第33話 姉妹邂逅
◇
スーツを破いた座長が、怖そうな黒いスーツを着た人たちにドナドナされていくのを眺めつつ、俺は着替え終える。
座長の事は嫌な事件だったねと忘れることにして、控室の外に出るとエクレが待ちぼっけしていた。
「あれ? 座長を地下強制労働場に送り込みに行ったんじゃなかったの?」
「ウチそこまでブラックじゃないですよ。まぁブラックなところもあるので強く否定しませんが」
きっと座長はスーツ代500万稼ぐまでペ○カ生活を送ることだろう。
「じゃ、行きましょうか」
「どこに?」
「何とぼけてるんですか。夕食奢る約束でしたよね」
そういやそうだった。
逃がしませんよと俺の腕を抱くエクレ。あっ、この子やっぱり着やせしてるだけである。
何があるのかは深く言わないが、その感触を楽しみつつ俺は彼女に連れられてレストランへ移動する。
――1時間後
「本当にすみません……」
「気にしなくていいよ。ポテト好きだし」
テーブルの対面で項垂れるエクレ。
俺と彼女はレストランではなくハンバーガーショップにいた。
デパート内の飲食店はゴールデンタイムでどこも大混雑しており、2時間待ちとかになっていたのだ。
さすがに長すぎると、デパートのすぐ近くにあるバーガーショップへと入った。
「もうほんとすみません。この次は必ず、必ず良いものをご馳走します」
ビタンとテーブルに頭を打ち付けるエクレ。
「そんな謝らなくていいよ。むしろ自分の特権を振りかざさなくて、いい子だなって思った」
「えっ?」
「だって君、あのデパートの親会社の社長娘でしょ? だったら強権振りかざして強引に入ることもできたんじゃない?」
「そ、それは……」
この子が成金的ムーブをしなくて逆にホッとしてる。
「それよりショーどうだった? あんまり客席の事はわからなかったんだ」
「それはもう大成功ですよ! 凄く良かったです!」
エクレは頬を紅潮させ、興奮気味に話す。
「殺陣もスピードがあって面白かったですし、爆発で倒れこむシーンも迫力ありました。わたし本当に立てなくなるんじゃないかと思いましたよ。それにラストのアクシデントを、うまくエピソードをなぞって切り抜けたのも凄かったです!」
「もうそれしか思い浮かばなかった」
「あれってエピソード48話、変身不可絶対絶命影狼開眼渾身の巴投げのエピソードですよね? 再現度が高くてほんと感動しました!」
彼女はさっきのショーが相当お気に召したらしく、嬉しそうに感想を言ってくれる。
「あの、もしかして小鳥遊さんって実は役者さんとかスタントマンとかやってるんですか? 動きにとてもキレがあると思いました」
「あぁ違うよ、普段はまぁ学生みたいなもんかな。ちょっと体を使う仕事してたりするから」
レイヴンと明かしてもいいのだが、それだとどこ所属ですか? →出雲だよ→そうなんですか? 月光どうしてますか? のコンボを食らうのは目に見えているので伏せることにした。
「だからなんですね。わたし的に最初の変身のセリフも再現度が高くて大満足でしたよ」
エクレは影狼の決めポーズを行う。彼女ほんとに好きなんだろうな。
「あぁ何でインセクトヒーローシリーズは女ヒーローが少ないんでしょうね。わたしも影狼みたいなヒーローやりたいです」
俺は思わず笑ってしまった。
「あれ、わ、わたしそんなに変なこと言いました?」
えっえっ? とキョドってるところも可愛いな。
「いや、可愛いなって思って」
「は、へっ?」
エクレは切れ長の瞳をウロウロさせると、耳まで真っ赤になった。
「いや、あんまり深い意味はないんだけどね。君みたいに目を輝かせてヒーロー物を語る友達はいないから。それが可愛い女の子だったから余計面白いなって」
「あっあっ、えっとその、ありがとう?」
返答に困ってドリンクグラスをいじくってる様子が可愛い。
それからしばらくの間、エクレとアニメ、ゲーム、特撮、PCのオタ会話を楽しんだ。
「あぁ楽しいです。わたし陽火のオタク文化に触れられて嬉しいです。それ以上にこうやって直にオタトークができる人が欲しかったんです」
「それは良かった」
「あの、今度よろしければ即売会とか行きませんか?」
「同人即売会は夏の風物詩だね」
