第25話 白兎暴走Ⅵ
どうやらウイルス遮断がぎりぎり間に合わなかったのは、叢雲製人型アーマーギア、月光のことらしい。
全長約8メートルの巨大な戦国武者のようにも見える機体の装甲は、ホワイトカラーで統一されており白磁のような美しさがある。
武者甲冑の巨人は頭部アイセンサーを赤く光らせると、腰に挿した巨大な刀を引き抜く。
軽く振っただけでも建物を両断できそうな鍔付きの刀は、俺達”小人”の姿をその刀身に反射させる。
「……あれは何?」
「アーマーギアという対
「そう、なら壊してもいいね」
白兎さんは有無を言わさず刀を振るうと、鳥型の斬撃波が飛ぶ。
しかし今までオートマトンを一撃で粉砕してきた斬撃波は、重厚な装甲に弾かれてしまった。
「BMの体当たりやドラゴンの火炎弾にも耐えられる造りをしているので、生半可な攻撃は通じません。しかもコスト無視で作られてる機体なので、装甲、機動力、パワーどれをとっても強力です」
俺が説明していると、月光は腕関節の人工筋肉部をメリメリと鳴らしながら刀を大上段に構える。機体からは無機質な殺気が漂っており、そこに威力をセーブしようなんて意図は微塵も感じられない。
「オイ、アレはやばい奴ではないのか?」
大きく振りかぶった巨人の影が差し、犬神さんが眉を寄せる。
「はい、やばい奴ですね」
「全員避けろ!」
大巳先輩が叫ぶと、全員が散り散りになって散開する。
巨大武者から振り下ろされた刀は出雲全体を揺らし、ショッピングエリアの床に大きなヒビが入った。
出雲全体が傾くように揺れ、艦内の
「ちょっと、あんなのが暴れたら出雲が壊れるわよ!」
「俺もそう思う」
「ぶっ壊してやるわ」
輝刃は野郎ぶっ殺してやると言わんばかりに、手にした魔槍をヒュンと一回転させる。
「だぁあありゃっ!!」
輝刃は美しいフォルムで月光目掛けて槍を投擲するが、深紅の魔槍は装甲に触れると同時に魔力が著しく減衰し、全く威力がでないまま消えていった。
「なによあれ!?」
「
「なにそれインチキ!」
さすが金かかってるだけある。
「じゃあどうすんのよ」
「物理で壊すしかない」
と言っても出雲や学園艦にも使われるジオメタル複合金属をフレームに使用しているので、物理も魔法も大して変わらないくらいの耐性がある。
月光相手にお手上げ状態になっていると、白兎さんはぴょんっと俺の腕から飛び降りた。
あれ? 下半身が麻痺して動けなかったのでは?
「あれ、白兎さん脚は?」
「治った」
バカな。早すぎでは?
「小鳥遊……」
「ど、どうしました?」
「御剣流最終奥義を使う。準備して」
そう言って彼女は自分の持っていた刀を俺に放り投げた。
「へっ? えっ? 準備?」
俺は刀を受け取るがどうしていいかわからない。
「奏、刀……貸して」
「構わんが……」
オロオロしている間に白兎さんは大巳先輩から大蛇姫を借り受けると、俺に向き直った。
「御剣流最終奥義
「あの、俺刀の心得なんかこれっぽちもなくてですね。それなら雫さんや大巳先輩の方が……」
「ダメ。異性とじゃないと使えない」
そんな技があるのか。協力できるならしたいのだが、俺は肩に銃弾を受けていて正直腕がほとんど上がらないのだ。
最悪ヤンキー先輩か、その辺に転がってる猿渡にでも……。
そう言いだそうとすると、白兎さんは両手を交互に上げながら、脚を高く振り上げた。
一体何をして――
「フレッフレッ小鳥遊」
「………………」
その場にいた全員が驚愕に彩られる。
あの白兎さんがフレッフレッだと…………。
「フレッフレッ小鳥遊、フレッフレッ小鳥遊」
声に抑揚がなく若干棒読み気味で、動きもぎこちないチアリーディング。
