9.ミセス准将、土下座する

 間もなくして、この基地の副連隊長『海野達也うんの たつや准将』が、側近の柏木中佐を伴って滑走路警備室に姿を現す。


 艶やかな黒髪のハンサムな細身の男性。それでも元フロリダ海兵隊で狙撃の名手。そして、ミセス准将の家族のような人であって、同期生で未だにライバルという人だった。


 滅多に会うことはないが、その凛々しくも艶っぽい眼差しの男性が、それでも険しい目つきでやってきた。


「なんの騒ぎだ」


 副連隊長の声に、そこで待機していた一同が立ち上がる。

 警備隊の大尉も、滑走路への進入を許してしまった青年隊員も。

 双子はまだメソメソしていた。ゴリ母さんはもう顔向けができないのかうつむいてばかり。


 まずは警備大尉が『お疲れ様です!』と敬礼をする。それに習って、部下の青年達も恐れおののいた様子で敬礼をした。


「こちらの少年二名が許可無くゲートの外に出てしまい、なおかつ、滑走路上を走行したため、警備にて確保致しました」


 海野准将がその双子をみおろす。


「へえ。今日、噂になっていた『ソニックの甥っ子』ってことか。確か、どこかの自分勝手なお嬢さんが、いつものように自分の言うことなら絶対に大丈夫と過信して、特別入場許可をしてしまったらしいじゃないか」


「さようでございます。海野准将。わたくしが、勝手にいたしました」


 そもそもライバル同士という同期生。顔をつきあわせれば、じゃじゃ馬ポニーとか無駄吠え犬と、年甲斐もなく言い合いをする准将同士のふたりだから、いつも以上に海野准将の物言いがキツイ。


 そのうえ、昔はミセスの部下だった海野准将も、いまは若干上の立場の副連隊長。そこはミセス准将も正式となると頭が上がらない状態になってしまう。まさにライバルとしては状況不利のミセス准将となる。


「それで。御園准将は、この事態をどう受け止めるのか。説明して欲しい」


 いつもは負けたくないライバルなのに。そこはさすがに御園准将も口惜しそうにして。でも、逆らえるわけはないと口を開いた。


「強制送還が妥当だと……思っております」


 歯切れ悪い返答だったが、それでもミセス准将自身から言い放った一言に、警備隊の彼等がギョッとしていた。


 未成年のうっかりにも容赦なし。それは警備隊の彼等もわかっているのに、そうすべきなのに。でも未成年のうっかりだからミセスならなんとかしてくれると思っていたのだろう。


「そうだな。俺もそう思う。ミセス准将らしい決断で安心した。入場許可をしたミセスの責任も覚悟の上ということだな」


 最終決断の権限を握っている副連隊長の一言を聞かされた途端だった。


「申し訳ありません!」


 黒いスーツ姿の母さんが、海野准将の目の前で土下座の姿をみせた。


「本日、息子に招かれてやってきました。城戸アサ子と申します。城戸雅臣の母でございます」


 海野准将も戸惑ったまま、雅臣へと視線をむけてきた。雅臣も深く頭を下げるから、心優も一緒に頭を下げた。


「すべては、孫の素質をわかっていながら、到着するなり落ち着かずに追いかけてしまった私の責任なのです! 孫達は図体は大きいのですが、まだ子供です。子供がしたことだとご容赦願います。子供にそうさせた、保護者である私の責任です。葉月さん、いえ、御園准将にはなんの落ち度もないのです! このまま双子を本島に連れて帰ります。ご迷惑は二度とかけません。私自身が出入り禁止になっても構いません。ですから基地のどなたも悪くはないのでお願い致します!」


「お母様、わかりました。ですが審議は必要となります。そこは軍の判断になります」


 だがその母親の隣に、今度は雅臣が飛び込んでいく。雅臣も土下座をして、床に額をこすりつける。


「副連隊長! ほんとうに申し訳ありません。母も甥も基地になれておらず、また、自分も家族に説明不足でした。軍の判断は甘んじて受けます。ですが、御園准将への処分は筋違いです。これは私の家族のことです。家族である自分へ処分をお願いします!」


