第32話 アドリブ

 それから俺たちは劇団の悪役の方たちと話し合いをしながら、ショーの立ち位置と段取りを確認していく。

 特に殺陣はメインなので入念に練習を行っていた。


「影狼、かくごー」


 般若面を被った悪役怪人ロウニンダーの役者さんが、作り物の刀を振るう。

 しかし、スロー再生しているかのように動きが遅く、どうにも遠慮されているようだ。


「もっと本気で来ても大丈夫ですよ」

「えっ、でもこれ当たると痛いよ?」


 役者さんが刀を軽く振るうと、ヒュンと良い音が鳴る。


「多分いけます」


 一応腐ってもレイヴンだ。劇団とはいえ素人の振り回す刀には当たらないと思う。


「じゃあちょっとだけだよ?」


 役者さんは刀を振る速度を上げるが、それでもまだ全然遅い。

 まぁヒーローショーなんだから、こんなもんだろと言われればそうなのかもしれないが、やはりメインのシーンは迫力があった方が面白いと思う。


「もっと速くしてもらっていいですよ」

「いや、さすがにこれ以上は危ないよ」


 周囲で見ていた悪役戦闘兵の人たちもHAHAHA無理無理。ケガするよと笑いながら首を振る。

 座長版影狼とやってたときは、もっと速かった気がするんだが。

 俺はふと座長どこ行ったんだ? と思いステージを見渡すと、サングラスをかけただらしない体型の男性が客席で寝ていた。

 あれが座長だと思うが、イビキまでかいて爆睡している。多分影狼役をやらなくてすんで肩の荷が下りたと思っているのだろう。

 あの人一応最後にちょっとだけ出番があるのだが……。多分新台本読んでないな。

 どうやらかなりいい加減な座長らしい。

 それに対して劇団員は、呆れた視線はするものの諦めている感じだ。

 俺はピンときて役者さんたちに提案する。


「座長をぶん殴るつもりで来てもらっていいですよ」


 俺がそう言うと、さっきまでにこやかに笑っていた劇団の人たちがピクッと止まる。


「言ったね?」


 役者さんたちが、のきなみ悪のオーラを纏いだしたぞ。

 やはりあの座長、相当恨み買ってそうと思ったのだ。


「はい。座長だと思ってぶん殴りに来てください」


 そう言うと先ほどまでの明らかな手加減が消え、こちらを殺すつもりの気迫の殺陣が行われる。


「キェェェェェェイ!」

「給料払え、このクソ野郎!」

「主役寄越せタヌキ爺!」

「公演中寝てんじゃねぇよ!」


 相当鬱憤が溜まってるなこの劇団。

 でもそのおかげで、さっきの0.5倍速再生から1.5倍速くらいにスピードが上がり、迫力のある殺陣になったと思う。

 それを間近で見ていたエクレもキャッキャとはしゃいでいるので、客観的に見ても悪くないのだろう。

 そうして俺たちは時間いっぱいまで練習を行い、夜の公演を迎える。



 影狼ショー開始5分前――

 俺とエクレは舞台袖から客席を覗き見ていた。


「昼と同じく親子率高めで、約七割埋まりってとこですね」

「できればここにいる人達全員に楽しんで帰ってもらいたいね」

「そうですね。頑張りましょう。小鳥遊さんも楽しんで演じてもらえればと思います」


 良いことを言う子だ。おかげで緊張感が少しほぐれた。


「皆ー、仮面インセクト影狼ショーへようこそ!」


 時間になり、司会のお姉さんが新しくなった台本でショーを始める。

 俺の出番は開始10分ほどで回って来た。

 登場シーンは悪代官と越後谷が悪だくみをしている最中に乱入する、時代劇でよくあるパターンの奴だ。


「お主も悪よのぉ越後谷」

「いえいえ、お代官様ほどでは」

「「ヒヒヒヒヒ」」


 悪党二人が笑い合うのと同時に、セットの障子に人影が映る。


「な、なに奴!?」


