カクヨム先行 おまけ② その男、妻の親友(大佐とシド その後)

 今日も工学科へ。シミュレーション機『チェンジ』に、ここ数日の訓練飛行データを投入するための仕事へ向かう。


 工学科科長室へ顔を出して、まず御園大佐に声をかけて――、一緒に訓練データを確認して、ここ最近のパイロットの様子に、訓練メニューを考えよう、なんならちょっと俺もシミュレーションに搭乗して『コードソニック』でも作ってみてようか? 御園大佐に相談してみよう……と、頭の中は仕事のことばかりが巡っている。



「城戸さん」


 聞き覚えのある声に、雅臣は工学科科長室が目の前まで迫ってきた通路で振り返る。


 黒ネクタイに白シャツ制服で、爽やかに整えている『シド』がいた。


「おう。シド。この前は……、大変だったな」


 ご苦労様でもお疲れ様でもなかったので、どう言えばいいか雅臣は戸惑ったが『大変だった』が出ていた。


 シドが間を置かずに、手に持っていた紙袋を雅臣に差し出した。


「これ。お借りした制服のシャツです。洗濯して俺がアイロンをかけました。アンダーシャツは新品が入っています」


「新品!? そんなことしなくて良かったのに」


「いえ。自分を育ててくれたオジキたちに散々説教され、そうするように言われましたから」


 シドの育ての親は複数人いると、雅臣は聞かされている。

 母親は実業家で、御園を影で支える私設部隊『黒猫』の幹部だ。

 忙しい母親と共に、黒猫幹部の男たちが手を貸し育てられたのだと。その中には、常に御園准将を『お嬢様』としてガードしている『ミスター・エド』もいる。


 だから、彼にとっては『皆が育ての親』。シドが男の意地で、心優が勧めた朝食を突っぱねたとき、『エドのだし巻き卵しか食べない』と言っていたが、つまり、男どもの手で育てられた『親の味』をシドは持っている。

 その育ての親たちが、きかん坊なトラ猫王子に『大佐殿には、こう返しなさい』と説教をしたようだった。


「せっかく城戸大佐とサシで呑めたのに、酔ってご自宅に転がり込むとは何事だと、三人のオジキからそれぞれ同じ説教を三度も、こってりやられました。ほんとうに前後不覚になるまで呑んで、婚約者が待っているご自宅にお邪魔して申し訳ありませんでした」


 殊勝な様子で頭を下げるシドを見て、雅臣は思わず『くすっ』と笑う。


「心底そう思っていないくせに」


 父親同然のオジキ軍団に締め上げられ、致し方なく頭を下げているように見えたからだった。本当は『酔ったのも不本意、大佐殿と片思いの女の自宅に転がり込んだのも不本意、俺が謝る事じゃねえ』と思っているに違いない。


 そこでシドも頭を上げて、いつものキツい目つきを雅臣に向けてきた。


「心底、申し訳なかったって思ってるっすよ! 心優に知られないよう上手く誤魔化してくれて、上手く俺をあの家から送り出してくれて。臣さん、うまく辻褄合わせてくれて、すげえ助かったって。そして! あ~、なんであのとき、大将に進められるまま呑んじゃったんだよって!」


「自己管理がなってないってことだろ。自分がどれぐらいの量で酔うかわからないから、ああなったんだ」


 大佐の顔と声で、雅臣もしれっとオジキ軍団側に立って言ってみた。

 そうしたらシドが真っ赤な顔になってさらに、目をつり上げて近づいてきた。


「臣さんだって、前後不覚になったじゃないですか。いま言ってること、ご自分にも当てはまりますよね!」


「あれは大将が悪いんだ。俺とシドが前後不覚になって、どんな付き合いをするか、こっそり試されていたんだよ」


 シドがハッとした顔になる。


「……そっか。あの、オヤジのせいってことか!」


「そう。シドも俺も、まだまだってことだ。確かにあそこは男が行きたくなる場だが、男たちの最後の砦。気軽に行ったら、手強いオヤジどもが集っていて、俺たちなんてひとたまりもないってわかった」


「でしょう!! だから言ったじゃないですか! あそこはちょっと困るなって。なのに臣さんが行きたがるから」


 そんなシドに大佐であるはずの雅臣から、すっと頭を下げてみる。



「ありがとな。どうしても、行ってみたかったんだ。御園大佐のいきつけの店。あれほどの旦那さんが、自分をさらけ出せるプライベートの場所はどんなところかと思って」


 今度はシドに呆られた顔を向けられている。


「あの旦那さんが、そう簡単に人に無様な格好なんてみせないでしょ。むしろ奥さんが最初に通っていた屋台で、奥さんがさらけ出していたんだから」


 いや、きっと隼人さんはあの店で、心を許して泣き言のひとつやふたつこぼしていると、雅臣は確信している。

 なんせ、あのアイスドールのミセス准将が泣きに泣いてしまう場所なんだから。


 そう思うと、おいそれと踏み入れてはいけない場所だと、雅臣は悟った。



「なあ、どうやったら、ミスター・エドのだし巻き卵を作れるようになるんだ? 心優に教えてやってくれよ」


 シドがまた驚きで後ずさるほど、雅臣の発言におののいている。


「うわ、臣さんってヒドイ! 女のメシを拒否した俺のことわかっていたくせに。今度は俺に女の朝飯を食わそうとしている!」


「いつまで拒否ってても、シドはそのうちに、絶対に、我が家に上がり込んでくる。俺はかまわないからな」


 またまたシドが『えええ!?』と目を白黒させている。


 心優の目の前では、かっこいい金髪の海兵王子でいたいだろうが、元エースパイロットの大佐殿の前ではそうはさせないつもり。


「二度と行きませんからね!!」


 シドの叫びに背を向け、雅臣はほくそ笑む。

 はいはい、と肩越しに手を振ってシドと別れた。


 彼らより大人で、ずっと上官の大佐殿だから余裕を見せつけた。


 だが雅臣は少し心に狂おしさを宿す。


 あの金髪の生意気な男は優秀で、これからも、きっと……ずっと『妻の戦友で、親友』になるのだろう。


 夫になる自分も、大事にしていかねばならない――と。

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