第30話 水着は戦闘服
俺は冷や汗まみれになりながら、何か話題をかえられないかと周囲を見渡す。
そこで、輝刃に勧めた水着サマーコンテストのポスターが目に入った。
「そ、そういえばこの水着コンテストでケミカルの限定フィギュアが賞品になってるの知ってる?」
「あっ、知ってます。わたしも凄く欲しいんですけど、さすがに水着はちょっと……」
「そうかな」
エクレの均整のとれたスタイル。胸は少し控えめ……でもないな。ウチの姉様方を見過ぎて、平均ラインが狂ってるだけで人並み以上だと思う。
脚は白くて美しいし、風にそよぐ長い髪はキラキラと光を反射して綺麗だ。少し磨くだけですさまじい光を発しそう。理知的な雰囲気もあって理系美少女として十分優勝を狙えると思うが。
「それに無人島でサバイバルなんてとても無理ですよ」
「サバイバル?」
俺は眉を寄せ、なにそれ聞いてないとポスターを見やる。
するとそこには小さな文字で、コンテスト内容:水着”ペア”でサバイバルを無人島で行ってもらい、ギブアップしなかった人全員に賞品をプレゼントと書かれている。
待って、俺の知ってる水着コンテストじゃない。
やっべぇ、さすがにお嬢にサバイバルさせるわけにはいかないだろうと思い、急いで輝刃に電話連絡する。
「もしもし」
『もしもし? どうしたの小鳥遊君』
「すまん。水着コンテストの話なんだが、どうやら俺の勘違いでコンテストじゃなくて水着でサバイバルらしい」
『あぁ、知ってる。参加申請したときに聞かされたわ』
「えっ? そうなのか」
なんだ知ってて参加したのか。それで俺に文句言わないとはいい奴――
『勿論ペアのところには小鳥遊君の名前書いておいたから。無人島では働いてね』
そんなことはなかった。がっちり足首掴まれて引きずり込まれた。
「俺はいいけど……お前泊りのサバイバルって、つまりそういうことだぞ?」
何日になるのかは知らんが、しばらく二人で夜を共にするということだ。それはすなわち――
「俺とお前がアダムとイブで無人島生活ってことだぞ?」
『アダムとイブに謝って』
ラノベのタイトルみたいにして誠に申し訳ありません。
『毎日同じ部屋で寝てるのに今更何言ってんのよ』
「いや、皆いるのと二人ってのは全然違うだろ!」
『あら、何かする気なのかしら?』
愉快気なお嬢笑いが聞こえる。くそぅコイツ俺を巻き込めるなら多少の自爆は厭わないつもりだな。
信頼されてるのか、男として見られてないのか。恐らく後者だろうな。
しょうがない、勧めた手前ここは受け入れるとしよう。
通話を終えて軽い放心状態になっていると、エクレが俺の顔の前で手を振っている。
「だ、大丈夫ですか?」
「う、うん。ちょっと眩暈がしただけ」
「コンテスト参加されるんですか?」
「することになったみたい」
「いいですね、自分では無理だと思うんですけど、こういうサバイバル生活ってちょっと憧れます」
「シティボーイの俺には少しハードル高いかな……」
「影狼のエピソードでも無人島で修行するって話があったんです」
「あぁ、24話必殺地獄車を習得する話でしょ?」
「そうですそうです! あぁ嬉しいです。こういう話周りで通じる人いなくて」
「女の子で影狼の話が通じるのは少なそうだね」
「ウチの姉とか子供趣味だからやめろって言うんですよ」
「人の趣味なんていろいろなんだから別に良いと思うけどね」
「ですよね」
なんとなくお互い波長が合い、意気投合しつつ二人で歩いてきたので、そのまま分かれる感じにもならず。
「もう少し話してく?」
「い、いいんですか?」
「 ツレを待たせてるから多分メイド喫茶になると思うけど」
「い、いいですねメイド喫茶! ぜ、是非お願いします!」
メイド喫茶初体験らしいエクレを連れて、輝刃の待つ喫茶店へと向かう。すると、急に目の前を黒塗りの高級車が道を塞ぐようにして停車した。
