16.心優から離れろ(*`ω´*)💢(シド)
騒々しい初対面。でも、そんな浜松のお猿ファミリーとも今日でお別れになることに。
「准将、夕方の横須賀便の席が取れました」
デスクのパソコンから軍のエアライン予約ページにアクセスして、心優が予約をした。
「そう、空いていて良かったというか……」
不問になったとはいえ、騒ぎを起こした以上、今回はここで帰るという城戸の母が決めたことに、御園准将も残念そうな顔をしている。それでも不問となったことだけでも良しとしたほうが、今回はより丸く収まるだろうと思っているようだった。
准将の目は、窓辺で基地の滑走路をいつまでも眺めている双子の背中。
お祖母ちゃんが宿のチェックアウトへとでかけている間、准将室で預かっている。彼等も基地の厳しい規則を目の当たりにしたせいか、もう大人しく過ごしている。
『すごく綺麗な島、こんな青い海の上を飛べたら気持ちいいよな』
『叔父ちゃん、この海は忘れられなかったのかな』
『空が広いな』
『潮の匂いもするな』
双子同士で顔をつきあわせて、そんなかわいい会話ばかりしている。准将もそれを微笑ましそうに眺めつつ、でも、どこか別れを惜しんでいるようにも見えた。
「准将。彼等をお買い物に連れていってもいいですか。帰る前にお土産を買ってあげたいと思います」
「あら、いいわね。カフェのショップにでも連れて行ってあげなさい」
「はい、雷神グッズをプレゼントしたいです。あと、帰りの飛行機で食べられるものも見繕ってあげたいです」
准将の許可をもらい、心優は双子に『雷神グッズを見に行きましょう』と声をかける。ふたりは嬉しそうにして心優についてきた
―◆・◆・◆・◆・◆―
「えー、いいんですか。心優さん!」
「有り難うございます! 大事にします!」
カフェにあるショップで、雷神の紺色キャップと『白昼の稲妻』をデザインした雷神ワッペンを購入、プレゼントにした。
「これ。雅臣叔父さんが空母訓練の時に着る、指揮官服の腕に縫いつけてあるのと同じなの」
「えっ、ほんとに!」
「めちゃくちゃかっこいい!」
そんな彼等に、心優はつい言ってしまう。
「いつか、ユキ君とナオ君もつけられるといいね」
だが二人は、今回の騒動を反省しているのか、ちょっと微笑んでくれただけだった。
「あ、飛行機の中でお腹が空くと思うから。なにかつまめるものでも買っておきましょう」
双子が遠慮したが、心優は二人の手を引っ張ってお姉さん気分で無理矢理に軽食カウンターに連れていく。
小笠原特製のカツサンドに、いつも御園准将が食べたい食べたいという日替わりサンドを買ってあげた。アサ子お母さんの分も一緒に。
そんな双子を連れて歩いていると、やっぱり方々から声をかけられる。
「園田中尉、まさか、城戸大佐のところの双子の甥っ子さん?」
「はい、そうです」
「園田中尉、もしかして――。うそー、本当にそっくりだわ」
「そうですよね、皆さん、そうおっしゃいます。わたしもびっくりしました」
声をかけられるたびに、誰もが背が高い双子を見上げしげしげ眺め、その度に、双子が気恥ずかしそうに挨拶をする。それがまた初々しいようで、可愛らしく見せてしまうようだった。
カラダは大きいけれど、まだ少年で幼い気持ちを抱えている双子。でも彼等もあのお猿スマイルを見せると、叔父の雅臣と同じように、誰もがその愛嬌に吸い込まれてしまうようだった。
ようやく人々の声かけから逃れ、心優は双子と一緒にカフェ外の廊下に出ることが出来た。
人が少ないエレベーターから准将室に戻ることにした。さすがの双子も、昨夜から注目されていることに疲れた様子を見せる。
「叔父さんが、こんなに知られている人だったなんて……」
「うん。叔父さんだけじゃないよ。心優さんのこともみんな知っている……」
どこにいっても、誰もが叔父のことを言い、心優にしても誰もが知っていて声をかけてくる人が多いと……。
「叔父さんは、誰もが知っているエースパイロットだもの。わたしの場合は、いつも一緒に歩いている御園准将のことを誰もが知っているから、護衛でついているわたしのことを知っているだけよ」
人気のないエレベーターのボタンを押す。いま四階にいるようで、あと少しで来ることを知り心優はほっとする。
エレベーターが到着し、扉が開く。一人だけ、金髪の男性が乗っている。青い目の男性と目が合い、心優と彼はそろって『あ』という顔になる。
