第4羽 龍宮寺姉妹
第27話 出雲の暑い日
白い雲、青い空、窓の外に見えるのは煌めく海。頬を撫でる溶けそうになるほどの灼熱の風……。
夏真っ盛り――今日はそんな夏の風物詩、海水浴に来た……わけではなく、いつも通り学園艦出雲の中だ。
酷暑と言われるこの時期、本来なら冷房のきいた部屋で過ごしているはずなのだが……。
「暑い……」
「暑いわね」
「暑すぎでしょ……」
現在我がチーム、いや我が艦は未曽有の危機に陥りつつあった。
出雲が電気系統のトラブルによって、艦のバッテリーがショート。蓄電が全てダメになってしまい現状節電運航をしている。
その為エアコンなんて電気の塊を使うことができず、艦内はどこも蒸し風呂状態と化していた。
輝刃含む我がお姉様たちも、この暑さには耐え切れず、
かくいう俺もハーフパンツ一枚だが。
ロングTシャツにノーブラの輝刃は、いつもの金ピカツインテールを下ろし、共同部屋のエアコンのリモコンを操作している。しかしエアコンはうんともすんとも言わない。
「無駄だ。節電モードに入ってるから充電が終わるまで、最低限の設備以外電気は使えん」
「いつ充電が終わるのよ」
「知らん。航行していれば自動で充電されるが、漏電した量が結構半端じゃないらしく相当時間がかかる」
「具体的には?」
「72時間後くらいに節電が一部解除されたらいいなレベル」
「死ぬわよ!」
エアコンのリモコンをベッドに投げつける輝刃。
ごもっとも。この暑さは殺人的だ。
「もっと速く飛べば充電早く終わるんじゃないの? なんでこんなトロトロ渋滞に巻き込まれたバスみたいな速度で飛んでるのよ?」
「速度上げたら、出雲のターボジェットエンジンンの熱で乗員全員蒸発するが、それでもよろしいか?」
「ぐぐぐ……あぁ、下は海なのに……。陽火で降りた犬神さんが正解じゃない」
俺たちは電子ウイルス事件の後、白兎さんの精密検査が終わるまで任務自粛を求められた。その為、チームでの任務活動を一時休止しており、ちょっとした夏休みとなっていた。
犬神さんは、この時期陽火の実家で法事があるらしく、丁度いいと一旦出雲を離れたのだ。
用事を終わらせたらすぐに帰って来るらしいが、正直今の出雲には帰ってこない方がいい。
「それにしても暑い……ね」
白のバニーガールレオタード姿の白兎さん、健康的な褐色肌にはやはり純白のハイレグがよく似合う。実に素晴らしいスタイルだ。
「ほんとね……。冷たいプールに入りたいわ」
そう言って脱衣所から薄着に着替えて来た雫さん。出雲最大級の悪いキングスライムが揺れるスイカップが、紫の眼帯みたいなビキニブラで頼りなく支えられている。
いや、あれはさすがにやばいだろ……。
白い肌に玉のような汗が流線を描きながら零れ落ちる。
タイトルをつけるなら無防備すぎる人妻の夏という感じだ。
「ゴクリ……」
いつもならちゃんと服着て下さいと輝刃が怒るのだが、今回ばかりはそうならない。
暑さも悪いことばかりではないようだ。
しかしこの部屋は特別暑い気がするな。多分通路の方が涼しい。なんでだ?
