47.ミセス城戸、おめでとう

 ランチを御園准将と終えると、心優はそわそわ。


 デスクにおいている携帯電話が震えた。

『陸に戻った。着替えたら、業務隊の人事部に向かう。○○分後』とのメッセージが来た。


「雅臣、帰ってきたの?」

「はい」

「いってらっしゃい」


 帰ってきたら城戸心優ね――。准将が笑って見送ってくれた。




 業務隊は隣の棟、一階にある。高官棟を出て、真っ青な夏空の下、心優はピンクの百日紅がさざめく渡り廊下を急ぐ。


 人事部などがある業務隊に到着。その隣に島役場の出張所が、ひとつの窓を受付にして設置されている。


 業務隊も大きな部署。基地のあらゆる運営に事務を総轄しているところだった。事務官の数もはんぱじゃない。女性事務官が特に多い部署でもある。


 賑わいと人目を避けられるところで心優は雅臣を待った。

 伝言通りの時間に、夏服制服に着替えた雅臣がやってきた。


「心優、お待たせ」

「お疲れ様、臣さん」


 彼が心優の頭を撫でてくれる。今日からプレッシャーのある訓練だっただろうに、いつものお猿の愛嬌あるスマイルに心優も笑顔になれる。


「では、行こうか」

「うん」


 雅臣の手には婚姻届け。家族の気持ちも乗せて。二人は一緒に通路を行く。


「お願いします」


 役場出張の受付窓枠を覗き込むと、年配の役場職員がやってきてくれる。


「ああ、城戸大佐じゃないの」

「はい。先日はありがとうございました」

「お、園田中尉もお疲れ様」

「お疲れ様です」


 隊員なら誰もが知っている役場職員のおじさん。カフェテリアでもよく隊員達と話している姿を見るほどだから、隊員のこともよく知っている。


「いよいよかな。待っていたよ」


 雅臣が婚姻届をもらいに来たことも、城戸大佐と園田中尉が結婚することも重々に承知の様子。軍の話題もよくわかっているからなのだろう。


 窓の中にあるカウンター、そこに婚姻届が開かれる。

 眼鏡の職員おじ様が、真顔で記入箇所捺印箇所を確認している。

 心優はドキドキ……。ほんとにこれで結婚? もう園田じゃなくなっちゃう……。


「はい、確かに受け取りました。ご結婚、おめでとうございます」


 眼鏡の職員おじ様のにっこり笑顔に、心優と雅臣は笑顔で向きあう。


「心優、……よろしくな」

「うん。奥さんになっちゃった……。ど、どうしよう……」


 涙が出てきてしまった。『やったね、臣さん!』と喜びいっぱい笑顔で……と思っていたのに。


 それもこれも、やっぱり大佐殿は過酷な使命を負っていると痛感したから。わたしは海に出て行く男の妻、空を護る男の妻。無事に還ってくることを信じるしかない妻になったのだから。


「わかっている、心優。心配をいっぱいかけると思う。でも、約束する。俺は還っ」

 


結婚、おめでとう! 城戸大佐、心優ちゃん!!

 


 涙うるうる、大きなお猿さんが優しく諭してくれていたのに。心優と雅臣の後ろにあった業務隊のドアがバンと開いて、そこから何人もの男達が飛び出してきた。



「先輩、園田さん、結婚、おめでとう!」

 すぐ目の前に飛び出してきたのは、まだ白い飛行服姿の鈴木少佐。

 彼の手には、真っ白なカラーの花が一本。それを差し出してくれている。


「英太、園田さんじゃないだろ。もうミセス城戸だ」

 クールなクライトン少佐も白い飛行服のまま、鈴木少佐の隣に並んだ。

「城戸大佐、ご結婚、おめでとうございます」

 雅臣にはクライントン少佐から白いカラーの花が……。


 でもお猿さんは、しんみり入籍を済ませて、新妻と二人……というところをドカンと空気を壊されたまま茫然としている。


「あははー、この基地で入籍なんてするからだよ! 俺が放っておくと思ったのかこのやろ!」


 橘大佐が、鈴木少佐とクライトン少佐の後ろから大笑い。彼も白いカラーの花を手にしている。


「ま、また、先輩の仕業ですか!」


「ったりめーだろ。今日入籍、いまから入籍と聞いて、お祝いナシで終わるわけないだろ。雷神、一同引き連れてきたぜー。もうな、今日、この時間に業務隊に隠れて待たせて欲しいって手も打ってたんだよ。おまえがシャワーを浴びているうちに、俺達着替えないでサッと大移動な」


