12.連隊長の処分決定法?
「では、昨日の騒動についての判断をさせていただきたいと思う」
連隊長を正面に、城戸一家と御園准将と雅臣が並んで座った。御園大佐は連隊長の隣に控える形。心優は福留少佐といつものお茶入れのアシストで、ソファーの後ろで控えている。
「まず。御園准将の一存で、双子を特別に入場させた件について」
彼女が特別扱いで入場させた為に、このような騒ぎが結果をして起きた。まずその根本からの判断を説明すると連隊長が告げる。
「本来ならば基地への入場については、既に家族証IDカードを所持していること。あるいは所属隊員本人から申請があり、隊員本人が警備まで迎えに行くことが規則である。その通例を破り、御園准将が『必要な手続きはすぐにする。責任は自分が持つ』として、警備の許可にて入場をさせたわけだが……」
銀縁眼鏡の冷たい眼差しが、ミセス准将に注がれる。そこを罰するかどうかだった。
「訪れた者が未成年であったこと。ここを考慮したとする。未成年のみでこの基地に訪れてしまった経緯は、基地とは関係せず、隊員の家族の問題であることで、どうにもできなかったとする。さらに、未成年が訪ねてきてしまい、警備でも対処しかねていたのは事実。まずここで、未成年であったとしても通例どおりに完全に入場を拒否し『帰るように』と突き放した後、双子が土地勘もないこの島を途方もなく彷徨い事故でもあった場合は、基地の対処へと責任が向けられただろうことを踏まえ、警備でもどうにもできなかったところを、上層幹部である御園准将が自分が責任を持つとまず未成年の身柄を安全を考慮して保護したものとする」
よって不問。という結果になった。
それだけで城戸のお母様が『よかった』と漏らしたほどだった。そして双子も、涙もろい子達なのかふたりで手をとって『うー、よかった』と目を潤ませた。
だが、連隊長はそれを見ても我関せず。その先を進める。
「一番の問題は、双子がまだ業務中である滑走路へと、警備隊の許可無く振りきり侵入したこと」
いよいよどう対処されるか告げられる。
何故かそこで連隊長が次の言葉を躊躇っていた。ふうとひと息漏らしても、言葉を発しない。
それでも、皆、固唾を呑んで待っている。
「連隊長、どうぞ」
そこへ福留少佐のコーヒーが目の前に置かれる。
「ありがとう、福留少佐」
連隊長はそれに一度手を伸ばしたが、いや、いまはそうではないと思ったのか手を引っ込めた。そして、意を決したようにして目の前のミセス准将を見た。
「海野から聞いたのだが。御園は昨日、海野に土下座をしてまで懇願した際、『将来あるパイロット志望の少年がしたことは』と言ったそうだな」
「はい、さようでございます。双子の彼等は、叔父の城戸大佐のようなパイロットになりたい、基地が見たい、叔父がどのように活躍しているかその目でみたくて来てしまったのですから」
「誰が、将来あるパイロットと決めたのだ」
いつもの威圧感ある切り返しに、あのミセス准将が言葉に詰まった。
「おまえがそう決めたのか、葉月」
「……少年が夢見るのはよくあることではございませんか」
「将来あると、ミセスは、そう感じたのかと聞いている」
いつにない尋問めいた追求に、御園准将も戸惑っていた。
「雷神をリードしてきたおまえが、パイロットを束ねてきたおまえが、どう思ったのかと聞いているのだ」
その聞き方を知り、心優もはっとする。連隊長も気がついている。『空部大隊長のおまえが気にしているのは何故か。なにか見つけたのか』と連隊長はそこをはっきりしろと問いつめているのだと――。
連隊長が問いつめているその時になって、隣で静かに控えていた御園大佐も真顔になっていた。妻がなにを言い出すのか、彼も眼鏡の奥のホークアイをきらりと輝かせて窺っている。
「あると、感じております」
ミセス准将の返答に、連隊長と御園大佐が視線を交わし頷きあう。そして雅臣は驚いていた。まさかうちの甥っ子が? ミセスの眼鏡に適ったのかと言いたそうだった。
「だから土下座もできたというわけだな。だから海野を通じ、不問になるようにして欲しいと懇願したというのだな」
「さようでございます」
「わかった」
そう答えると連隊長は御園大佐に何かを促した。
「澤村、いいな」
「かしこまりました、連隊長」
途端に、眼鏡の大佐がいつもの怪しいにっこり満面笑顔を双子に向けた。
「初めまして。おじさんは工学科というところの大佐です。ちなみに『澤村』は旧姓で、いまは『御園』です。そこの准将の夫でございます」
澤村と呼ばれていた男性が、実はミセス准将の夫だったとやっと知ったアサ子母と双子が驚いた顔をした。そんな彼等に御園大佐は『お嬢様のところの婿養子でございます』とこともなげに、あの怪しい笑みで伝えた。
「准将と一緒にいる時、あるいは見分け易く聞き分け易くするために『澤村』と呼ばれることも多いです。ご承知を。今から、君たちを『チェンジ』というパイロットのシミュレーション機の見学に連れていきたいと思います」
誰もが『え』と眉をひそめた。特にミセス准将が。
「お待ちください。連隊長、まだ昨日の滑走路侵入についての――」
「黙って聞いていろ」