疑問に思っていると俺のRFにメールが届いた。
[From猿渡:ウチの筋肉先輩、天然のサウナだとか言って筋トレし始めたんだが、死にそう]
画像付きのメールには、筋肉三兄弟が汗だくでスクワットしている姿が映し出されていた。
俺はうげっと即座にメールを閉じた。
なんて暑苦しいメールなんだ。テロだテロ。猿渡の一人でも地獄に道連れにしてやろうという強い意志を感じる。
まさかこの暑さ……隣で筋トレしてる熱が伝わって来てるんじゃないだろうな。
壁に触れると火傷しそうなくらい熱かった。くそ、筋トレやめろと怒鳴り込みたいところだが、隣の
「あ゛~~暑ぃ~~!! 誰かなんとかして~~!!」
輝刃が呻きながらベッドの上に倒れると、しばらくして「あちちちち」と転げ回った。
どうやらベッドが自分の体温で熱くなってしまったらしい。
一人で面白い奴だ。とてもお嬢には見えん。
そんな輝刃を尻目に、俺はゴトリと小型のクーラーボックスを取り出す。これぞ秘密兵器、こんな時に活躍してこその機械工。
「これを見よ!」
「なにそれ?」
「バッテリー式冷蔵&冷凍庫だ」
「ま、まさか……冷えてるの?」
俺はニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべる。
その瞬間全員の目がキラキラと輝いた。この暑さで自販機も止まっているし、水も生ぬるい湯しか出てこないので、この中に入っているものは砂漠のオアシスにも等しい。
皆ジリジリと近寄って来る。いいぞ、その物欲しげな表情。
「非常時に備え用意していたものだ。我を褒めよ讃えよ」
「ゆ、ユウ君、凄い!」
「ユウ、いいね」
「小鳥遊君、あなたってそこはかとなくイケメンよね」
「輝刃、お前はなしだ」
「なんであたしだけ!? 精一杯褒めたじゃない! あたしあなたとなら結婚してもいいわ! 好きよ! 愛してる!」
かつてこれほどまでペラペラな告白があっただろうか。しかも精一杯褒めてその程度の言葉しか浮かばんとは。
俺はゴホンと咳払いする。
「この中にはキンキンに冷えたジュースとアイスが入っている。これが欲しければ、その汗にまみれた下着と交換してやっても構わな――」
輝刃がスリッパで俺の頭をパーンとはたく。
「何変態みたいなこと言ってんのよ。さっさと出しなさいよ」
「はい」
俺は冷凍庫からガリガリアイスバーを取り出す。すると中身が一瞬で蒸発し、アイスは水色の液体へと変化した。
「嘘だろ……オイ」
その光景を見ていた皆もマジかよと眉を寄せている。
わりかし常軌を逸した暑さになっているらしい。
まさかジュースもやばいんじゃないかと思ったが、ジュースはちゃんと冷えている。
「温くならないうちに早く」
俺は白兎さんたちにジュースを配ると、皆砂漠でオアシスを見つけたかのようにゴキュゴキュと飲み干していく。
「あ~生き返る!」
ジュースを一気飲みした一同。皆実に良い飲みっぷりだが……。
数分後――
「……小鳥遊君ジュース出して」
「ねぇよ、さっき飲んだだろ」
「一瞬で体から蒸発していったんだけど」
確かにこれっぽっちでは焼け石に水である。
かくいう俺も、もう喉が渇いてきた。
俺はこそこそとバッテリー型冷蔵庫を開けると、新しい飲み物を入れるふりをして残った3本のジュースを手に取る。
うむ、ひんやりとして冷たい。
「この冷蔵庫7本まで入るからな……」
この数字がタチが悪い。一人2本ずつにするなら8本必要なのだが、1本足りない。つまり2本目を配ると誰かが溢れるのだ。
どうしよう、とりあえず1本は俺がいただかせてもらうとしよう。
すると――
「小鳥遊く~ん、まだあるんじゃない(猫なで声)」
俺はびくっとして振り返ると、汗だくの笑顔で輝刃が迫ってくる。
「ちょっとだけ、一口だけくれないかしら?」
「全く信用ならん! 一口で全部飲む気だろ!」
「飲まない飲まない、だから……ねっ?」
ジリジリと近寄って来る輝刃。
「ちょうだい! ってか寄越しなさいよ!」
「断る!」
汗だくの輝刃に押し倒され揉みあいになる。くっそ暑いんだから抱き付いてくるんじゃねぇ!
