第34話 にせこい

 輝刃とエクレ、ハンバーガーショップにて感動の姉妹再会なのかと思いきや、なぜか険悪なムードが漂っていた。


「何って……いろいろよ」

「お見合いぶっちして消息をくらまして! あの後どれだけこっちが苦労したか知ってるんですか!?」

「う……悪かったわ……」


 珍しい、あの輝刃が一方的に言いこまれるとは。

 そういや輝刃って親に無理やり結婚させられかけたから、出雲に逃げ込んできたという噂を聞いたが、あれが本当だったということだろうか?


「それで、ちゃんとした婚約者候補見つけたんですか? 書き置きに【あたしより強い男に会いに行く】って書いてましたけど」


 格ゲーみたいなこと言う奴だな。


「え、えぇっと……それは」


 輝刃はどもりながら視線を彷徨わせると、ふと俺と目が合った。

 嫌な予感がする。


「彼よ」

「「はっ?」」


 俺とエクレの声がハモる。


「だから、小鳥遊君。彼があたしの見つけた婚約者候補」

「ふ、ふざけないでください!!」


 エクレは今までの比ではないほど声を荒げ、テーブルをダンッと叩く。


「ほ、本当よ。今日だって彼と水着選びに来たんだから」


 ダメだ、輝刃の奴完全に目が泳いでる。

 それとは反対にエクレの目はどんどん鋭くなっていく。


「絶対嘘です! ありえません!」

「な、なんでそこまで強く否定するのよ。大体あんた今まであたしの婚約者に興味なかったでしょ」

「そ、それは……。い、今姉さんが蒸発したせいで、お見合いの話がわたしまでおりてきてるんです!」

「あんたわたしの邪魔をしなければ別に誰と結婚しても良いです。興味ありませんって言ってたでしょ」

「じょ、状況がかわったんです!」


 絶賛姉妹喧嘩中の二人。状況を飲み込めない俺は、おずおずと手を挙げる。


「あの」

「「なに」」


 怖い。


「えっと龍宮寺とエクレは姉妹なんだよな? 名字が違うんだが」

「叢雲って父方の姓で、姉さんが名乗ってる龍宮寺は母方の姓なんです」


 なるほど。叢雲の名字は有名だから伏せたのか。


「込み入った話だと思うが、婚約者がどうって言ってたけど、二人はそんな早くに結婚するのか?」


 俺がそう聞くと、輝刃は小さく息を吐く。


「叢雲って実は今後継者問題で揺れてて、男の跡取りを欲しがってるの」

「なぜ男限定」

「知らない。叢雲創業時代からそう決まってるから」

「古臭いしきたりみたいなもので、今じゃ社長ですらその条件を覆せないんです」


 大昔の男社会時代に作られた、謎のルールに縛られてる会社はあると聞くが、叢雲にもそんなルールがあるってことか。


「それで今叢雲ってあたしと上の姉と、エクレの三姉妹しかいなくて。社長っていうか父親に何かあった時、男の後継者がいない叢雲は会社とられちゃう可能性があるの」

「次期社長候補がいないわけだ。社長を任せられる社員っていなかったのか? 叢雲ほど企業規模が大きければ有能な人も多いだろ」

「それが……少し前に信頼を置いていた側近の役員が、他社に情報を流していたんです。それまでは別に跡取り問題に関して大きな問題になってなかったんですけど、その件以降かなりピリピリしてます」

「信用していた社員に裏切られて疑心暗鬼になってると」

「はい、そういうことです。正直その側近になら会社を任せても良いかなとまで思っていたので、事態はかなり深刻なんですよ」


 危うく企業スパイに会社を乗っ取られかけたわけか。

 だから誰も信用できなくなって、自前で後継者用意するしかねぇってなったわけだな。

 いささか極論過ぎるような気もするが、それが一番安全と言えば安全だろう。


「そう。だからあたし達三人というか、一番上の姉は会社回してるから除外して。あたしとエクレのどっちかが跡取りを作らなきゃいけないの」

「お前作るって粘土でできてるわけじゃないぞ」

「知ってるわ。とにかく上は男の後継者が欲しいから、早く結婚して子供産めって言ってくるの」

「お前、そんな義務感でつくるもんじゃないだろ。それに女の子が産まれてくる可能性だってあるし。その場合どうするつもりなんだ?」

「そりゃ男の子ができるまで産むわよ」


 当たり前じゃんとツインテを弾く輝刃。

 本気で言ってんのかコイツ。


「そんなのおかしいだろ。子供産むってめちゃくちゃ負担になるぞ」

「だから男の子ができるまで、あたしとエクレで多分交互に産む」


 狂ってんのか。ガチャやってんじゃないんだぞ。


「小鳥遊さんのお言葉はとても優しいと思いますが、大企業の娘として産まれたわたし達は、ある程度政治的に利用されることも覚悟して生きてきました。叢雲は関連企業を含めると何十万人もの社員を抱えています。わたし達にはその幸せを守る義務があります」


