第29話 稲妻

 開き直って水着コンテストの参加申請を済ませた輝刃が、俺の元に戻る。


「付き合ってくれてありがと。小鳥遊君なにか他に買い物する?」

「そうだな、せっかくだから少し見て回りたい」

「じゃああたしどっか喫茶店で待ってていい?」

「おう、終わったら連絡する」

「わかったわ」


 そう言ってアニメショップを出る輝刃。


「……この辺に普通の喫茶店なんかあったかな」


 まぁいい、間違ってメイド喫茶に入っても本物のお嬢だからなんとかするだろう。


 ぶらぶらと何か掘り出し物を探すつもりだったが、すぐにフィギュアコーナーへと戻って来た。

 俺は気になっていた美少女フィギュアの箱を眺めつつ、顔をほころばせる。


「いいなぁ、この造形」


 実に素晴らしい。作り込まれた下着に女性のしなやかな体のライン。単なる美少女フィギュアというより芸術作品と言っても過言ではない。

 化石もそうなのだが最初はなんの変哲もない素材が、職人の技術によってこのように美しい姿になるのは何度見ても楽しい。

 フィギュア作成動画を見たことあるが、元はただの粘土が徐々に美少女になっていく過程はもはや魔法と遜色ないだろう。


「俺もいつかこんなの作ってみてぇなぁ」


 しかしながら、お姉様に囲まれた部屋にこれを飾る度胸はさすがにない。いつか一人暮らしする時が来たら買おう。

 そう心に誓いを立てて美少女フィギュアを棚に戻すと、隣の箱が目に入った。


「ん? これは」


 1/6シノビギア装着型、スーパーインセクトヒーロー影狼カゲロウ……。

 箱の中には忍者衣装スーツを着た、日曜朝に参上するスーパーヒーローがカッコイイポーズで収納されている。

 ネットで見てほしいなと思っていた品だが、予約がすぐいっぱいになって諦めていた。


「今日発売だったのか。ついてるな」


 コンテストの賞品になっていたケミカルフィギュアと違ってプレミアというわけではなく、待っていれば多分再販されると思うが、直に買えるならそれに越したことはない。

 そう思い箱に手を伸ばすと、丁度同時にのばされた誰かの手が重なり合う。

 オタク同士の触れ合い。誰も得しないオタミーツオタ。取り合いになる形になったが、俺の手が下になっており、僅かにこちらの方が早かった。

 箱をそのまま手に取ると、買えなかった敗北者オタクに勝ち誇る。


「残念だったな(ゲス顔)」


 時代は競争社会、弱肉強食の世。君の手が後10センチ長ければ勝てたかもしれない。

 そこでようやく相手の顔を見ると、目つきのちょっと鋭い色白美少女でした。


 フフッ美少女にゲス顔しちゃった、死にたい☆


 女の子は腰より長い綺麗な髪をしており、整った顔立ちに切れ長の瞳は理知的に見える。

 服装は飾り気のない透け気味の白のブラウス。首元には細いネクタイが緩く巻かれている。

 下はすらっとした太股が覗く紺色のミニスカにニーソと、比較的地味なのだが、少女自身の容姿によってその地味さを全く感じさせない。

 年齢は俺より一つ下くらいだろうか? 後二、三年もすればすさまじい美人になりそうな、綺麗と可愛いが混在した少女。

 そんな到底オタとは思えない美少女は、毒虫でも見るような不快気な表情で俺を睨む。

 そりゃそうだろ、商品をとられた上にエロ同人も真っ青なゲス顔を見せられたらそりゃ誰でも怒る。


「…………」


 無言からの睨みの視線が突き刺さる。いいぞ、その冷たい視線が俺を熱くする。

 俺は明らかにイラッとしている少女に影狼のフィギュア箱を差し出す。


「ど、どうぞ」

「えっ?」


 不快気な表情から一変してキョトンとした表情を見せる少女。

 これは別に女の子怒らせて恐かったとかそんなのではない。これ程のビッグタイトルならここで買わなくても他店でも多分売っているだろうと思った、美しい譲り合いの精神なのだ。決してこれでさっきのゲス顔をプラマイゼロにしたいわけではない。