「ダメよ輝刃ちゃん。それはユウ君の物よ、横取りしちゃ」
「雫さん、コイツ一人で2本目飲もうとしてたんですよ」
「冷蔵庫を用意してくれたのはユウ君だもん。その辺は配慮してあげなくちゃ」
「うん……ユウ気にせず飲む」
ぐっ、一転して飲みづらい空気になった。
北風と太陽の如く、寄越せと言われたらその場で飲み干してやったが、いいよ私たちに気にせずと言われると、自分だけ楽になることができない。
仕方ない、正直に話すか。
俺は2本目が全員分ないことを輝刃たちに伝える。
「2本目は誰かが溢れちゃうってことね……。いいわよ、私はなくても大丈夫。皆で飲んで」
遠慮する雫さん。
「いや、ダメだ。ここは公平に決めよう」
「なに、じゃんけんするの?」
「いんや、悪いがこれは俺が持って来て俺が冷やしておいたものだ。俺に決めさせてもらう」
「公平がきいて呆れるわね。あんたまたパンツ寄越せとか言うんじゃないでしょうね?」
「そこまで露骨なことは言わない。ただ、この凶悪な暑さの中、冷えたジュースの価値がどれほど重要か皆もわかったはずだ。このジュースが欲しいなら何かそれに見合うことをしてほしい。その内容がジュース、いやこの命の水と等価だと思えば譲ろう」
「つまりあんたを喜ばせろってことでしょ……腹は立つけど仕方ないわね」
「それじゃあ……」
白兎さんがおもむろに俺の後ろに立つと、その胸を俺の頭の上に乗せる。
「合格!!」
俺は白兎さんにカフェオレを手渡した。
「やっぱそういうことじゃない!」
「いや、別に何かしら面白い話をするとか、命の水にかわるものを差し出すとかなんでもいいんだぞ」
ただエロはハードルが尋常じゃなく低いだけで。
「ユ、ユウ君」
「雫さんは一体何を……」
してくれるのかな? と思ったら、この人後ろ手に眼帯ブラの紐を外した。
ヒモが外れ、若干浮く眼帯ブラ。たわわというより、もはや暴力的な肉の果実がゆさゆさと揺れる。雫さんはそのままブラに手をかけ
「合格!」
「えっ、まだ何もしてないわよ……」
ダメだこの人、あっさり一線を超えて来ようとする。これ以上やらせると目玉のオヤジが出てきてしまう。いくら夏でもそれはさすがにまずい。妖怪センサーが反応してしまうからな。
ちょっと不満そうな雫さんにもイチゴミルクを手渡した。
「さて残るは龍宮寺、お前だけだ。今ので流れは理解したな?」
「ぐっ……あたしはそんなことしないわよ。そうね……じゃあ物々交換よ」
「ほう何にする? 言っておくが残り一本、お前がダメだったら俺がいただくからな」
「わかってるわよ! これよコレ!」
輝刃が差し出したのは、白銀のネックレス。センスの良いロザリオの意匠が施された、とても高そうなアクセ。
多分龍宮寺のファンクラブなら喉から手が出るほど欲しがるものだろう。
「これどう? プラチナよプラチナ。ジュース一本にしては破格でしょ!」
「僕は惹かれないなぁ……」
「なんでよ! あんた光る石とか好きでしょ!」
「好きだけど既製品もらってもなぁ。アクセなら自分でロックカットから始めて石磨きするし」
「くっ、コイツの石マニア度を甘く見ていたわ。じゃ、じゃあガルディーンの腕時計――」
「龍宮寺、お前は何か勘違いしている。お前のやっていることは水以外価値のない砂漠で札束を振りかざしているようなものだ。っていうか高額なモノを出してくるのはやめろ。物々交換ならこのジュース一本分100円以内で、それでいて価値のあるものにしろ」
「そんなもんないわよ!」
「じゃあダメだ。これは俺の物だ」
俺はブラッドコーラのプルタブを開けると、プシュッと炭酸の音がする。実にいい音だ。夏を感じる。
「ちょ、ちょっと待って! 何か何か!」
輝刃は私物を漁るが何も見つからない。
「じゃーな龍宮寺~キンキンに冷えたコーラは俺がいただく」
ククク、プライドが高い奴はきっと死の間際にもこうやってあたふたするのだろう。あいつに足りないのは、いきなり一線を飛び越えてくる雫さんくらいのパワーと度胸だ。
「これよ!」
「ん? なんだこれ? 団扇?」
輝刃が最後にとりだしたのは、どこにでもある手扇ぎ用の団扇で、原価価値としては100円以下だろう。
「なんだ、これで扇ぐとか言うんじゃないだろうな?」
「あたしがジュース飲んでる間、下から扇いでいいわよ」
「下から……扇ぐ?」
俺は輝刃が今着ているのがロングTシャツだけだと気づき、雷鳴が迸る。
薄いTシャツを団扇で下から扇げばどうなるかなんて、言わなくてもわかるだろう。
この女プライドを捨てて来やがった。
弱肉強食の世界、百獣の王ライオンが空腹に耐えきれず格下のインパラになりふり構わず襲い掛かるように、この女土壇場で意地を捨てやがった!
