2.恐怖の祖母ちゃん(お姑さん)

 それでも。心優をじいっと見つめるその目は、心優がよく知っているシャーマナイトの目。ほんと、臣さんが十代の時ってこんなだったのかなと思いたくなる姿だ。


「どうやって小笠原まで来たの? お母様にはどのように伝えて来たの?」


 実家の話をろくにしてくれない雅臣からは『甥情報』など、やんちゃな子供が二人いるのみでそれ以上は皆無。だが『その子供がどうして今目の前にいるのか』が問題。なのに彼等が悪びれる様子もなく、心優に告げる。


「黙って出てきたんです」

「母がぜんぜん許してくれないから」


 もう失神しそうだった。つまり『浜松から小笠原まで、(がたいはいいけど)未成年の双子が家出』をしてきたということだ!


「叔父はどうしているんですか。雷神の指揮をしている城戸の甥ですと言っても、会わせてくれなくて」


 それで警備で揉めていたということらしい。


「ここは基地だから、たとえ家族でも隊員本人との入場か、または家族証がないと『関係申告』だけでは入場できない決まりなの。叔父さんはいま海上にある空母で訓練中だけど、あと少ししたら基地に帰ってくるから」


「それまで入れてもらえないんですか」

「すぐに会えると思ったのに」


 臣さん並の背丈に、臣さんを少年にしたような初々しい顔。でも、なんだか妙に迫力ある体格。それでも、考えていること子供なんだな――と心優はちょっとだけかわいいと思ってしまった。


「まあ、雅臣が新入隊員だったころにそっくり。しかも甥っ子さん、双子だったのねえ!」


 後ろに控えて様子を窺っていた御園准将がやっと近づいてきた。


「後ろで聞いていたけれど。あなた達、浜松のお母様に黙って家出してきたってことなの?」


 母親世代だろう大人の登場に、彼等が口ごもってしまう。


「お母様にすぐに連絡すること。それを約束してくれたら、いますぐ『おばさん』が基地には入れるように手続きしてあげるわよ」


 子供に対する柔らかい態度で接してくれたせいか、彼等がきらっとした眼差しを揃えた。


「ミユさんの上司の方ですか」

「わ、バカ。ナオみろよ。肩章にいかりの刺繍……」

「うわ、将軍……様!? 叔父さんの上司さん」


 それなりに海軍のことを知っているようで、御園准将の肩章を確認した彼等が青ざめた。


「そうよー、雅臣叔父さんの上司です。こちらのお姉さんは私を護衛してくれる秘書官をしているのよ。もうすぐあなた達の叔母様になるでしょう」


「すげえ! 聞いたとおり、叔父ちゃんのお嫁さん、マジで将軍の護衛官!」

「え、え、ってことは。上司さんは……、その、元パイロットってことですよね?」


 そうよ――と御園准将が笑うと、また彼等が驚いて後ずさった。いちいち驚いて大袈裟なので、だんだんと心優も笑いたくなってきた。


「ってことは!! もしかして、もしかして、」

「雷神の隊長さん!?」


「そ、そうだけれど――」


 後ずさっていた彼等が揃って『うわあ、マジか!!!』と今度は前のめりになって、御園准将に詰め寄ってきた。逆に准将が唖然として後ずさる始末。


「隊長さん、お願いします。俺達、叔父さんみたいなパイロットになりたいんです」


「ずうっと小笠原の基地に来てみたかったんです。叔父さんが働くところとか戦闘機とか雷神のパイロットとか見てみたかったんです!」


 そこでようやく心優も御園准将も飲み込めた。准将がちょっと怒った顔で彼等を冷たく見上げる。


「なるほど。で、家出してきたってわけなの。そうよねえ、夏休みだものねえ……。でもお母様にダメだと言われたのね」


「母は雅臣叔父さんがもうすぐ帰省するから、その時に話を聞けばいいだろうとばかりで」


「そうじゃなくて。俺達は、現場を見たかったんです。叔父さん、ちっとも連絡くれないし、帰ってこないし、一体いつになったら小笠原に行くチャンスがあるのかと思って」


 俺達、来年度は高校卒業。だから進路を決めておきたい。パイロットになるために!


