9.エース ソニックの決意
仕事をしている内に、雅臣はうっすら思い出していた。
タクシーに乗る時、乗せてくれた人がいたな。それって御園大佐だった気がすると。
だが、今日は雅臣も否応なしに御園大佐に会いたい用事があったため、工学科科長室へと向かった。
「失礼いたします」
いつもチェンジに飛行データを投入するために通っているが、今日は少し違う目的がある。
チェンジがあるシミュレーション室へと行かず、改めて科長室を訪ねてきたためか、眼鏡の大佐が少し驚いた様子で招き入れてくれる。
「お疲れ様、城戸大佐」
「お疲れ様です、御園大佐。お話があるのですが、お時間は大丈夫でしょうか」
「大丈夫だけれど……。あれだろ、昨夜の。すごかったなあ。まさかの二人が盛り上がっていてびっくりしたけれど、あれからちゃんと帰れたのか」
うわ~やっぱり。御園大佐のお世話になっていたと雅臣は肩の力を落とす。
御園大佐曰く、久しぶりに大将に会いに『屋台 なぎ』に出向いたら、そこには既に大将にガンガンに呑まされ陽気になっていた雅臣とシドと遭遇したとのことだった。心配だったので、彼がタクシーを呼んで官舎まで行くようにお願いしたとのことだった。
「も、申し訳ありませんでした。だいぶ羽目を外した様子で帰宅したこと園田から聞きました」
「園田から聞いて知ったのか。だったらだいぶ前後不覚だったわけだ。シドもちゃんと帰れたのか、知っているか」
ここも言いにくいが正直に報告する。
「それが。うちで一緒に酔い潰れたようで、自分もフランク大尉も朝になって一緒に官舎に帰ってきたんだと知りました。昨夜の帰宅後は、園田に和室へと一緒に放り込まれていましたよ」
「園田が和室に、城戸君とシドを放り込んだ。だって――!」
御園大佐がそこで『あははは』と大笑いをした。
「園田、びっくりしていただろ。だって、……ほら、なあ!」
職場なのであからさまに言えないようで、『園田を気にしているシドが、まさか夫になる大佐と、酔って転がり込んでくるとは思わなかっただろう』と本当は言い並べたいところを我慢している様子。
「はあ。だからなのか、今朝のフランク大尉はいつものやんちゃな彼ではなかったんですよね。礼儀正しく我が家から出掛けていきました」
「へえ! いちおう大人の対応ができたんだ。あのシドが。へえ、見てみたかったなあ」
このおじ様にそこまで言わせるシドは、どんなガキだったんだと雅臣は眉をひそめる。
「大佐にもお手数おかけしてしまいました」
「そんなこと言いに来たのか。別に良かったのに。そこらへんの隊員はみーんなそんなもんだよ」
もちろん、この礼は伝えて然るべきと思ってここにきた。だが本当の目的は……。
「本日は、御園大佐から許可をいただきたいことがあって参りました。よろしいですか」
雅臣の確固たる表情を読みとったのか、眼鏡の大佐の顔つきもかわった。
「それも、わざわざ? どんなことかな」
雅臣はきっぱりと告げる。
「コードミセスのデータを使わせてください」
御園大佐の眼つきが変わった。
「どうして。いまここで、コードミセス? そのデータと対戦したいと希望するパイロットは多いが、城戸君もその衝動があってのことなのか」
コードミセス。その名の通り、御園准将の飛行データをパターン化したデータのこと。
彼女が現役だった頃の飛行映像を元にしたデータと、彼女自身が引退後にチェンジのシミュレーション機で疑似飛行をしたデータをパイロット操縦化させたもの。データではあるが『御園葉月』というパイロットそのものがそこで再現される。
当然、パイロット達はミセス准将と対決してみたいと望む。だが、そこは御園大佐に管理されていて自由にはできなかった。コードミセスのデータを体感させてもらえたパイロットも、シミュレーション訓練で対戦できるパイロットと元パイロットは限られている。雷神のパイロットでも御園大佐の信頼を得たものしか対戦が出来ないという。
