29.ママコンプレックス
アサ子母が、妙に息子の恋人に気を遣う原因、または雅臣と元カノさんが別れた原因も『双子にある』と、真知子義姉が言い出した。
そんな真知子義姉が、制服からボーダーのカットソーに黒いスカート風のパンツに着替えている心優を見た。
「カノジョさんね。初めて来た時、うんと清楚で素敵な真っ白なワンピースで来たんだよね」
その気持ちとセレクト、心優も共感する。……わたしもワンピースにしようかなと思ったのだが、何故か雅臣が『ラフな格好なほうがいい。きっと気取らない食事になるはずだから』と言ったから、気楽にしようと、そうしただけ。
カノジョさんの気持ちわかる。お嫁さんになるかもしれない彼の家族に会うなら、そういう女性らしい綺麗な格好していきたいよねと。しかしそれが、双子ちゃんとどんな関係が? 心優は首をひねる。
「こんなふうに家族で食事をすることになって。その時は『寿司』を母さんが奮発して頼んだんだ。あの双子がいまよりガキだったもんでね。落ち着きなかった。お客様がいるのに暴れて、喧嘩して、はしゃいで。うちにしてみればいつもどおり。カノジョさんもかわいい、元気な男の子と笑って見ていてくれたんだけれど。度が過ぎた取っ組み合いをするもんだからさ。とうとう双子がテーブルの上にあった食器をいくつもひっくりかえしたんだ。で、その時、カノジョさんの真っ白なワンピースに醤油がね……」
あああ、やりそう。あの双子ちゃん達、やりそう。もう心優にも小さな頃の彼ら(でもビッグサイズ児童)が小笠原にいたあの調子で場をひっくり返したのが目に浮かんでしまう。
「それを、またうちの母さんが、もんのすごくテンパっちゃって。ごしごし拭いたら広がっちゃって、もうどうにもならなくなったんだよ」
「そ、それでどうなったのですか……」
「日帰りで来ていたからさ。着替えなんてないの。母さんと雅臣が適当に着替えの服を買ってきたんだけれど。それが、ダサくってさ。私が行けば良かったのに、私は私で子供達がやったことでこれまたテンパっちゃって考え及ばなくて……。そのダサイ服をカノジョさんは笑顔で着替えて帰っていたんだよね。まあ、その時じゃないかな。なんか合わないなとカノジョが思ったのも、ほんとは雅臣自身もすごく気遣っていたからそこで我に返って冷めちゃったのかもね」
凄く気を遣っていた。綺麗な女の子に弱かった臣さんの姿も、心優には目に浮かぶから、もうこれだけで心が痛い。
でもカノジョさんは、たまたま……元カレ臣さんの部下だった塚田中佐に恋をしてしまった。その禊ぎとして、事務官の仕事を辞めてしまい家庭に入ったのだと思う。そこから、塚田さんにも臣さんにも邪魔にならないようひっそりと息を潜め公には派手にならないように徹している気がする。
それだって雅臣への歴とした思い、ご主人になった塚田さんへの愛だと、心優はそう感じている。
「たまたまそうなっただけです。それが二人が本当の姿を見直すキッカケになっただけかもしれません。ユキ君ナオ君のせいでも、お母さんのせいでも、お姉さんのせいでもないと思います」
「そっかな。ずっとね、過ぎたことだと忘れようとして、でも今回、雅臣がまた恋人を連れてくるとなってずしっと思い出してね。それなのに。あの双子ときたら、私に内緒で、勝手に小笠原に行って、そこで雅臣の上官である准将さんに迷惑をかけて、しかもその准将さんの護衛さんが雅臣の婚約者の彼女でこれまた迷惑を!!! って気が遠くなっていたんだ……」
ああ、なるほど。悪夢、再びだったのかと――、心優もわかってきて唸る。
「びっくりはしましたよ。ほんとうに。でも、御園准将に驚かされることに比べたら、ユキ君ナオ君はまだまだかなって……かんじ、です」
いや滑走路進入はたしかに度肝を抜かれたし、あのミセス准将が大慌てで駆けつけるなんて滅多に見られないものも見せてくれたけれど? と心優も最後はちょっととぼけ気味に答えてしまうが……。
「あはは! あの双子の騒ぎがまだまだって! なんかそのミセス准将さんって隊長さんに会いたくなった!」
「アサ子お母さんとも気が合うようでした。真知子さんとも気が合う気がします。准将も双子のお母様に一度お会いしたいと言っていたので、真知子さんも今度は双子ちゃんと一緒に小笠原に来てください!」
きっときっと准将も喜ぶだろうと、ついつい笑顔で誘っていた。
すると、真知子義姉がニヤッとした笑みで心優に缶ビールを差し出した。
「飲みなよ。義姉妹の乾杯しようよ」
って、なんでそんな仁義っぽいのと心優も笑っていた。
「では。いただきます」
せっかくだからと、普段は飲まないようにしているお酒も今日は解禁。心優も遠慮なく手にとって栓を開け、お義姉さんと乾杯をした。
「心優さん、『スケバン』て言葉、知ってる?」
「はい。真知子お姉さんと、上の兄が同世代ですから。兄が持っている漫画とかで……」
「私、それだったの」
ギョッとして、心優は真知子義姉を凝視したまま固まる。こんなこんな、海外のお洒落なビッグママという感じのお姉さんが……。あのスケバン!?
