22.先輩パパ
そろそろデータ室から、本日の演習訓練で抽出したコックピット飛行データがあがる時間。
ちょうどいい、いまから准将室へ報告に行こうということになってしまった。
その時に英太が『俺も一緒に行きたい、行かせろ』と騒いだが、橘大佐に手綱を握られたが如く引き留められ『見ただろ。おまえも今からチェンジで演習だ。コードミセスとソニックのデーター両方と対戦するぞ』と抑えてくれた。
眼鏡の大佐の後を雅臣もついていく。教育隊棟から四中隊と五中隊棟、そして高官棟へと連絡通路を歩いていく。
その通路から見える珊瑚礁の海。夕のやわらかい青へと移ろいはじめる。こういう青の変化がここではよく見られる。
「どうした」
先を歩いていた御園大佐が振り返る。
「いえ。いつ見てもここの珊瑚礁の海は綺麗だなと……」
「そうだな。俺も好きだよ。夜も星が綺麗だ」
「ずっとここに住まわれているんですよね」
「ああ、結婚する時、彼女とここの住人になろうと決めたほど。どちらかが転属になってもここに家は残していつか戻ってこような――と話していたほどでね」
いま心優が聞きたかったことが聞けるのではないか。雅臣はふとそう感じた。自分が知りたかったことではないが、彼女が聞きたかったことを――。
「この島での子育て、どうされようと考えていらっしゃったのですか」
「子育て? どうしようかって?」
もうハイスクールに入学しようかという子供がいるお父さん。妻が航海で長期の留守をしている間は、このお父さんが長男の面倒をきちんと見ていたという。家事もミセス准将よりも出来ると聞いている。
そんなお父さんの子育て計画はどんなだったのだろう?
だが御園大佐はそんなこと聞かれてもと、不思議そうな顔をいている。
「そんなもの考えていなかったな。生まれて同時進行でどうしようかどうしようかと、そこで必死に考えてきた気がするな」
「そうなんですか? 御園大佐のことだから、ひとつひとつ前もってきちんとこなしてきたというイメージがありますよ」
「まさか! 子供ほど思い通りにならないものはないよ。娘なんか五歳で『島を出てレッスンをしたい』と飛び出していったんだから。あの時は葉月と大喧嘩したもんだよ。俺は音楽の道を行きたいなら早めに音楽家の従兄に預けた方がいいという判断だったけれど、葉月はまだまだ一緒に暮らしたい、そんなものはもっと後からでもいいんだと手放したくないようだった。でも娘の意志が強かったことと、彼女の従兄がそれを実現するだけの『力』を持っていたからいとも簡単に娘は出て行ってしまったよ。従兄夫妻の養女にという話もでたがそこはさすがに葉月も必死に阻止していたな。ま、俺も娘もちょっとそれは困るということで養女にはならなかったんだけれど」
「お嬢さんはそうして島を出ていったようですが、海人君の教育についてはどう思われてきたのですか」
「どうしたの、急に。もしかして……、園田と結婚して子供が出来て、で、どうするかという話でもしているのか」
まあ、そんなところですと雅臣は気恥ずかしいので小さく答える。
「その時、自分たちがどうなっているかわからないから。ほんとうに『その時、その時』だよ。ただ、葉月が子供と過ごす時間が人より長くない。そのせいで『なるべく手元に置いておきたい』という願望が強かったから、海人はアメリカキャンプのインターナショナルスクールに入れただけ。これで海人も本島に行きたいといいだせば、また考えていただろうけれどね」
つまり、どうあっても『その時の子供の様子で決まる』ということらしい。
「この島で子育てをしたいと思っているんです」
「そうか! へえ、意外だな」
御園大佐が急に飛び上がるようにして喜んだ。
「イマドキの若夫妻なら、いずれは本島の街中でと願うものだと思っていたから」
「俺ももちろんですが、心優のほうがすっかりその気なんですよ。ただ、どういう教育がここでできるかなとは、ぼんやりですが感じるようになってきました」
「あ、もしかして。橘大佐が気にしていたからとか」
「それもありますね。あの遊び人だったスワロー隊長が、父親としての考えを既にお持ちだったので、俺も近い将来、同じ事を考えるのだろうと思ったのです」
その途端、御園大佐にバンと強く背中を叩かれ、雅臣は咳き込みそうになった。
「大丈夫! そのうちにわかると思うけれど。この島とかアメリカキャンプの奥さん達のお節介がどれほどのものか。それが助けてくれるよ」
「アメリカキャンプの奥様達……ですか?」
「あ、それ以上に。うちの葉月が、園田の母親面して一生懸命になりそうな気がするな」
え、あのお姉さんが首を突っ込んでくるのかと、雅臣は密かにギョッとした。
「というかさあ。もしかして、もしかして。またこーんな小さくてほんわりしたベイビーを身近でお目にかかれることになるのか!」
台風姉さんだけではなく、こちらの子育てパパさんも目をキラキラさせている。
「ほんとうに、育児を手伝われてきたんですね」
「手伝う? 元々うちは、葉月の役割でもなんでもなかったよ。あれがいずれ航海にでていかなくてならなくなることぐらい予想済みだったから、『留守は俺の役割、イコール子育ては俺の仕事か』とわかっていたからな。あ、城戸君は葉月と同じで艦長候補なのだから、そこは俺ほどに目指さなくてもいいと思う。そこは園田がやりくりしなくてはならないだろうな」
「彼女がそこを不安に思っているんです。けれど……。そうですね。お近くに、葉月さんと御園大佐がいらっしゃるなら心強いです」
その御園大佐が今度はふっと溜め息をついて、優しい青色に変化していく珊瑚礁の海を遠い目でみつめる。
「俺と葉月とで頑張っていかねば――とは思っていたけれど、やってみると、本当にいろいろな人に助けてもらってここまでこられたと思っているよ。そんなに心配しなくても、いつのまにかそうなっているよ。城戸君と園田の結婚も子育てもきっとね」
そう囁く眼鏡のお父さんの横顔。それを見ていたら、ほっとしてきた。
「そうですね。その時は頼りにしてます。よろしくおねがいします」
「ベビーシッターなら得意だ。そっかあ。橘大佐のところもふくめて、またベビーちゃんを抱ける日がくるかもなあ。つい最近のような気がするのに、うちはいつのまにか幼少期が過ぎて、ちっちゃな子供が遠い存在になってしまったんだよなー。『おまる』とか『ベビーパウダー』とかいつまであるんだろうと思っていた時もあったのになあ」
感慨深そうな御園大佐がまた微笑むが、今度は子供たちが親離れをしていく時期にきているのかどこか寂しそうだった。
「さあて。いまからその艦長ママをどうにか動かさないとな。もう私は演習からは退く――なんて言っているから、その気持ちを覆さないといけない」
「どうされるのですか。俺が一緒についていってもよろしかったのですか」
「もちろん。ソニックにも見せてやるよ。澄ました顔をして、本当はあいつも根っからのファイターパイロットだったということをね」
穏和な眼鏡パパの顔をしていたのに、今度は急に『旦那さん、悪巧み中』の意地悪い眼差しになってしまった。
澄ました顔をしていても、その腹の中はわからない。とんでもないことをアイスドールの顔で急に言い出す。そうして男達を翻弄させる彼女を感情的にさせるのはお手の物の旦那さん。
それだけに、いまから准将室でどんなバトルになるのかと、雅臣はちょっと不安になる。
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