ファイターパイロット達は囁く。『彼女はテクニックと勘を駆使したファイターパイロット。男達とは違う飛び方をする。それに勘まではデータ化はできず、所詮は女性の飛び方。まともに対戦したら、彼女のデータにはあっさり勝ててしまうのかもしれない。だから御園大佐がミセス准将の権威と沽券に関わると危機感を持ち、安易にデータは公開してくれないのだ』と。
それでもいいからミセス准将にデータでも勝ったという『ステイタス』を望むパイロットもいれば、『もし対戦して、データでも彼女に負けたらどうする』と恐れているパイロットもいる。つまり、御園大佐が望むとおりに、そこは曖昧にされていた。
だから彼は、御園大佐は、エースだった雅臣も対戦したくなったのかと率直に聞いている。
しかし雅臣もそれは承知の上でここにきた。だからその目的も、前置きもなく御園大佐に告げる。
「ミセス准将から、鈴木英太というパイロットを奪いたいと思っています。なおかつ、自分と英太と二人で、彼女を打ち負かそうと考えています」
それは雅臣が、御園葉月という尊敬している上官に喧嘩を売るに等しかった。
なのに。いや、雅臣の予測通り。彼女の夫である御園大佐が、そこで面白そうにニヤリと笑ったのだ。
「いいな、それ。面白そうだな。いいよ、コードミセスをだしてやろう」
あんまりにも、あっさりと許可され雅臣は拍子抜けしたが、それならばと考えていたことを、もう一押しさらけだす。
「それだけではありません。ミセスと英太がタッグを組んでいた時の飛行データもお願いします」
ここでは、御園大佐が目を丸くした。その向こうで雅臣が何を狙っているのかわかってしまったのだろう。
「まさか。城戸君――」
「ミセスが指示をしている時の英太は最高のフライトをしています。コンバットで連戦した男のデータがいまの最高峰でしょう」
さらに雅臣は狙っていることを御園大佐に堂々と突きつける。
「その最高タッグ時のコンバットデータを、俺の指揮で英太に超えさせたいんです」
「つまり。葉月をこてんぱんにしてやるってことか!」
また御園大佐の目が輝いた。もう楽しそうだった。
だがこの奥様に意地悪するのが楽しみな旦那さんを乗せてこそだと、雅臣もわかっていた。
この人が面白がれば、こちらもやりやすいというもの。
「英太にはコンバットで最高記録を作らせてやろうと思っています」
「聞いていいか。そのコンバット。自分がコックピットにいたら、英太よりも上だった。俺こそエースだった。過酷な1対9の対戦コンバットを誰よりも先に制したのは、ソニックだったと思っているか」
堂々と雅臣は答える。
「あたりまえじゃないですか。あんな雑なバレットなんかより、もっと効率的に俺なら飛びます。同じ雷神チームに二年前にいたのなら、リーダーだったはずの俺がエースの称号を獲得していたのにと、いつだって思っていますよ」
自信過剰ではあると思う。だが、御園大佐は『よく言った』と雅臣の肩を叩いて喜んでくれている。
「その為に、まずはコードミセスのデータを体感させてください」
「わかった。よし、ではさっそく行こうじゃないか」
すっかりその気になった御園大佐を上手く乗せたと、雅臣もはりきって彼の後をついていく。
ずっとエースの称号を守り続けてきたバレット、鈴木英太少佐。
だが、近頃の彼は不安定すぎる。迷いも見られる。ここをなんとかできないかと雅臣は探っていた。
体力も最盛期、テクニックも十二分。いまがパイロットとして最高の時。
亡くした家族のことや、いまの身の置き場である御園家や、淡い恋心などなど、どうこうもあるだろうが。彼は意外と不安要素を多く持っている。そんなところ案外繊細に飛行にでてしまう少年のような男だ。
それなら、あいつが『チクショウ!』と思えるほどのものを差し出してやろうと思う。
いつも姉貴のようにそばにいてくれた大好きなミセスと闘わすのだ。それが雅臣が決意したこと。
「覚悟しておけよ、ソニック」
間も置かず、思い立ったが吉日とばかりに、不敵な笑みを浮かべている御園大佐と共に、『コードミセス』がバンクされているチェンジへと向かう。
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