3.ゴリライダー!?


 実家のことをあまり話してくれない雅臣が初めて母親と会話をする姿を見られたが、初めて聞こえたお母様の声が『あの小僧共、東京に行くと言って海を越えていたっていうのかい!』とかいう、ものすごく豪快な怒声!!


「まあ、こっちも東京っちゃ、東京だけどさ。姉ちゃんにメールだけしているって聞いているんだけど」


『真知子が東京都心まですっとんでいっちまっただろ!』


「うわあ……。姉ちゃんらしいな。都心のどこかわからずにすっ飛んでいったのかよ。まずは捜索するための手段とか見当つけるとか、そこからだろ」


 さすが大佐殿。びっくりすることが起きても、まずはそれをどうするか作戦を立ててから行動するべき――と言いたいらしい。だが、また怒鳴り声が響く。


『んなことできるか。母親の気持ちを考えてみればわかるだろ!』


「わかった、わかった。俺もいま、空母の訓練から帰ってきたら、双子がノーアポイントで基地に入ろうとして警備隊を困らせていたみたいで。心優と葉月さんが出向いてくれて特別に基地に入れてもらえてさ。陸に帰ってきたら、双子を准将室で預かってもらっていると聞いて、もう……仰天していたところだよ」


『なにぃ!? 葉月さんに迷惑かけたってことになるのかい!』


 心優がイメージしていたお母様とまったく異なる。なんとも威勢の良いお母様!? もう心臓がばくばくしているし、やや小刻みに頭を振って否定したくもなってきた。


「は? なにいいだすんだよ。母さんまで! ちょ、待ってくれよ。おい、おい!!」


 そこであの豪快な女性の声が聞こえなくなった。


「はあ? 切られた! くっそ、もういい加減にしろよ」


 雅臣が再度、受話器のボタンをプッシュする。耳に当てて、母親が出るのを待つ。


 だがずっと呼び出し音のまま……。


「嘘だろ。母ちゃんに火がついた」


 雅臣が目を覆って、ふらっとよろめいた。


「叔父ちゃん、どうしたんだよ」

「祖母ちゃんに火がついたって、なに」


 双子もお祖母ちゃんの様子はとても気になるよう。だが叔父さんがさらに困り果てる様子にもびくつている。


「はあ、もう。おまえたちやってくれたな。叔父ちゃんも知らないからな」


「え、え。どうなっちゃったの」

「どうなったの、叔父さん」


 雅臣もがっくり肩を落として、双子に告げた。


「祖母ちゃんが、小笠原まで迎えに来るってよ。おまえ達、覚悟しておけよ」


 叔父さんが伝えたことに、あの双子が真っ青になって震え上がったではないか。


「母ちゃんじゃなくて、祖母ちゃんが」

「嘘だろ。叔父さん、祖母ちゃんを止めてくれよ」


「できるか。おまえ達も知っているだろ。祖母ちゃんに火がつくとどうなるか! その火をおまえ達つけちゃったんだからな」


 そして双子が揃って騒いだ。


「ってことは、祖母ちゃん。アレに乗ってくるのか」


 アレって何? 心優はもうあたふたと城戸家の会話を追うことしかできない。


「ヤバイ、あのでっかいバイクで。アレに乗ったら祖母ちゃんすげえパワーモードの……」


『ゴリライダーがやってきちゃうよ』!?

 双子が言い放ったことに、心優は首を振りたくなる。


 でっかいバイクでやってくる『ゴリライダー』と呼ばれる怖いお祖母ちゃんってなんなのよ!??


「はあ、あのお母様を怒らせちゃったんだ」


 准将は知っているふうで、雅臣と甥っ子双子の騒がしさにただ呆れているだけ。


「准将、ほんとうにお騒がせ致しまして申し訳ありません」


「いいんじゃない。この際、お母様に貴方の働く姿を見せたらいいじゃない。私もお母様にお会いしたかったから」


 御園准将はあっさり落ち着いているけれど、心優の心は大騒ぎ。

 えー、浜松で楚々としたご挨拶をして、いいお嫁さんの準備をしていたのに。いきなり明日にはお母様と初対面? しかも『怖いゴリライダーのお姑さん』!?


「まさか、お母様。あの大きなバイクでくるわけ?」

「たぶん。どこかに行くなら、あのバイクですからね」


「でも、雅臣。それでいいの? お母様、長距離だと疲れたりしない?」

「ですが、頭に血が上ったら手がつけられない性分ですので。もう、飛び出しているかも……」


「まあ、どうしましょう。横須賀基地の飛行機を手配しようと思っているけれど、バイクは乗せられないし……、まさかフェリーで来るつもりかしら。二日に一便よ。今日ここに着いたフェリーが明日折り返し東京に帰ってからの、翌日小笠原行き出航乗船でしょう。明後日乗ったら到着はさらに翌日よ」