 彼等が口を揃えてそう言った。その焦りと母親の反対と、実家とは疎遠になっていた叔父になんとしても会いたくて『家出した』ということらしい。


「わかったわ。来てしまったんだからしかたがないわね。それにしても……浜松から子供だけで小笠原まで……よく来たわね。横須賀基地からの飛行機だと身分証明がいるから、フェリーで来たわね。いいわ、私が許可するからいらっしゃい」


「有り難うございます、准将さん!!」

「有り難うございます、叔父さんのお嫁さん!!」


 二人が元気の良い声を張り上げ、ずいぶんと勢いの良いお辞儀をしてくれる。


 なんだかもう、すでに憎めなくて、心優はミセス准将と顔を見合わせて微笑んでしまっていた。


 准将が一緒に来てくれてやっぱり良かった――と心優は胸を撫で下ろしホッとする。これでなんとかこの子達を雅臣にすぐに会わせることができそうだった。


 御園准将が警備室の責任者へと伝える。


「私の一存ということにしてくださる。必要なものはすぐに園田に揃えさせます」


「かしこまりました。ですが、准将、例外ですよ。たとえ准将でも本来なら許可できないことです」


「わかっているわ。でも、見てよ。どう見ても城戸大佐の親戚でしょう」


 警備室の少佐も双子をみて、ふっと笑い出してしまう。


「おっしゃるとおりですね。城戸の甥ですと言われて、私自身も『似ている』と思ってしまいましたから。ですから雷神室にまず連絡を入れました。ご本人が訓練中で不在とのことで、園田中尉と御園准将が来てくださって助かりました」


「ご苦労様です。後のことは私に任せてくださいませ」


 お願いいたします――警備室の隊員達もどこか微笑ましそうにして、准将に敬礼を揃えてくれた。


「心優、准将室まで彼等を連れていきましょう。雷神も陸に戻る連絡船に乗った頃よ。もうすぐ戻ってくるわ」


「はい、准将。えっと、マサユキ君、マサナオ君、いらっしゃい」


 『はい、お姉さん!』と双子がキラキラとした笑顔になって心優の後をついてくる。


 うわ、基地だよ。基地に入っちゃったよ――と、ものすごいはしゃぎよう。


 彼等がついてくる中、御園准将が心優の隣に並んで、そっと耳元に囁いてくる。


「ほんとう、雅臣にそっくりじゃない。あの体格では、新幹線に乗っていてもフェリーに乗っていても未成年に見えなかったと思うわ」


 確かに――と、心優は笑顔はまだ子供っぽい双子へと振り返る。

 なんとまあ。お猿の甥っ子もまたお猿だと心優も目を瞠るばかり。


「なるほどねえ。パイロットになりたいか……、エースの甥っ子ねえ」


 ミセス准将が急ににっこりと楽しそうに微笑んだ。その笑顔も心優には妙な胸騒ぎだった。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 准将室にて冷たい飲み物を出してお猿の双子を休ませる。


 イマドキの高校生らしく、タブレットを持参。それでなんでも調べて来たとのこと。


 航行時間は25時間のフェリー乗船中も、そのタブレットやスマートフォンで暇を潰してきたとか……。


 ひとまず落ち着いた双子をみて、准将が電話の子機をソファーでくつろいでいる彼等の目の前に差し出した。


「約束よ。いますぐお母様に連絡しなさい」


 碇の刺繍の肩章をもつ将軍様との約束を守らねば、この基地から追い出される。この准将室に来るまで、警備隊員から通路ですれ違った隊員の誰もが彼女にへりくだった挨拶をしていたのを目の当たりにしていた双子は畏る眼差しを揃えている。


 でも、その受話器をなかなか手に取らない。


「あなた達が不明になって、警察も動員して大騒ぎになっていたらどうするの」


「一応、メールで『東京に遊びに行くから心配しないで欲しい』と知らせてあります」


「でも、行き先は明確にしなさい。たとえ東京に行っていたのだとしても、どこで寝泊まりしたのか無事にいるのか心配しているに決まっている。それができないなら、准将の私の権限で、横須賀基地に強制送還。お母様に迎えに来てもらうわよ」


