【続2】よろしくね、ドーリーちゃん(心優視点)

1.はじめまして、お嫁さん

 空母ブリッジ管制室。今日もここで白熱のエースコンバット戦が繰り広げられている。


 ブリッジの窓の向こう、かなりの低空。空母の少し上空。そこを二機の白い戦闘機が絡み合うようにして、平行に過ぎっていく。


 あれだけ接近して追いついても、スプリンター機はエース機をロックオンができず。敵方のエース機も振りきって逃げることもできず、またエースバレットも空母を目の前にして、空母撃破のロックオンができず。いま二機が目の前を通り過ぎたところ。


 追いかけられているエース機が空母にやってきて空母ロックオンをすれば、1対9コンバットはエース機の勝利。9機のパイロット達はそれを阻むのが指名。五回エース機を撃墜し、空母への前進を阻んだパイロットには、ジャックナイフという新しい称号が与えられる。


 だから、毎日ものすごい白熱している。


「スプリンター、いいわよ。バレットの空母ロックオンだけは阻止できた。そのまま我慢しなさい。ここが我慢のしどころよ。バレットが上昇しないよう、そのまま平行低空のまま押さえつけておきなさい!」


『イエス、マム。わかってい……ます』


 スプリンター機を操縦しているフレディ=クライトン少佐の息苦しそうな通信が、心優も借りているヘッドセットに聞こえてくる。


 ふと心優は……。離れた指揮台にいるもうひとりの指揮官へと目線を向ける。


 彼も口元を忙しく動かし、エース機バレットに指示をだしている。


 その彼は、もうすぐ心優の夫になる大佐殿。たった一人でエース機と共に、9機のパイロットの指揮をするミセス准将に真っ向勝負中。


 こんなときなんだけれど……と、心優はとくとくしちゃう心音を感じる、ときめきにうっとりしているところ。


 黒い前髪の隙間から見えるきらっとしてるシャーマナイトの目。まっすぐに海と空を見据えていて、その遠い空に眼差しを馳せる彼は、いま空を飛んでいる。


 そんな大佐殿の姿に、いま毎日ときめいちゃっている。やっぱり素敵、大佐殿。わたし、いまあの人と毎日一緒。夜も抱き合って眠っているの。


「スプリンター、負けたらダメよ。上昇させると負けるわよ」


 ミセスのアドバイスだったが、低空エリアになんとか留めようとエース機の動きを邪魔していたスプリンター機の目の前で、エースバレット機が機首をあげてしまう。


 おおっ! 管制からも、窓が開いている向こう甲板からも。男達の感嘆のどよめきが聞こえてきた。心優も『うわあ……』と口を開けて空へと目線をさらわれていく。


 鈴木少佐のバレット機がとんでもない鋭角で海上低空からぎゅうんと上昇していってしまった。まるで矢の如く! ハイレートクライムというもの。以前は、雅臣がその名手だったと言われている技。


『すごい。いまの見たか。あれができるようになったかバレットは』

『やっぱりエースだな。しかもテクニックに磨きがかかってきている』


 官制員達の密やかな会話が漏れ聞こえてきた。スプリンター機も遅れて急上昇をしていったが、もうバレット機は雲間に消えてしまい目視ができない。


「くっ……、またやられた」


 目の前で、ミセス准将が拳を握り、カウンターを軽く『ゴン』と叩いた。そうして、近頃はお馴染みになった『お相手のご様子確認』。准将がそっと離れた位置にいる部下を見る。


