20.エースはエースをその気にさせる
御園大佐こそ、なにをしだすかわからないんだから。
『葉月さんといい勝負。もしかしてちょっと上?』というのが、心優がいつも教えてくれること。
結婚を約束した彼女『心優』は、ミセス准将のそばに毎日いて、その女性上官の夫である御園大佐は、心優を少尉まで叩き上げてくれた恩師。雅臣以上によく知っている。
雅臣は事務処理をしている最中も、頭の中はもう『今日こそ勝つ』とコードミセスとの対戦対策で頭の中がいっぱいだった。
午前は雷神の訓練で空母艦にいるので、そこに集中している。だが午後は『はやくデータ投入の時間にならないか』と工学科にあるチェンジ室へ早く行きたくてウズウズしている。
室長宛に内線です――。橘大佐宛に内線がかかってきた。
「へえ、面白いですね。わかりました。俺も城戸と一緒にそちらに行きます」
誰と内線で話していたのか。橘大佐の口から自分の名も聞こえたので、雅臣は物思いから我に返る。
「どちら様だったのですか」
受話器を置いた橘大佐がにやっと雅臣を見た。
「工学科の御園大佐から。いまからチェンジを開放するから、すぐに対戦に来いだってさ」
「え、まだデータ投入の時間ではないですよ。ミラー大佐のデータ室から仕上がったとの知らせもないし」
「それはまたその時間に。昨日、雅臣とコードミセスの対戦を見させてもらって、御園大佐はもう早く対戦させてやりたい、早くコードミセスを負かすところをみたいと待ちきれないんだってよ。雅臣にもじっくりと対戦する時間をつくってあげたいから、こちらによこすことはできないかと室長の俺に相談してきたってわけ」
昨日、その御園大佐が『惜しい』と泣いてくれたことを思い出す。雅臣がコードミセスと対戦するためにいろいろと配慮してくれたようだった。それは落ち着かない状態にいる雅臣にはとても有り難いこと。
「でも、どうして室長まで?」
「昨日の時点で、もうコードミセスを読み切っていたんだってな。悔しいけど、やっぱりソニックだな。俺の教え子だから、悔しくても我慢してやるわ。だがその対戦、俺にも見せろ」
師匠として見届け人になりたいとの橘大佐の希望だった。
「松田も鷹野もよかったらついてこいよ。ソニックとミセス准将の幻対戦がみられるぞ」
雅臣はギョッとした。若い事務官の二人まで連れていこうとしている。
「ほんとうですか! 俺、ソニックのファンだったんです!」
「俺もです! このまえ、そこの滑走路から川崎T-4で城戸大佐がローアングルキューバンを見せてくれた時は、俺……、涙でましたよ! やっぱりソニックだって、またソニックに会えたって!」
若い事務官二人は普段は落ち着いた青年だが、空軍管理官をしているだけあって、心の中に少年のような航空ファン魂を隠し持っていたようで驚いた。
「ちょっと待ってください、橘室長! コードミセスは……」
コードミセスは極秘データで、御園大佐の許可がないと『改変されたデータだ』とは教えてはいけなかったのでは!? と、雅臣は慌てる。
「
コードミセスを管理している御園大佐自らの許可だと聞いて、さらに驚かされた。
そんな驚きで固まっている雅臣を見て、室長デスクから橘大佐が近づいてきて雅臣にそっと耳打ちをする。
「松田と鷹野に、御園の秘密を共有させるための一歩なんじゃね。あいつらが口が本当に堅いかどうか試すのにいい機会ということなんじゃないか」
もちろん、口が堅いこと、ミセス准将をひいては御園という派閥を支持してくれていること。それを条件に選ばれた青年達ではある。
それを見越してこんなことを判断する御園大佐に雅臣は絶句する。
「よし。行こうぜ。俺も楽しみだ」
自分たちも連れて行ってくれるだなんて嬉しいです! と、青年達は嬉々としてデスクを片づけている。
「ところで、コードミセスのことは噂では聞いていますけれど、御園准将『ティンク』のデータなんですよね」
