27.ビッグビッグファミリー!
「おーい、帰ったよ!!」
玄関を開けるなり、アサ子母の声が天井まで響き渡った。
中もほんとうに昔のアメリカンホームドラマでみたような造りで、目の前が階段。その上からドタドタと騒々しい足音が聞こえてきた。
「心優さんだ! やっときた!!」
「心優さん、いらっしゃい!!」
階段の上から覗き込んだのは、ユキとナオの双子。
大きな身体の二人がこまたドタドタと素足で争うように降りてくる。
「おまえら、うるさい。静かにする約束だろ!」
またお祖母ちゃんの怒声が響く。隣にいる心優は耳を押さえたくなった。でもそのおかげで、双子は落ち着きを取り戻して静かに階段を下りてくる。
そうか。この家はこのお祖母ちゃんの迫力がでっかい子猿君をコントロールしてきたんだと悟った。
「ああ、心優さん。すぐそばで大声を出してごめんよ……」
またゴリ母さんがらしくない申し訳なさそうな顔。逆に心優が気の毒になってしまうくらい……。
これは本当に。息子の彼女にこんなに気遣うなんて。前にそれほどのことがあったのかなと思わずにいられない。
でも。かわいい甥っ子の二人が、あの時のかわいいお猿な笑顔で並んで出迎えてくれる。
「ユキ君、ナオ君。お邪魔します」
「俺達もメシの準備一緒にしたんだ」
「おいでよ。一緒に食べよう」
二人が心優の手を持ってひっぱった。身体はおっきくて大人並みなのに、まだこういうところ子供なんだなあとそのギャップにまだ戸惑う。
「おら! なにやってんだよ!! お姉さんに気易く触るな!!」
今度の怒声はゴリ母さんじゃない。玄関を上がってすぐのドアから、エプロンをした茶髪の女性が飛び出してきた。
「うわ、母ちゃん」
「って。俺達、別に心優さんに触ったわけじゃあ……」
また心優は驚きで固まっている。花柄のワンピース、きれいなメイクに、バレッタで器用に束ねた素敵なヘアメイク。お洒落なママさん。そして、ゴリ母さんにそっくり!
「姉ちゃん、その声、なんとかならないのかよ。心優がびっくりしているだろ」
二人分の荷物を運んでいた雅臣が遅れてやっと玄関に現れた。弟の
「あ、いけない……。おっきな声出さないっ注意していたのに……」
「真知子お姉様ですか。初めまして、園田心優です。本日はお招きありがとうございます」
初めてのお姉様に、心優は深々と頭を下げる。
なのに。迫力のあるお姉様は、心優の目の前に来るとスッと正座をして手をつき、なおかつ床に額が着くほどに頭を下げたのでびっくりしてしまう。
「初めまして。雅臣の姉、そして双子の母親の真知子です。先日は息子二人が多大なるご迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでした」
「や、やめてください。お姉様……。先日のことはわたしではなくて、上官である御園がすべて丸く収めてくださったことですから」
「双子からも聞いております。とてもよく面倒を見てくださったと。お姉さんのようだったと、楽しかったと……。お土産まで持たせてくださいましてありがとうございます」
えー、こんなつもりで来たんじゃないのに。でも……。あの騒ぎを子供達が起こしちゃったら、母親としてこうしないと気が済まないのかなとも思うし、どう答えていいか心優はわからなくなってしまう。
「姉ちゃん、やめろって。双子のことは葉月さんが収めてくれたんだし、心優にそんなこと許してもらう筋じゃないだろ。まあ、心優が双子を可愛がってくれたのは確かだけれどさ」
雅臣がやっと割って入ってくれた。そこで真知子お姉さんもやっと顔を上げてくれる。
「わたし、兄貴二人がいる末っ子なので、お姉さんができると思って嬉しかったんです。……あの、今日のヘアメイク素敵ですね……」
自分でしたならば、かなり手慣れていると心優は思う。でも、そう伝えると真知子姉さんがやっと笑顔を見せてくれる。
「こういうことするの好きなんだよね。うん、良ければ教えるよ。心優さんみたいにショートカットでもいろいろできるよ」
「ほんとですか。軍だからお洒落なんてと思っていたんですが、准将のお供で時々私服になることもあったり、アメリカキャンプでパーティーがあったりして、お洒落なんてしたことなかったから疎いんです……」
「だったら。私に任せて!」
うわ。ほんとうにお姉ちゃんができちゃったかも――と心優も嬉しくなってしまった。
「ほんと。沼津の実家に帰ると、男臭くてだめなんです。嬉しいです、わたし!」
どうぞ、あがって。やっとお姉さんも、気さくな笑顔を見せてくれたので、心優もホッとする。
「ごめんよ。うちの旦那、今日も仕事が入っちゃってさ。夜遅く帰ってくるんだけど、心優さんには絶対会いたいし会わせたいから、後でね」
「そうでしたか。わたしも滅多に小笠原を出られないので是非、今回お会いしておきたいです。お待ちしております」
アサ子母も娘と息子の彼女が打ち解けられそうだと安心したようで、にっこりと微笑んで心優を上がらせてくれた。
「父さん! どこにいるの。雅臣と心優さんが来たよ!」
また真知子姉さんの大声が響いた。
「もう、また祖父ちゃんが行方不明かよ」
「すぐにどこかに消えるよな」
双子もリビングを覗いても見かけないお祖父ちゃんがどこにいるのか廊下に出てきてキョロキョロ。
すると。階段の下にある物置のような小さなドアが急に開いた。
「あー、やあっと見つけたよ。これこれ……」
白髪に眼鏡のひょろっと長身の男性が小さなドアから出てきた。
「お父さん。またそこにこもっていたの。心優さんがいらっしゃったよ」
娘の声に、眼鏡をつまんだ男性がこちらへとじいっと目を懲らした。
え、あれが……。臣さんのお父さん? え、ゴリ母さんの旦那様??
