7.滑走路は出ちゃダメ!!

「お母様、いらっしゃいませ」


 心優から笑顔で近づく。そうして、雅臣の隣に並んだ。


「心優さん、ですか」

「はい。初めまして、園田心優です。本日は遠いところ、こちらまで来てくださって有り難うございます」


 綺麗にお辞儀をした。だが、お母さんはなにも言わない。頭を下げている内に、溜め息が聞こえてきて心優はドキリとした。


「とんでもない。双子が急に訪ねてきて、ご迷惑をおかけしました。そして、雅臣が世話になっております」


 優しい声のご挨拶。がたいはいいけど、丁寧に頭を下げてくれ、心優のが恐縮してしまう。


 そこで、二人一緒に頭を上げて、お母さんも心優も揃って驚きの顔になる。


 目線が同じ高さだったのだ。心優とほぼ同じ身長――。


「うわあ、私とおなじぐらいの子なんて、ひさしぶりだね」

「お、恐れ入ります……」


 目の前でにっこり微笑んだお母さんは、雅臣のお猿笑顔にそっくりだった。


 太めの眉にきらっとした大きな目。お母さんもシャーマナイトの瞳。臣さんによく似ているという感動が心優を襲う。


「あ、お母様。荷物、お持ち致します。御園が待っておりますから、ご案内させて頂きます」


 心優は荷物をとろうとしたのだが、サッと手を引かれてしまった。また心優はドッキリとする。しかもちょっと怖い顔になっているから、ゾクッとした。


「雅臣。あんたのほうが元秘書官で先輩なんだろう。心優さんが先に気遣うってどういうことなんだよ。おまえが持ちな」


 ちょっとドスが効いた声は、電話で怒鳴り散らしていたゴリ母さんの声だった。そして雅臣がゲンナリした顔になっている。


「はいはい、そうでした。気が利かない息子でした」

「まったく。どうしてお嫁さんが気遣うようなことばっかりさせて、男って呑気だねえ。許さないよ」


 また雅臣がはいはいといいながら、ようやく母親の荷物を手に取った。

 さすがのエースソニックも、母親には敵わない。そんなシーンを目撃してしまった滑走路警備隊の隊員がちょっと笑っているのを心優は見てしまう。雅臣もバツが悪そうだった。


「急な旅になったはずなのに。そんな格好、よく準備できたな」


 雅臣が母親のきちんとした服装を見て溜め息ばかりこぼしている。


「これぐらい持ってるよ」

「嘘だろ……。そんな服を持っていた記憶がない。俺達の卒業式だって白シャツに黒パンツだけって感じだっただろ」

「う、うるさいな。持っていただろ、ずうっと前から」


 雅臣が黙った。ゴリ母さんも、うろたえたような返答だった。

 以前から、こんなふうにきちんとした格好をする母親だったんだと言いたそうだった。


 そんな母親に気がついたのか、雅臣がはっきりと告げる。


「心優には、母さんがハーレーダビッドソンにまたがっている姿を見せたよ。双子が画像を持っていたから」


「え!?」


 お母さんがびっくりして飛び上がり、恥ずかしそうにして親子の後ろへと控えていた心優へと振り返った。


 またゴリ母さんと目があって、心優は微笑む。


「びっくりしました。お母様がバイク一筋ひとすじだとお聞きして。今日もハーレーに乗ってこられるお母様を見たかったです」


「いや、そ、そうか。そうなんだ……。ばれちゃっていたんだ。というか、髪も心優さんが来る頃には黒くする予定だったんだけれどさ」


 心優だけじゃない。本当にゴリ母さんも『普通のいいお母さん』の心構えの準備をしてくれていた。もしかすると心優はライダーママだと知らないまま、黒髪のシックな落ち着いたお母さんに会うだけで安心して終わっていたかもしれない。


