第31話 ヒーロー

 輝刃たちとそれじゃあまた後でと分かれ、俺はヒーローショーへと向かう。

 デパート屋上にあるイベントホールに入ると、江戸城がモチーフになっている舞台が組まれていた。

 畳と金襖の和風セットは一見すると時代劇のようにも思えるが、影狼を知っているものであれば、それが影狼の敵役悪代官の根城だとわかる。

 俺はちびっこプラス親の群れの中で、ひっそりと客席に腰を下ろして開演を待つことにした。

 しばらくして、時間を見計らった司会のお姉さんが舞台袖から現れ「みんなーこんにちはー。仮面インセクト影狼ショーにようこそ!」とショーを始める。

 いい歳してヒーローショーが好きなのかと言われそうだが、好きなものは好きなのだ。それはしょうがないことだと思う。だから子供のような気分でヒーローの登場を待つ。


 が――そんな心躍る気分も物の数分で消え失せた。

 なぜかというと敵の怪人や悪役戦闘員たちはそこそこいい感じに動いているのだが、肝心のヒーロー役が変身してからほんとダメ。

 いくら子供向けとはいえ、さすがに動きにキレがなさすぎる。というか多分ショーの構成をちゃんと覚えていない。

 立ち位置もあやふやだし、殺陣たてに至っては途中でバテてる。

 しかも演技だけでなくセリフも酷い。超棒読みで変身のセリフも間違ってる。

 読み間違ってるのか脚本が間違ってるのかは知らんが、ボイスは別に用意した方がよかったと思う。


「ゆるさんぞ、あくだいかーん(棒)」


 影狼のスーパー棒なセリフが観客の力を削いでくる。もう完全に素人のおっさんの声にしか聞こえない。


「これならセリフ無い方がまだマシだな……」


 その後も「うぉーゆるさんぞ、あくだいかーん」と壊れたラジオのように繰り返す影狼。

 RPGで同じNPCに何度も話しかけているような気分になって来る。


「ママー、カゲロウ動き遅いよ。変身もいつもと違う。具合悪いのかな?」


 子供にまで突っ込まれ、挙句心配されてしまう始末。

 そりゃそうだろう、テレビヒーロー影狼に一番寄り添ってきたのは彼ら少年少女なのだから。

 だからこそこれを見せられる子供たちは不憫に思う。明らかに大人の不手際で自分の知ってるヒーローと別のモノを見せられているのだから。

 ショーは進行していくが、これは酷いと席を立つものもパラパラ現れ、感情移入できなかった子供たちは携帯ゲーム機で遊び出す。いろんな意味で酷いショーだ。


「せかいのへいわはおれがまもる(棒)」


 影狼はくっそ弱そうなパンチと共に棒読みセリフを決める。

 あれでは多分世界は守れんだろう。

 ショーの段取りも悪く、一応のピンチを作っているようだが、スーツに着けた火薬が爆発しないようで「あれ? 爆発しない……」と演者から素の声が漏れ聞こえてくる。もはや学芸会レベルだ。


「見るに堪えんな……」


 もう単純に練度不足である。これ以上いても嫌な感情しか生まないだろう。

 ここにいる影狼は偽物だったと区切りをつけ、俺も席を立とうとすると。


「いい加減にしてください! 影狼は己が正義であり悪でもあると認識したヒーローなんです! だから影狼は絶対自分から平和を守るなんて言葉は口にしないんです! 悪鬼外道を打ち倒す己もまた悪鬼。だから影狼は正義の使者でありながら、決して日の当たらない影の道を歩むんです!」


 ほらもうめんどくさい原作信者まで怒らせちゃったじゃん。

 いつもならこんな絡み方をする奴は害悪クレーマー扱いするのだが、今回ばかりはショー側に非がある。


「それに変身の口上も間違ってます! 天が呼ぶ、人が呼ぶ、母が呼ぶではありません! 呼ぶのは狼です! 母に呼ばれて出てくるヒーローってなんなんですか!?」


 多分マザコンなんだろうな。


「悪鬼羅刹を斬り倒し、進むは影の道、餓狼の忍びここに推参。スーパー忍者ヒーロー影狼、今宵悪を斬る! です。愛も熱もない演技は見るものに伝わります。あなたたちは今影狼を背負ってるんです! 皆の心のヒーローをいい加減な演技で捻じ曲げるのはやめてください!」


