第24話 白兎暴走Ⅴ


「くっそしつこいんだよ! っていうか誰か助けてぇ!!」


 俺は白兎さんを腕に抱いて全速力でオートマトンから逃げていた。しかしもう足がガクガクして今すぐぶっ倒れたい。

 石の鎧も度重なる銃撃でボロボロになっており、何発か貫通を許していた。

 特に肩は酷く、血が滴り傷口はバチバチと漏電しているように痛みを発するけど、走り続けなければいけない。


『優先目標ヲ放棄セヨ、放棄セヨ』

「うるせぇ、白兎おっぱいさんは誰にも渡さん!」

『優先目標ヲ放棄スレバ、生命ハ保証スル』


 ガトリング砲ぶちまけておいてどの口が言うのか。


「女捨てて自分だけ助かるくらいなら一緒に死んだ方がましだ!」


 かくなる上は、もう一度ブースターを点火させるか?

 しかしあの技は自身の体に極限の負荷をかけるもろ刃の刃。

 だが、今は己の身を庇っている状況じゃない! 白兎さんを守れるのは俺しかいないんだ!

 辛い決断だが俺は意を決し、もう一度白兎さんの胸に自分の顔をこすりつける。


「うーむ、石の鎧をしていなければもっと生の感触がえられるんだが……」


 俺のブースターがなかなか点火エレクチオンしないな。


「……鎧とればいいのに」

「……………」


 突然俺が腕に抱いている女性から声がして、俺の体はピキッと固まった。


「…………白兎さん。起きてました?」

「……うん」


 相変わらず抑揚のないフラットさ。


「どのあたりから?」

「目が覚めたのはついさっき。でも君が何回も僕の胸に顔を埋めているのは知っている。まさかおっぱい扱いされてるとは思わなかった」


 死にたい。いや殺される。


「は、はは……これはその一種のジョーク的な……」

「君は動けない女性の胸を好きにするんだね」

「そんな俺が鬼畜クズみたいじゃないですか」


 石の鎧の下から血液とは別に、大量の冷や汗が流れる。


「別に気にしなくていい。そういう生き物もいるんだなって」

「余計辛いです!」


 白兎さんの目が完全に新種の虫か珍獣を見る目になっている。

 ん? ちょっと待て、今気づいたがこの人目が開いてるけどなんで俺無事なんだ? 魔眼って確か目をあわせただけでダメと聞くのだが。

 白兎さんの開かれた目は左側は兎のように真っ赤で、もう片方の目は金色に輝いている。


「白兎さん、目が……」


 言われて自分でも初めて気づいたのか、白兎さんは自分の目を両手で押さえる。


「見ちゃダメだ。止まる」

「いや、ばっちり見てましたけどなんともありませんよ?」

「?」


 白兎さんは指の隙間からチラリとこっちを見る。なんかちょっとかわいいな。


「ほんとに?」

「ええ」

「目、真っ赤でしょ?」

「左側はそうですね。でも右側は金色ですよ」

「金?」

「はい」

「…………」

「何か心当たりでも?」

「……わからないけど多分新しい魔眼がついた。それが停止の魔眼を相殺してる……としか思えない」

「えっ、そんなことあるんですか?」

「普通ない。魔眼自体レアケースだから、よくわかってないことが多い」


 そりゃそうか特異体質の研究ってあんまり進んでないって聞くしな。

 禁止の魔眼を相殺するってことは進行の魔眼? でも開眼したのだろうか。まぁでもそんなことより。


「良かったですね。普通に目を開けられて。とても綺麗な目だと思います」

「…………そう……ぁりがと……」


 白兎さんはほんの少しだけ驚いた目をした後、恥ずかし気に身をよじった。

 レアな反応が見られたなと思った直後、後ろからオートマトンの銃声が響いた。


「うひぃぃぃ!!」

「僕のことなんか置いてさっさと逃げればいいのに。君傷だらけだよ」

「絶対に嫌だ! 俺は絶対に見捨てない!」

「…………どうして?」

「仲間を助けるのに理由がいるんですか!?」

「本音は?」

「この国宝級のおっぱいを捨てるなんてありえない!」

「正直でいいね」


 白兎さんはクスリと笑う。またもやレアな反応が見れてしまった。


「君を見ていると悩んでいたのがバカらしく思えるよ」

「悩みごとですか!? 聞きましょうか!?」


 銃弾をかわしているのでわりかし声に余裕がない。


「君は……とても優しい子だね」

「ありがとうございます?」


 で、あってるのだろうか。


「は、白兎さん! とにかく今はオートマトンをなんとかしてもらえないでしょうか!?」

「それは無理だ。僕の体は下半身がまだ麻痺しているみたいでまともに動けない」

「マジっすか」

「うん。だから小鳥遊頑張れ」


 あれ、なんかちょっと笑ってません?

