいえるエースが本気を出して操縦したデータで動かされるコックピットを、いま素人の高校生が体験しているということらしい。
『なんか変な音が聞こえる』
『後ろからなんか来てる』
雅臣が何が来たのか、モニターとデータを見てインカムから双子に説明しようとしていたが、御園大佐が真顔で雅臣の口元を制した。
「なにか来ただろう。叔父さんのソニック機を撃墜しようと近づいてきた敵機だ」
その途端に、また双子が『うわーーーー』と叫びまくっている。
「ティンクを振りきるために急降下をした時の……。本物の飛行なら、G8レベルですよ。チェンジだから重力はかからないけれど、軸を保つために小刻みに左右に揺れる調整操縦はするし時には一回転だってする。コックピットの傾斜も下向きになってかなりの角度……」
「そうだな。キャノピーに映る空の景色は高速に流れていくし、正面には海面が高速で迫ってくる。『ぶつかる』という焦りがジェットコースターの何倍もの恐怖に感じることだろう」
「ユキ、ナオ……」
「大丈夫。エチケット袋もたせているから、吐く時はそこに吐くよ。吐いたと言ったらその時点で終了だと約束している」
そんな案ずるばかりの雅臣を、細川連隊長と御園准将は黙って静かに眺めているだけ。さすがアイスドールとアイスマシン。そういうところはご兄妹のように見える。
「なかなか激しそうだな。さすがソニックの操縦だ」
「通常ならば、この時点でほとんどのものがギブアップをします」
「双子の声が聞こえなくなったな……」
「あら、ほんと。意識が朦朧としてきたかですわね」
「そうか。やっぱりそうなるか……」
彼等も結局のところ、一般人と同じ。特に感じることもなし――と連隊長はすこしがっかりしているようだった。
いきなりエースソニックの操縦席で振りまわされるだなんて、いくら体格の良い双子でもムリだよと心優は思う。もうちょっと緩めのデータでみてあげられなかったのかと。
『大佐さん、左上の雲の上になにかいるみたいです。でも叔父さん気がついていないのかな』
静かだった双子だが兄の雅幸の声が聞こえてきた。
『ほんとだ。ちっちゃいけどなんか俺達にひっついてきてる』
続いて、雅直の声も――。
准将と連隊長が驚いたように顔をあげる。双子は意識はしっかりしているし、気絶もしていない。
御園大佐も途端に真顔になった。インカムのマイクを口元に近づける。
「どうした。雲の間になにかみつけたのか」
『影がある。な、ナオ見えるだろ』
『うん、すっごい小さな黒い点。あ、少しずつ降りてきている?』
『でも叔父さんは水平飛行のままで、気がついていないのかな』
気絶などしていない平然とした声に、彼等の目の良さ。それに驚いたのは、パイロットだった雅臣と御園准将。特に雅臣は青ざめている。
「雅臣、いまのほんとうに見えていると思う?」
「思います。この時の対戦データを覚えています。今の双子は操縦をしていないから気がつくことができただけだと思いますが、俺はまだこの時点ではティンクが雲に隠れて降下してきていることには気がついていません。確かに左上からティンクが攻めてきたのは覚えています」
それを知り、あの御園准将がとてつもなく驚いた顔をした。
「いままで言わなかったし、気がついている先輩もいたとは思うけれど……。私は女だから雅臣達のようなダイナミックな上昇や急降下ができないでしょ。だから、雲を使って少しずつ降りることはよくしてきた」
「俺も最近、気がつきましたよ。だから准将は雲のない日はとてもやりにくかったことでしょうね」
「その通りよ。快晴日の訓練は最悪だったわね。隠してくれるもの、騙せるものがなにもない……。でも双子はエースソニックより早く、雲に隠れているティンクに気がついているってこと?」
パイロットふたりの会話を聞いていた細川連隊長も、控えていた後ろからコントロールカウンターまで近づいてきた。
「いまの話、ほんとうなのか。だとしたら、双子は視力がいいのは元より、動体視力も勘も良いということか」
『大佐さん! どんどん近づいてきてる』
『叔父さん、まさか気がつかないでこのままやられたってこと?』
双子はティンクがそっと近づいてくる危機感を募らせている。
「俺、ここで上からティンクにロックオンされたんですよね。おそらく、あと十五秒ほどで撃墜アラームが鳴ると思います」
そこでお試しはおしまい。
それでも連隊長はもう、唸っていた。これで充分? 双子に何か感じてくれた? 心優は彼がなにを言い出すのかドキドキしている。
考えあぐねている連隊長を見て、御園大佐が動く。
「神谷、いまのソニックのフライトデータを停止させ、今年のパイロット候補生のフライトデータに差し替え、ドッグファイト形式にしてくれ。どれでもいい」
「イエッサー」
工学科の神谷中佐が指示どおりに操作をする。
御園大佐がいつのまにか側に来ている細川連隊長に告げる。
「まだ操作も未熟な候補生のフライトデータとの対戦形式に変えました」
「双子が候補生と対決できる状態というわけか」
「そうです、連隊長。津島、双子のフライトデータをメモリーしておくように。ユキとナオと名付けておけ」
「ラジャー、科長」
御園大佐がやろうとしていることに、雅臣とミセス准将がまた驚き、御園大佐に詰め寄った。
「なに考えているのよ! 一度も操縦桿など握ったこともない、普通の高校生なのよ! 候補生とはいえ、訓練をしてシミュレートしているんだから対戦になるわけないでしょ!」
「そうですよ、御園大佐! 操縦桿を動かせたとしても、あいつら加減がわからなくて墜落するに決まっています!」
だが、御園大佐は妻と雅臣に詰め寄られても知らぬ顔。その横にいる細川連隊長も何も言わないし止めないし、彼の眼鏡の奥にある黒い目はもうモニターに釘付けで身を乗り出している。
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