 それを見てしまったら、心優もおなじく。雅臣の隣へと土下座をして、一緒に頭を下げた。


「いや、ちょっと待て。城戸大佐の家族のことだが、双子の面倒を見ていたのは葉月だったと聞いているだから、責任は」


 家族揃っての土下座に、今度は海野准将の方が狼狽えている。いつもの凛々しい余裕ある男前の顔ではなくなっている。


「副連隊長さん、ごめんなさい。ほんとうに二度と二度と勝手な行動はしません!」

「俺達、強制送還になってもいいです。だから、御園隊長や雅臣叔父や心優さんに迷惑かからないようにしてください!」


 双子まで、お祖母ちゃんの隣に並んで土下座をして頭を下げる始末。


「そうだな。迷惑をかけたのをわかっているなら。だがここはおじさんの一存だけでは許されない事態だ。明日、連隊長に報告し、各部署責任者と話し合った上での結論となるから……」


 海野准将の声もやや迷いが出てきたように心優には思えた。


「私からもお願い致します」


 最後、御園准将が前に出た。アサ子母の前に立ち、そこにあのミセス准将が絶対に頭を下げたくないだろう同期生の目の前、冷たい床に跪いた。


 後ろに控えている警備隊の誰もが『嘘だろ』と声を漏らしたほど。

 御園准将が、ライバルである海野准将の目の前で土下座をする。床に額をつけて――。決して、下の隊員には見られたくないだろうし、決してやりたくない姿だと心優も驚く。


「正当な処分を私が受けます。ですので、将来あるパイロット志望の少年がしたことはお許しください。お母様も小笠原基地には初めて来られました。私自身がお迎えをするべきでした。お母様はとにかく私に迷惑をかけたくない、これ以上息子である城戸大佐の負担にはなりたくない一心で、即日来てくださったんです。一般市民の方々です。厳しくされるべきは、基地を管理する側である准将のわたくしでございます」


 海野准将の革靴のつま先。そのすぐ前で御園准将が額をくっつけている。さすがに、海野准将も狼狽えていた。やめろ、おまえのそんな姿みたくねえ――とでも吼えそうな顔をしている。でも抑えている。


 そこへ警備隊の大尉も前に出てきた。


「副連隊長。ゲートから外に出したことは、私どもにも落ち度があります。本来なら絶対にあってはならないことを起こしてしまいました。若い彼等は最終便で業務が終わったという気の緩みもあったと思います」


 これでは、若い彼等が責められてしまう。一緒にそこにいた心優が今度は焦る。


「副連隊長。ゲートを守っていた警備隊員のおふたりは、最後の一人だったわたしの退室をきちんと促し、施錠をすることろでした。その一瞬の隙でした。彼等の警備に不備はありませんでした」


 心優がかばったせいか。今度は若い彼等まで――。


「いいえ、副連隊長。大尉が言うとおりに、施錠すれば業務が終わると気が抜けていたのです」

「警備隊として、ゲートを突破させてしまったのは、我々の不徳といたすところ!」


 海野副連隊長を目の前にして、そこにいる誰もが頭を下げるという状態になった。


 最後に、ラングラー中佐も。御園准将の側に跪いて、海野准将を見上げた。


「御園准将が双子から目を離すことになったのは私のせいでござます。御園准将に確認してほしいことがありましたが部外者に聞かれたくない内容だったため、隊長室続きの秘書室までお願いしました。ドア付近でほんの一言二言交わしただけ、准将がお部屋に戻った時にはもう……」