 凄まじい正論が演者たちに突き刺さる。

 しかし凄いこと言う人だな、一体どんなモンペが言っているのだろうか? 俺は熱を上げる人物を見やると、そこにいたのは昨日の稲妻エクレール博士だった。


「oh……ジーザス」



 エクレがキレたこともあってか、中断したショーもぐちゃぐちゃながら最後の方はそれなりの動きになっていたし、棒読みもちょっとだけマシになった。

 あくまでマシのレベルで、最終的には満員だった客席は半分くらいにまで減っていたが……。

 エクレは結局最後までちゃんとショーを見届けると、演者に拍手を送ってからホールの外へと出る。

 俺は彼女を追いかけていくと、デパートの休憩場にあるベンチに腰を下ろしているのが見えた。

 その後ろ姿は見るからに闇を背負って沈んでいる。

 俺は缶ジュースを買って、少女の頬にピトリとくっつける。


「ふわああああああ!?」


 凄い悲鳴とともに振り返るエクレ。周囲の目が一斉にこちらを向いてしまった。


「ご、ごめん、そこまで驚くとは思わなかった」

「あ、あなたは」

「さっきヒーローショーで偶然見かけてさ」


 そう言うとエクレはカッと顔を赤らめる。


「す、すみません。年甲斐もなくショーでキレたりしまして……。ほんとは視聴者が演技中の役者に口を出すって絶対やっちゃいけないことなんですが。つい……」

「気持ちはわかるよ。目茶苦茶だったしね」

「はい……。あれに関してはただただ悲しいです。オリジナル作品であればどのような内容でも飲み込めるんですが、今回のは影狼の名前を貸していただいたショーなので、相手方のブランドにも傷をつける行為です」

「まぁそういう時もあるよ。見る側がそこまで気にしなくていいんじゃない?」

「ダメですよ。あの劇団ウチが呼んだんです」

「ウチって、叢雲?」

「はい。あっ、このデパート自体叢雲傘下の会社なんですよ」

「えっ、そうなんだ」


 叢雲そんなことまでやってたのか。そりゃそうか兵器会社ってフロントの会社立てるって言うしな。

 そう聞くとやばい会社みたいだが、兵器を造るというのは絶対に武器が必要な時でも絶対武器認めないマンたちから批判を受ける。

 BMビッグモンスターの襲撃があっても不思議な力で助かると思っている、頭お花畑な連中なので無視した方が良いのだが、どちらかが大人にならなければ不毛な争いが続く。こういう時折れるのは大体企業側だ。


「ヒーローショーはわたし自身が好きなのと、小さな子に夢を与えてあげられればいいなと思って頼んでいるのですが、あれではやる価値がありません」


 なにかフォローしようかと思ったが、さすがにさっきのショーは擁護のしよがない。


「せめてヒーローさえまともなら良かったんですけど」

「完全に棒読みだったし、運動不足のサラリーマンみたいな動きしてたね……」

「はい……。しかもちょっとお腹出てましたよね……」


 確かに下腹の出たメタボ気味の影狼だった。

 エクレは大きく息を吐くと、残念そうに言う。


「多分今言ってすぐ直るようなものじゃないと思うので 、夜の公演は中止してもらうように言います」

「それは残念だね」

「ええ……どこかに影狼の知識がちゃんとあって動ける人がいればいいんですけどね」

「はは、なかなかそう都合よくはいかないよ」

「ですよね」


 二人で笑い合うと、エクレは「ん?」と俺の姿を上から下まで見やる。


「……あの、失礼ですが小鳥遊さん何かスポーツをやってますか?」

「えっ? あ、あぁ、まぁちょっとだけ」


 一応これでもレイヴンである。さすがにさっきの体力年齢50代の影狼には負ける気はしない。


「背丈がちょっと足らないけど、これくらいならブーツでなんとか誤魔化して……」

「あ、あのエクレさん?」

「小鳥遊さん、ヒーローに興味ないですか?」


 いや、言うと思ったけどさ……。



 俺はなぜ影狼の格好をして舞台に立っているのだろうか。

 わからん。解せぬ。

 客席が空になったイベントホールには、20人ほどの劇団員がショーの打ち合わせを行っている。

 今から俺は劇へと飛び入り参加し、夜の公演に間に合わせるよう練習する……らしい。

 多分長くなりそうだと思い、輝刃たちにはメールで『遅くなりそうだから先に帰っててくれ』と送っておいた。


「はぁ……」


 果たして付け焼き刃でなんとかなるだろうか?