空部隊の事情はよく把握している松田からの質問に、橘大佐はちょっと笑ってすぐには答えない。
「女性パイロットとしてのデータですよね。ソニックと対戦しても、ソニックには敵わないと思うんですけれど」
事務官後輩の鷹野もそこはすぐに気がついたのか首を傾げた。
「俺も小笠原に来てコードミセスがあると知って、すぐに対戦したが『ぼろ負け』だったんだよ」
横須賀マリンスワローの隊長だった橘大佐が『女性パイロットのデータにぼろ負け』だったと知った彼等が『うそだ!』と驚きに震えている。
「勝つのに五日かかった。いま、雅臣がそのコードミセスと対戦して勝てそうなんだってよ。対戦してまだ一日目だ」
そこはやはり悔しそうに顔をしかめた室長殿だったが、そこでまた、若い彼等が驚きの目線を一気に雅臣に集中させた。
「その対戦二日目を、いまから俺達にみせてくれるのですか」
「すごい。やっぱりソニックだ! ぜひ、見せてください!!」
すっかり興奮してしまった青年達も見届け人になってしまうようだった。
なんだよ。あの旦那さんは……。俺の対戦に、御園の組織を固めるためにまで使ってくれちゃって。やっぱり食えない人だなあと雅臣は御園大佐の手際に呆れてしまった。
だが、心優が言ったとおり! 雅臣はチェンジ室に到着し目の当たりにする。
心優が言っていた『御園大佐こそなにをしだすかわからない』という真髄に遭遇する。
「おー、雷神室の全員でようそこ。待ってたよ」
にこにこ楽しそうな眼鏡の大佐の隣には、『英太』がいる。
どうして英太を呼んだのか。御園大佐がやることに、雅臣はいちいち驚きながらも、『英太、おまえ以上の男がいることを見せつけてやる』という場を作ってくれたのだと察した。
英太にとっては『エースの先輩が誰もやれなかった記録を作る』という、現役エースに対して意地悪いものを見せることになるだろうに。御園大佐はそういうところは厭わない。しかも楽しそうに笑っている……。
心優の言葉がここで身に沁みる。あのミセス准将の夫だけあると痛感した。
しかもその英太が、いつもは生意気でも憎めない無邪気さをみせてくれているのに、今日は雅臣をじっと睨んでいる。
いまは俺が一番の男だと自負しているだろうに。たとえコックピットを降りた先輩パイロットであっても、実力を見せつけられることに警戒をしているのだろう。
彼のそんなところは、まだ子供っぽい。それでもいざとなると英太も大人の空気をきちんと醸し出すとこは心得ていて、そこがまた憎めない。だが『俺はエースだ、パイロットだ』となると、そこへの想いは誰よりも一直線、そしてそのプライドの高さは誰にも負けない。そこは雅臣も痛いほどわかる。
そんな雅臣もいまは現役エースである後輩に対して燃えている。
ふん。おまえなんか、先輩が辞退しただけで得た雷神エースという称号に
そんなふうに、雅臣も後輩エースを睨み返してやった。
それは橘大佐も気がついたよう。
「雅臣を意識しはじめたか。コードミセスも、引退してしまった先輩エースソニックも、『実在する』とやっと感じているようだな」
こちらも元エースの橘大佐。パイロットとしての気持ちはよくわかってくれているのだろう。『やってやれ』と、雅臣の背を叩いて送り出してくれる。
「では、ソニック。二日目のチャレンジと行こうか。俺もパイロットになりたいと思ってこの世界に入ってきた程。城戸君はそれができなかった男たちの憧れだ。もっと魅せてくれると期待している」
御園大佐の言葉に、隣にいる英太がまた面白くなさそうな顔をした。その言葉をかけられるのは、俺だけのはずなのに……というところか。雅臣ならきっとそう思い、歯軋りをしているところだ。
「今日で全てを終えるつもりでいます」
ミラー大佐を越える日程で、真のエースを証明する。いま雅臣のやりたいこと、やらねばならないことはそれだけ。
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