 狼狽する悪代官の言葉と共に、舞台袖に控えているエクレから指示が飛び、照明が落とされる。


「我は闇を斬り裂く狼、貴様ら悪党に天誅を下すものなり!」

「そ、その声……まさか!」


 俺が障子を蹴破ると、スポットライトの眩い光が変身した影狼を照らし出す。


「天が呼ぶ、人が呼ぶ、狼が呼ぶ! 悪鬼羅刹を斬り倒し、進むは影の道。餓狼の忍びここに推参。スーパー忍者ヒーロー影狼、今宵悪を斬る!」


 影狼の決めゼリフが決まり、ワオーンと狼の遠吠え音声が鳴る。

 すると客席から拍手が起こった。

 完璧に登場が決まり、エクレはそれはもう嬉しそうに拍手していた。

 キンキラキンの着物を着た、悪の総大将悪代官が影狼を見て歯ぎしりする。


「ぐぬぬぬぬ、おのれ影狼! ものども出合え! 出合え!」


 金襖を打ち破り、悪役戦闘兵と怪人ロウニンダーが姿を現す。


「私利私欲にまみれる悪党ども、餓狼の牙を受けるがいい!」

「ぬかせ! ここが貴様の墓場だ!」


(あぁ、なんか楽しくなってきた)


 その後はもうノリノリで怪人や戦闘兵をちぎっては投げ、ちぎっては投げる。

 先程の練習の甲斐あって、殺陣はテレビさながらの迫力あるシーンが出来たと思う。

 この間に席を立った人間は恐らく一人もいない。


「ええい、たかがネズミ一匹に何をしておる! ロウニンダーダーク心づけだ!」


 悪代官が怪人ロウニンダーに暗黒の小判を授け力を与える。


「力が漲る! 覚悟しろ影狼!」


 ここからクライマックスまでの流れは、影狼がロウニンダーの攻撃を受けて倒れた後、客席の皆に応援してもらう。

 子供たちの声援が大きくなったらスモークが焚かれ、シノビギアという影狼強化スーツを着た座長と入れ替わり、ロウニンダーと悪代官を打ち倒すというものだ。

 これはエクレが変更をかけたもので、ラストだけあのメタボ座長と入れ替わることになっている。

 いくら体力年齢50代でも、怪人を斬って捨てるだけなら荒も目立つまい。

 俺は流れ通り、ロウニンダーの攻撃を受ける。


「死ね影狼!」


 怪人役の役者さんが、巨大な刀で俺の体を袈裟斬りにする。その瞬間俺はリモコンで火薬を爆発させる。

 バンバンバンバンバンと激しい音が鳴り、スーツから火花が散った。さっき爆発しなかったからって、これは爆発しすぎじゃない?

 予想以上に大きい爆発に戸惑いながら、俺は膝を付き、顔面を殴打する形で倒れ伏した。

 客席をちらりと盗み見ると、薄暗いホール内は満席になっており、迫力あるシーンにしんと静まり返っている。

 エクレも完全に感情移入しているようで、俺が倒れる姿を口に両手を当てて、目を見開きながら見ていた。


「皆! 大変影狼を応援してあげて!」


 予定通り司会のお姉さんが影狼を応援しようと言うと、子供たちが大声で「影狼!」と叫んでくれた。これは素直に嬉しかったが、一番声が大きかったのが舞台袖にいるエクレっていうのはどうなんだ?


「影狼!」

「影狼立ってーー!!」

「影狼あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! 立ってぇぇぇぇぇぇ!!(エクレ)」


 エクレの隣にいる音響を担当している劇団の人が若干引いている。

 感情移入しすぎだろ。

 そんな事を思ってると予定通りスモークが焚かれ、ステージに白い煙が充満していく。

 モクモクと煙は焚き上がるが、なかなか座長が来ない。


「なにやってんだよ座長……」


 俺が焦りを感じているとトントンと肩が叩かれた。やっと来たかと思うと影狼のスーツを着ていない素の座長の姿があった。

 えっ? みんなの力で影狼がおっさんになるって新しすぎない?