「いいです、いいです。他で買いますから」


 差し出された少女は予想外の行動だったようで、少し困惑しながら首を振る。


「いや、でも」

「譲ってくれるのは嬉しいですけど、その必要はないですよ。買えなかったわたしの手が遅かったのが悪いだけですから」

「は、はぁ」


 どうやらこの子にはオタクなりのルールがあるようだ。


「そ、そうですか?」


 まぁそこまで言うならこのままレジに持っていくとしよう。

 しかし――


「あの……手を放していただけると助かります」


 少女の手は俺の持つフィギュア箱に伸びたままだった。


「「…………」」


 なんだこの沈黙。


「あ、あの手が遅かったわたしが悪いのは重々理解しているんですが……。わたしこのフィギュアを探してアニメショップを回るの実は18件目でして」

「はい」

「最後の最後でようやくこれに出会えて……」


 本当は喉から手が出るほどほしかったと。


「じゃあ……はい」


 俺は再び箱を差し出す。しかし少女はそれを受け取らない。


「あの、何か代わりのモノを差し出すので、これを譲ってもらえませんか?」

「だから、はい」


 譲るも何も、まだ商品をレジに通したわけではないのでこれは俺の物ではない。


「いや、タダで譲って貰うのはできないです」


 そう言って少女はピンクの財布を取り出すと、紙幣を俺に手渡す。


「ほ、ほんの気持ちですので、これでどうか譲ってもらえないでしょうか?」

「いや、困るよ。買ってもないものにお金を渡されるのは」

「でもこのままいけば、間違いなくあなたは購入してましたよね?」

「それはそうなんだけど」

「ほぼ確定した未来に対し、その未来を捻じ曲げることをお願いしているわけですから、この対価は正当だと思います」

「それにしてもお金はちょっと……」


 生々しすぎる。


「で、でしたら!」


 彼女は自分の腕に巻いていたブレスレットを掲げる。


「このブレスレットは影狼の限定変身ブレスレットです」

「!?」


 ま、まさか劇場版影狼の試写会でのみ販売されたという幻のレアアイテム……だというのか……。

 いや、そんなバカな。あれは試写会で1000個限定の品……。

 このフィギュアはそんなレアなアイテムと等価ではないぞ。むしろお金より気が引ける品物だ。


「いや、本当にいいから。俺はたまたま見つけただけなんだ!」

「ほんとそういうわけにはいかないんです!」


 いらない、受け取れの謎の押し問答をしていると、周囲に客と店員が集まり始めていた。まずいフィギュアの押し付け合いをしていて怒られるとかバカすぎる。

 俺はもう無理やり少女に箱を手渡し、その場を急いで撤退することにした。


「あげるから、じゃーね!」

「あっ、待ってください!」


 少女を振り切って売り場から逃げる。チラリと後ろを伺うと、彼女は申し訳なさげにぺこりと頭を下げていた。

 多分律儀な性格をしているのだろう。

 まぁフィギュアは買えなかったけど、なんかいいことした気分だ。



 それから俺は電気屋でジャンクパーツを適当に買いあさりつつ、買い物を切り上げようとしていた。


「そろそろ帰るか」


 輝刃も待っていることだし。


「それにしてもさっきの子、変わってたな」


 あんな可愛い子がオタとは、特撮の未来は明るいかもしれない。

 見た目ちょっと怖そうだったが、控えめな性格もギャップがありグッド。


 最後にプラモデルでも買って帰ろうかと思い、またフィギュアコーナーの近くを通りかかると、レジの近くでさっきの少女がなにやら店員と言い合いになっているのが見えた。

 なにかを必死に説得しているようだが、店員は難しい表情で首を振る。

 視線を向けていると困り果てる少女と目と目があった。両方で会釈する。何だこれ。

 まぁ別段また会いましたね、という間柄でもないので、時間も押してきているし少女の脇を通ろうとすると。


「すみません……ぉ金を……貸していただけませんか?」


 本当に蚊の鳴くような小さな声。


「はい?」

「お金を貸していただけませんか!」


 少女は頬を紅潮させ、大きめの声で金貸してくれと言って来た。

 気の毒になるくらい顔を赤くしているところを見ると、本当に恥を忍んでという感じだ。

 