「なんだ危ないな」
「あっ……」
ガチャリとドアを開け車から出てきたのは、スラリとした長身にサングラスをかけたスーツ姿の青年。歳はそう離れていないと思う。目元は見えないが、多分イケメン。俺のエネミーセンサーが働いている。
「
「…………すみません」
男は後部ドアを開けると、エクレに入るように促す。
エクレは申し訳なさげに俺に小さく耳打ちする。
「
ごめんなさいとぺこりと謝る。
「今日の御恩は必ずお返しします」
「いいよ、気にしなくて」
「いえ、必ずお返しします。その……お名前を伺っても良いですか?」
そうだ、名乗るのを忘れていた。
「小鳥遊悠悟。結構いろいろなところを飛び回ってるから、捕まえるのは難しいかもしれない」
「大丈夫です。なんとかします。それでは」
彼女はこちらに微笑むと、迎えの車に乗り込んで行った。
「稲妻博士か……」
叢雲にとって重要人物である彼女にSPがつくのは当然だろう。
しかし、あの王子様みたいなSP、何かが引っかかる。
「普通は敬語使うだろ……」
フィギュアが繋いだ謎の縁。恐らく近いうちに再会する。そんな気がした。
◇
翌日――俺たちはアキバから近い、とある大型デパートに来ていた。
「おーいまだかー」
「まだよ、ちょっと待って」
カラフルな水着が並ぶ中、輝刃は泳ぐようにして売り場をグルグルと回る。
俺達は今度の水着コンテスト(サバイバル)に着ていく戦闘着を買いに来たのだ。女の子と水着を買いに行く、夏に起こるイベントとしてはかなり熱い類のものだ。
――二人きりならば。
俺は三つ並ぶ試着室の前で、腕組みしながら待っていた。
「ユウ見て」
シャッと音を立てて試着室のカーテンが開かれると、そこには小麦肌に真っ白いレオタード水着を着た白兎さんが、相変わらずフラットな表情で立っていた。
モデルのようなスタイルの良さに、雫さんに比肩する胸。鋭くカットされたセクシーな水着。タイトルをつけるなら、出雲の軍神夏へ進撃という感じだ。
「素晴らしいです」
「そう……ありがとう」
最近白兎さんの心の機微がわかって来た。今のは少し語尾が弾んでいたので機嫌が良い。猿渡にそのことを伝えたら「わかんねーよバカ」と言われた。
他人が気づかないことに気付けるってちょっと嬉しいかもしれない。
「ユウ君、これどうかしら」
隣の試着室のカーテンが開くと、そこには紫をベースカラーにしてフリルのついたランジェリーのような水着を着た雫さんが立っていた。
恐らくビーチで立っていたら、100人中100人がその胸に視線を吸い寄せられてしまうだろう特盛の胸。
下はうっすらと透けたロングパレオになっているのだが、上が凄いので下が見えない分想像力をかきたてられる。
タイトルをつけるなら、人妻危険な海水浴という感じだ。
「いいね、この浜辺がパニックになりそうな感じ」
「パニック?」
「いや、気にしないで」
実に眼福である。
なぜみんなで水着を買いに来ているかと言うと、昨日の話を雫さん達にすると「まぁ無人島でサバイバルなんて大変、私たちも出場しなくちゃ」となぜそうなった? と言いたくなることを言い出したのだ。
雫さん曰く、二人だけでサバイバルなんて危険すぎるから誰かいないとダメとのこと。
完全に
白兎さんの方は「ユウと龍宮寺ペア、僕と雫ペアで賞品二倍だね」と無感情ピースしていた。今思うとあれは二倍を意味していたのかもしれない。
そんなこんなであっさり参加申請してしまった雫さんと白兎さん。
輝刃と二人きりでサバイバルかと思われたが、いつもと変わらない感じになってしまった。
「まぁいいか。その方が安心だし、皆で無人島に遊びに行ったと思えば楽しいだろう」
そんなことを呟いていると、ようやく水着を決めた輝刃が試着室へと入っていく。
白兎さんと雫さんを見た後なので、俺はもう何が出てきても驚かないつもりだった。