「お疲れ様です。フランク大尉」
シドが乗っていた。一階下にある連隊長秘書室から休憩にやってきたよう。いつもながら、黒肩章付きの白いシャツ制服に黒いネクタイ姿だと、ほんとうに爽やかな金髪王子の風情。
「おう、お疲れ。なんかひさしぶりだな」
雅臣と酔いつぶれて官舎でひと晩過ごしてしまってからしばらく会っていなかった。
だがシドも心優の後ろにいる双子を見て、ギョッとした顔になる。
「うっわ。噂の……臣サンの、甥っ子かよ」
あ、また臣サンって言った! この前から気になっている心優だったが、今日はそこは流す。シドも、一目でわかるマジそっくりと、目を丸くしている。
「ユキ君、ナオ君。こちらは連隊長秘書室にいらっしゃるフランク大尉。凄腕の海兵隊員なの」
海兵隊と聞いて、双子がとても緊張した様子になる。
「城戸雅幸です」
「雅直です」
「名前までそっくりなのかよ。紛らわしいな」
「城戸大佐は、ユキ君とナオ君と呼び分けているみたいで、准将室でももうそうなっているの」
するとシドは面白そうな目つきでエレベーターから降りてきて『へえ』と双子の側に来てじろじろ。
背丈がほぼ一緒なので、シドは双子を見上げたりしない。むしろ経験ある大人の分、少年の彼等に威圧的な眼差しを見せつける。
「聞いたぜー。おまえら、昨日、警備隊を振りきったんだってなー。ほんとうだったら、出入り禁止だ。お姉さんの背中にくっついて、悠長に基地を歩けるはずないんだけどなあ」
心優より上官である大尉からの厳しい言葉に、双子がしゅんとしてしまっていた。
「今日も、あのクールな連隊長がなんか落ち着きなくてさ。おまえたちチェンジに乗って、ちょっとした操縦をしたんだって? でもさ。あれ、ゲームみたいなもんだから。本当の戦闘機に乗ったら、すげえGに押しつぶされそうになるんだ。死にそうになりながら操縦桿を正確に操作するんだ。落ち着きない精神では無理だよなあ。いくら甥っ子でも、ソニックになれるとは限らないって俺は思うなあ」
そんな嫌味をちくちくいうので、心優はムッとしてきた。
なのにシドはついに、双子の兄、ユキの襟元をぐっと掴みあげた。
「叔父さんがソニックだから基地中のみんながかわいいと言ってくれるからと気ぃ緩めていたら、許さねえぞ。おまえらのそういう親や祖母ちゃんや叔父さんに甘えてきたたるみが、滑走路に飛び出すはめになったんだよ。うちの奥さんに頭下げさせやがって……、クソガキ」
ああ、シドの怒りはそこにあるのね! 心優も納得だったが、シドも子供っぽいじゃないかと、心優はシドと雅幸の間に入ろうとした。
でも、怯えている双子に見えたが、雅幸もなにかカチンと来たらしく、今度は臆さずあのシドを睨む返しているではないか。逆に心優がヒヤッとする。
「もちろん、自覚しております。本当に申し訳なかったと思っています。いまから帰りますから」
「遅せえんだよ。奥さんに頭下げさせた時点で、遅せえだよ」
「准将さんには本当に申し訳なかったと反省しています」
きちんとした口調で言い返せる落ち着きがある。度胸だってある。負けん気もある。心優はそれを見せつけられた気にもなったし、その顔に雅臣を見てしまう。
それはシドも気がついたようだった。それでもシドは現役の海兵隊員。こんなクソガキに負けて引き下がれるかとこちらもガンを飛ばしたまま引きもしない。
「フランク大尉。もうおやめください。彼が言うとおりに、夕方の便で帰るところで、もう准将室に……」
「心優、黙ってろ」
はあ? なんでシドに黙ってろなんて命令されなくちゃいけないの? 上官だけれど、おなじ業務をしている部署の上司でもなければ先輩でもない。いま心優は准将室から双子を預かっている。この子達を守るのはいまの……。
いや違う。心優は首を振る。そして雅幸の首元を掴んで離さないシドの腕を掴んだ。
「フランク大尉、御園准将のお客様ですよ。すぐに離してください」
「奥様にひっついてるだけの、中尉ごときのかわいい護衛は黙ってろ」
なんですってー……。ついに心優の頭に血が上る。心優が基地の隊員に言われてぐさっとくるのは『ひっついてるだけのかわいい護衛』と言われること。それを、シドは知っているくせに。おまえはちゃんとやってるよ――といつもはそこまで言わなくても、ちゃんとほのめかしてフォローはしてくれるのに。自分だってつい最近まで中尉だったくせに!
もうあったまにきた!