「あれ? さっきお金持ってなかった?」

「陽火の……通貨を持ってなくて。持ってるカードも使えないと言われてしまいまして」


 少女は先ほどのピンク財布から見たこともない強そうなカードと、誰だお前? と言いたくなる外国人のおっさんが描かれた紙幣を取りだす。

 この子もしかして陽火の人じゃないのか? よくよく見ると目の色が少し青みがかっている気がする。

 泣きそうになっているのを放置するのも可哀想なので、俺は少女にかわって会計を済ませる。

 その間少女は、本当にすいませんとひたすら平謝りしていた。


「はい。良かったね。君が可愛くなかったらスルーしてたよ。親御さんに感謝するんだよ」


 俺はナチュラルクズみたいなことを言って、購入したフィギュアを少女に手渡す。


「本当にすみません。譲って貰っただけでなくご迷惑をおかけしまして。すぐにお金、お返しします!」

「あぁそんな急がなくても大丈夫だよ」

「いえ、そういうわけにはいきません!」


 少女はダッシュで銀行へと向かうと、お金を下ろしてフィギュアの料金を俺に返却した。


「お金なかったなら取り置きしてもらえば良かったのに」

「そうしようと頼んだんですが、ダメだと言われてしまいまして。お金を取りに行くことを考えたんですけど、その間に売れちゃったらせっかく譲ってもらったのに申し訳なさすぎますから……」


 この子、律義さの権化みたいな子だな。


「本当に助かりました。この御恩をお返ししたいのですが、何かありませんか? わたし大抵の無茶ぶりでも答えられます」

「いや、ほんとにそういうのないから大丈夫だよ」

「で、ですが……」

「それにしても結構筋金入りだね。影狼のブレスレット持ってたり」

「そ、その姉さんにお願いして……」


 買ってもらったのか。でもお願いしてなんとかなるようなものでもないと思うのだが。


「そうなんだ。良いお姉さんだね」

「はい……」

「通貨を持ってないって、君どこか違う国で暮らしてたの?」

「はい、Gアメリアに留学していて先日帰国しました」

「その歳で留学生って凄いんだね」

「いえ、全然です。お金忘れてしまいますし」

「留学ってことは学生だよね?」

「えっと、一般の学業留学とは違って技術交換と言いますか……。あっ、そうだ、少しだけ待っていただけませんか?」

「いいけどどうしたの?」

「名刺が売ってると思うので」

「名刺?」


 印刷会社なんてこの辺にあっただろうか? と思っていると少女は近くの本屋に入り、雑誌を購入してすぐに出てきた。


「お荷物になってしまうかもしれませんが」


 少女に手渡された本を見やる。

 メカニックテクノロジーという機械工学の月刊誌で、中には先日戦った【オートマトン】や【月光】のこともチラリと書かれている。

 さらにパラパラとめくっていくと、【叢雲】や【山吹CP】など兵器を開発している企業情報が載っている。更にページをめくると、写真ページで目の前の少女が白衣を着て何か講義している姿が写し出されていた。


「あれ? これ、もしかして君?」

「はい、そうです」


 ページには叢雲機械事業部メカニカルデスク主任、叢雲稲妻博士。月光を設計した若き天才科学者と評されている。また別の写真では完成間近の月光とツーショット写真を撮っている彼女の姿が。


「君が叢雲……稲妻イナヅマさん?」

「えっと稲妻と書いてエクレールって読むんです……友人からはエクレとかエクレアと呼ばれてます」


 あぁ確か稲妻ってどっかの言語でエクレールって言うんだな。光と書いてライトちゃん的な感じなのだろう。

 名前がコンプレックスなのか少し恥ずかし気にするエクレ。しかし名前より気になることがある。


「あの……もしかして君が月光を造ったの?」

「ええ。わたしが設計したものです。先月Gアメリアにある叢雲支社のラボからロールアップして、今は出雲という学園艦に配備されてるんですよ」


 ほ……ほほぉ……。出雲の……学園艦に……。

 更に雑誌には彼女が叢雲設立者社長の娘とプロフィールが載っている。つまり俺の隣にいるのは度を越えた天才科学者で出雲ウチのスポンサーの社長娘らしい。

 あっ、嫌な汗が止まらない。


「月光元気でやってるかなぁ。幼稚かもしれないんですけど、正義のヒーローに憧れてて。月光はわたしの夢の塊なんですよ」


 目をキラキラと輝かせるエクレ。


「正義の為に役に立ってるといいんですけど。出雲の人達勿体ないと思わず、使いつぶすくらいの勢いで使ってくれると嬉しいです」

「……う、うん役に立ってるんじゃ……ないかな……」


 言えない。

 一度も実戦で使うことなく、御剣流最終奥義でぶっ壊したなんて。

 今も出雲の格納庫で、ハート型の穴が開いたまま修理待ちになってるなんて口が裂けても言えない。

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