「……実は下にホットパンツはいてますとかないだろうな?」
「この暑いのにそんなの穿くわけないでしょ」
「い、いいだろう、合格だ。本当に怒らないだろうな?」
「あたしが飲んでる間だけよ?」
「ああ、わかった」
ジュースと団扇のトレードが行われる。
「行くわよ」
「ああ」
そう言うと輝刃は一気にジュースを呷った。その瞬間俺は這いつくばって全力でロングTシャツを下から扇ぐ。
めくれろ! めくれろ! めくれてくれ!! お願いだ!!
「はい飲み終わった!」
「はえーよ!!」
コイツ5秒で全部飲みやがった。
ロングTシャツ全然めくれねぇよ!
ガッツポーズの輝刃。全力で扇いでゼェゼェと息を切らす俺。めっちゃ暑い死にそう。
くそ、俺は弱いインパラだったようだ。
はぁ……まいっか。勝負だしな。
「あれ、そういえば……ジュース7本あったでしょ? 内訳ってあたしのコーラ2本、牛若先輩のイチゴ牛乳2本、白兎先輩のカフェオレ2本、あんたのアイスティー1本よね?」
「そうだぞ」
「…………」
輝刃は眉を寄せ、不快気な表情を浮かべる。
「何怒ってんだよ」
「最初からあんた自分の分は1本計算だったでしょ」
「1本あれば十分だろ。ってか俺は別に冷たい飲み物ならなんでも良かっただけだぞ」
「…………」
輝刃はコトリとジュース缶を置くとベッドの上に立った。
「小鳥遊君、一回だけ扇いであげる」
「いいよ別に。ってか一回ってなんだよ」
それじゃ全く涼しくなら――
輝刃はロングTシャツを両手でまくると、一回だけ俺を
「赤、紐」
「い、言わんでいい」
優しいライオンだった。
そう思っているとピンポンパンポーン♪ と艦内アナウンスが響く。
『こちらは出雲航空操舵長の大巳だ。現在節電運航中の為、艦内温度が異常上昇している。想定温度を遙かに超えており、これ以上の航行は不可と判断。予定を変更し、新羽田国際空港へと引き返し、空港にてバッテリー充電を行う。レイヴン各位はスケジュール変更、及び受諾している依頼者への連絡を行うように。急ぎの依頼の場合、学園が代替の交通手段を用意する。希望するレイヴンは生徒会室へ来るように』
そう残して艦内放送は途切れた。
「とうとう大巳先輩も暑さに折れたか」
「折れたのは……多分学長」
白兎さんの言葉に確かにと頷く。あの学長根性なさそうだしな。
「羽田か……」
予定変更を聞き、輝刃が神妙な顔をしている。
「どうかしたのか?」
「小鳥遊君、ちょっと付き合ってくれない?」
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