 御園准将が部下達に険しく物言いをする時の低い声を響かせた。その威厳が彼等にも伝わったのか、兄の雅幸が受話器を手に取った。


 さあ、浜松のお母さんに連絡――。

 双子が顔をつきあわせ、いやいやダイヤルプッシュ中、『雷神室の城戸です!!!』ともの凄く慌てた大きな声と忙しいノックが聞こえてきた。


 心優がいつものようにドアを開けると、大きな身体の大佐殿があっという間に踏み込んできた。


「ユキ、ナオ!!」


 夏の白シャツ制服に着替えた雅臣がソファーにいる双子を見て、とてつもなく仰天した様子で立ち止まった。言葉も失っている様子だ。


 そうして、ソファーでくつろぐ久しぶりの甥っ子達を見て、指さし震えている。


「ほ、ほんとうに、ユキとナオ……なのか?」


 双子がそろって頷いた。


「というか、おまえ達……、この前会った時って、こんなちんまい子供だったじゃないか」


 雅臣が手のひらを、自分の胸元辺りですかすか振っている。

 心優と御園准将も顔を見合わせる。つまり……。思いついたことを、双子が答えてくれる。


「叔父ちゃんと会わない内に、俺達、けっこう伸びたんだ」

「高校に入ってから特に。俺達が高校生になってからも、一度も会っていないもんな、叔父ちゃん」


 数年会わない間に、成長期の双子はすっかり子供らしさをなくし、叔父さんと対等の体格になってしまったということらしい。


 だから雅臣は変わりすぎた甥っ子にすぐにはピンと来なかったらしい。

 だがそれを認識した雅臣がやっと双子へと駆け寄っていく。


「そうだ! おまえ達、姉ちゃんに内緒で子供だけで来たって本当か! なにやってんだ、このヤロウ!!!」


 二人の前で拳を振りかざしたので、心優はびっくりして飛び上がりる。


「やめて、臣さん!」


 でも、雅臣の拳は心優が駆けつける前に、きちんと双子の真上で留まっていた。それでもその拳を降ろしたそうにして震えている。


「ううーー、くそ。これは、姉ちゃんにやってもらうべきだな……」


 双子も目をつむっていた。がたいはいいけれど、同じ体格の叔父さんの気迫には敵わないようで、二人で抱き合って戦慄いている。


「臣さん。いまからお姉様に連絡するところなの。一緒に連絡してあげて。二人とも、東京に遊びに行くから心配しないでというメールだけ送ってはいるらしいの」


「はあ、もう。おまえ達……、昔っから、こういうやんちゃばかりしやがって」


 小さな頃からお騒がせの双子ということらしく、心優はちょっと冷や汗。これからこの子達が親戚になるのかと……。


「横須賀基地に招待した時も、スワローアクロバット機のコックピットに勝手に隠れていて、いなくなったとスワロー部隊総出で大騒ぎになったこともあるんだ。橘大佐は覚えていると思う」


 なんですって――と、今度は御園准将が呆気にとられて、雅臣のそばへとやっと近づいていく。


「そんなにやんちゃなの」

「ええ、そうなんです……」

「うーん、小笠原まできちゃうくらいだから、そうかもね」

「准将、ご迷惑をかけました。えっと、その心優も……悪かったな」

「いいえ。家出とはいえ、何事もなく小笠原に到着しただけでも良かったと思っていたところです」


 勤務中なのに、中尉ではなく心優と呼ばれ戸惑う。でも、心優も先ほど咄嗟に『臣さん』と叫んでしまった。御園准将の前で、素の心優になってしまいちょっと恥ずかしい。


 改めて、雅臣が双子を見下ろした。怒った顔で。そして双子が持っている受話器を取り上げてしまう。


「叔父ちゃんが浜松に連絡する。ただし、祖母ちゃんの方な」


 双子が『ええ!?』とおののいた。


「叔父ちゃん、なんで祖母ちゃんのほうなんだよ」

「叔父ちゃん。本当に悪かったよ。だから、祖母ちゃんには――」

「だめだ。ここは祖母ちゃんにガツンとやってもらう」


 それだけはやめてくれーーーと、双子が叔父さんに飛びついてきた。


 心優は眉をひそめる。『お母さんより、お祖母ちゃんが怖いの』と。その怖いとかいうお祖母ちゃんは、これから私のお姑さんになる方だよね……と奇妙な気分に。


 そんなでっかい子猿に抱きつかれてもびくともしないオジサンお猿が、構わずにダイヤルプッシュをしてしまう。双子が『あ~』と気が抜けた声を揃えて、ソファーへとへたりこんだ。


「母さん、雅臣だけれど」


 雅臣が目の前で、お母さんと会話している姿を初めて心優は見る。だからドキドキしてきた。どんなお母様なの?


「ユキとナオ、いなくなったんだろ。ここにいるよ」


『なんだって!!! あの小僧共、東京に行くと言って海を越えていたっていうのかい!』


 雅臣が耳にあてている受話器から、ものすごい豪快な声が響いてきた。心優は青ざめる。



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