42.対国から撃ってきた

 それは雅臣も一緒だった。彼も遠慮なく准将室に入ってくる。


「ただいま帰りました。あの、なにかあったのですか……」


 雅臣の問いに、司令、連隊長、ミセス准将が随分と難しい顔を揃え見合わせている。


 司令が頷くと、ミセス准将がテーブルの上にあるタブレットを手にして立ち上がる。そのまま雅臣へと近づいてきた。


 そのタブレットを雅臣に、ミセス准将が冷たい顔で差し出した。彼が驚き、息引いたほど、心優も一緒にそれを見て、驚愕する。


「高須賀准将が航行している空母からスクランブルで対象機まで接近、こちらからの警告をしている最中に、機関砲で撃たれたの」


 その画像は、尾翼に丸い穴が数個開いている戦闘機の姿が。尾翼だけのもの、機体の片側にその機銃の痕があるものも。


 パイロットだった雅臣が青ざめている。


「ど、どうして! パイロットは!」

「無事よ。どの機体も火災はなく、無事に着艦している」


「いつですか! 数日前に浜松基地で石黒准将にお会いした時に、大陸国が執拗にアタックしてくることは聞いていましたけれど」


「その報告があってすぐ。昨日の午前よ。撃たれたフライトは機体が損傷したため、もう艦載はできない。代わりのフライトチームを手配するために、海東司令が岩国に出向いていたの。その帰りにこちらに寄ってくださったところよ」


 雅臣が海東司令を見る。本来なら厳粛に敬礼をし挨拶をせねばならないところ。でもあまりにも驚愕していて、雅臣はそれができないよう……。


 だが海東司令は諫めもせず、しっかりと雅臣の視線を受け止めている。いつもの余裕の表情でひとまずやんわりと司令は微笑む。


「ソニックが驚くのも無理はない。これまでも多少の小競り合いはご挨拶程度にあったわけだが、今回はもろに撃たれたのだから」


「報道はなかったようですが」


 司令がふっと冷笑を浮かべる。


「いまは報道規制がされている段階だ。そのまま全国に報道すれば大騒ぎになる。国民の安心に波風立てるのはいまはまだ」

「そ、そうですね……。怯えるばかりでしょう。俺も家族には知らないでいて欲しいです……」


 大丈夫。絶対に還ってくるよ。そんなこと滅多にない。結婚式楽しみにしているから。


 家族を安心させて別れきたばかり――。心優もいまは知られたくないし、余計な心配をさせたくないと強く思った。


「ところで、ソニック。いや城戸大佐。君はどう思う? 今回のこの大陸国の射撃について」


 ソファーにゆったり座っている海東司令は、どこも臆していない。ミセス准将室に気軽に遊びに来たかのように悠然としている。


 そんな上官の問いに、雅臣が唇を噛みしめ悔しそうにうつむいた。


「ミサイルの発達で視覚範囲での戦闘など皆無になった現代戦闘機で、ミサイルを使い果たした時の保険としてただただ備えているだけの、『そんなことはこの現代にあるはずはないけれど、一応つけておこう、警告射撃でも必要だし』程度で備えている機関砲で撃ってきたということは――」


 元パイロット同士、海東司令もうんうんと頷きながら、でも雅臣がどう答えるかじっと待っている。


「わざわざ機関砲で仕掛けてきた。本当に国同士で徹底的にやり合うならミサイルが飛んでくるはずです。でも、いまはその意志はない」


「つまり?」


 副艦長の命を与えた男を試しているかのように、海東司令の目が険しく細められる。雅臣もわかっていて、でも怯まずに答える。


「石黒准将から聞きました。『白いのがいない艦隊なら興味がない』と言ってきたと。だけれど、今回の艦に雷神が艦載しているかどうかは答えられない。つまり――『雷神を出すまで、答えるまで、攻撃をする』というところですか」


 雅臣の落ち着いた返答、すぐに思いつく『敵の意図』。でも心優は大佐殿の見解を聞くまでまったく思い至らなかったので愕然とする。


 それって。つまり。『雷神を出せ。御園艦長を出せ』と言っているのと同じ!! 『王子』の狙いは、王子の父上である司令総監の狙いもそこにある?