「雅臣は普通の男の子だったんだけどさ。私はやんちゃでね」
ああ、そう言えば。ゴリ母さんが『やんちゃだったのは娘の方』とか言っていたのを心優は思い出す。
「言ってみれば、その准将さんも『スケバン』じゃん。会いたくなったわ。ほんとに。あの双子をどうしつけてくれるのか見たくなった」
あれ、もしかして。軍隊に預ける気持ちがすこしできたのかな。心優はそう感じてしまった。
「母さん、とうもろこしないのかよ」
「ウインナー、ウインナー!!」
痺れを切らした双子がキッチンへと声をあげて、ついにこっちにやってくる姿が見えた。
「ちょっとさあ。雅臣叔父ちゃんもそこにいたなら、母さんに声かけてよ」
「なんだよーさっきから、キッチンに入ればいいのにそこにずっといてさ」
「いいだろ、入れなかったんだよ!」
キッチンの入口にいたのは双子だけではなく、そのドアの影からひょっこり雅臣が出てきた。とってもばつが悪そうな顔をしている。
そこで心優と真知子義姉は顔を見合わせる。女同士の話を聞いていたのだと。
「まったく。もう。まあいいや。これで雅臣も安心しただろ。私と心優さんはもう姉妹だよー」
逞しいゴリ母さんのような太い腕を心優の肩に回して、ぐっと抱き寄せてくれた真知子お義姉さん。
「俺もビールくれよ」
滅多に飲まない雅臣も缶ビールを冷蔵庫から取り出した。
「姉ちゃん、ありがとな。その、これまでもいろいろ……」
「は、なにいってんだよ。かわいいお嫁さんじゃん。しかも強いみたいだし」
そのお義姉さんがちょっと涙ぐんだので、心優と雅臣はそろって驚いてしまう。
でも真知子姉さんも次には微笑んで、二人に缶ビールを掲げてくれる。
「結婚、おめでとう。結婚式が楽しみだよ」
俺も俺もと、大きなママのそばに、お猿な双子もまとわりついて、キッチンのほうが賑やかになってきた。
リビングからはあの思い出の曲が。Bruno Marsの『Just The Way You Are』が流れてきた。
夏の夕暮れは長い。洋楽が途切れない和やかな食事を終え、これまた美味しい珈琲をお父さんが淹れてくれる。
その珈琲が出そろった頃、城戸家の綺麗に片づいたテーブルにそれが置かれた。
雅臣と心優が並んで座っている向かいに、城戸のお父さん、アサ子お母さん、真知子お姉さんが並んでいる。お母さんの隣に双子も今日は大人しくきちんと座っていた。
城戸家の家族へと、雅臣がそれを差し出す。
「婚姻届。ここで書くから見届けて欲しい」
「わかったよ、雅臣」
雅史お父さんが怖い顔になる。それだけ真剣ということだった。
雅臣がついにペンを手に取った。
心優はもうドキドキ。妻の欄に、ついにわたしも名前を書く時がやってきた。
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