「そ、そういえば……。誰もいなかった。みんな、今日はメシ行くの早ええ……て」


「雅臣は騙しやすいからな、大成功!」


 悪ガキ先輩はただではすまない。この前も、今日も! 心優はただただ唖然とするばかり。


 城戸大佐、ミセス城戸、おめでとうございます――。

 飛行隊長のスコーピオンを始めに、ゴリラにマックス、ミッキーにジャンボ、ドラゴンフライに……と、雷神のパイロット達が交互に、雅臣と心優に白いカラーの花を渡してくれる。


「あ、ありがとうな。みんな」

「ありがとうございます」


 雅臣はやっぱり涙ぐんじゃって、心優は早速『ミセス城戸』と呼ばれてちょっと照れくさい。


「葉月ちゃんも来いよ、澤村君も」


 白い飛行服軍団の後ろに、その二人が静かに立っていた。


「心優、雅臣、おめでとう」

「園田、雅臣君、おめでとう」


 御園夫妻が最後に、それぞれ、白いカラーの花を差し出してくれる。

 二人の手にいっぱいの白い花。賑やかにされちゃったけれど、それでも雅臣も心優も嬉しくて感激して笑顔になる。


「橘大佐、雷神のみんな、御園准将、御園大佐、ありがとうございます」

「ありがとうございます、皆様」


 二人で本当の結婚式のように、参列者みたいになってくれた上司に同僚に後輩にお礼をする。


「やっぱりね、こうなると思った」

 役場職員のおじ様もにんまり。

「昨日から橘大佐がうろうろしていたからねえ」

 そうだったんだと心優と雅臣はちょっと苦笑い。だがだんだん嫌な予感。


「俺達が証人になってやるからさ! 雅臣、いまやれよ」

「は? な、なにをですか」

「指輪交換だよ!」

「えー、静かに二人きりで……」


 指輪、指輪、リング、リング、エンゲージリング、マリッジリング――と、雷神のパイロット達が大騒ぎ。そのせいで、業務隊の隊長も女の子達も『え、城戸大佐と園田さんの指輪交換?』と出てきてしまった!


「もうーわかったって! くっそ!! 明日の訓練、全機撃破してやるっ」


 破れかぶれで雅臣がスラックスのポケットからリングのケースを出した。


 今回の帰省で注文していたものを二人で取りに行った。それを雅臣が『明日、入籍した後、静かなところで二人でランチをしよう。その時に……』と言っていたのに。


 でも心優は思い出す。胸元にそっと手を当てる。このブラックオパールのペンダントをもらった時も、海の男達が祝福してくれた。


 それに彼等は、これから雅臣と一緒に最前線に行く男達――。


「大佐、お願いします」


 心優からにっこり左手を出した。

 その気になった新妻を見て、雅臣も腹をくくったのか、ケースから指輪を取り出した。


 銀色の、なんの飾り気もないリング。


「心優、」

 彼が左手を取り、薬指に銀のリングを通そうとする。

「さっき言いそびれたけれど。絶対におまえのところに還ってくる。心優に会いたいから」


 熱い涙がこぼれた……。

 今度は心優から。大佐殿の大きな手を持ち、彼の長い薬指に。


「待っています。大佐殿。海の上でも、わたしはここにいます」


 そう告げながら、心優は彼の指に銀のリングをはめた。


 おめでとう!! 雷神の男達がまた爆発したように叫んだので、ついに業務隊からも沢山の隊員が出てきてしまう。


 なのに仕掛けた橘大佐は泣いているし。御園准将と御園大佐は、いつになくお二人で寄り添って、こちらを見守ってくれるように穏やかに微笑んでくれている。


「また、大騒ぎになっちゃったね」

「諦めよう。きっとずっとこんなだ」


 でも雅臣も結局は嬉しそう。

 そうだね。こうして海の男達と賑やかにすごしていければいいね。

 それがわたし達、城戸家の幸せになるような気がする。


 その日の午後、心優は会う人会う人に『城戸中尉、おめでとう』、『ミセス城戸、おめでとう』と言われるように。


 わたしも、ミセスになっちゃった。

 銀の指輪を目の前にするたびに、心優は微笑む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る