10.ソニック、木っ端みじん
御園大佐の行動も素早い。雅臣が『ミセス准将から、エース鈴木を奪う』と明かした途端、シミュレーション機『チェンジ』へと乗せられた。
『城戸君、コックピットの準備はいいか』
既に雅臣は、シミュレーション機のコックピットを模したシートにいる。
まってくれ、まってくれ。そりゃ、確かに『コードミセス』のデータを見せて欲しいとお願いしたが、『今日、対戦させてくれ』だなんて言ってない。
彼女のデータがどのようなものか確かめてから、対戦したかった。なのに、御園大佐は『前もって見ておいても見ておかなくても同じだよ。話を早く進めたいなら、今日体験しておきな』とワケのわからないことを言い、雅臣を強引にシミュレーション機の箱の中に押し込んだ。
彼は二階にあるシミュレーションコントロールルームへと上がってしまう。
仕方がない。コードミセスがどんなものかもう体感してしまおうと、雅臣も破れかぶれな気分で、シミュレーション機のコックピットシートに座り、衿から黒ネクタイだけを引き抜いて、シートベルトを締めた。
『ヘッドマントディスプレイを装着できたかな』
コントロールルームにいる御園大佐の声が、シミュレーションコックピットの上部スピーカーから聞こえてくる。
「OKです。ベルト装着も完了です」
『では、離艦してみようか。コードミセスとの対戦をセットしておいた』
「ラジャー。エンジンをかけます」
もう戦闘機パイロットを引退はしたものの、このシミュレーション機では引退パイロットも、ファイターパイロットに戻れる。
ただ、重力がないだけ。コックピットは油圧式で回転するのでそこはリアルに遠心力に振りまわされる。だがそれぐらいの耐久性はまだ維持している。
重力がなければ、操作性はかなり楽なほう。ただ対戦するデータもそこは考慮されてデータ化されている。
だが雅臣は既に手に汗を握っていた。久しぶりの操縦桿の感覚に緊張している。
エンジンスタート。コックピット、キャノピーの窓の外には甲板要員が群がる映像までもがリアル。
『いっておいで』
御園大佐の合図で甲板要員が海へと向かって『GOサイン』を突き出す。それと同時に映像もカタパルトを滑り出した。ガタンとした振動までもがリアルだ。
カタパルトのレールが見えなくなり、目の前は海と空。そこで雅臣は染みついた感覚のまま、操縦桿を動かし機首を上空へと向ける操作をする。そのまま座っているシートも空上昇をする角度へと傾く。旋回をする時も斜めに上手く傾く。
うまく上空へと乗った。
『もうコードミセスは動いている。ソニックがどう対応するか楽しみだよ』
御園大佐の楽しそうな声が聞こえてきた。だが雅臣はもう既にレーダーを眺め警戒している。
まだレーダーにはいない。
なかなか現れない。向こうはもうソニック機を確認しているのか、そういう反応をしているのか。彼女のデータがどう雅臣を捕らえるのかまったく見当がつかない。
そもそも『御園葉月』というパイロットと共に空を飛んだことがない。彼女の飛行を生で見たことは何度かある。それでも小笠原と横須賀という異なった基地に所属していたため、頻繁に目撃したわけでもない。映像だって一部残されているだけ。そして彼女は雅臣よりも十期以上も離れた大先輩だ。
雅臣が戦闘機パイロットとして
ただ噂では『女だから男と違うことを考えて飛んでいる』とか、あるいは『あの女と飛ぶとろくなことがない。死神が見える』とまで揶揄する先輩パイロットが多かった。
彼女の過去を聞けば、その心情もわからないでもない。彼女と似通ったパイロットとしてすぐに思い浮かぶのも『英太』だった。いつ死んでもいいと思って飛んでいるパイロットもいる。そんな彼等の飛び方は、きちんとした心構えで飛ぶパイロットとは異なると聞いている。
二人が似ているなら、やはり二人のデータを見て知っておかねばならない。『優等生なエース』と言われた雅臣にはまったくない心情で飛んでいたはずだから。
レーダーに点が出現した。
――来た。雅臣は構える。
あの人のことだ。俺とは違う飛び方をしているはず。そうだな。できる限り、高度移動で起きる重力負担を減らすこと。そして荒っぽいドッグファイトは真っ正面から受けないこと。相手に動きを読まれないこと。
「読まれないために、どう飛んでいたんだ」
レーダーに点はあるし少しずつ距離を縮めてきているが、雅臣がいまいる高度までは来ていない。
俺の真下にきて、ひっついてくるだけ。そんなコース取り。
英太からちらっと聞いたことがある。『葉月さんは一気に高度を上げてくる。一回きりの高度上げですぐにロックオンをするような位置取りを考えて一発で仕留めようとする。無駄な飛行はしないと決めているだけあって、もの凄く効率的。あれは参考になる』と――。
『城戸君、なにか感じるか』
御園大佐の声が途端に不安そうな構えた声に聞こえたので、雅臣はふと不思議に思った。
いえ、まったく――。そう返答しようとした途端だった。
ピーピーピーとコックピット内に警報音が響き渡る。
ハッとしたのと同時に雅臣は反射的に『背後をとられた、ロックオンされる』と判断した脳が操縦桿を傾け、即旋回、背後にきた敵機の視界から回避! の動きをとっていた。
のに! その旋回した真横に何故か一機の戦闘機がいる。
――ぶつかる! いつ、どうして、そこにいた!? いま背後にいたのではないのか! どうして真横にいる!?
その戦闘機はF18ホーネット、尾翼にはスズメバチのイラスト。瞬時に見えた機体番号末尾は『2』。ビーストームというフライトチームの2号機といえば『ティンク』。つまり、御園葉月の機体。
『あぶない!』
シミュレーションなのに、御園大佐の切羽詰まった声が聞こえてきた。
だがギリギリ! ティンクの機体すれすれに右翼をかすめ、雅臣は旋回降下することができた。だがその直ぐ後をティンクにマークされ、彼女の機体が同じように雅臣と降下してくる。降下で回避するのに精一杯の雅臣の機体を彼女のデータは上空から余裕げに見下ろすように追いかけてきて、ロックオン。
すぐにコクピットが真っ赤に点滅する。つまり『回避降下したが、背後を取られ即座に撃墜された』ということ。
勝負有り。一瞬の敗北。三分も経っていない!
「嘘だろ……!」
くそ! 操縦桿を悔し紛れにひっぱたき、シートへとがっくり身を沈め、雅臣は目を覆った。
すぐにコックピットが明るくなる。キャノピーに広がっていた青空も海も消え、無機質な機械の部屋へと戻った。
シミュレーション機の搭乗口となっているドアが開いた。そこに御園大佐の姿が現れる。そんな彼が悔しがっている雅臣に呟く。
「第一戦で勝てた男は一人もいない。そんなデータだよ」
それを聞いて雅臣は驚き、でも、エースだった自分だけでも『ただ一人の勝てた男』になれたかもしれないのに、なれなかった情けなさを再認識して、うなだれる。
そんな雅臣を見て、さらに御園大佐が申し訳なさそうに教えてくれた。
「変なデータなんだよ。まあ、俺の弟がすこしばっかり悪戯をしたデータなんでね。うちの葉月自身であってそうではない、だから極秘にしている『最強データ』と言えばいいかな?」
ん? 『すこしばっかり悪戯をしたデータ』?
雅臣はいぶかしいまま、御園大佐の顔を見上げた。
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