第28話 アキバシティ
「アキバも久しぶりに来たな」
出雲が空港でバッテリー充電に入ってから、俺と輝刃はレンタカーを走らせて、サブカルの都【新アキハバラシティ】へとやって来ていた。
大型電気店が軒を連ねるこの街になぜ二人で来たかと言うと、輝刃の妹の誕生日が近いらしく、そのプレゼントを買いにやってきた次第だ。
車で電気屋、アニメショップが集まった大型ビルの並ぶ大通りを進むと、巨大な電光モニターに新作ゲームのPVが映し出されているのが見えた。
その周辺ではメイド服の女性がメイド喫茶の客引きをしている。
この混沌としている感じ。まさにアキバ。まるで実家のような安心感がある。
「ほんとにアキバでいいのか? 普通の女の子が欲しがるものなんてあんまりないと思うけど」
「いいのよ、あの子普通じゃないから。小鳥遊君寄りなの」
金ピカツインテにキャミソール、ロザリオのネックレス、ミニスカ、ニーソ、お嬢の休日スタイルの輝刃は、軽いため息交じりに言う。
「どういう意味だ?」
「小鳥遊君ああいうの好きでしょ?」
彼女が指さしたのは電気店の巨大ポスターに映るリアルロボット。
「好きだ」
「あんなのやアニメ、ゲーム大好きなの」
「そりゃ将来有望だ」
適当な駐車場に車を止め外へと出ると、ミーンミーンとセミが鳴く電気街へ二人で入る。
「それにしても、お前妹いたんだな」
「上に姉もいるわよ」
「意外だな。一人っ子でわがまま放題育ったと思ってた」
「それどういう意味かしら?」
ウフフと怖い笑みを浮かべる輝刃。
「まぁいろいろと複雑な家庭でね。あんまり家族と会えないんだけど、毎年誕生日プレゼントくらいは贈ることにしてるの」
「そうなのか。いい姉じゃん」
「小鳥遊君は牛若先輩にプレゼントとかしないの?」
「するぞ。食器とかエプロンとか」
「あれ? わりかしまともね。小鳥遊君のことだから、やらしいプレゼントでもしてるのかと思った」
「いや、一回失敗したんだよ」
「失敗?」
「レイヴンになる前、ネタでスク水をプレゼントしたら雫さん超気に入っちゃって、家の中でずっとそれ着るようになったんだ」
「それは困るわね……」
「当然おじさんもおばさんも脱ぎなさい! ってめっちゃ怒るんだけど、あのおっとりした雫さんが絶対嫌ぁぁぁぁ! ってキレて親子喧嘩に発展した。やべぇ、俺のスク水で牛若家が家庭崩壊するって思った」
「なんていうか安定の小鳥遊君エピソードね……」
「以後雫さんには責任持てないプレゼントはしないことにしてる」
「なんで牛若先輩って小鳥遊君パラノイアなの?」
「知らん。雫さん母性が強いからな、俺親がいないから同情してるのかもしれん」
そう言うと輝刃は「えっ」と言葉をつまらせると、申し訳なさげな表情をする。どうやら両親がいないというところに反応したらしい。
「ごめん。地雷踏んだ」
「別に地雷でもねぇよ。
BMの襲撃は天災的な扱いであり、このアキハバラシティも一度BMにぶっ壊されている。新がつく街は大体BMにぶっ壊されて再建された都市だ。
ここから少し離れた場所に被害者の慰霊碑などもある。俺の親はそんな襲撃の一つに巻き込まれた。
「もしかしてそれが原因でレイヴンを目指したの?」
「いや、テレビのヒーローに憧れてだから関係ない」
「…………小鳥遊君ってマイペースよね」
「そうか? 自分では合わせる方だと思うが」
「暗くならないところが良いところだと思うけどね」
「暗くなっても良いことないからな。前向いて歩いてりゃ、そのうちおっぱいに当たるだろ」
「呆れた」
クスリと笑う輝刃。
そんな話をしながら、俺たちは大型アニメショップへと入る。
同人誌、ゲーム、マンガ、フィギュア、グッズ、コスプレなど幅広く取り扱う大手アニメショップはそこそこの賑わいを見せていた。
客の圧倒的眼鏡と黒服率の高さは安心感すら覚える。
「なんかここ二酸化炭素量多くない? ってか異様に暑いんだけど冷房きいてないの?」