雅幸を離さないシドの腕、その手首を掴んでいた心優は、掴んでいるままにぐっと捻り返した。
シドも油断をしていたのか、心優の突然のひねりにびっくりした顔になり、ようやっとパッと離した。でも心優は許さない! 捻ったままさらに彼の腕をねじ込む。
「いてててて! それするのか、本気でするなよっ」
その返し技を知っているシドだったが、心優が人の手に触れて握った時にはもう『どうにでも攻められる握り方をしている』ことをいま思いだしたかのようにして、シドは心優の思うままにねじられ痛がった。
「フランク大尉、あんまりではありませんか。十歳も年上のお兄様ですよねー」
「いーーー、やめろ! ずるいぞ、心優!」
この手を腕をこうねじったら、油断していた海兵隊員だってさっと身体を反転させ、彼の背中に腕を『後ろ手状態』に出来る。それがいとも簡単に出来るからこその『ミセス准将の護衛官』であって、それが園田心優。だからシドは『おまえがその気になったら、こんなこと簡単にできるんだから、いきなりそれをするのはズルイ』と叫んでいる。
その勢いで、心優はフランク大尉をドンと壁に押さえつけ追いやった。
「シド、わたしのかわいい甥っ子にひどいことしないって約束してくれる?」
追い込んだ壁、彼の金髪のそばにある耳に囁いた。
「くっそ、なにがかわいい甥っ子だよ……まだ結婚してねえっつーの」
「もう親戚なんだから、やめてよね。臣サンと奥さんにいいつけちゃうから」
「わ、わかったって。離せよ……、じゃないと……俺も、本気になるぞ」
壁に押さえつけられて見えなかった青い目が、ちらっと背後で押さえつけている心優に向けられた。
甥っ子の前だから、おまえにこんなことやられても我慢してやっているんだ――と言ってくれているんだと、心優がかっこわるくならないようそこは負けてくれているんだとやっと知った。
そう思うと、心優だって『シドはときどき、やさしくて、かっこよくてズルイ』と思う。ちょっとだけ頬が熱くなってしまって、心優はとうとう彼をねじった腕を開放してしまう。
「いってえな。やっぱミセス准将の護衛官ってわけか。くっそ、今度の組み手の訓練で手加減しねえ」
ぎゅっと握られていた手首をいてえとさすりながら、シドが言い捨てた。
「もう大丈夫だからね」
怖いお兄さんはやっつけたよ――と、かわいい双子へと心優は振り返る。
すると、彼等の目が、お猿の目が……きらきらっと輝いて心優に迫ってきている。
「すげえ、心優さん! すげえ!」
「心優さん。ほんっとに凄腕の護衛官なんだね!」
そして双子がそろって、『俺達の叔母さん、めっちゃかっけええ』と両脇からがばっと抱きついてきた。
臣さん級の大型お猿に両脇からぎゅっと抱きつかれ、心優は彼等の胸と胸に挟まれぐうっと唸りそうになった。
しかもシドも飛び上がるほどびっくりしたのか、あの青い目を丸くして唖然としている。
「わ、わかったから……。えっと……・」
でもこの双子、興奮すると手がつけられないダブル相乗効果な勢いになる。ぎゅっと抱きつかれてそのまま、ぴょんぴょん飛び上がる双子と一緒に心優も床から身体が浮いたほど。
「っんのやろう! こら! 心優から離れろ! 苦しそうだろ、クソガキ」
ついにシドが真っ赤な顔で双子に飛びついてきた。
「離れろ、こら。おまえら、まだ子供だけれど身体は大人なんだぞ。気軽に女に抱きつくんじゃねーよ!」
シド兄さんにそう言われ、双子もやっと我に返ったようだった。
「わ、心優さん。ご、ごめんなさい」
「ごめんなさい。す、すごく感動したから」
また憎めない子供の顔でいわれてしまい、でも、心優はそんなに言ってくれて嬉しくなってくる。でもシドはすごく面白くさなそう。『俺だって、そんなに心優を抱きしめたことないのに』と聞こえたのは気のせい??
でもシドもなんだかわかってきたようで、ついに諦めた顔に。
「なんか、まだ子供だってわかったわ……。悪かったな。大人げないコトしてさ。でもよ、基地の隊員になるなら気を引き締めて来いよ」
やっとシドが、大人の兄貴の顔で双子の肩を叩いた。
それだけでもう、双子達もキリリとした顔で、何故か敬礼!
「大尉、お世話になりました」
「もう来ないかもしれませんが、ご忠告、心に留めておきます」
真面目な顔になると叔父さんにそっくりで……。でもいちいち子供っぽいので心優はついつい笑ってしまう。
それはシドも同じだったようで、楽しそうな顔で『ぶ』と噴いている。
「まじで城戸サンそっくりだな。なんかもうそれだけで許せるわ」
なんだかんだいって。シドはどうも雅臣が気に入っているように心優には見えてしまう。やっぱりソニック大好きだから? それとも、この前一緒に酔いつぶれるまで一緒にいたから?
「んじゃあな。おまえらが小笠原に来るの楽しみに待ってるからな」
そういってシドはけっきょく最後は爽やかな金髪王子の微笑みで去っていった。
「かっけええ、海兵隊の兄さん」
「日本語うめえー、連隊長秘書室って、エリートじゃん」
双子も惚れ惚れと、勇ましい海兵王子の背中に魅せられている。
まあ、確かに。かっこいいんだけどね……。心優も時々、女としてどっきりすることはある。
でも。臣さんには負けるんだもんね。
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