第2話 ライセンス試験

 俺は訓練場の電子ロックに自分のIDを入力する。プシュッと音を立てて扉が横開きに開いた。

 中へ入ると、そこは鬱蒼と木々が生い茂る密林が広がっている。俺が入った瞬間「ギャーギャー」と怖そうな鳥の鳴き声が響き渡った。

 この戦闘訓練場ではサファリパークの如く野生のモンスターが放し飼いにされていて、経験の浅いレイヴン見習の修練場となっている。

 非常に危険なモンスターもいる為、必ず上級レイヴン、もしくは教官の随伴が義務付けられているエリアだ。


「ほんとここは艦の中とは思えないな」


 実に金と手間がかかっている。

 それだけレイヴン育成に本気ということだろう。

 逆を言えば金をかけて育成された分、利益を返さなければいけないということだ。

 辺りをキョロキョロと見回すが教官が見つからない。


「えーっと大巳教官~、いますか~?」


 あれ? いつも時間前には必ずいるんだけどな。きっちりした大巳教官の性格から考えると、多分俺が集合場所を間違えている可能性が高い。


「大巳きょうかーん、どこですかー?」


 周囲の茂みを散策すると、目の前に巨大な蛇、スチールアナコンダと呼ばれるモンスターが「やぁ」と言わんばりに出てきた。

 藪をつついたら蛇とはまさにこのことか。スチールアナコンダは鋼鱗にまみれた銀色の体を持ち上げると、その巨体はゆうに俺の身長の3倍を超す。二股に分かれた舌をチロチロと見せながら、体を揺らしてこちらを威嚇する。


「うーん、蛇違いだな」


 悠長なことを言っている場合ではない。俺は腕時計型電子生徒手帳レイヴンズ・ファイルを取り出してスチールアナコンダにカメラを向ける。

 この生徒手帳は学園からのメールや出雲の時刻表など、生徒に役立つ情報が閲覧できるだけでなく、データベースに記録のあるモンスターの詳細を教えてくれる。自分が知らないモンスターに使ってみると情報が得られる優れモノだ。


【スチールアナコンダ。オノイ沖に生息する鎧蛇アーマーサーペント種。体長は平均8メートル、巨大なものでは20メートルを超す。全身を鋼のように硬い鋼鱗で覆われており物理攻撃に強い耐性を持つ。非常に獰猛な性格をしており、人間でもまる飲みにする為、間合いに入らないよう注意が必要。尚噛まれると猛毒で死ぬ】


 ほほぉ……死ぬと来ましたか。簡潔に死ぬと書かれているところにやばさを感じる。

 しかし勘違いしてはいけない。蛇は獰猛と言われているが、腹が減っている時以外は比較的温厚なのだ。なのでゆっくりと後退していけば……。

 スチールアナコンダは縦に割れた真紅の目をパチクリさせると、口を大きく開けて襲い掛かって来た。


「シャーーーー!!」

「やっぱりダメだった! きゃあああああ!! 誰かああああああ!!」


 乙女のような悲鳴を上げつつ全力で逃げるが、スチールアナコンダの動きは早く、あっという間に追いついてくる。そしてすぐさまその長い体で輪を作るように囲いこんでくると、尻尾を俺の体に絡みつけてきた。