「アニメショップは大体どこもこんなものだ。オタはなぜか呼吸量が多く、体温が高い」
「星に優しくない生き物ね。あたしここに一人で入る度胸ないわ」
「まぁお前と真逆の生き物の巣窟だからな」
かくいう俺も星に優しくない側だが。
「でも結構カッコイイ人とかかわいい子とか普通にいるわね」
「オタクもカジュアル化してるからな。昔はオタクっていうとディープな人間を指す言葉だったが、今はもっと意味が広くなってきてる。インスタの発展もあって最近は本物のグラドルがレイヤーやってたりもするし」
「レイヤー?」
「コスプレのことだ。多分お前には一生縁がない――」
と言いかけて、フロアの中心を見やると、際どいアニメキャラの格好をした女性がカメラを持った男性客に囲まれていた。
「みんなー今日はしほるんの撮影会に来てくれてありがとー☆」
「「「うぉーーーーじぼる゛ん゛ーー!!」」」
女性レイヤーの声に合わせ、地鳴りのような声が響く。
輝刃はなんじゃあれと顔をしかめていた。
「なにあれ……」
「
「えぇ……」
「コスプレ撮影会というやつだな」
「囲まれてる子、ほとんど水着じゃない」
「コスも原型ないくらい改造されててなんのコスプレかもわからんな」
「大体なんでアニメショップで撮影会やってるのよ」
「己の欲望に忠実に生きる街、アキバって感じだろ。あれとはちょっと違うがキャラクターになりきってコスチュームを着るのがコスプレイヤーだ」
「多分一生関わることはないわね」
でしょうな。
趣のある撮影会を抜け、カッコイイアニソンの響くフロアを進む。
「そんで何が欲しいんだ? カテゴリー違いのプレゼントしても
「人形よ」
「人形? ドールか? フィギュアか?」
「なんかテレビのキャラクターの人形」
「フィギュアっぽいな。じゃあこっちだ」
マンガコーナーを抜けて、フィギュアコーナーへと移る。その途中大量の
彼女ではないのだが、まぁ見ようによっては彼女を自分の趣味に付き合わせている、ウザ彼氏に見えなくもないだろう。
あれ? でもよくよく考えると休日に女の子と二人でショッピングってデートじゃないのか?
チラッと隣を歩く金ピカツインテを見やる。脚長いしスタイル良いし、ちょっと目つき鋭いけど美人顔。多分神様が「あっ、俺今日美少女作ろう」と意気込んで相当キャラクリ頑張ったんだろう。
対する俺はなんかの余りパーツでキャラクリできるか試してみた結果だと思う。
これでカップルを言い張るのは無理があるな。よくて姫の従者ってところか。
「どうかした?」
「なんでもない。それで何のフィギュアが欲しいんだ?」
「えぇっとね、カブトムシとかバッタとかがモチーフになってる奴」
「仮面インセクトか。女子にしては渋いな」
まさかの特撮も好きとは。気が合いそうな妹だ。
仮面インセクトのコーナーにつくと、商品棚に大量のヒーローフィギュアがずらりと並ぶ。
「で、どれが欲しいんだ?」
「どれって、仮面ナントカよ?」
「お前……インセクトヒーローが何種類あるかわかってるのか?」
「全部同じでしょ?」
輝刃は何か違うの? と言いたげにツインテを弾く。
「はぁ……これだから……」
「何よその目は」
「いいか、よく見ろ」
俺はフィギュアの箱をいくつか手に取る。
「これがインセクトヒーローエア、これが鰐、龍王、333、斧、太鼓、ヘラクレス、鎧王、ファング、デストロイ、センター、AAA、コスモ、メイジ、蜜柑、スピリット――」
「もういい! もういい! 全部同じに見えるから」
「全然違うぞ」
「えっとね、なんか乗り物に乗って戦う奴」
「全員乗り物に乗る」
「え~っと、確か体の右と左で色が違った気がする」
「となるとセンターか、ケミカル辺りが怪しいな。変身ポーズとかわからんか? セリフでもいい」
「エボリューションなんとか? って言ってた気がする」
「エボリューション? そんな奴いたかな……」
「あとはう~ん……俺の体はバイオハザードがどうとか」