だがさすが白兎さん、応援する度に巨大な肉の果実が上に下に暴れ、高く振りあげられた脚がとてもセクシーだ。
しかし表情は相変わらずのフラットさ……と思いきや頬が赤らんでいる。
「フレッフレッ小鳥遊…………ダメ……だろうか? 君の望みだと思ったのだが」
「…………」
心配げに眉を寄せる白兎さん。彼女の困り顔なんて初めて見た。
「…………」
沈黙する俺は刀を構え、無我の境地に達する。
「俺の事は……剣鬼と呼んでください」
俺のブースターは完全に
憧れの白兎さんのフレッフレッでエレクチオンしない方がおかしい。
俺としてはやる気満々なのだが、白兎さんは「ん~」と首を傾げる。
「まだ足りない。今の小鳥遊じゃダメ。もっと限界を超えないと」
うぐ、自分では結構高まっていると思うのだが、これじゃまだダメなのか……。
一体どうすればいいのかと思っていると、月光が再び動き出す。まずい、悠長にしている時間はない。
「オイ御剣、何か知らんが俺様たちが時間を稼ぐ。後輩、お前は御剣を手伝え」
「「「我らに任すが良いである」」」
ヤンキー先輩は金属バットを俺に向け、筋肉三兄弟先輩はムキッとマッスルポーズをとる。彼らは月光の足止めを自ら引き受け、シャアオラァ! と突っ込んでいく。この貴重な時間は無駄にできないぞ。
これ以上気を高めるにはどうすればいいのだろう。そう考えて俺ははっとする。
「白兎さん、御剣流最終奥義を使うには俺の力が必要なんですね」
「うん」
「それがあれば月光も止められると」
「うん」
「そうですか……」
俺はチラッと待機している輝刃や雫さんたちに視線を向ける。
「もっと応援があれば、力を出せるかもしれないなぁ……」
小声だが明らかに聞かせるように呟く。
「特に今回活躍薄いツインテールに支援してもらいたいなぁ(小声)」
「ぐっ」
ぬぬぬと、輝刃が持ち上げた拳を握りしめる。
「嫌ならいんだが……嫌なら」
「やればいいんでしょやれば!」
かかった。
「あっ、こんなところにスポーツショップがある。……確かこの店チアガールのユニフォームが置いてあるな……。いや、別にそれがどうというわけじゃないんだけど、まぁ応援するならやっぱりそういうところにこだわってもらうと、こっちも気が高まるんじゃないかと思うんだが……」
「こいつ……足元見てるわね」
「ぐぅ、肩に受けた傷が……このままじゃ御剣流最終奥義を撃てないかもしれない……」
わざとらしく肩をおさえると、雫さんが大変と大慌てになる。
「皆ユウ君の為にやりましょう!」
さすが雫さん。俺への甘さが尋常じゃない。
「奏ちゃんも葵ちゃんも! 着替えてユウ君を応援しましょ!」
「えっ、私もやるのか!?」
「待て、これは明らかに小鳥遊の策じゃろ!」
「早く出雲の危機だから!」
「出雲を免罪符に使うのはやめろぉ!」
雫さんはゴネる犬神さんたち全員を連れ、勇んでスポーツショップに入って行った。
そしてしばらくして――
輝刃、雫さん、犬神さん、大巳先輩は赤と白の出雲カラーをしたチアユニフォームを着て出てきた。
へそ出しミニスカのチア姿。実にグッド。特に犬神さんは着物以外の服は新鮮だ。
犬神さんと大巳先輩は恥ずかし気にスカートの裾を気にしており、輝刃は開き直って若干キレ気味な表情で腰に手を当てている。
「さぁ皆ユウ君の為に、フレッフレッユウ君!」
自分で仕向けておいてなんだが、雫さんに応援されるってめちゃくちゃ恥ずかしい。
恥ずかしがっている皆と違い、出雲最大級のバストを揺らし、大きく足を振り上げながら真剣に応援してくれる。
タイトルをつけるなら、息子の運動会でめっちゃはりきってチアガールする美人ママ。友達から「お前の母ちゃんすげぇな……」って言われる奴。
「皆早く! フレッフレッユウ君!」
