49.いきなりバディ!?


 心優は御園大佐とその青年がくるまでイライラ、ドキドキ。自分より我の強い男だったらどうしよう。年上で扱いにくい人だったらどうしよう。階級は……? ともかく、バディなんて言われるのも心外。そんな人要らない。御園准将はわたしだけがそばにいられるのだから、という自負があるから。

 

――『工学科の御園です』


 ドアからノックの音。いつもどおりに心優が出向き、そのドアを開ける。


 開けると、相変わらずのにっこりとした胡散臭い眼鏡の御園大佐がいた。


 例の男は――、心優の視線が動く。


 御園大佐の後ろに控えている若い青年。緊張して直立不動になっている彼と心優の目線が合う。さらに心優はびっくりして彼を指さしてしまった!


「よ、よ、吉岡くん!?」

「そ、そ、園、いや、き、城戸中尉、お疲れ様です!」


 浜松基地で後輩だった男の子だった。


「え、あの、バディって……」


 まさか、彼が?? 心優は困惑した。


 また御園大佐がここでは眼鏡のにっこり笑顔でなにもかも見通している顔。だけれど、心優はこの事態になっていることがさっぱり理解できない。


「中に入ってゆっくり説明しようか」


 御園大佐に言われ、心優は我に返り、ドアを大きく開ける。


「どうぞ、お入りくださいませ」


 いつもの冷めた顔に整えて、ミセス准将の護衛官たる姿に戻す。その顔で、緊張している後輩を入室させた。


「御園准将、お連れいたしました」

「ご苦労様、澤村大佐」


 いつもの夫妻であっても、隊員の前では上官下官の姿を見せる二人。


「吉岡海曹もご苦労様。昨日はお疲れ様でした。寄宿舎の居心地はどう?」


「昨日はありがとうございました。はい、浜松でも寄宿舎暮らしなので慣れたものですから大丈夫です。海が綺麗で感動しております」


 わかる、わかる。私も珊瑚礁の海が見える寄宿舎は心の拠り所だったもん。うん、後輩もそう思ったかと、思わずにっこりしてしまいそうになってハッとする。


 そうじゃない! どーしてわたしのバディにと選ばれたのが、計ったようにして、浜松の後輩なの! まずはそこ!!


 だが、心優はそこで尚更に閃いて、気が付いた。

 わたしの周辺で、吉岡君の存在が明らかになったのは……。


「ま、まさか……。臣……、城戸大佐が……!」


 思わずそう呟いたら、眼鏡の御園大佐が感心したようににっこり。


「おー、さすが妻だな。気がついたか」

「先月の帰省で、彼を城戸大佐に紹介したばかりですから」


 さらに思い出す。『いいと思った人はメモしておくことにした』。手帳に吉岡君の名前をメモっていたのは、こういう考えがあったから?? でも心優が鍛えることを教えた後輩を知ってすぐにあんなこと思いつく??


「ほら。俺と雅臣君は、チェンジのデータを入力するために毎日会うだろう。その時に、良い隊員を見つけたと教えてもらったんだ。そうしたら、雅臣君が『若い男手があっても良いと思いませんか』という提案があってさ。それもそうだなと思って、動いたってわけ。会ってみて俺もいいなと思ったんで、即刻、浜松の石黒さんに掛け合って、教育部隊の間宮中佐を説得して……」


 スーパー爆撃を浜松に落としまくって一ヶ月、ついにゲットしたという話を聞かされる。御園大佐がやってきたら、意地でも引かない。欲しいものは大きな手土産を条件にかっさらっていく。きっとこの前石黒准将が『望む条件』を記したメモを参考にしたに違いない。それを見ていたのは雅臣自身。お土産にも困らなかったことだろうと心優にも予測ができてしまう。


 石黒准将と、心優の元上司、間宮中佐がたじたじになって説き伏せられたのが目に浮かぶ。心優はくらくらしてきた。


「それで。次回の航海に間に合うよう、俺がいまから叩き込んで、空母に乗せる予定だ」


 去年の心優と全くおなじ。新人の護衛官を育てるべく、その基礎は御園大佐がこれから叩き込むとのこと。この人なら絶対にやる!


「心優はどうなの」


 心配そうに聞く准将を見て、心優は戸惑う。その顔が『私は面会して良い隊員だと思った』という結論を出している顔だったから。あとは心優次第?


