8.アイスドールも真っ青
「心優! ユキとナオは!」
雅臣も息も絶え絶えこのチェック室に戻ってきた。
「どうしよう臣さん。あの子達、滑走路に飛び出して行っちゃったの。いま警備隊が滑走路へ追いかけていったところ!」
「はあ!? なんだって!!」
雅臣が気絶しそうにしてふらつき、青ざめた顔になる。
「雅臣。あそこから出て行ってしまったらどうなるんだい」
追いかけていたゴリ母さんも青ざめている。
「警備隊がいるところは、警備隊が絶対なんだよ。そこを振りきっただけでも……」
この基地の出入り禁止になる。雅臣がそう言おうとして言葉を濁した。家族が出入り禁止になってしまったら、隊員としてこれほど不名誉なことはない。
「わかった。母さんが責任を取る。雅臣、そこにいな」
「やめてくれ! 母さんもそこから一歩でも出たら、出入り禁止だ!」
やっと雅臣がその一言を告げた。
「出入り禁止? つまり双子はこの基地では許されない存在になるのかい」
「そ、そう……だよ」
「あの子達、おまえのようなパイロット志望なんだろ!」
いまので隊員としての入隊が認められなくなるかもしれない。そうなると双子の夢がここで壊れることになる。
だがその前に、心優はもっと気になることが。
「臣さん、それより。横須賀基地の定期便が着陸した後は、本日最後の輸送機が岩国基地から来るでしょう。もうすぐ着陸時間だったでしょ」
「そ、そうだ。滑走路に障害があると……。今度は、管制と輸送機隊に迷惑が……」
俺が行く! 雅臣が警備隊がいない状態で飛び出そうとする。だが心優はそれも止めた。たとえ大佐でも警備隊の許可なしに出入りをしては、処分は免れない。
「止めるな、心優! これ以上、基地の各部署に迷惑はかけられない。俺の責任だ。それよりも、双子が輸送機の着陸に巻き込まれたら……」
「なんだって!」
それを聞いたゴリ母さんが、今度は真っ先に飛び出そうとする。
「待ってください!!」
大きな身体で走り出したゴリ母さんの前に、心優は立ちふさがる。ラグビーでどんと体当たりをされたようにして、心優はその大きなお母さんの身体をがっしりと受け止めていた。
「心優さん、いかせてくれ!」
「だめです。母親が出入り禁止になる雅臣さんの気持ちも考えてください。ここでは大佐です。しかもこれから空母で大事な役職で任務に出るんです!」
処分になったら、そこで雅臣さんの指揮官としての道がふさがれます!
そう叫んだ心優の言葉で、やっとお母さんが前に行く力を緩めてくれた。
「わたしが行きます」
心優はそう言いきって、お母さんを雅臣の方へと押しのけた。
「やめろ、心優! おまえだって准将に迷惑がかかるんだぞ!」
「いいの。わたしは。でも臣さんは雷神に必要だし、准将にも必要な部下なの。わたしよりも!」
自分よりも、雅臣が処分される方が空部隊には大損失。その覚悟で心優はチェックゲートのドアを開けようとする。
「待ちなさい、心優! そこから一歩も外に出ては駄目よ!」
その声に。心優が踏みだそうとした一歩が止まる。
振り返ると、待合室出口のドアを開けた御園准将が立っていた。
彼女も息を切らして、ラングラー中佐と一緒だった。
「私が行くわ。私の責任だから」
双子をこんな状態にしたのは、目を離した自分だと言いたそうだった。
「テッド。副連隊長に連絡して。いますぐに! まだいるはずだから」
「イエス、マム」
ラングラー中佐が隣接している警備室へと入っていく。ガラス扉の向こう、警備事務デスクの内線電話を手に取っていた。
「雅臣も心配しないでいいわよ。私がちょっと目を離したのがいけなかったの」
「准将、申し訳ありません!!」
雅臣が深々と頭を下げる。そしてゴリ母さんも。
「ほんとうにほんとうに申し訳ありません。私が双子をみつけていきなり追いかけたのがいけなかったのです。御園准将、どうぞ、どうぞ、息子だけは――」
久しぶりの対面を楽しみにして待っていたのに。そんな御園准将も哀しそうな顔で、ゴリ母さんの下げた頭だけを見下ろしている。
「いいえ。こうなるだろうと思っていたから、双子ちゃんはお迎えにはいかないようにさせたのに。ほんとうに、預かると言いだした私の不手際です。そこでお待ちください。何があっても、絶対にゲートから外にはでないでくださいね」
准将にここまで言われたら、もう何も言えないだろう。雅臣もゴリ母さんも頷いた。
ただ、御園准将は心優にだけ言った。
「園田。私の護衛としてついてきなさい」
「はい。准将!」
ミセス准将の威厳で響く声。颯爽とゲートを開けた彼女の後をついていく。
だが双子はすでに、警備のお兄さんおじさん達に確保され、こちらに連れられてくるところ。
彼等もミセス准将に気がついた。
警備隊の責任者だろう大尉が、そのままミセス准将の前にやってくる。
さすがに彼等も厳しい面持ちだった。
「どういうことでしょうか。御園准将」
「わかっています。私の不手際です」
「形式どおり、上に報告致します。特例なしです。この子達、基地に入れる時も准将の一存で入場させたと報告を聞いておりますので」
「その通りです」
准将はなにもいわなかった。
双子はすでにしゅんとしている。うっかりというところなのだろうか。事の重大さにやっと気がついたようだった。
「あなたたち、『ファイターパイロット』になりたかったんじゃないの。いまのようなことをするとね、基地には適さない人間として家族であっても出入り禁止。これから入隊試験だって不適合として合格させてもらえなくなるのよ。それとも民間機のパイロットになるのならば、望みはあるでしょうけれど。叔父さんのようなエースパイロットになるのは無理ね」
それを聞いただけで、双子達が青ざめた。途端に図体がデカイのに、子供のようにメソメソ泣き始める。しかも二人揃って。
「し、知らなかったんです……」
「もう二度と勝手なことしません」
「どうして、私の目を盗んでここに来たの」
双子はしばらく黙っていたが、恐ろしい准将の凍った眼差しに負けたのか素直に呟く。
「ゴリ祖母ちゃんと、お嫁さんの心優さんが初対面するから」
「祖母ちゃんもどんな顔をするか、見てみたかっただけなんです……」
それもまた。子供らしい興味に発想。さすがの准将も呆れかえった顔で、大きな溜め息をついた。
「言ったわよね。ここの決まりを守らないと強制送還させるわよと。今回はそれを覚悟してもらうわよ」
泣きながら、双子も覚悟を決めたようで、素直に頷いた。ここまでしたら、もう言うことを聞くということらしい。
なんだか心優も涙ぐんでしまう。ここはほんとうに厳しくしなくてはいけないのに。双子がまだまだ小さな子供みたいで……。
それは警備隊も同じなのか。ここは厳粛にせねばならないところだが、そこまで子供に泣かれると――というお兄さんやお父さんのような気持ちになっているようで。
それを見て、心優は思った。この子達も臣さんとおなじ天性があるような気がする? 人の気持ちを一気にさらってしまう、おおらかなお猿さん天性というべきか?
「准将。中に入りましょう」
警備隊大尉からそう笑顔で言ってくれた。
「ご迷惑、おかけしました。いま、副連隊長を呼んでおりますので、海野准将に判断して頂こうと思います」
この基地のトップ2が来ると知り、警備隊の彼等も驚いた顔をした。
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