「ケミカルだな」
「よくわかるわね……」
「セリフは特徴あるからな」
「とにかくどれかわかったなら良かったわ」
嬉しそうにする輝刃、しかし――
「ケミカルはインセクトヒーローの中でも最多変身数を誇る。どれだ?」
俺は色違いのケミカルフィギュアを並べる。パっと見はただ色が違うだけにしか見えない。
「全部……一緒でしょ?」
「これだから……。いいか右から行くぞ、これがバズーカ&ユニコーン、シザー&スパーク、ボンバー&ドラゴン、ジョーカー&メタル。これは違う奴だな」
「全部同じじゃん!!」
「全然ちげぇよ! いいか続けるぞ、これがハンマー&ユンボーで、こっちがファイヤー&レスキュー」
「わかった、わかったから!!」
俺の説明に耳を塞いで、もういい! ちょっと考えさせてと叫ぶ輝刃。
◇
輝刃が悩み始めて、かれこれ一時間が経とうとしていた。
「もうケミカルスタンダードでいいんじゃないか? それが一番ベーシックなタイプだぞ」
「ダメよ、あの子いっぱい持ってるから被るじゃない」
「何持ってるかわかってない状態で、仮面インセクトのフィギュアをプレゼントするってかなりチャレンジャーだぞ」
「わ、わかってるわよ」
金ピカお嬢の輝刃が眉を寄せ、口を△にしながら必死にフィギュア漁ってる姿はかなりシュールだ。
何持ってるか聞けばいいのにと思うが、サプライズ性を重視したいのかもしれない。
お姉ちゃん大変だなと思いつつ、俺はフィギュアコーナーに輝刃を残し、ぐるりと売り場を回る。
すると、店内に貼られたアニメポスターの中に【水着サマーコンテスト】の張り紙を見つける。アニメショップらしく水着美少女のキャラがたくさん描かれたポスターには参加者募集中! 豪華賞品有と、よくあるうたい文句が添えられている。
「アニメショップが主催なのか。珍しいな」
こういうのって大体自治体とかがやりそうなもんだが、今は企業も参加する時代なのか。そう思いつつ賞品欄を見やると、最新型ゲーム機やゲームソフト、キャラクターグッズが並ぶ中、仮面インセクトケミカル限定フィギュアが一緒に賞品になっていた。
「…………これだ」
俺は未だフィギュア箱とにらめっこしている輝刃をポスターの前まで引っ張って来る。
「ちょっと来てくれ」
「な、何よ、いきなり」
「これを見てくれ」
俺はポスターを指さす。
「水着サマーコンテスト? これが何?」
「出ろ。お前なら優勝獲れる」
「嫌よ、バカじゃないの?」
「賞品欄を見ろ」
「え~……ジョイステ11、スーパーマルオメーカー7、オーダーメイドキャラクターペアリング、魔法少女リリィ変身セット……仮面インセクトケミカル限定フィギュア……」
俺の言いたいことを理解した輝刃は「まさか……」と顔をしかめる。
「この限定フィギュアは昔数量限定で売り出されたもので、一瞬で完売した超お宝フィギュアと言ってもいい。絶対お前の妹でも持ってないと思う。正直マジで俺が欲しい」
「…………そこまで?」
「ああ、俺ならこれを貰ったら転げ回って喜ぶ」
「で、でも水着コンテストって……」
「よく考えろ龍宮寺。お前ならこんなオタ商品に集まって来る連中なんか軽く蹴散らせる。ここで優勝かっさらってフィギュアをプレゼントすれば姉としての評価も鰻登り」
「…………」
輝刃はもう一度水着コンテストのポスターを見やる。その目には少し不安が混じっているように見える。
「で、でも……やっぱコンテストとか恥ずかしいし……」
「大丈夫だ。お前マジで美人だから絶対負けん。俺が保証してやる」
そう力強く言うと、輝刃は顔を赤くしながら金のツインテをクルクルと弄ぶ。
「ま、まぁ小鳥遊君がそこまで言うなら……」
「あぁ、お前”ガワ”だけは一級品だからな」
そう言うと輝刃は俺の顔面に裏拳を見舞い、肩を怒らせながら水着コンテストの参加申請に向かった。
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