しかし――衣擦れの音がしばらく続いた後、カーテンがシャっと引かれ、着替えを終えた輝刃が姿を現す。
「お、おぉ……」
「何よ……」
ふて腐れ気味の金髪ツインテ。彼女の格好は頭にハート型のサングラスをかけ、白い肌に真っ赤なビキニが眩しい。胸のつなぎ目と肩ひも部分が丸い金具になっており、見た目ずっしりとしたボリュームのある胸が過負荷をかけている。
肉感のあるややムチッとした脚には、紅のリボンがクロスするように巻かれており、とてもオシャレだ。
正直力の雫さん、技の白兎さんで目が美しいものに慣れてしまっているかと思ったが、輝刃の姿は二人とは別のベクトルで尖っている。
タイトルはありきたりで申し訳ないが、お嬢inサマーという感じだ。
「な、なんかいいなさいよ……。どうせ牛若先輩と白兎先輩の後だからインパクトないとか言うんでしょ?」
「…………いや、参ったな」
「な、なにが? ボンレスハムとか言ったら許さないわよ」
輝刃は恥ずかしさを隠すように、自虐的なことを言いながらそっぽを向く。
「いや、すまん龍宮寺、俺の引き出しには綺麗という言葉しかなかった。初めて宝石を見た時と同じような感動をしてる。ただただ美しい。それしか出ない」
「…………」
お互い見合ってボンッと顔を赤くする。
「な、何ガチで感想言ってんのよ……」
「……すまん」
「い、言われて悪い気はしないけど……」
なんだこの高校生が初めて彼女の水着選んで、お互い気恥ずかしくなってしまったみたいな空気。
何か言いたい、でも何言っても恥ずかしい。それは向こうも同じようで、輝刃も何か言おうとして口を閉じる動作を何度か繰り返す。
照れてしまうな。そう思っていると、隣で雫さんと白兎さんが必死に自分の脚にリボンを巻いていた。
「……何やってんの?」
「ユウはリボンが好き」
「ゆ、ユウ君の為ならいくらでも締め上げるから!」
「いや、あの別にリボンが好きというわけでは……」
それから少し勘違いした二人と共に水着を購入する。
「とりあえずこれでコンテストの準備は大丈夫ね」
「ユウ君、本当に水着だけでいいの?」
「そうみたいだよ」
俺はRFからインターネットブラウザを開き、水着サマーコンテストの詳細をチェックする。
そこにはコンテストの開始時間と、参加者の所持品が水着だけとしか記されていない。
「必要なものはコンテスト運営が用意するみたい。なんか当たりハズレのあるサバイバルパックを配布するんだって」
ガチャみたいなことをするようだ。
「むしろそれ以外を持ち込みするとアウトらしい。他ルールとしてレイヴンとかで特殊な技能を持ってる人はそれらの使用を禁止するってさ」
「まぁ一般の参加者もいるし当然と言えば当然ね」
輝刃のジャンプ能力や、俺の磁石能力は禁止と言うことだ。多分それでもレイヴンが有利だとは思うが。
もしかしたらハンデでもつくかもしれない。
「本気でサバイバルやらせるつもりなのね」
「これは一体どこに需要があるんだろうな」
コンテストと銘打ってサバイバルやらせる企画者の顔が見てみたい。
「それじゃあ買い物も終わったし出雲に戻る?」
「あっ、俺ちょっと見たいものがあって」
「見たいもの? 何?」
「ヒーローショー」
そう今日この店で影狼のヒーローショーが行われるのだ。三人の水着選びが長引いたら一人だけそこで過ごしてやるつもりだった。
「呆れた。牛若先輩たち日焼けクリーム買いに行きません?」
「そうね、それくらい持って行っても怒られないわよね」
「僕はユウといっしょに――」
「ほら白兎ちゃんも油断してたらシミできちゃうわよ」
「あ、あぁ……僕はいい……」
白兎さんは二人に引きずられ、化粧品売り場へと連行された。
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