 そこで細川連隊長が、溜め息をついた。


「助けたのがあだになったということだな」


 その言葉で心優は思い出す。浜松航空基地連隊長の石黒准将が言っていたこと。


『互いに接触をしたことがある者同士が、また敵国同士として空で接触する。ミセス准将がその時どうするのか。王子の気持ちがなんであるか。そこを案じているよ』


 石黒准将の不安がズバリ的中したことになる。


「指示もないのに侵犯をしあまつさえバーティゴという事故を起こした。帰国後に、敵国に助けられ手厚く帰還させてもらった情けないパイロット扱いされのだろうな。しかも司令総監の子息だ。不名誉このうえない」


 眼鏡の銀縁を細川連隊長がこめかみを押さえながら、再度溜め息を落とす。


 海東司令もおなじように思っているようで、細川連隊長の言葉に頷き、また雅臣を見た。


「雷神を艦載した艦隊であるかどうかは答えることができないため、高須賀准将には予定を変更し、早急に撤退するよう命じられている」


 また雅臣がショックをうけた顔になる。


「それでは、あちらの思うつぼ。折れたということですか。あちらが勝手に主張している領域に野放し、譲ったことになってしまいます」


「一時的措置だよ。あちらも熱くなっている以上、いつものような刺激も厭わない航路は得策ではない」


「ですが……!」

「雅臣、司令殿よ。改めなさい」


 ミセス准将の涼しげな制止に、やっと雅臣が引いた。でも海東司令は満足そうに微笑んでいる。


「いいことですよ。ソニックもファイターパイロットだったのだから、これぐらい熱くなって当然。そうでなければ、エースでも国防パイロットではない」


「失礼いたしました、司令殿」


 すっと落ち着きを取り戻した雅臣だったが、その額に汗が光っているのを心優は見てしまう。


「ミセス准将はアイスドールで徹底した落ち着きはあるが、ソニックぐらいの熱さも必要。パイロットを護ってもらわねばならないからね」


 若白髪の男も、にっこりとして余裕げだった。まったく動じていない。それでも小笠原まで来たのには、御園准将と意志を揃えておかねばならないなにかがあるのだと、秘密の食事会に連れて行ってもらった心優はかんじている。


「今回は撤退したが、では次回はどうするかなのだよ、ソニック」


 次回――。それは、心優と雅臣が着任する警備航海の時。高須賀准将の航行は撤退という決断になった。では、どうするのか。


「次回艦長に就任する、ミセス准将はどう思っているか。それを確かめにね」


 海東司令が側近の大神中佐を従えて岩国から直接小笠原を訪ねてきた目的はそれ。


 そしてミセス准将はどう感じたのか、気になる雅臣と心優は固唾を呑み、いつもの涼しげな顔をしている御園准将を見る。


 だが、アイスドールの彼女が微笑を見せる。心優はもう知っている。こんな笑みを見せる時の葉月さんは、冷たい琥珀の目をしながらも燃えているんだって。


「撤退なんてとんでもない。いつもどおりに行かせて頂きます」


 強気な発言でも、細川連隊長はふっと微笑み、海東司令もにんまりと楽しそうだった。


「ほんとうですか。准将……。俺もおなじ気持ちです」


 雅臣も嬉しそうだった。でも心優は複雑……。闘うのが嬉しそうに見える大佐殿のその闘志。それがなんだか胸が痛い。


 ああ、そうか。もしかして、これが夫を送り出す案ずる妻の気持ちなんだと、心優は初めて気がつく。でも自分も着任をする護衛官、そんな様子は微塵も見せてはいけないと、案ずる顔にならないよう必死に堪えた。