 それに性格もちょっと明るくなったような……。

 疑問に思う間もなく後ろからズドドドと銃声が響く。


「おっぱいブースターしないの?」

「そんなピュアな目でこっちを見ないで下さい!」

「いや、結構本気でこんなモノでよければ好きにしてもらっていいよ」

「マジっすか!? って言いたいところなんですが、わりかし俺も限界でして」

「そう……じゃあ、あれとって」


 白兎さんが指さしたのは避難の混乱時に落とされたと思われる、出雲歩兵用近接兵装08式長刀。オーソドックスな刀タイプの武器。


「了解です」


 俺は磁力で落ちていた刀を引き寄せると、白兎さんはそれを受け取った。

 彼女は一度慣らすように刀を振るうと。


「御剣流、剣技――飛燕ヒエン


 縦に刀を振るうと、鳥……ではなく鳥のような斬撃波が飛ぶ。

 俺たちを追いかけて来ていたオートマトンの一体に斬撃が命中すると、パカッと真っ二つに割れ、爆発炎上した。

 あぁあぁこの人下半身動かなくたってクソ強ぇや。


「小鳥遊、反転して。僕が全部落とす」

「頼もしすぎてヤバイです」


 俺は自分の脚にブレーキをかけ、追いかけてくるオートマトンたちに振り返る。

 お姫様抱っこされている白兎さんに斬り倒されるというのはいささかシュールではあるが、出雲最強の剣豪はここに戻った。

 さて、逃げ回るのは終わりにして反撃開始だ。



『排除開始、排除開始』


 その頃大巳たちは、暴走したオートマトンたちに手を焼かされていた。

 複雑な軌道と連携を見せるオートマトンたちは、学生を見つけ次第攻撃に入る。


「ちぃ、次から次に!」


 ターゲットにされた大巳は腰に挿した刀を引き抜くと、腰を落とし片手一本突きの構えを見せる。


「貫け、大蛇姫オロチヒメ!」


 明らかに距離があるにも関わらず放たれた、弾丸のような刺突は的確にオートマトンの装甲を貫いた。

 彼女の使用する蛇腹刀、大蛇姫が分割変形し、通常の刀ではありえない射程で相手を捉えたのだ。

 蛇刀の射突によって、胴体部に大穴が開いたオートマトンはそのまま爆発する。

 大巳は鞭のように伸びた刀を波打たせるように振るうと、元の直刀へと戻った。


「こんなもん御剣と比べりゃ玩具だぜ!」


 ヤンキー先輩と復活した筋肉先輩は、オートマトンを殴り壊しながら背中合わせになる。


「しかしこの機械意外とタフであるぞ!」

「こいつらは紛争地での使用も想定されて設計されている。並の攻撃では倒れんぞ!」


 大巳の声にヤンキー先輩と筋肉先輩は苦い顔になる。

 その時ダメージの浅かったオートマトンが、炎上しながらも猛スピードで突っ込んで来た。


「オ、オイ、あれやべぇんじゃねぇか? こっちに来んぞ!」

「この機械、自壊することを恐れておらん!」

『モードAtoA起動。皆道連レ、皆道連レ』

「どけ!」


 大巳が蛇刀を鞭のように使い、的確にローラー部分を破壊すると、炎上したオートマトンは態勢を崩し、ゴロゴロと転げながら上級レイヴンたちの前で爆発四散する。

 ズドンと爆音が響くと周囲に衝撃が広がる。

 小型爆弾が爆発したような破壊力に、その場にいた全員がひるんだ。

 しかしその爆発の炎は巨大な鬼によって抑え込まれていた。


「礼を言うであるぞ犬神の」


 犬神の式神が盾になって全員を守ってくれたのだ。


「構わん。ケガをしている者が、無理に前に出るな」

「さすがに自爆特攻はシャレになってねぇぞ。っつかちょっと待て、あの機械ヤロウ共どこ行くつもりなんだ?」


 ヤンキー先輩が指さす先に、ショッピングエリアのゲート目指して疾走するオートマトンが見える。


「! まずい、奴らショッピングエリアを出て避難している学生を狙うつもりだ!」


 大巳たちがオートマトンを追いかけようとした時だった。

 疾走していた機体が、突如ボンボンと爆発を起こし黒煙を上げて機能停止していく。

 何が起きたのかと全員が目を見開くと、爆炎の中から白兎を腕に抱いた石人間が走って出てきた。

 彼女が刀を振るうと、オートマトンが勝手に倒れていく。その剣筋は上級レイヴンですら見切ることができず、白銀の線が煌めいたと思った瞬間敵は破壊されている。


「すげぇ……」



「右、次、左」

「アイアイサー↑」


 俺は白兎さんの体を抱きながら、オートマトンたちの群れを駆ける。

 彼女の刀から斬撃波が飛ぶと、分厚い装甲はケーキのようにスパスパ切り裂かれていく。

 ただの基本兵装の刀なのに、白兎さんが使うと伝説と言われる斬鉄剣のような名刀に思えてしまう。


「白兎さん。俺も修行したらそういう斬撃波みたいなの撃てますか?」

「……ん、才能があれば大丈夫」


 じゃあ多分使えねぇわ。

 一瞬で諦めていると不意に近くのスポーツショップの屋根から、オートマトンが跳び下りて来た。

 まずい、ゼロ距離だ!