 だがあちらの背の高い大佐殿は、ミセスの視線など気にもとめずなんのその。口笛でも吹いていそうなご機嫌な横顔で、こちらを見もしないし、空を見据えて微笑んでいるだけ。


「うー、最近。生意気、生意気ったら、生意気っっ」


 あのミセス准将が、いままで自分を脅かすこともなかった雅臣を見て、その口惜しさを小声で漏らす。


「准将。お水をどうぞ」


 陸から持ってきたマグボトルを心優は差し出す。


「ありがとう、心優」


 気持ちを切り替えたいのか、准将も差し出されたまま受け取ってくれる。彼女が冷たい水をひとくち。


「はあ。仕切直しだわ」


 彼女がまた雅臣をちらっとみて、指揮をしているモニターへと集中する。


「悔しい。本物のエース同士なんだもの」


 アイスドールと言われるミセス准将をここまで感情的にさせてしまう大佐殿はやっぱりすごいと、ミセス准将に申し訳ないながらも、心優は密かに惚れ惚れしている毎日。


 その彼が、家に帰るとにっこりお猿の愛嬌ある笑顔で、ぎゅって抱きしめてくれて、とろけるキスで『お疲れ様』と迎えてくれる。それを思い出すと、ついにっこりしてしまいたくなる。でも我慢我慢。アイスドールの側にいる女性護衛官もクールにしておきたいと思う。


 いまはミセス准将のお供だから、彼を見つめてばかりいられない。心優はいま誰よりも見つめていなくてはいけないのは、栗毛の女王様。彼女の表情をみて、汲み取って、護衛をしなくてはならないから。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 エースコンバットが終わり、雷神チームはこれから演習メニューをひとつこなしてから陸に帰るという。


「心優、帰りましょう」


 エースコンバットのみ参加している御園准将と心優は、彼等より一足先に陸へと帰ることになる。


 ミセス准将と一緒に、今日も珊瑚礁の海を渡る連絡船に乗って基地へ帰る。


「准将。ほんとうに最近、悔しそうですね」


「そうね。英太と雅臣が組むと、こんなに最強だなんて思わなかった。でも、いいのよ、あれで。ただ、スプリンターのフレディの力にはなりたいわね……。私ではダメなのかしら。橘さんやミラー大佐にも9機監督をお願いして、彼等がいちばんしっくりする監督を選んでもらおうと思っているの」


「そんな……。城戸大佐は最後まで御園准将と勝負したいと思っているはずです」


 だけれど、彼女はさっぱりした様子で、あははと声を立てて笑った。


「勝負って。もう勝負ついているじゃない。ほんっとにもう勝てないもの。エースがエースを飛ばしているんだもの」


 はあ、ほんと敵わないと――といいながらも晴れ晴れとした様子で、マグボトルに入れてきた水を飲み干している。


 彼女の中ではもう勝負はついてる。ただ、後はパイロット達の力になりたいだけ。雷神をリードしていく仕事はもう自分でなくてもよくなった。それがミセス准将が出した答だった。


 だから雅臣もそれに応えようと、大先輩である御園准将に遠慮しなくなった。とても良い関係が出来上がったようで、心優も安心。心優もガラスの向こうに見える青空を見上げ、晴れ晴れとした気分でいる。


 




 陸に戻り、准将と着替えた後は、ランチまで少し時間があるので准将室で事務作業。御園准将のアシストをする。


「今日はなにを食べようかしら~」


 ランチが近くなると、御園准将も今日の食べたいものが気になるようだ。


「心優は今日はなににするの」

「外に出て汗をかいたので、今日はさっぱり冷やし中華ですね」

「いいわね。私もそれにしよう」


 女同士、ランチ前になるとそんな相談も最近では恒例。それを見たラングラー中佐が『俺にはあんなこと尋ねもしなかった。やっぱり女同士なんだなあ』と感心していた。


 お姉さんと妹、或いは母と娘。そんな関係だと周囲の人々はいう。だからミセス准将は、園田中尉には気を許している。今頃になって女性護衛官の起用も大事だったと囁かれている。


 心優もミセス准将も食べることが大好き。食べる量は若干心優の方が多いが、ミセス准将も元気よく食べるほう。心優も遠慮しないで食べられるので、食生活はとても気が合う。


 さて。今日は冷やし中華。唐揚げもつけちゃおうかな――なんて、時計を気にした頃。准将席の隣にある心優専用デスクの内線が鳴った。


「お疲れ様です。空部大隊長准将室、園田です」

『お疲れ様です。雷神室の松田です』


 雅臣がいる雷神室の事務官からだった。


『あの、園田中尉にお伺いしてどうかと思ったのですが、いま、城戸大佐が留守なので代わりにお伝えしたいことがありまして』


 ん? 心優は首を傾げる。業務上、雅臣と繋がるとしたら、まず自分と雅臣の間には、御園准将や橘大佐があって接触ができるはず。それをいきなり、雅臣の部下である彼が園田中尉に聞きたいとは何事だろうか――と。


