11.コードミセスの正体
『チェンジ』というシミュレーション機は、『彗星システムズ』というソフトプログラムを扱う会社と、御園大佐の実家である『澤村精機』がハード部分を担当。共同開発だった。
御園大佐の実弟『澤村和人』氏が、現在の澤村精機の社長だった。
がっくりと脱力しながらも、雅臣は一戦を終えただけで御園大佐に連れられて、工学科科長室へと戻ることになる。
力なく項垂れている雅臣を応接用の長椅子に座らせ、御園大佐自ら珈琲を淹れてくれた。
そして御園大佐も自分のカップにカフェオレを作って、やっと雅臣の目の前へと座って落ち着く。
「あのデータが極秘なのは、正式なデータではないからなんだよ」
「どういうことですか」
「最初は弟が『葉月義姉さんのデータは俺が管理する』と言いだして、葉月の飛行映像と、葉月がチェンジに乗った時のデータを収集して真面目に、他のパイロット同様にシミュレーションデータ化していたんだよ。ただ、ある日。弟が思いついたんだ。『義姉さんの体力とか関係なく、技能と脳パターンだけにしたらどんなデータになるんだろう』と。つまり、男より体力が劣るから、では、彼女のデータから『体力負担』を除外して『技能と脳と判断力』だけにしたら、どんなデータができるのだろうと――」
それを聞いただけで、雅臣はゾッとした。
「つ、つまりあれは。御園准将が男のように飛べたとしたら、あんなことができる――というデータなのですか」
「そこまでいわない。元々は彼女が『自分は女だから、こういう飛び方を選ぶ』と他の男性パイロットとは異なる体力の使い方になる高度取りと操縦を選択した上での行動パターンがベースになっているから。ただ、弟が『体力負担』というデータを除去したら、あんなバケモノみたいな動きをするデータができてしまったんだ。もちろんただのデータ結果であって、『ティンクそのものである』という証明できない。でも。それはそれで、弟はめちゃくちゃ感動していたよ。義姉さんが男だったら、絶対にエースだったと嬉しそうだった。それを試してみたかったんじゃないかな。義理の弟として。弟の和人も葉月と初対面の時にひどいパンチをくらってるからさ――」
「パンチ……? ですか? まさか弟さんを殴ったとか」
あのじゃじゃ馬姉さんならやりかねないと雅臣は震え上がった。
その時を思い出したのか、御園大佐も懐かしそうに笑っている。
「いやいや。殴るまではしていないけど、似たようなもんか。あれは……。当時、弟は反抗期だったんで生意気だったんだよ。それを、葉月が投げ飛ばしたんだよ。しかも、初めて訪ねた俺の実家で、俺の家族の前で!」
はあ、よくやりますね! と、雅臣もやっぱりあの姉さんはじゃじゃ馬さんだとおののいた。
「まあ、でも。俺の実家、いまの母親は後妻で俺にとっては継母。歳が離れた弟とは腹違い。複雑なところがあって、当時はけっこう冷め切っていたというか……、ごたごたしていたんだ。でも、あのじゃじゃ馬台風があっという間に吹き飛ばしてくれたんだよな。そういう影響を弟はうけてしまって。義姉さんが女であるばかりに、とは常々感じてくれていたんじゃないかな」
それで、あの変なデータができたという。
「そうか。だから高度上がりがめちゃくちゃ早かったのか――」
レーダーに現れ、低空飛行をしていたはずの機体があっという間にソニックの背後に来てロックオンをしたのは『急上昇の重力負担を無視』して上昇をしてきたから。
「そうだ。言うなれば、脳は葉月で、体力耐久性は、城戸君や英太のようなエース級の男が操縦しているのも同じ」
「判断力や操縦性の瞬発力と、戦略的には……。誰もコードミセスというデータには勝てなかったということなのですね」
「最初はね。でもその正体を知った後に対戦方法と対策を練り直して再戦希望をしてくる男もいるよ」
「コードミセスに勝てたパイロットはいるのですか」
「二人だけ。橘さんとミラー大佐」
納得の先輩パイロット達だった。
「コリンズ大佐は……」
ミセス准将の面倒をずっと見てきた兄貴パイロット。彼は勝てなかったのか……、そこも雅臣は知りたい。
「元よりコードミセスというデータパイロットであろうと、本物の妹分と未だに空を飛べたとしても、勝ち負けなんて興味がないみたいだよ」
妹分パイロットのデータと対戦して、先輩として勝つということには、まったく興味がないということらしい。
「他に対戦を希望した者はどれぐらいいるのですか」
「望むパイロットは後を絶たない。基本、全て断っている。もし対戦したいのならば、雷神に選ばれること――と告げてつっぱねている」
「では、雷神のパイロットは――」
「雷神のパイロットは誰も勝利を得いていない。一度きりでショックを受けて再対戦を諦めた者もいる。訳ありのデータだから、俺が許可した信頼できるパイロットのみに対戦をさせて口止めさせている」
最後にどうしても気になるパイロットを雅臣は呟く。
「英太は……」
「チェンジにデータのバンクを始めたころから、大隊長に就任した女性パイロットのデータは極秘としてきた。だから、英太も小笠原に転属してきた時に、絶対にミセスの飛行をデータ化してあるはずだから対戦させろ、出せ出せと駄々をこねて大変だった」
「あー、目に浮かびます。空となると負けず嫌いですからね」
「実際にデータは存在していたのだが、その時は新参者の英太には当然『ない』と答えて、本物の葉月本人とチェンジに同乗する演習を体感させて納得させた。だけれど、英太と葉月が姉弟のような関係になって連携が取れ信頼関係が成り立った頃。コードミセスを明かして対戦させたよ。だが……」
勝てたパイロットは二名のみ。そこに英太の名はでなかった。
「もちろん英太は勝てなかったわけだが、彼自身は納得済みだよ。まるで泡沫のようなデータ。葉月さん本人そのものではないなら、勝っても負けてもなんだか悔しくないし、偽物に勝っても虚しいだけ――なんて、らしくないことを言っていたな。だから、城戸君も落ち込むことはない。コードミセスというパイロットは存在しないのだから」
はあ? 対戦相手が手を加えたデータだろうと、負けは負け! 俺はいまでももんのすごく悔しい! それがエースてもんじゃないのか!!
あの悪ガキエースの英太が『仕方がない泡沫のような非現実的なデータ。葉月さん本人そのものではないなら、勝っても負けても意味がない』なんて、アイツの方が納得できたなんて、おなじエースを張った男として許せない心情!
負けに震えるエースの姿を見て、御園大佐は満足げに微笑んでいる。
「へえ。俺、ソニックという男を見直したよ。優等生なだけではないってね」
英太ならここで気持ちのまま吼えるのだろうが、そこは雅臣の方が大人。気持ちのまま吼えはしない。だが『負けて悔しい。どんな相手だろうとエースは勝つものだ』というプライド故に、収まらない悔しさで震えているのは雅臣の方!
「それでこそ真のエースだ。ミセスに立ち向かおうとする意地を持つ男は、やはりソニックしかいないってことだね。よくわかった」
その御園大佐が楽しい意地悪を思いついたからなのか、嬉しそうに笑っている。
「葉月は俺がたきつける。英太の説得はできるか」
雅臣は笑う余裕などない。それでも、心は決まった。
「任せてください」
絶対に勝ってやる。
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