 だからこの件に関して文句はないと――。

 俺が思っている以上に彼女達の覚悟は重いものなのかもしれない。


「なのに……」


 エクレは鋭い視線で輝刃を見やる。


「土壇場であたしがぶっちしたの。だって聞いてよ、お前の許嫁だよって言われてやって来たのが50超えた油ギッシュなミドルだったのよ! しかも初対面で元気な赤ちゃん作ろうねって言ってきたのよ!?」


 そりゃ誰でも逃げる。

 向こうもよく自分の娘くらいの歳の子に元気な赤ちゃん作ろうねと言ったな。完全にエロ同人じゃないか。


「まぁ一番上の姉さんも輝刃姉さんの心情をくんで、100歩というか1万歩譲って、そこまで嫌なら自分で婚約者連れて来いって言ったんですよ」

「なるほど」


 それで家を飛び出して出雲へ。

 つまり油ギッシュなおっさんのかわりが俺なんだな。

 ようやく自分の立ち位置を理解した。

 あれ? ちょっと待って、つまりこのままいくと俺と輝刃が跡取りづくりをする、ソレナンテ・エ・ロゲ生活ってこと?

 輝刃のミニスカから伸びるむちっとした脚が目に入り、いかんと頭を振る。まずいこのままでは油ギッシュオヤジと同じ思考になってしまう。


「あの、それって婚約者も何か叢雲の制限受けたりするのか? 例えば学校辞めろとか」


 いくらエロゲ生活と言っても、叢雲に監禁されて一生外出られないとかは嫌だ。


「多分ないわよ」

「こう言ってはなんですが、産まれてくる子供にのみ価値があるので、婚約者にはほとんど権力などは与えられないと思います」

「勿論婚約者だからあたしたちと同じくらいの扱いにはなると思うけど、ただそれだけ。普通に生活も続けられるし、なんなら父親の名前は公表されないかもしれない」


 叢雲は父親の方には全く重きを置いてないってことだな。悪い言い方をすると、誰とでもいいから早く跡継ぎ作れって感じだ。

 それだけ切羽詰まってるってことかもしれないが。

 聞くだけだと完全にエロゲなのだが、叢雲だからな……。男の跡取りが出来た瞬間、黒スーツの暗殺者ヒットマンが現れて「お前にもう用はない」ズドンと撃ち殺されたりしないだろうか。


「なるほどな」

「ほら姉さん、小鳥遊さんハトが豆鉄砲くらったみたいな顔してるじゃないですか。絶対何の説明もしてないでしょ!」

「し、してないけど、それはこれからしようと」

「嘘、絶対嘘。ねぇ小鳥遊さん本当に姉さんと付き合ってるんですか!?」


 エクレから鋭い視線が飛ぶ。輝刃の方をチラッと盗み見ると[お前わかってるよな?] と副音声が聞こえてきた。


「ウン、ボクリュウグウジトツキアッテルヨ(棒)」

「めちゃくちゃ棒読みじゃないですか!」

「あんたちょっとは感情こめなさいよ!」


 同時に怒られる。


「ちょっと待って、よく考えたらあんたには別にあたしが誰と許嫁になろうと関係ないでしょ!」

「信用できないから言ってるんです! 姉さん小鳥遊さんをダシに使って逃げようとしてるんじゃないですか!?」

「してないわよ! っていうかあんたいつもはもっと冷めてるでしょ! なんでそんな感情表現豊かなのよ!」

「ね、姉さんには関係ないでしょ! 大体付き合ってるのになんで名前で呼び合ってないんですか!?」

「よ、呼んでるわよ。ただ名前じゃなくて、ダ、ダーリンって呼んでるから。ねぇダーリン?」

「モチロンダヨハニー(棒)」

「もう完全にアホのロボット化してるじゃないですか!」


 ガルルルルと敵意むき出しの姉妹。

 うむ……収拾がつかなくなってきたな。

 俺は輝刃の持つ、しなびたポテトに手を伸ばしながら困ったなと呻る。

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