39.ゴリラじゃなかった(ノ∀`)
体育会系のガハハな家族が、心優の実家の雰囲気。
なのに、『ファイターパイロットだった大佐殿が来る!』と気構えた兄とその家族がかしこまって待っていたので仰天する。
雅臣には気楽な家族だよと緊張しないように伝えていただけに、心優は焦った。
だから。雅臣が正座しているその前に、心優が立ちはだかる。
「やめてよ。いつもこんなじゃないでしょ。雅臣さんがびっくりしているじゃない」
すると父も困った顔をした。
「いや、父さんも、気さくな青年だよ――と兄ちゃん達に伝えたんだけれどな……」
すると端っこで大人しくしていた小学生の姪っ子二人がひそひそしはじめている。
「ルリ、マリ。静かにしなさい」
母親の咲子、心優の義姉がしかめ面になったが、ひそひそしていた姪っ子二人が最後にはクスクスとおかしくて堪らないという笑い声をたてる。
「こら。ルリ、マリ!」
次男の武郎兄貴も睨んだ。
でもおませな年頃の二人が、ついに心優に向かって言った。
「心優ちゃん、すごい!」
「大佐さん、イケメンだね!」
あ、そう? おませなあなた達から見ても、そう見える? 心優はひっそりと微笑みたくなったが堪えたのに、姪っ子達が思わぬことを揃って言い出した。
「だって。心優ちゃんが結婚するって聞いて……」
「軍人さんでガタイがいい男ってお祖父ちゃんが言っていたから」
『絶対に、パパ達みたいなゴリラを捕まえてきたんだよね、笑わないように気をつけなくちゃ』!!
「って、思ってたのに」
「予想外! ゴリラじゃなかった」
なんて、二人揃って言ったので、園田家の大人一同が凍り付いた。母親の咲子義姉に至っては『なんてこというの!』と顔が真っ赤に。
「あはははは! ゴリラって……!!」
雅臣が正座をしたまま笑い出した。
「いやいや、ゴリラでいいよ。うちの母親もゴリ母ちゃんと呼ばれる大型母ちゃんだから、ゴリラの息子でゴリラは当たってる!」
それで緊張がとけたのか、やっと基地で見せている凛々しい大佐殿の顔になる。あの愛嬌ある男前のお猿スマイルを姪っ子達に見せる。
「ルリちゃん、マリちゃん。叔父さんになる雅臣です。よろしくな」
大人の男のセクシー目線が、姪っ子達に直撃。やっと姪っ子達が恥ずかしいことをしたと顔を真っ赤にして黙り込んだ。
「かわいいね。心優おばさんに似てる。えっと、これ……。ルリちゃんとマリちゃんに、おじさんからお土産です。どうぞ」
心優と相談して準備した、イマドキ女の子が喜ぶブランドのポーチセット。かわいいラッピングにリボンをしてもらった。
ひと目で、どこのものかわかっちゃうイマドキ女子の姪っ子達が目を輝かせた。でも、ここはお行儀良く。お母さんの顔を窺っている。
「せっかくだから、いただきなさい。雅臣さん、ありがとうございます」
「いえ、お義姉さん。うちの実家に双子の甥っ子がいるんですが、心優さんもよくしてくださったんです。自分もお嬢さん達にさせてください」
「まあ、双子ちゃんがいるのですか」
「いやあ、毎度お騒がせの双子でしてね。俺に負けないほどがたいがいいんで、大騒ぎになるんですよ。やっぱり女の子はいいですね。かわいいです」
咲子義姉まで、雅臣の男前スマイルに恥ずかしげにうつむく始末。でも心優は改めて思った。お猿さん、キラキラする時はほんと凄い。一気に惹きつけちゃうんだからと。
姪っ子達も雅臣のそばまで近づいてきた。
「おじさん、ありがとうございます」
「いただきます。雅臣おじさん」
「うん。かわいい姪っ子がいると聞いていたから楽しみにしていたんだ。会えて嬉しいよ」
お猿さんの男前スマイルを目の前にして、姪っ子二人がついにぼうっと雅臣に見とれていた。
「おじさん、パイロットだったんですよね」
「うん」
「敵の戦闘機を見たことあるの?」
「あるよ。周辺諸国の不明機が近づいてくるから、スクランブルがあるんだ。『こっちに来るな、国に帰れ』。国境線を護るんだ。それが戦闘機パイロットの仕事だよ」
「怖かったことある?」
雅臣がそこで笑顔のまま黙った。どう答えるのか。心優も気になった。
「俺達がやる。俺達がやらなくてはならない。コックピットに乗れる男は限られている。その男になれた以上、コックピットを望んだ以上、その道を選んだ男の使命だ。不明機は『俺達はそっちに行けるんだ、おまえ達の国なんかより強いんだ』と仕掛けてくる。そうなると燃えるんだ。こっちにくるものならやってみろ。こっちにはいってくるな。俺達が意地でもここは護る――と。そこで俺が護るものはなにかというと、ルリちゃんとマリちゃんも護っているという気持ちになる。その領空線は『国民の尊厳』なんだ、1ミリも馬鹿にされてはならない、踏み込まれてもならない。怖いと思うのは、陸にいる人に二度と会えなくなるかもしれないことだけだよ」
姪っ子達がそれだけでうるっとした目を見せた。そういう感情もあっという間にお猿のシャーマナイトの目は感じさせてしまう。
「もうそこには大佐は行かないの」
「行けなくなったんだよ。怪我で戦闘機に乗るには適性外の身体になったんだ。でも、いまは空母艦で後輩のパイロット達を護ろうと思っているんだ」
「心優ちゃんとまた行くってほんとう?」
「本当だよ。でも、また帰還したら心優おばさんと会いに来るよ」
姪っ子がホッとした顔をした。かわいい包みを胸に抱えると、母親のそばに戻っていく。
「すまないね、雅臣君。パイロットがうちに来るなんて初めてなもんだから」
「いいえ。すこしでも興味を持って頂けるのは、海軍パイロットとして嬉しいことです」
父がやっと雅臣を座布団がある席へと誘った。雅臣も緊張がとけたのか、にっこり穏やかな微笑みのまま座布団へと座った。心優もやっとその隣に座る。
それにしても――と。心優は正面にいる兄貴二人を見た。臣さんがあんなに怖がっていたのに。こっちの兄貴が怖がってるじゃないと予想外の緊張ぶりにびっくりする。
「お食事をいただく前に、前もってお知らせしていたお話しをしてもよろしいですか」
雅臣から切り出したことに、雅臣のそばに座っていた父が固まった。その隣にも母やゆったりと正座をして雅臣に向いてくれる。
雅臣が心優を見たので、心優も準備していた婚姻届をテーブルの上に広げた。
雅臣がそれを手に取り、父にそっと差し出す。
「ご挨拶をさせていただきます。心優さんと結婚をさせてください。お父さん、お母さん、お願いいたします」
白い海軍の夏制服姿で、雅臣が厳かに正座にて頭をさげる。その後ろで心優も『お願いします』と頭を下げた。
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