 一人の母親を既に知ってる者同士、雅臣と御園准将が当たり前のように『お祖母ちゃんライダー』の話をしている。


「あの、雅臣さんのお母様って……。バイクが趣味なの?」


 もう婚約者の心優としてしか話せなくなってしまった。そこで雅臣がちょっと困ったようにして首を傾げ、黒髪をかいて躊躇っている。


「うん、まあ。独身の頃から手放さない人だったみたいだな。俺が小学生の時も、ハーレーダビッドソンに乗って学校行事に来ていたくらいで」


 えー! 臣さんが生まれる前からのライダー歴!? それはそんじょそこらのバイク好きではなさそうと心優は驚きを隠せない。


「それならそうと教えてくれたらいいのに……。どうしてそんな」


 隠していたのよ、そんな恥ずかしそうにするの。驚きはしたけれど、ちょっとイメージとは違うけれど、そうと聞けば心優だってその心構えを整えておけるのに。双子にしても、ライダーママにしても、どうして隠す必要があったの……。そんな心優の不満が膨れてくる。


「雅臣。あなた、心優に話してあげなかったの?」


「いや、ほら……。准将もご存じでしょう。俺の母親のこと。准将だって初めてうちの母を見た時、仰天していたでしょう」


「……それは、ほら、ねえ」


 会ったことがある准将まで、言葉を濁すほど。


 もうそれだけで心優は顔面蒼白な気分。そんな豪快なお姑さんとうまくやっていける? 自信がなくなる。楽しみだった彼の実家訪問が恐ろしくなる。


「ちょっと、雅臣。心優を不安がらせたらだめじゃないの」


「いや、その……。まあ、『変わった母』なので言いにくかったのは確かですが、准将だってわかってくれますよね? 母の性格。見た目はあんなですが、こだわらない性格だから会えばなんとかなると……思っていたんです」


「わかるけど、でも前もっての情報は、お嫁さんになる心優には心構えってものがあるんだから必要じゃない」


 女心わからないの? と准将に言われてしまい、ついに雅臣がお猿の顔で真っ赤になった。


「うー、わかりました。おい、ユキ、ナオ。おまえ達、最近の祖母ちゃんの写真とか画像持っていないか」


「あるよ」

「タブレットに」


 二人が持って来たタブレットから、お祖母ちゃんの画像を探し当てる。それを叔父さんの大佐に差し出した。


 受け取った雅臣が、それを心優に見せた。


「これが俺の母親。変わってるだろ」


 今度は心優がタブレットを受け取り、それを眺める。もうそれだけで、心優は驚き息を止め、目を見開きっぱなしになる。


 そこには、大きなハーレーダビッドソンのバイクにまたがる、黒い革ジャンというハードなファッションの初老女性。心優がとにかく驚いたのは、髪が白金に染められていることと、なんといっても『がたいがいい』!


 心優も思った。さすが、この立派な体格のエースパイロットを産んだ女性だけある。柔道でどっしりがっしり型の女子並、それでそのハードなスタイルに白金髪! 


「この方が、臣さんの、お母様?」


「うん。シンディ=ローパーの大ファンで、好むファッションもそんなかんじ。黒ずくめのレザーファッションばっかりなんで、俺の同級生とかも、双子の友人とかも『ゴリ母ちゃん』と呼ぶほどで、だから双子が『ゴリライダー』て呼んでいる」


 もう心優は言葉を失う。浜松のゴリラ的なライダーお母さん! がっしり体格を見て、心優は雅臣と双子君達を見てしまう。


 この、この遺伝子が、この猿っ子達に引き継がれている!? 言われてみれば、この迫力に妙に大らかそうな雰囲気、ゴリラに似ているかも??


「お母様、相変わらずね。ハーレーを大事に乗っていらっしゃるのね」

「死んだら棺桶にいれてくれという程なんですよ」


 雅臣が口元を曲げて笑う。そして双子達も。


「バイクと一緒に焼いたら、」

「火葬場が爆発するって祖父ちゃんがいつもいうよな」


 双子がアハハと大笑い。


「おまえ達のせいだからな! 祖母ちゃんにぶん殴られる覚悟しておけよ」


 祖母ちゃんが、あのでっかい双子をぶん殴る!? 双子も震え上がっていたが、心優も思わず震えてしまう。


「だから、雅臣。お母様に早く連絡つけて、ハーレーでフェリーに乗ると、到着が三日後の正午になってしまうから、時間短縮で今日中に横須賀基地に来るように伝えなさいよ」


「無理ですよ。あの人が横須賀基地にハーレーを放って飛行機に乗るわけないじゃないですか」


「ああ、もう……」


 准将まで頭を抱えて、大きな溜め息。


 というか。お姑さんがこの島に来ちゃう。あの官舎に来るってこと? いやー、なんの準備もできないじゃない!!


 もう心優は言葉を発することもできず、とにかくパニック。


「ひさびさにガツンとした母さん来た~」


 雅臣もゲンナリしていた。


 お猿ファミリー、まさかの小笠原に集合。しかもボスは『ゴリ母ちゃん』?


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