今夏の即売会は既に終わってしまったが、冬に大きいものがあるし、小さいものならコンスタントに開催されている。
「じゃあその時エクレはコスプレだね」
「えっ、サークル参加ですか?」
「何日かあるしコスプレで出る日と、普通に見て回る日を作ればいいんじゃない」
「そ、そっか……いやいやいや! わたしコスプレとかできませんから!」
「本当は?」
「……少し興味あります」
恥ずかし気に本音を言うエクレ。
彼女ならきっとどんなコスプレでも似合うと思う。
「あぁどうしよう。コスプレかぁ」
「エクレなら何でも似合うよ」
「じゃ、じゃあわたしの一番好きな仮面インセクトケミカルやろうかな……」
待ってそうじゃない。
仮面インセクトのコスプレだと仮面被っててエクレの魅力がすべて消える。
「ち、違う奴の方がいいんじゃないかな?」
「そうですか? じゃあ怪物戦隊ドラキュラレッドにしましょうか」
それも違う。できれば全身スーツ系ヒーローから離れてほしい。
というかせめてピンクにしてほしい。
トークが楽しくてつい時間を忘れてしまったが、RFで時間を確認すると、もう戻らなければいけない時間になっていた。
「さて、そろそろ帰ろうか」
「あっそうですよね、わたしもあまり遅くなるとまた怒られちゃいますから」
席を立とうとすると、非常に後ろ髪引かれるような、捨てられた犬のような目をしてこちらを見るエクレ。
「どうしたの?」
「あの、恩返しをするはずが、また恩をもらってしまったなと思いまして」
「気にしなくていいよ」
「えっと、その……」
「どうかした?」
エクレは恥ずかし気に腕時計型携帯端末、
「小鳥遊さん、それ珍しいタイプの
「あ、あぁまぁね」
「…………」
どうしたのだろうか? これ見よがしにずっと
「?」
「あ、あの……その……報酬を……」
「?」
「くっ、この人わたしに言わせる気だ……」
なにかゴニョゴニョと言っているが、よく聞き取れない。
「メ、メアド交換……して……ください……」
エクレは耳まで真っ赤にすると、おずおずとWフォンのアドレスを見せる。
そうだ、メアドもらう約束をしていたんだった。
手早くお互いのアドレス交換を終えると、彼女は嬉し気にWフォンの3Dモニターに映る連絡先を眺めていた。
「あ、あの……これから連絡とっても大丈夫ですか?」
「別に大丈夫だけど」
「ありがとうございます。わたし友達少ないので本当に嬉しいです」
「エクレモテそうなのにね」
「全然ですよ。月光を開発してた研究所ってほとんど男の人でしたけど、全く声もかかりませんでしたし。わたしのオタのところが漏れ出てたんじゃないかって心配になりました」
「そんなことはないと思うけど。それに別にオタクでもいいじゃん可愛いし」
そう言うとエクレはまた顔を赤くする。
「た、小鳥遊さん。あまり可愛いの安売りは良くないですよ……わたしみたいなモテない女を勘違いさせますし」
「そうか……本当にそう思っただけなんだけどな」
可愛いってあんまり言っちゃダメなのか。
するとエクレがゴンゴンとテーブルに額を打ち付けた。
「ま、まずい、難聴、鈍感、天然……この人恋愛強者だ」
俯いたまま何かダメージを食らったようにゼェゼェ言うエクレ。
「顔赤いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫です。お気になさらず」
「あら小鳥遊君、何してるの?」
ほんわかしていると誰かに声をかけられた。振り返るとそこには帰ったと思っていた
「あれ? お前帰ったんじゃなかったのか?」
「ちょっといろいろ回ってるうちに遅くなって。牛若先輩と白兎先輩は先に帰ったわよ。そっちの子誰?」
「あぁ、叢雲稲妻さん。アキバで知り合った同士だ」
「ど、どうも叢雲稲妻と――」
輝刃と稲妻がお互いを見合って、石像のように固まり合う。
「輝刃姉さん!?」
「エクレ、あんたなんでここに!?」
「それはこっちのセリフです! こんなとこで何してるんですか!?」
おや、何か面白いことになっている気がする。
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