「これ。今日はこの気分だったんだよ。これを心優さんと一緒に聞きたいなあと思ってね」
何故か、そのひょろっとした白髪のお父さんが、にっこりと古びたレコードのジャケットを心優に差し出している。
また雅臣が隣でふうっと溜め息をついている。
「父さん、ただいま。いまはそれじゃないだろ。もう……相変わらずマイペースだな。こちら、俺と結婚をする、園田心優さん。基地では中尉で、御園准将の……」
「小笠原空部大隊長准将室、御園准将の護衛官をしている、園田心優中尉殿。空手家、元全日本代表選手団所属で、最高三位の実績。ご実家は沼津で、お父上は横須賀訓練校の格闘教官。上のお兄さんは櫻花日本大柔道部のコーチ。心優さん自身は、先日の巡回航海任務の功績にてシルバースターの功労あり」
ロボットが記録を読み上げるようにキビキビとお父さんが答えた。その顔が、その顔が、すっごい鋭い目になった凛々しいもので、心優はひやっとした。
なのに。心優を見ると、またにっこりとした穏やかそうな眼鏡の白髪おじ様の顔になる。
「いらっしゃいませ、心優さん。雅臣の父、
うわー、うわー。お父様は、インテリっぽい。なにこのギャップ?? でも、でも、豪快なパワーはゴリ母さんから。臣さんが秘書官としてキビキビ計算していたところ、お腹になにかを隠して手際よく立ち回っていたのはこのお父様譲りなんだって納得した。
「お父様、初めまして。園田心優です。本日はお邪魔いたします」
「よく来たね。これ、一緒に聴こうね」
差し出された古いレコード。そのレコードは『Electric Light Orchestra』。そのレコードに収録されている一曲をお父さんが指さす。
「これね。これを心優さんと雅臣がいる時に聴きたいなあと今朝からね」
その曲は『Xanadu/ザナドゥ』。
「あ、これ……。御園准将が航海中にヴァイオリンで弾いてくれたことがあります。わたしも、好きです」
「ほう、知っていたんだね。なるほど、あの准将さんもいろいろ知っているとみた」
「アメリカで過ごした帰国子女なので、洋楽もいろいろ知っています。この頃の曲は、葉月さんから教えてもらったみたいなものです。あ、雅臣さんも良く聴いていて……」
そこで心優はやっと気がつく。臣さんがいろいろ洋楽を知っているのも、いまも好んで聴いているのは……そっか、これもお父様とお母様の趣味の影響だったわけ! やっとわかった。
「アサ子、これかけてくれ」
「あいよ。ってかさ、私は今日はばーんとシンディ=ローパー……」
「アサ子の趣味は今日はいいの。まあ、あとで新しい娘になる心優さんに、おまえの好きな曲を教えてあげな」
あのでっかい奥さんを、ひょろ長い旦那さんがレコードジャケットで頭を軽くぽけっとはたいた。でもアサ子母より背が高いから、これまた頼もしい男性に見えてしまって不思議な光景??
ゴリ母さんがかわいい女性に見えたし、ひょろ長いお父さんは頼もしい旦那さんに見えた。
ああ、でも二人揃って長身なのね。だから臣さんが、こんなこんな……。
雅臣の実家にやってきて、心優はこのお猿さんがどうやって出来上がったのか目の当たりにしてちょっとくらくらしてきた。
でもすっごい素敵なお母様とお父様にお姉様! 豪快そうだけれど、繊細そうで。というか、お父様が『御園大佐』ぽく見えちゃったの気のせい??? 強い女性の、しなやかな旦那様って感じ……。それが心優が初めて感じた浜松の家族。
大きなアメリカンなハウスと、アメリカの空気をまとうお父さん、お母さん。負けないほどおっきな姉さんに、そのDNAを受け継ぐ双子。
そこに雅臣が加わると、本当にファミリー。身体のイメージだけじゃない、アメリカナイズな自由な家風が雅臣を包んで育ててきたのが伝わってくる。
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