16.親友か、ライバルか

「葉月さんから、英太を引き取ろうと思っています。……最近の英太は、葉月さんがいないことで荒れている。本人もわかっているんですよ。もういつまでも空母上空で彼女ばかりを頼りにしていてはいけないと。でもあの悪ガキのこと、頭でわかっていても心がついていかない」


 橘大佐もそこはただいまの雷神をまとめるうえでの課題として頭を痛めていたので、身を乗り出してきた。


「なるほど。葉月ちゃんなんかいなくても、ソニックという先輩と一緒にいれば、おまえをもっと飛ばせてやれる、生かしてやれると気がつかせたいのか」


「それにはまず。英太の絶対的女王様である葉月さんを知らなくてはなりません。俺は橘大佐のように同世代ではないので、彼女の飛行癖や判断パターンを知りません。だから……」


「コードミセスに触れることにしてみた。で、ものすごい返り討ちにあって、プライドがズタズタ中ってわけか」


 はい、そうです。と雅臣は項垂れる。


「けどよ。英太と雅臣は似ているところがあるからな。片や悪ガキ、片や優等生の兄貴。正反対に見えても、コックピットへ向けているエネルギーと純粋さがな。おそらく、雅臣が英太にべったりついて指揮を始めたら、葉月ちゃんにはない何かを感じて英太が目覚めるかもな。俺はミラー大佐と一緒で『精密派』なんで、英太と雅臣のような『感でぶっとばす、感でなんとなくいけてしまう』という天性はないからさ。そういうところ通じると思う。実際に、葉月ちゃんも天性で飛んでいたからな」


 だから引き継げるだろう――と先輩は後押しをしてくれる。


「俺はアクロバットを専門にしてきたせいか、あるいはアクロバットの適正があったのか。このスピードでこの秒数で、いまはこの位置、この高度、角度と計算し尽くさないと気が済まない性分。それはミラー大佐とはすごく似ているなと思っているとし、彼もそう思ってくれていると思う。雅臣にはすごく教えやすかった。おまえの天性はすぐに身体で再現できる本当に真のパイロットの適正をみせつけられた。俺のマリンスワローに抜擢した新人の頃、俺方式の計算し尽くしたアクロバットの飛び方を教えたら、一発でやりやがる。そういう天性な。他の後輩に部下達は何度か練習して俺の計算に寄せてくるところを、雅臣は一発。英太もそういうところがある。きっと……葉月ちゃんもな」


「だとしたら。やはり『コードミセス』はあの人の天性が自由自在に動き回っているってことなんですね……」


 俺以上の天性ってことかよ――とまた、悔しくなってきた。


「だからこそ。今度はおまえが英太の王様になればいいんじゃね。葉月ちゃんが連れ込めなかった『領域』ってやつ。雅臣なら踏む込める気がする。コードミセスなんて所詮は架空のデータ。現実的に、葉月ちゃんより空を制することができるのは、」


 橘大佐の目が、スワロー隊長だった時に、雅臣をリードしてきた兄貴の目になる。


「エースのソニックと、現役エースのバレットに決まっているだろ。架空なんかに惑わされるな」


 エースパイロットとしても先輩である大佐に、ここまで押されたら雅臣も悔しがっているだけではいけない。

 だからこそ。雅臣も兄貴へと向かい『本当の狙い』を打ち明ける。


「雷神の誰もがまだ制していない『1対9』の雷神コンバットの勝ち抜けで、本物のエースに叩き上げたいと思っています」


 さすがに橘大佐も面食らった。


「はあ? エース称号を保持し続けている英太でさえ、『1対9』のステージには到達しても、9機に追われて勝ち抜けたことなんてなかったんだぞ。いまのエース確定だって、雷神の先輩パイロットの全てが、エース獲得のコンバット戦を途中でリタイアして最後に残ったのが英太だったから称号を得たんだろう」


「その時に、英太が『こんなのは本意ではない』と吼えたことを聞いています。それから二年。英太もいまテクニック的にも精神的にも体力的にも絶好調。リベンジの時でしょう。さらに。あの頃、結婚をすることで、家庭を思って危険な飛行を避けたいとコンバットを辞退した英太の僚機である『6号機、スプリンター』のフレディ、彼の最近の安定した底力も俺は気になります。英太とそう年齢も変わらず、実力も充分です」


「……なにが、いいたい」


 雅臣が『スプリンター』というパイロットを口にした途端、先輩が不安そうな顔をした。


「さすが俺の隊長。もうおわかりですよね」


「だが、コンバット戦をまだ続けられたのに、ここが限界だと辞退している6号機のフレディに勝負をふっかけて、また英太に負けたら、せっかくの7号機バレットと6号機スプリンターの関係性が崩れてしまうかもしれない」


「まさか。その程度の『信頼』ではないでしょう。俺、この前の『バーティゴ機追跡』をモニターで見ていた時、雷神のベテランが見失って混乱していたのに、英太はよくぞ発見してくれたと思っています。しかもバーティゴを起こしてパニックになっている戦闘機を英太は涼しい顔と声で追跡していた」


「そうだ。もしあれが俺でも、あのスピードでの急降下はできねえと思うほどのことをやりのけていたよ」


「その驚異的な追跡をしていたエース機のバレットの背後にぴったりとくっついて、しかも撮影をしていたんですよ、フレディのスプリンター機は……。あれは二人の性質はこれまた相反するものではありますが、互角の技能と体力を持ち合わせている『ライバル』ではないですか」


「組む前はお互いに意識して、仲が悪かったとコリンズ大佐からも聞かされているが……。いまはお互いに親友といえる仲。それをかきまわすのか」


「スプリンターには、葉月さんについてもらいます。ミセスとスプリンターのタッグで、英太は雷神新人のころに演習でこてんぱんにやられて痛い目に遭っています。今回も葉月さんがスプリンターの監督についたら、精密な飛行を得意とするスプリンターを駆使して英太を燃やしてくれるでしょう」


 橘大佐が黙り込んだ。そうしてしばし、うーんと唸っている。


「はあ! わかった。その話乗った。英太が安定しているのはなにも葉月ちゃんの指揮力だけではない。いつもそばに、背後に、僚機であるスプリンターがいるからだ。それを奪い取って、孤独な戦いを強いることがどういうことかわかっているんだろうな」


 英太を孤独にする。英太が心の支えにしている最大の味方、その二人を敵にする。そのむごさは、パイロットだった雅臣だからこそ、自分で言いだしたとはいえ躊躇した。


「迷うならやめろ。それから、英太に偉そうなことを言うなら。雅臣、おまえこそ、コードミセスに勝ってからにしろ」


「もちろんです。先輩が勝てたのに俺が勝てないことはないと思っています」


「生意気だな。俺は、五日で勝った。ミラー大佐は三日だってよ。さて、ソニックは何日かかることかね。夕方、仕事が終わったらチェンジに向かっていい」


 コードミセスへの対戦と、そして、空母訓練でコンバットを実戦する許可が出た。


「ありがとうございます。では、本日からさっそく、コードミセスを攻略します」


「ひさしぶりに、お手並み拝見だな。ソニックならどう勝つか、どれぐらいで攻略できるか楽しみだよ」


 対戦する時間と許可を得られた。

 もやもやしているなら、立ち向かうのみ!


「はあ、横須賀に帰るか~。いつがいいのか悩むな~」


 何に置いても、『俺はマリンスワロー、アクロバット隊長!』だった先輩なのに。

 橘大佐の悩みは、もうパイロットよりも親父になってしまったようで、雅臣はちょっと寂しい。

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