第26話 白兎暴走 エピローグ

 大巳先輩は既に事後処理に入っており、避難していた機械工たちがスクラップの処理を始める。もう後は任せてもいいのだろう。

 へたり込んだ俺の前に白兎さんが立つ。


「小鳥遊……いや、ユウ」

「あっ、白兎さんすみません、もうヘロヘロでして」

「鎧……外したらどう?」

「そうですね」


 俺は磁石の魔法石から魔力を抜くと、石の鎧がバラバラと落ちた。

 酷いのは肩の弾痕くらいなんだが、それにしても血みどろで、無事なところを探す方が難しい。

 我ながら今回は体張ったと思う。


「ボロボロだね」

「お恥ずかしい限りです」


 白兎さんは俺の前でペタン座りすると、こちらを覗き込むように視線を向ける。


「白兎さんも脚大丈夫ですか?」

「うん、あれ嘘だから」

「えっ?」


 なぜまたそんな嘘を。


「君に抱かれていたかったんだ」

「はは、またそんな冗談を」


 白兎さん渾身のボケと言う奴だな。今日はいろんな白兎さんが見られて嬉しい。しかし彼女はフルフルと首を横に振る。


「冗談じゃないよ」


 赤と金に輝く魔眼をパチクリとさせながら俺を見やる。

 その目は本当にキョトンとした兎のようで、嘘などついていないと語っている。


「あ、あぁ……えっと、それはその、どういう意味が?」

「???」


 なぜそこで首をかしげるのか。


「君とくっついていたかった。ただそれだけ」


 なかなか破壊力のある言葉に、一瞬しゅきと告白しそうになった。

 危ない思い止まれ、白兎さんは若干天然なところがあるからライクとラブを勘違いすると痛い目を見るぞ。そう自分に言い聞かせる。


「よく頑張ったね……」


 こっちの動揺を無視して、白兎さんは俺の頭をゆっくりと撫でる。自分で頬がカッと赤くなるのがわかった。


「なんというか照れてしまいますね――」


 困ったなと後頭部をかこうとすると、俺の口に何かが触れた。

 それはとても柔らかな、白兎さんの唇だと気づくのに数秒を要した。


「!?」


 動物が触れ合うような異性を感じさせないキス。しかしそのあまりにも突拍子の無い行動に俺の心臓はバクバクと鼓動を打つ。


「あの!? えっと!?」

「……何か間違ってた?」

「いや、間違いというか間違いと言えば全て間違いみたいなところありますけど!?」

「そう……僕は君と触れ合えて気持ちよかったよ」


 白兎さんはいつも通りフラットな表情でそう言うと、唇を指でなぞる。その動作がとても色っぽくてつい見とれてしまう。

 わからん! これがただの感謝によるものなのか好意が混じったものなのか。

 普通感謝でキスなんかしないよね!? でも白兎さんだからお礼に軽いキスくらいありなのか? Gアメリアとかならサンキューからの軽いキスくらいよくあることだと聞くが、陽火でそんなことする奴いないだろ!?

 いや、単純に俺がモテないだけでこれが世間の一般常識なのか?


「えぇっと、なぜそのキスを?」

「お礼。僕を助けてくれたから……」


 助けてくれたに若干の含みを感じる。

 白兎さんは混乱する俺の隣に座りなおすと、体を預けるようにもたれかかってきた。


「血で汚れますよ」

「いいよ。君のなら」


 そう言って目を細め、頬をすり寄せる白兎さん。

 う、う~む小動物に懐かれている感じ、と言いたいところだが白兎さん俺より少し背が高いしな。小動物というかおっきな兎に懐かれている感じだ。

 女性にぺったりと張り付かれたことがないので、緊張してまた心臓がバクバクいってきた。

 いかん、ただでさえ血を流しすぎてるのに。これでは貧血で倒れる。


「今度は僕が君を守るよ……」


 白兎さんは微妙に甘い息遣いで、俺の耳に囁く。

 何この100人中100人が恋に落ちそうなセリフ。

 多分俺が耳元で「僕が君を守るよ……」って囁いたら、うぜぇんだよキモメンがって言われるか、爆笑されるかのどちらかだと思う。

 俺男だけど白兎さんになら「守って下さい(赤面)」と言ってしまいそう。

 お姫様を助けたというよりナイトを助けて、逆に俺がシンデレラになった気分だ。今までの会話、全部男女逆でリピートした方が、しっくりくるかもしれない。

 彼女の手が俺の手を探すようにして繋ごうとして来る。俺はその手を受け入れて握りしめる。


「これ……いいね。君の体温を感じられる」


 ただ手を繋いだだけで幸せな声を漏らす白兎さん。

 な、なんだろう。今まで誰にもつかず離れずな感じだった白兎さんにべったりされると、そのギャップが凄い。

 この人ひょっとしてベタベタするのめちゃくちゃ好きなのでは?