「吉岡海曹と二人だけにしていただけませんか」


 御園大佐とミセス准将が顔を見合わせた。


「わかった。准将室そばの休憩ブースで話しておいで」

「そうね。私と澤村はここで待っているわ」


 ありがとうございます。心優は礼をする。そしてすぐに後輩の目を捕まえる。


「行こうか」


 何故か、吉岡君がびくっと怯えた顔。それだけ心優が受け入れがたいというオーラを醸し出しているのが伝わっているのだろう。


「はい。中尉」


 なんだかしょんぼりしている男の子を心優は従えて、准将室の外に出る。


 すぐそばの、自販機が並んでいる休憩ブースへと彼と入りふたりきりになる。


「あの、園田さん。やっぱり、だめですか」

「だめじゃないよ。他の男がくるよりよっぽど良かった」


 そこは安心した。きっと心優が知っている、鍛えた後輩、気心知れている青年だから、ここまでとんとん拍子に話が進んでしまったのだろう。


 あとは心優がどうするかということ。でも、いきなりすぎる……。雅臣の意図もわからない。


「御園大佐……。なんて言って、浜松にいた吉岡君に会いに来たの」


 まだ彼と目が合わせられず、心優は彼に背を向け、ただ目の前にある明るい昼間の珊瑚礁を見つめるだけ。


「どんなに凄腕といっても、准将も園田さんも女性だから。男手が欲しいと言われました」

「男手なんていらないよ」

「自分もそう思って、釈然としなくて最初は断りました」


 そこも。一年前の自分と同じでなんだか否定しきれない。ましてや、好く思っていた後輩のこと。彼も突然の申し出にどれだけ悩んで戸惑って苦しんだことか……。


「わたしがね、いきなりで困っているのは……。『女の世界を黙って見て、寄り添うことができるか』ということなの。空母に乗るとね、御園准将とは私生活もともになるのよ。いままではラングラー中佐が寄り添っていたということだけれど、それでも最終的には男と女、どうしても手が届かないところがあったんですって」


「自分もそう思いました。園田さんがいることで充分なのではと――」


 そうだよ。そのための女性護衛官として、ある意味強引に引き抜かれたのだから。それなのにいまになって男も必要ってなに??


「俺が決心したのは、園田さんにもアシストが必要だと言われたからです。それに……。俺だって、夢見ましたよ。雷神を目の前にアシストができる。高官の秘書官になれること、護衛官になれることは、事務官には夢であって目標です」


 それもそう……。心優なんて、恋を優先にして、恋を理由にして、右往左往して決断した。目標なんてなかった。ただ雅臣の力になれればと思ってばかりの毎日。彼の方がよっぽど軍人として正当な意志を持っている。


「わかった」


 心優はやっと後輩に振り返る。自分より背が高い、細身のでも逞しくなった後輩に。


「御園大佐にどこまで聞かされた?」

「はい? なんのことでしょう」


 心優ははっきり言う。


「御園のそばに就くことは、もうそこから逃げられないよ。御園がここまで在るのにはそれなりの理由がある。御園だけじゃない。高官達がどんな瀬戸際でギリギリの判断を迫られているか。家族にも言えないことが増えていくよ。抱えられる? 独りで。わたしだって夫の城戸大佐に言えないこと、いっぱい抱えているよ。それが秘書官だと夫も言う」


「御園と寄りそう覚悟ということですか」


 彼の目が妙に鋭く心優に返ってきたので、ドキリとした。初めて見る男の子ではない、男の目。


「正直いうと、俺はパイロット達を護る力になれるなら、僅かなお手伝いでも頑張りたいと思って決してきました。それだけです。……もちろん、園田さんのお手伝いもです」


「じゃあ、御園准将がどんな女性であっても、それを護れる? その覚悟があるかどうかだけ教えて」


 彼はまだ御園のタブーは知らないようで、不思議そうで訝しそうにしてる。でも心優はさらに一歩踏み込む勢いで念を押す。


「どんなことも、御園准将のために働ける? それだけ教えて!」

「できます。どんなことも。園田さんがそうしていることは、俺も一緒にします。その気持ちも」


 男の目のままだった。彼も、小笠原に面会に来る一ヶ月の間に考えてきたことだろう。


 それに。他にバディを組めと言われたら断然拒否。彼なら、信じられる。


「わかった。空母に乗ることも、かっこよくて楽しいだけじゃないからね。大きな艦が護られていると思ったら大間違いなんだからね」


「わかっています。前回の航海で、大陸国の戦闘機が空母近くに墜落したニュースは、御園艦長の空母だったとも知れています。そこでどうなったかなどは、俺のような一般事務員までには知らされません。でも……石黒連隊長に呼ばれて聞かされました。そこで大陸国との軋轢から生まれた事件があったこと、その内容は小笠原に転属してから聞けと言われました。さらに、次の航海ではもっと差し迫った接戦になるだろうと……。岩国の空海が機関砲で撃たれる程に切迫していることも。その艦に乗る覚悟で行けと言われました」


 そこまで知っていての覚悟かと心優は驚き……、でもそこで決した。

 後輩の彼に手を差し出す。


「よろしくね、吉岡君」


 彼が驚き、でも心優が微笑んでいなかったせいか、表情を引き締め手を握りかえしてきた。


「精進します。准将のため、園田先輩のために」


 その手ががっしりと組み合う。


「バディだからね。なんでも共にやってくよ」

「お願いします」


 そこでやっと心優は、微笑む。


「まさか、こんなに早く秘書室で後輩ができるなんて思わなかった。ずっと末っ子みたいな気持ちだったけれど、わたしも頑張らなくちゃね」


 あ、それから――と心優は彼に付け加える。


「秘書室とわたしの前では、心優でいいよ。秘書室ではだいたい准将はニックネームか、ファーストネームで呼ぶから」


 園田でも城戸でもない。そこでは心優と教えると彼も頷く。


「きっと吉岡君も、秘書室では、光太こうた、コータと呼ばれるよ。で、イタズラな大佐がいっぱいいるから気を付けて」


 イタズラな大佐ってひとりじゃないの?? と、彼がおののいた。


「まず、イタズラになちゃった大佐さんをひとり、なんとかしないとね」

「だ、誰のことですか。それ」


 お猿の大佐が、まさかの眼鏡の大佐的なことをしてくれて。心優の目線が鋭くなったのか、後輩が黙ってしまった。

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