「あ~~ もうーー。わかった!!! 俺が何とかする!!」



 海野准将の声が響き渡る。そして誰もが笑顔で頭を上げた。

 だがアサ子お母さんと御園准将だけは頭を床にひっつけたまま。


 そんな足下にいる栗毛の彼女へと、海野准将が指さす。


「ずるいぞ、葉月! おまえがそんなことするからだ!」


 威厳ある副連隊長の顔をしていたのに。心優も知っている『ライバルのワンコさん』の声になっている。


 しかも、心優はそっと床の目線から御園准将を見ると……。彼女が床に顔を伏せたままニヤッとほくそ笑んでいるのを見てしまう。


 うわー、さすが葉月さん! 同期生を手玉に取った瞬間を見てしまった気分だった。


「それでも連隊長には報告する。あとは俺と連隊長との間で判断させてもらう。それでいいな」

「ありがとうございます。海野副連隊長。感謝致します」


 神妙に土下座をするミセスを見て、海野准将が顔をしかめる。


「うえー、おまえにそんな言い方されたことないから、きもちワル! きもちワル! どうしていまここに兄さんがいないんだよ」

「夫はもう帰宅しております」

「こういう時にいないだなんて。そっか、だから俺に連絡してきたな。このクレイジーポニー!」

「恐れ入ります。副連隊長殿」


 どうあってもへりくだりっぱなしのライバルのそんな姿がたまらないのか『もう帰る』と言いだした。


「お母様、せっかく小笠原まで来られたのですから、ゆっくりしてください。お孫さんのこともお母様のことも、私がなんとかいたします」


 副連隊長自らの言葉に、やっとゴリ母さんも顔を上げた。


「ありがとうございます! 副連隊長様!」

「いえ。……自分もソニックのお母様にはお会いしたかったので。後日、御園を通して改めてご挨拶させてください」


 そういって海野准将は、最後にミセス准将をちらっと睨んでから警備室を出て行った。


 やっと御園准将が顔を上げる。


「はあ~。なんとか審問調査沙汰にならないようね、ほっとした~」


 あのミセス准将が気の抜けた顔。審問調査となると、各所の権限を持った責任者からさまざまな取り調べをされ、今回の不備の判断により処分処遇が決まることになる。


 それこそが経歴に傷を付けるというもの。御園准将はそれをさっと瞬時に、海野連隊長を利用してまで、『内輪沙汰』で収めようとしてくれたのだ。


 その素早さに気がついた心優は、ひさしぶりの神懸かりに絶句する。


 それは警備隊もおなじくだったようで、しばし呆然としていた。だが、警備隊大尉もほっとひと息。


「准将。お見事でございました。これで我々も正式な報告として上に上げずにすみます。そして若い彼等の不備も救って頂きました。お礼を申し上げます」


 まだ土下座スタイルで気の抜けた顔をしているミセスの側へと、大尉が跪き頭を下げた。それに合わせ、ゲートを突破させてしまった若い警備隊の彼等も上官の大尉の後ろで跪き、准将に頭を下げた。


「やめて。かえってお詫びをしたいぐらいよ。あなた達に負担をかけました。ですから、これぐらいさせてください」


 ミセス准将もそこでやっと立ち上がる。なのに、そこで警備大尉がくすっと笑いをこぼした。


「これぐらい……ですか? 『葉月さん』が『達也さん』に頭を下げるだなんて、前代未聞ではないですか。そこまでしてくださったお礼なのです」


「別に。海野も、私が心より頭を下げたなんて思っていないわよ。きもちワルって言っていたでしょう」


「その姿を私達に示してくださったお気持ち、忘れません。海野准将に預けました。本日はこのままお引き取りくださって大丈夫でございます。お疲れ様でした、准将」


「ありがとう。あなた達も、ご苦労様でした。今夜も寝ずの警備、お疲れ様です。お願い致します」


 准将と警備隊での話がまとまる。

 雅臣はもう何も言えない状態になっていた。顔向けができない。心優はちょっと心配になる。せっかく葉月さんに遠慮しない関係ができあがっていたのに。これではまた自分の家族が迷惑をかけたからと遠慮するようになってしまったら元も子もない。


 それでも、御園准将はもう笑顔で、後ろでまだ座り込んでいるゴリ母さんに向きあった。


「お母様。またお会いできて嬉しいです。ほんとうに会いたかったんです。いらっしゃいませ」


 床についたままのその手を、ミセス准将がそっと掴む。


「葉月さん、ほんとうにこんなことになってしまって――」

「お母様のDNAは素晴らしいのですよ。私、このまえこてんぱんにやられましたし……。将来性も抜群ですもの。そのためなら、なんだって」


 アサ子お母さんのDNAのおかげで、エースパイロットが誕生した。そのソニックがティンクと対決して対等になった。そして頼りがいある後継者になりつつある。その将来性……と聞こえる。


 でも心優はもう感じていた。『双子の将来性を守るために、土下座までしたんだ』と。


 ミセス准将はもう、双子の才能を気にしている。

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