 そのミセス准将が、不敵な笑みのまま、先ほどのタブレットをじっと眺める。


「どう、雅臣。惚れ惚れする腕前だと思わない?」


 目を輝かせるミセス准将の敵国パイロットを讃える言葉に、雅臣がいつになく悔しそうに唇を噛んだ。


「そうですね。撃つだけなら、こんな遠慮した当たりはしないと俺も思います」


「そう、わざと控えめ――。ドッグファイトに突入すると、互いに高速飛行になるから機関砲など当たりもしない、撃ってきたという警告で驚くことはあっても。それをわかっていて、ドッグファイトになる前に、とにかくこちらの機体を確認したら迷わずに撃ってきたのよ。しかも……、当てても支障がないよう着艦ができるよう、わざと照準を機体からずらして、当たる分だけあたればいいという算段が窺える。当たったとしても、燃料箇所には当たらぬよう――」


 海東司令も元パイロット、腕を組んで唸っている。


「悪辣な選択をしているようでいて、結局はどこか紳士だ。まるで呼ばれているようですね」


 呼ばれている? 海東司令が御園准将におかしそうに笑う。

 だが御園准将もどこか楽しそう……。


「熱烈なラブコールですわね。確かに『王子』でしたわよ。爽やかな青年、腕前も確か、礼儀もあった。会話も上品で嫌味もなく、ひとときとはいえ相手国の青年と話せたことは楽しくもありましたわね。おいしそうに日本食を食べてくれ、素直に礼を述べてくれ嬉しそうにして。でも、不審者にも狙われる辛い立場であることは、彼の憂い。そんな表情も気になったものです。あのような青年ならば、確かに『王子』。国でも人気があることでしょうね」


「だが、その立場を護るためには、助けてくれた『女性艦長』に勝たなくてはならなくなった――と思いたいところですね」


 海東司令もそこは憂うところなのか、ふっと眼差しを伏せる顔。おなじ少将で司令同士でもある細川連隊長は『甘いな』と言い捨てているいつもの姿。


「なにがラブコールだ。相変わらずの甘ったれ姫だな。王子と姫でちょうどいいってことか。あっちも国に戻れば自分を護るために必死だ。葉月の立場など微塵も配慮してはならない。それはおまえもおなじだ。国を間に分かつ以上、自分の立場が絶対だ。わかっているんだろうな」


 海東司令はまだ若いため、ここにいるミセス准将や細川連隊長よりも後輩に当たる。そのせいかずっと口当たりも柔らかい。だが細川連隊長はそうもいかない。ミセス准将を従える直属上司、甘えは決して許してくれない手厳しさ。


 それでもミセス准将もまったく物怖じしない。


「兄様、私が遠慮でもして王子君に温情をかけるとでも? あちらが仕掛けてきているのですよ。『ミセス艦長出てこい。今度は俺が勝つ番だ。俺はあの程度のパイロットではない』と」


「違う。たとえ、おまえに葉月に恩義を感じていたとしても、だからこそ『闘いたくない相手、できれば避けたい。それならもう徹底的にして退いてもらう』という決意だ。わかってんのか、おまえ」


「まあまあ、細川先輩。そこまで葉月さんを責めなくても――」


「海東君も甘いな。このお嬢ちゃんは時々、奇妙な恩情を見せる。それがこれまではなんとか活きてきたのだろうが。次回のような切迫した接戦になるのなら甘さは一切捨てるべき。その隙が艦を危機に陥らせる。乗員を危機にさらす! 艦長個人の感情はいらない! そこを徹底するべきだ!」


「そんなことは自分も重々承知の上ですよ、細川先輩。俺もそこは徹底しますから」


 そこには肩書きを取り払った、普段の自分たちで話し合っている上官達の姿が現れていた。だから雅臣も心優も入れなくなる。

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