 ある程度動きはできると思うが、すこぶる不安だ。

 鏡に映る影狼は猫背になっており、弱そうに見える。


「小鳥遊さんどうです? ……いいじゃないですか。カッコイイですよ」

「そ、そう?」

「似合ってます」


 俺を急遽影狼役に起用したプロデューサーエクレは、嬉しそうに手を叩く。


「えっと劇団の方に話通った?」

「はい、大丈夫です。影狼の代役、むしろ嬉々としてやってくれと言われました」

「喜んでたの?」

「はい。話を聞くと向こうもいろいろ事情があったようで、人員がカツカツな中ヒーロー役の人がケガで来れなくなったらしいんです。なので普段は演技をしない座長が無理やり出るしかなかったとのことです」

「あのグダグダメタボ影狼、座長だったのか」

「もう長いこと演技してなかったみたいで、完全に体の衰えですね」


 苦肉の策と言う奴か。

 嬉々として影狼の座を譲ったのは、多分スポンサーの娘が無理やり劇に介入してきたと言えば、責任逃れができると思ったんだろうな。

 本来なら劇団の人が影狼役にシフトした方がいいと思うが、人員の関係上全員に配役があるのだろう。

 劇団側としては失敗しても成功しても良くなったわけだから、エクレの意見を全面的に飲み込んだと見える。

 つまり失敗すれば全責任はエクレにかかる。なら彼女の為にも余計失敗できなくなったな。


「あっ、そうだ台本できた?」

「ええ、ばっちりです。出来る限り構成は変えず、セリフも少なくなるようにしました」


 見せてもらった脚本も酷く、明らかに影狼を知らない人が書いたとしか思えないセリフの間違いをエクレが修正をかけた。

 俺は修正された台本に目を通すと、影狼のエピソードを改変、ショート化したものだと気づく。


「あぁ、これ忍刀武御雷タケミカズチが登場した回のオマージュ? シノビギア出てるし多分36話かな?」

「よ、よく気づきましたね」

「この話好きで何度も見たから」

「そ、そうなんですか……わたしも同じです……」


 ゴニョと恥ずかし気に言うエクレ。

 これならテレビ版を脳内再生できる俺には好都合だ。セリフも多分問題ない。

 客席で急ぎ台本を読んでいると、エクレが申し訳なさそうにこちらを見つめてくる。


「すみません……わたしの勝手につきあわせてしまいまして」

「気にしなくていいよ。俺もヒーローは好きだし、滅多にない機会だ。それにできるなら見に来た人にがっかりして帰ってほしくない」

「…………」

「まぁそう不安な顔しないで。任せといてくれ」

「……お強いんですね」

「冗談。身内では一番の雑魚、四天王の手下って言われてるよ」

「なんですか四天王って」


 事実なのだが冗談だと思ったエクレはクスリと笑う。


「あの、昨日の件もあります。何か恩返しがしたいですから、劇が終わった後なんでも言って下さい」

「別に何もいらないよ」

「今回はそういうわけにはいきません。報酬は絶対に受け取ってもらいますよ」


 むむ、本当に何もいらんのだが。

 しかしながらエクレからは絶対何か受け取ってもらうぞと強い意志を感じる。

 ここで頑なになっても仕方ないし、何か欲しいものでも言うか。

 なんでも来いという表情のエクレ。


「んー……じゃあ君のメアドにしとくか」

「えっ?」

「後晩飯奢って。って欲張りすぎ?」

「いや、そういうわけではなく。そんなもの貰っても嬉しく……」

「なんで? オタ友一人ゲットじゃん」


 キョトンとしたエクレは口をパクパクと動かした。


「うっ、あっ……? オタ友って」

「俺とエクレ」


 俺は自分と彼女を指で指す。

 かなり困惑気味のエクレ。そんな変な事言ってるだろうか?

 彼女は俯いて顔を赤くしながらスカートの裾をいじる。


「い、意外と小鳥遊さんって肉食系……ですか?」

「ん? 何か言った?」

「うっ……スキル難聴。主人公属性持ちだこの人……」

「報酬はそれでOK?」

「ん……メアドを報酬にするのはどうかと思いますが」

「じゃあ晩飯だけでいいよ」

「い、いえ、小鳥遊さんにこれだけしていただいています。それに見合うかはわかりませんが、わたしの個人情報の一つくらい開示すべきだと思いますので」


 エクレはゴホンと咳払いしつつ、しょうがないにゃあとOKしてくれた。

 俺は彼女に台本の内容を確認しながら読み終えると、パンと自分の膝を打った。


「よし、公演まで時間無いから早速練習しよう」

「はい!」


 なんだかんだで自分が乗り気であることに気づいた。

 だって憧れのヒーローを演れるんだ。楽しくないわけがないだろう。

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