 表情はフラットで凛々しいのだが、体での愛情表現が凄い。

 視界の端でハンカチを噛みしめた猿渡の姿が見えたが、見なかったことにした。

 白兎さんはもっとくっつきたいと体を寄せてくると、俺は背後に冷徹な視線を二つ感じ取った。


「ゆ、ユウ君……」

「小鳥遊君……」


 怖気を感じて振り返る。

 するとそこには暗黒オーラを身にまとった雫さんと、救急キットを持った輝刃の姿があった。


「あのユウ君、多分幻覚だと思うんだけど今キスしてたように見えたんだけど」

「殺すわ」

「嘘よね? ユウ君は私以外とキスなんてしないよね?」

「殺すわ」

「今くっついているのはユウ君の体温が下がらないようにする医療行為よね?」

「殺すわ」

「それとさっきの奥義、最後ハート型になったように見えたけど、たまたま偶然あんな形になっただけだよね?」

「殺すわ」


 泣きそうな雫さんと、アホのオウムみたいに同じことを繰り返す輝刃。


「え、え~っとですね……これにはいろいろとわけがありまして、当方も全て把握しているわけでは」


 炎上中のブラック企業社長みたいなことを言っている最中、白兎さんは俺の後ろに回り込むと頭の上に自分の胸を乗せる。

 俺の頭の上に鎮座する褐色キングスライムが『僕は悪いスライムだよ』と言っている。


「……あの……これは?」

「胸が楽。ユウが胸に対して異常なこだわりを見せてたから、やったら喜ぶかと」


 うん、嬉しい。誰もいなければ。


「僕はどちらかというと尽くすタイプなんだ……気に入ってもらえたら嬉しい」


 そう言って後ろから首に腕を回され、抱き付かれる。

 あぁなるほど、ナイト様は尽くすのがお好き……。ノベルのタイトルみたい。


「小鳥遊君!!」

「ユウ君!!」


 雫さんと輝刃の叫びを聞きながら、俺は貧血で倒れた。多分異常興奮のせいだと思う。



 出雲ウイルス事件から数日後――

 学長室にて学長は、大巳の提出したレポートを読んでいた。

 中間管理職のような飄々とした雰囲気のある学長は、老眼をかけて3Dモニターに映る小さい文字を見やる。


「学生端末RFから侵入した今回の電子ウイルスは特定サイトからGアメリア、Bロシア、Uイギリスのサーバーを仲介し陽火のサーバーへと侵入。巧妙に暗号化されていることから素人の犯行ではないと推測。しかしこれ以上の捜索に関しては、各国へのプロバイダーアクセス開示要求と裁判所からの捜査協力要求が承認されない限り進行することが不可能……。現在陽火のプロバイダーに関しては調査中……。ウイルスによって暴走した御剣白兎は精密検査の為、しばらくの間は任務行動を自粛させる……か。サイバー犯罪は現行犯とりにくいからなぁ」


 それにこういった犯人捜しは各国の警察や諜報局の仕事であり、レイヴンの管轄外になる。

 一応陽火の警察には既に連絡をとっているが、国をまたぐ犯罪は法律の関係上検挙が非常に難しい。

 学長はゴキゴキと肩を鳴らすと、めんどくさそうなことになってきたなぁと執務机で頬杖を突く。


「大巳君になんとかしてもらおう」


 やる気なさげな学長はレポートを閉じると、インターネットブラウザから動画サイトを開く。

 そこには出雲チャンネルという、新たな出雲公式動画チャンネルが開設されており、そこにはいくつかの動画がアップロードされていた。

 その中で一つ再生数が1000万に届こうとする動画があった。

 学長がその動画のサムネイルをタッチすると、出雲の学生が集まり見事なチアリーディングを見せる。


「「「フレッフレッ出雲! ガンバレガンバレ出雲!」」」


 表情を見ると明らかに渋々やらされているのだが、その羞恥に染まった表情が良いらしく世界中で大ブレイクしている。


「いやーやっぱ小鳥遊君才能あるなぁ。レイヴンやめてカメラマンになったらいいのに」


 そのほかにアップロードされている動画は、輝刃、小鳥遊たちが犬神に茶道を習っている最中、足がしびれて受け取った茶碗をひっくり返し、犬神にぶっかけるものなどコメディ的な出雲日常シリーズ。

 輝刃の出雲で本格お料理、出雲機械工による出雲研究所、雫の人妻(×)くの一(○)道場など、出雲ならではの動画はどれも視聴者ウケが良く、チャンネル全体に固定ファンが出来始めていた。


「小鳥遊君次の動画早くあげてくんないかなぁ」


 ハッハッハと暢気な笑いをしていると、大巳がバーンと学長室のドアを蹴破って入って来る。

 彼女は委員長眼鏡を白く光らせ、ツカツカと学長に歩み寄る。それだけで機嫌の悪さが有頂天を突破していることがわかる。


「学長、出雲のショッピングエリアにおける被害報告書と今後のネットワークフィルタリング整備を含めた報告書、読んでいただけましたか?」

「え、ぇっと月報だっけ?」

「違います。臨時週報の最優先案件として上げたものです」

「あ、あぁっとみ、見たかな~?」

「見たかな? ではないんです! 何のために最優先がついていると思っているんですか! 月光の修理に関しても学長の承認待ちになっているのがいくつかあるんですよ! オートマトンの被害報告も叢雲に上げないとダメなんですから! だいたい学長は――」


 大巳は執務机をバンバンと叩きながら眼鏡を光らせる。

 学長はやばい長くなりそうだと思っていると、不意に学長室の扉の端にカメラのレンズが見えた。


「ま、まずい……動画ネタにされる」

「聞いてるんですか学長!」

「は、はい!!」


 後日、出雲日常シリーズに学長の憂鬱というタイトルの動画がアップされた。

 視聴数はきつい委員長系女子に叱られたい男性需要があった為、そこそこ伸びたようだ。



 プロモーション     了

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