「ハーレーダビッドソン、今度、見せてくださいね」


 いつものお母さんを見てみたい。そんなつもりの一言だった。でも、ゴリ母さんはちょっと困ったように微笑み返しただけだで、その躊躇いが心優には気になる。


 雅臣もそんな母親を見て、どこか哀しそうな顔をしている。『嫌な思い出』が蘇ったのだろうか。そこまで気遣う母親を見ていられないようだった。


 だが突然。シックで落ち着いているゴリ母さんが、この待合室から基地内の廊下へ出るドアを見て『みつけたぞ!』と大声を張り上げた。


「あんなところでコソコソしやがって!」


 どうしたのかと心優と雅臣はそちらを見ると、ドアの外に双子がいる。こっちをちらちらを覗いては隠れたりしていた。


 心優と雅臣は揃って驚き顔を見合わせた。何故なら『ゴリ母さんと双子の対面は、仲裁ができる御園准将の目の前で』というこちら側の計画だったからだ。


 なのに双子ちゃん達、どうして、葉月さんと一緒のはずなのに、こっちにきちゃったの!?


「准将室で待っていろと言ったのに!」


 双子を見つけた雅臣が慌てている。と思った途端だった。


「こんの、小僧ども、こっちに来い!!!」


 ゴリ母さんが、なりふりかまわずに滑走路入場チェック室の出口へとすっ飛んでいった。


「ま、まずい。母さん火がついた! 止めないと……」


 雅臣も母親を追いかけていく、心優はただあたふたとして、どうしていいかわからず雅臣が落としていったゴリ母さんの荷物を拾い上げるだけ。


 ドアをバンと大きな手で開けて豪快に出て行ったゴリ母さんが『待ちやがれーーー!!』と叫び、『うわー、ごめんなさい』と騒がしく逃げる双子を追いかける。『こらー』『うぎゃー』という声が徐々に遠ざかっていく。


 雅臣も『待て、勝手に基地の中を走り回るな』と追いかけていってしまった。


 心優はただ呆然と立ちつくすだけ……。

 背中からは警備隊の若い隊員達がくすくすと笑う声。


「園田中尉。いまのが昼から噂になっている城戸大佐の双子の甥っ子さんなんですか」


 興味津々の彼等から話しかけてくる。


「はい。そうなんです……」


 心優も苦笑い。心優は既に方々で質問攻めにあっていた。『城戸大佐にそっくりな双子の甥っ子さんが訪ねてきたって本当ですか』とか『そんなにそっくり?』とかいろいろ。すでに『噂』になっていた。


「最終便も終わったので、そろそろこのゲートと待合室を閉めます。よろしいですか」


 横須賀基地からの訪問者受け入れはいまの便で最後。訪問者用のこの部屋は施錠され、滑走路警備室に隊員が詰めるだけになる。


 だから心優も「はい。ご苦労様です。それでは、失礼致します」――と、最後の一人として出て行こうとしたのだが。


「うわーー、祖母ちゃん。ごめん!!」

「そんなに怒るなよ!!」


 双子がこの部屋に逆戻りで飛び込んできた。しかも大きな身体の男の子が二人、猛スピードで脇目もふらず、ただただお祖母ちゃんに捕まりたくないがために、心優の目の前もすっ飛んで通り過ぎる。


 そこで心優はハッとする!


「だめ! そっちに行ったら……だめ!!」


 手を伸ばして叫んだが、既に業務終了にて気を抜いていた警備隊員の目の前も通り過ぎる。


「うわ! ま、待ちなさい!!」

「だめだ、止まりなさい。そこから外に出てはいけない!!」


 先ほどくすりと微笑ましそうに見送ってくれていた警備隊の青年二人をふりきって、双子がドアを開けて滑走路へ!!


 心優はびっくりを通り越して、『嘘でしょ!』と愕然とする。警備隊員を押しのけて、一般人が勝手に出てはならない『エリア』へと飛び出して行ってしまった! これは重大なる『規則違反』!!


 滑走路に侵入者あり! チェックゲート待合室と隣接している滑走路警備室からそんな警報の声。銃を携帯した隊員が外に飛び出していく。


 えーー、どうしよう! だからこんなことにならないように、准将が見ていてくれたんじゃないの!? いや、それどころじゃない。あの子達を呼び戻さないと!!

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