「どうかされましたか」

『あの~、それがですねえ……』


 とても困惑した様子の声色で、心優は眉をひそめる。なんだか嫌な予感。


『いま、正面ゲートの警備室から連絡がありまして――』

「正面ゲートの、警備室から……ですか? なんでしょう……」


 電話口で『警備室から連絡』と聞きかじった御園准将も『何事か』とこちらに目線を向けた。


 松田大尉が心優にあることを知らせる。


「え!? あの、警備がそう知らせてくださったんですか?」


『そうなんです。でも、いま、城戸大佐はまだ空母から帰っておらずこちらでは留守なものですから、それならば、奥様になられる園田さんにお知らせした方がよろしいかと思いまして――』


「お知らせ、有り難うございます。承知いたしました、わたしから確認に行って参ります。城戸大佐が帰ってこられたら、すぐに今のことをお伝えして、わたしが出向いたことをお知らせください」


『了解です。それではお願いいたします』


 心優は受話器を置く。心優が慌てた様子を見ていた御園准将も訝しそうにしている。


「なにかあったの、心優」


 実は……。そう伝えると、御園准将もびっくりして席を立ち上がる。


「いいわ。私がいた方が話がまとまるでしょう。一緒に行きましょう」

「有り難うございます、准将」


 ミセス准将から颯爽と准将室を出て行く。心優もその後をついていくが、二人とも足早だった。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 知らされた通りに、基地に入る時に通る正面ゲートに到着する。


 海沿いの道にこの基地のいちばん大きな入り口。そこには警備室があり、隊員が二十四時間常駐し、厳しく出入りをチェックする。ゲートの左右に立っている隊員は実弾を込めた銃を持っている緊張感漂う場所だった。


 その警備室にたどり着くと、ゲートの前でその銃を持った隊員数名が、外から訪れた者を差し止めているところだった。


 警備室に詰めている隊員が心優が到着したことに気がついた。というより、ミセス准将が一緒に来てしまって驚いたと言ったところか。


「御園准将、お疲れ様です!」


 警備室にいる隊員全員がギョッとして、誰もが立ち上がってミセスに敬礼をする。


「あれがそうなの」


 准将が尋ねると、警備室にいるいちばん上官であろう中年男性が『さようでございます』と頷いた。


 ライフル銃を肩にかけている警備隊員に囲まれている訪問者を見た准将が、心優の背を押す。


「ほら、いってらっしゃい。まずは貴女でしょう」

「は、はい」


 心優は入場を阻止されている『ふたり』のところへと向かう。

 銃携帯の隊員へと声をかける。


「お疲れ様です。空部大隊の園田です」


 警備隊員の彼等が振り返る。


「お疲れ様です。園田中尉!」


 彼等が敬礼をしてくれたので、心優も敬礼をする。


 そして、差し止められている彼等を見て、心優はギョッとする。初めて会うのに、とんでもなく既視感!


「あの、雅臣さんの……?」


 若い彼等が心優を見ている。


「はい。雅臣叔父の甥です」

「お姉さんが、叔父と結婚する方ですか」


 同じ声、同じ顔、同じ背丈。雅臣のようにとても背丈がある『男の子が二人』! 『双子』!?


「そうです。初めまして、園田心優です。ええっと、あの、真知子お義姉様のところの……息子さん?」


「はい。自分が『雅幸』で、」

「自分が『雅直』です」


 二人も揃って『初めまして、ミユさん』とお辞儀をしてくれた。

 マサユキ君にマサナオ君? 似た名前に同じ顔で心優は混乱。


 しかも雅臣に甥っ子がいることは知らされていたが『やんちゃなのが二人いる。でもまだ子供だから』と聞いているだけで、『こんな大きな子で、双子で、臣さんにそっくり』だなんて聞いていない!!!! 心優はちょっとしたパニックに陥る!




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