険しく返され、さすがのミセス准将が黙り込む。それだけの威厳を放つ冷たそうな連隊長を目の前に、誰もが触るまいとばかりに黙って静かにしていた。
そんななかでも、御園大佐はにこにこ。双子達に、なにかの書類を二枚、それぞれに差し出した。
「このシミュレーション機の部屋には限られた者しか入れませんし、一般の方にも公開もしておりませんし、撮影の申し込みがあってもいまのところ広報が頑として断りを入れるほど『極秘』としています。なぜならば、そこに実際の戦闘機でフライトしたパイロットの操縦データをコックピットから抜き出し、データ化したものをシミュレーションとして記憶させているからです。いわば、パイロットのデータバンクだと思ってください」
御園大佐がそのまま、双子のそれぞれにボールペンを差し出した。
「今日はこのシミュレーション機を体験して頂きます。まずは叔父さんソニックの操縦データでも体感してみようか。コックピット並みのシートに座って、座席がその通りに回転するんだ。乗りたいだろう?」
双子は一瞬、とても嬉しそうにしたが、でも……いま喜んでよい場面なのかどうかは弁えているようで、そっと怖い連隊長の表情を確かめていた。
「私がそうしろとこの大佐にお願いした。この大佐は、シミュレーション機の管理責任者だ。このおじさんについて、まずはコックピットがどのようなものか体験してきなさい」
「ですが……」
双子がまだ結論が出ていないのにどうしてと戸惑う顔。
「子供は外に出るように。いまからは大人同士で話し合い、結論を後ほど報告する。澤村、さっさとサインをさせて連れて行け」
「イエッサー、少将」
では――と、御園大佐が双子に書類を説明する。
「機密設備なので、外部に今日見たことは決して口外しないという誓約をしていただきたい。一枚目はどのようなことを守って欲しいかという項目」
御園大佐が双子に渡した一枚目の書類の項目を、自分のボールペンで指し、説明するたびにそこにチェックを入れていく。
「どのようなものだったかを誰にも伝えない。SNSなどでも話題にしない。投稿しない。情報は外に決して漏らさない。そして、チェンジ室に入る時は撮影や録音できるものは持ち込まない。PC、スマホ、タブレット、デジカメ、ICレコーダー等、全て持ち込み禁止。火気厳禁、ライターなどの持ち込みも禁止――」
この基地でも隊員が命じられている約束を、双子にも説明をしている。
「二枚目は、一枚目に提示されたものを約束するという誓約書。同意できるのであれば、サインを。それを確認次第、チェンジ室へ案内しよう」
御園大佐の説明を飲み込めたのか。双子は互いを確認することなく、意志を揃えたようにして、迷わずにサインをした。
「連隊長、これでよろしいですよね」
二枚の誓約書を回収した御園大佐が連隊長に見せた。
「いいだろう。では、澤村。連れていってくれ」
「かしこまりました。では、雅幸君に雅直君、大佐のおじさんについておいで」
二人はそれでも喜ばず、神妙な面持ちで立ち上がり御園大佐についていく。准将室を出て行く時、双子がもうしわけなさそうに、または不安そうにお祖母ちゃんへと振り返った。
「行っておいで。せっかくのチャンスだろう。雅臣がどんな操縦をしていたのか、体験しておいで」
「うん。わかった」
御園大佐もなにもかも承知の上のようで、ただただ余裕の笑顔で、息子と同世代の双子を連れ去っていく。
子供がいなくなり、連隊長が誓約書を手にしてしばらく眺めていた。
「では、子供もいなくなった。大人の話をしよう」
いまからだ。本当に葉月さんとアサ子母さんが責められるのはいまから? 心優の方がドキドキしている。それは雅臣も同じようでじっと何かを堪えている顔のまま。
「いまからあの双子がチェンジを体感し、本当にパイロットの素質を『連隊長の俺が』感じることができるかを試したいと思う。つまり、葉月が頭を下げてまで表沙汰にならぬよう守ろうとしたのが正当かどうか、その結果次第で、今回の処分を決めたいと思う」
え、まだ処分を決めかねている状態だった? 心優は絶句する。では、いまから、双子次第で決まるってこと?
「かしこまりました。では、双子に才能があるとわかったら……」
「葉月のただの勘だけでは信用できないってことだ。いいな。澤村が双子をチェンジに乗せる準備が終わったら、俺達もチェンジのコントロールルームで密かに見学をしようと思う。それでいいな、葉月」
御園准将の目の色も変わった。この基地の魔除けだろう『天眼石』の目を見つめている。
「承知致しました。連隊長の判断に従います」
「では、後ほど行こうか。それまでまずトメさんのコーヒーを味わうとしよう。先日はひとくちしか楽しめなかった」
福留少佐には、ちょっと素敵な優しい目元になる細川連隊長。少佐も心優と控えているところで、丁寧にお辞儀を返すだけだったが、いつも連隊長に所望されて嬉しそうだった。
「うん。うまいな」
ご機嫌な顔をする瞬間。窓から入ってくる風に、花と柑橘の香りに、お気に入りのコーヒー。結局、細川連隊長は気分が良さそうだった。
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