 硬い胴体で締め上げられ、メリメリと嫌な音が鳴る。骨がきしみ、圧迫から息が出来なくなり本気でやばいと感じる。


「訓練場にこんな強い奴置いちゃダメだろ!!」


 スチールアナコンダはこちらが弱って来たと判断したのか、口をパカッと大きく開けて、俺をまる飲みしようとする。


「いやあああああっ! 誰かー!!」


 毒牙が届きそうになった瞬間、人影が中空に飛び上がった――


「はぁっ!!」


 銀の剣が一閃。

 制服姿の女性が鋭い一撃を入れると、スチールアナコンダはぐらりと崩れ、後ろ向きにダウンした。

 俺は土煙が上がる中、長い髪をなびかせる女性に見惚れてしまった。

 純白の制服に白い肩掛けのマントをなびかせ、銀色のブーツを履いた女生徒。

 背が高くキリッとした横顔。振り返ると眼鏡がキラリと光る理知的な女性。出雲四大お姉様の一人。


「大巳教官!」


 彼女は眼鏡のつるを持ち上げると、鋭い瞳でこちらを見やる。


「貴様……また性懲りもなく問題を起こしているな」

「いや、勝手に出て来たんですよ!」

「だとしてもレイヴン見習ならば多少なりとも対応してみせろ!」

「あの、自分技術士官なんで体術系はからっきしで」

「言い訳するな! この落ちこぼれが!」


 彼女は腰に挿した乗馬鞭を取り出すと、俺の尻をパーンと打つ。


「痛いぃぃぃぃ!!」

「痛くない!」


 大巳教官は確かに厳しいところがある。それは俺たちがレイヴンになった時、ケガや事故で死なないようにする為の配慮だ。

 ただ、この厳しい指導と強烈な愛の鞭(?)によって、猿渡のような変なファンがついているのも確かだ。


「それでケガはあるのか?」

「ないです。ちょっと体を絞められただけで」

「見せてみろ」


 大巳教官はすぐさま俺の体を触診し、複数の傷を見つける。


「お前、何だこの尻は? 真っ赤に腫れあがってるじゃないか」

「それネタで言ってなかったらサイコパスですよ?」


 あなたの鞭のせいですとは直接言えなかった。

 大巳教官はグリーンの液体が入った注射銃インジェクションガンを用意すると、俺の尻にブスリと突き刺し薬液を注入した。

 メディキットと呼ばれる即効性の回復薬だ。

 別にそこまでしなくていいのに。とは思いつつも、鎮痛剤が入っているおかげで痛みはすっかりなくなった。


「ありがとうございます。こんな獰猛なモンスターがいるんですね」

「一応毒は抜いてある。だが見ての通り力が強く、巻き付かれると骨が粉々にされる」

「十分すぎるくらいやばいですね。この蛇殺したんですか?」

「頭を殴って気絶させただけだ。こいつを捕獲するのに凄く手間がかかったからな。簡単に殺しては学長が怒る」


 さすが教官、凶暴なモンスターを手加減して倒してしまうとは。


「お前今から実技テストだが……できるんだろうな?」

「大丈夫です。任せてください」

「お前はいつも自信だけは一人前だな。前回試験に落ちた時の反省と復習はしたんだろうな?」

「はい」

「では何が悪かったか言ってみろ」

「運です――痛いぃぃぃぃぃぃ!」


 大巳教官がまた俺の尻を鞭でパーーン! と打つ。


「なめてるのかお前は?」

「なめてません。すみませんでした」

「お前はほんとに雫の弟か?」

「従弟です」

「似たようなものだ。いいか説明しながら行く」


 この人委員長気質なので、口は悪いし手も出るのだが、デキが悪い生徒ほど熱心に教えてくれる。

 実はこの人が受け持った生徒の中でライセンスがとれなかった生徒はいない。愛の鞭に耐えられるなら、教官としては非常に優秀な人物なのだ。



 大巳教官と共に訓練場を進み、本来の試験開始位置に到着する。

 そこには金髪ツインテに制服のスカートを極限にまで短くした少女が不機嫌気に立っていた。

 彼女の名は竜宮寺りゅうぐうじ輝刃かぐや。俺より半年遅くに入学してきたのだが、身体能力、魔力、学力、容姿、全てに優れていて同年代ではトップクラス。あっという間に追いつかれてしまっていた。

 たまに一緒に座学を受ける時があるが、どこぞのお嬢様らしく常に取り巻きの女生徒がいる。

 お嬢、ツインテ、ミニスカ、ニーソ。4種の神器を兼ね備えた彼女が有名にならないわけがない。

 出雲四天王に新たに加入して五人目の四天王になる可能性が一番高いと噂される才女。

 一人多いだろと思うが、大体四天王って影の五人目、真の六人目、ビッグセブンの七人目、裏四天王の八人目がいるしな。一人くらい誤差だろう。

 輝刃は今回のペア実技試験の相方となる人物だ。


「相変わらず始まる前から楽しそうね。小鳥遊君」


 輝刃の皮肉交じりのお嬢様スマイル。貫禄だけは既に四天王入りしててもおかしくない。


「いやぁ、いきなりぱっくりいかれるところだったよ」

「あんまり足引っ張らないでくれると助かるわ」

「頑張るよ」


 大巳教官は俺たちの前に立つと実技試験の説明を行う。


「今日の実技試験は強襲兵科から龍宮寺輝刃、技能工作兵科から小鳥遊悠悟の二人だ。お前たちにはこれからこの訓練場最奥にある電源ユニットの電源を入れてきてもらう。尚試験中は訓練場内の電気は全て落ちた状態で行うので視界の変化に注意するように」


 電源が落ちているんだから当然と言えば当然だな。


「暗闇の中からモンスターが出てくるかもしれないってことですね」

「そういうことだ。進路の確認、索敵を怠るな」

「了解しました」


 輝刃はそんな程度で良いの? と言いたげで自信満々だ。

 優等生エリートとしてはなめられたもんだって感じなんだろうな。


「この試験ではアクシデントポイントを用意しているので咄嗟の対応力が試される。まぁ小鳥遊は何度も聞いているか」

「はい、3度目なんで」

「威張るな。情報共有はしっかりやれ」

「余裕。小鳥遊君はあたしの後ついてくるだけでいいわよ。ラッキーね、何にもしなくても試験パスできるなんて」


 輝刃はお嬢様スマイルと共にツインテを後ろ手に弾く。


「そりゃ楽させてもらおう」

「自信があるのは結構だが、この試験はあくまでチーム試験だ。どちらかが棄権、もしくは行動不能になった時点で試験は失敗とする」


 その話を聞いて輝刃の顔が曇る。


「小鳥遊君、絶対棄権とかしないでよ」

「頑張るよ。あっ、これまでの試験どんなアクシデントがあったか話そうか?」

「失敗したデータなんて必要ないわ」


 輝刃は腕を組んで、自信満々に言う。さすが優等生、失敗から学ぶことなどないということだな。

 不遜な態度ではあるが、今まで組んだペアの中で一番の実力者と見て間違いないだろう。


「では、試験を開始する」


 大巳教官が合図をすると、訓練場の電気が完全に落とされ真っ暗な空間が出来上がった。


「うわ……本当に真っ暗だ」


 何度も来ている訓練場とは言え、視界が0になると不安になる。

 しかし輝刃は暗闇を特に気にした様子もなく、奥に向かって歩き始めた。


「目が慣れるまで待った方がいいんじゃないか?」

「時間が惜しいわ。クリアタイムも査定に入ってるから、ちんたらしたくないの」

「それはわかるが、あっそうだ俺懐中電灯持ってるよ」


 俺はポケットからペンライト型の懐中電灯を取り出しスイッチを入れると、小さな光が地面を照らす。


「寂しい光ね」

「ないよりはマシだろ?」


 輝刃はどうだかと肩をすくめながら訓練場を進む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る