犬神さんと大巳先輩は顔を赤くして、お互いを見合うと――
「「フレッフレッ小鳥遊! ガンバレガンバレ小鳥遊!(半ギレ)」」
やりゃあいいんだろうと半ばヤケクソ気味に脚を振り上げ、ポンポンを振る二人。
輝刃も同じように動きをあわせる。
「フレッフレッ小鳥遊! これ終わったら殺す!」
なんて恐ろしいことを言う奴なのだろうか。せっかく上がったテンションゲージがギューンと下がってしまった。
「ダメよ、皆! もっと感情をこめて応援しないと! フレッフレッユウ君♡ ガンバレガンバレユウ君♡」
完全にママコーチと化した雫さん。
他三人は屈辱的だと言わんばりに顔を赤くし、声を合わせて脚を振り上げる。
「「「フレッフレッ小鳥遊♡ ガンバレガンバレ小鳥遊♡」」」
皆の応援の息があった時、ピチョンと水の滴る音が聞こえる。
これが……真の明鏡止水……。
我が心は一点の曇りなき鏡のように研ぎ澄まされている。感じる、己の限界を超えた力の奔流を。皆の愛が俺を限界突破させてくれる。
「何言ってんのよあのボケ、埋めるわよ」
「しっ、もう少しの辛抱じゃ黙っておれ」
輝刃と犬神さんが何か言っている気がするが、研ぎ澄まされた俺に雑念は入ってこない。
「行くよ。ユウ」
「はい!」
俺と白兎さんが構えると、魔力が一気に昂る。白兎さんの力が俺の中に流れ、俺の力が白兎さんに流れているようだ。
今なら……撃てる!!
俺たちの魔力の高まりを見て、ヤンキー先輩たちが月光から離脱する。
「「はあああああああああああああっ!!」」
「御剣流!」
「最終!」
「奥!」
「義!」
「
「「
俺たちが同時に刀を振るうと、X字の斬撃波が生じ、月光へと迫る。
凄まじい威力に、周囲のションピングセンターの商品が吹き飛ばされていく。
「う、嘘、ほんとにあいつ最終奥義撃ってるじゃない!?」
「ユウ君やればできる子!」
「あ、ありえん……」
輝刃たちが驚愕の声を上げる。
月光は巨大刀で羅武幻想夢を受け止めると、脚部が威力に押されて後ずさっていく。
一気に押せると思ったが、月光の刀にも魔力反応装甲と同じものが使われており、威力が減衰していくのが見えた。
月光は勝ちを確信したように、押されていた脚部を一歩前に出す。
だが、応援パワーを受けた羅武幻想夢はその形状をX字からハート型へと変化させると、ピンク色の光を放った。
「「いっけええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」
俺と白兎さんが叫ぶと斬撃波は月光の刀をへし折り、胴部をハート型に貫いた。
機体はそのまま後ろのめりにズシンと倒れると、赤く光っていたアイセンサーが消灯し完全に機能を停止させた。
「うわ……なんか凄いの出た……」
撃った俺も呆気にとられる。
同じようにポンポンを持った輝刃が目をパチクリさせる。
「これは……勝ったの?」
「勝てたわね」
「勝ちじゃ」
「……勝ちだね」
雫さん、犬神さん、白兎さんが勝利宣言をする。
「勝ったああああああ!!」
しゃああおらああああああああ!!
俺は全力で勝鬨を上げた。
全員が安堵の息を吐く。チアガールをさせられた犬神さんや大巳先輩も怒ってはいたが、終わりよければ全てよし。ヤレヤレと言いたげに息を吐く。
ウイルスに汚染された脅威はこれで全部倒した。今度こそやっと終わりだ。
そう思うと力が抜け、その場にへたりこんだ。
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次回 白兎暴走エピローグ
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