「スーツどうしたんですか? もうクライマックスですよ」

「申し訳ないんだけど、スーツが破れて出れなくなっちゃったんだ」

「はっ?」

「サイズがあってなかったみたいで、強引に着ようとしたらビリッと」

「いや、えっ? どうするんですか?」

「影狼の武器武御雷だけあるから、必殺技を叫んでくれれば照明と効果音でなんとかするよ」


 座長はごめんねと手を合わせると、忍刀武御雷という柄にスイッチが沢山ついた刀を渡される。

 じゃあよろしく~と、無責任な言葉を残し座長はスモークが晴れる前に引っ込んだ。


「マジかよ、あの座長マジで使えねぇ……」


 絶対エクレに話通してないだろ。

 しかしやるっきゃないのか。思い出せ、確かエピソードの中でシノビギアが封じられて武御雷だけで倒した回があったはずだ。

 あのエピソードも倒れてる時に誰かが影狼って叫んで……。

 やがてスモークが晴れ、倒れたままの影狼が転がっていると、会場からどよめきの声が漏れた。

 動かない俺を見て皆が不審に思っていると、異変に気付いたエクレが大きな声で叫んだ。


「影狼ーーーー!!」


 それに続いて、子供たちが大声で叫ぶ。


「「「影狼ー!」」」


 俺は片膝をついて武御雷を杖がわりにして立ち上がると、声援はシンとやんだ。ステージに響くのはマイク越しの俺の荒い息遣いだけ。


「はぁはぁ……。立てて良かった……。強くなって本当に良かった……」


 俺はステージから空の見えない天井を見上げる。


「声が届いて良かった……」


 武御雷を構え、怪人ロウニンダーと向き合う。


「俺は……まだ戦える」


 武御雷のスイッチを押すと機械音声が流れ


[極印モード、土遁パワー、水遁パワー、火遁パワー、雷遁パワー、風遁パワー――武御雷戦極無双モード!!]


 テレビエピソードでも一度しか使われなかった、武御雷の極印戦極無双モード。

 空気を呼んだ音響が影狼の勝利BGMを流す。それと同時に同じく空気を読んだロウニンダーが、斬られるために走り込んでくる。しかし俺はロウニンダーの腕を掴み豪快に巴投げを行う。

 そうこのエピソードは、戦極無双モードにしたのはいいが、なぜか武御雷を使わずに敵の怪人を投げ飛ばして終わりという斬新な終わりだったのだ。


「ひ、ひぃ! お助けぇ!」


 ロウニンダーがやられたのを見て、悪代官が背を向けて逃げようとする。

 せっかくなので最後くらい使ってやろう。

 俺は悪代官を後ろから武御雷で斬りつけ柄のスイッチを押す。


[極印、六道輪廻パゥワー!!]


 非常に発音の良い機械音声で発せられる必殺技。

 少し遅れ気味に効果音が鳴り、悪代官は赤いスモークを焚きながら「おのれ影狼! 無念!」と断末魔を上げる。

 それに合わせて爆発の効果音が鳴り響き、スポットライトがチカチカと点灯する。

 スモークが焚かれている間にロウニンダーと悪代官は撤収し、残った俺は影狼が敵を倒した時のポーズ、十字印を結び決め台詞を叫ぶ。


「悪党成敗!!」


 その後司会のお姉さんが劇を締めて、ヒーローショーは終劇となった。

 どうやらお客さんにも満足してもらえたようで、満席のまま大きな拍手が響いていた。



 控室に戻ってから、ロウニンダー役の人に投げ飛ばしてごめんなさいと言うと、般若面を外しナイスアドリブと褒めてくれた。

 怒ってないようで良かった。

 劇団の人たちと話していると、座長が調子よく現れパチパチと拍手してきた。


「いやーよかったよかった。小鳥遊君だっけ? すごく良かったよ~。君劇団ウチに入らない?」

「ご遠慮しときます」


 残念ながらこの座長について行く気はしない。


「アクシデントもあったみたいだけど、劇もうまく行ったしね。大団円だ! ハッハッハッハッハ」


 座長が大笑いしているところにエクレがすっと現れる。


「すみません座長さん、なぜ最後小鳥遊さんに丸投げする内容にかわったのか教えていただけませんか?」


 エクレはすこぶる笑顔だ。多分あの顔は理由を知っている。


「え、えっと、彼の才能を見込んでクライマックスも任せた方がいいと思いまして」

「そうですか。小鳥遊さんの素晴らしいアドリブでなんとかなったので、その意見は正しかったと思います。ところで、影狼のもう一つのスーツはどこにありますか? 座長さんが着る予定だったシノビギア装着型の奴です」

「…………え、えっと、どこだったかな」

「あのスーツテレビ局に借りたものですから、破けでもしたら大変です」

「えっ、そうなの?」


 あれマジもんのスーツだったんだ。


「はい、一着500万以上する高価なものなんです」


 思ったよりめちゃくちゃ高い。

 汗だくになる座長。


「あっ、こんなところにありますよ」


 ロウニンダー役の役者さんが、座長のロッカーから影狼スーツを引っ張り出してくきた。


「すみません、破れてるみたいなんですけど。……ご説明願えますか?」


 エクレの冷ややかな笑顔が座長に突き刺さる。

 これは影狼でも救えそうにないなと思いながら、俺はスーツを脱いだ。

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