「ちぃ!!」


 俺は出雲の床を踏みつけると、磁力で鉄床がめくれ上がりオートマトンの攻撃を遮る。

 タタミ返しならぬ鉄板返しである。

 白兎さんは壁代わりの鉄床越しに刺突を放つと、鉄板を貫通してオートマトンを仕留めた。


「その技……いいね」

「わりかし良いコンビなんじゃないですか?」


 というのは自惚れだろうか。

 白兎さんは「ふむ」と考え。


「……小鳥遊、子供は何人ほしい?」

「えっ、男女一人ずつですかね?」


 つい普通に答えてしまったが、なぜ突然理想の家族計画の話になったのだろうか。

 疑問に思いつつも、俺達は残ったオートマトンたちを片付けていく。


「これで全部っぽいですね」


 さすが白兎さん。この程度の敵、赤子の手をひねるかの如くだ。

 築かれたスクラップの山からはプスプスと黒い煙が上る。学長や大巳先輩が頭抱えそうな光景だ。


「ちょ、ちょっと小鳥遊君、白兎先輩復活したの!?」


 輝刃がジャンプで俺たちのすぐ近くまで来ると、白兎さんを見て驚いた声を上げる。


「龍宮寺……ごめんね」


 いろんな意味が含まれた謝罪。


「いえいえ! ご無事でなによりです。っていうかなぜずっと抱かれたままに?」

「ウイルスの影響で、下半身が麻痺しているらしい」

「なにそれ、絶対許せない! 白兎先輩に変な後遺症が残ったらあたし絶対犯人を殺して下半身不随にするわ!」


 殺してから下半身不随とはこれいかに。しかし気持ちはわかる。

 二人意気投合してるところに、雫さんと犬神さんが合流する。


「ユウく~ん、ネット切れって言われたんだけど、よくわかんないから虎子ちゃんに任せてきたよ~」

「それでいいと思う」


 機械工のトップ宗形先輩なら確実だ。


「白兎、体は大丈夫か?」

「うん……ごめんね」

「何を謝る必要がある。お主は被害者じゃろう?」

「うん……それでも、ごめん。傷つけたのは事実だから」

「気にするな。たまたまお前だったというだけじゃ。わっちらもお主に謝らねばならん」

「?」

「私たち、白兎ちゃんが暴走して止められないと思った時、あなたの命を一度諦めたの」

「出雲にこれ以上の被害をだすわけにはいかん。……処理という奴じゃ」

「うん……別に普通だと思う。むしろよく助けてもらえたなって思ってる」

「それはもうユウ君が頑張ってくれたから」


 雫さんは嬉しそうに手を打つ。


「うん、知ってる。少しだけその時のこと覚えてるから。ありがとう小鳥遊」

「いえ、全然そんなお気になさらず」


 俺は超小声で(あの、できれば俺がおっぱいブースターとかやってたことは内密にしていただけると助かります)と伝える。

 白兎さんは目をパチクリさせると「そう」と相変わらずフラットな声で頷く。

 大巳先輩やヤンキー先輩たちも合流すると、皆白兎さんの無事を喜んでくれた。

 どうやらこの騒動も収まりそうだ。

 後はこのウイルスの出所を探って、犯人を捜すことになるな。一体何の目的があってこんなことをしたのか。

 学園艦はテロの対象になりやすく外部国による攻撃、もしくは犯罪組織の無差別攻撃って可能性もある。


「だけど、出雲のセキュリティ暗号キーを軽く抜けてくるとしたら……」


 内部犯……もしくは叢雲のようなスポンサー企業が裏で……。

 なんて黒幕説を考えても今はわからない。


『あーあー、ショッピングエリアにいる上級レイヴンどもに連絡』


 突然校内放送が響く。このぶっきらぼうでやる気なさげな声は宗形先輩だな。


『ウイルスが外に流出するのは阻止した。一応出雲のメインシステム内に侵入して来た奴も全部機械工ウチが駆除した』


 さすが宗形先輩。これで憂いもなくなった。


「良かったわね、これ以上被害が広がらなくて」

「そうだな」


 輝刃たちと喜び合っていると。


『えっとだな……出雲のシステムに入った奴は全部駆除したんだが、一つだけウチのネットワーク外で、駆除が間に合わなかった奴がいてだな』


 歯切れの悪い宗形先輩。この口ぶりからすると、まだウイルスに感染した何かがいるってことだと思うが。


『多分そろそろそっちに行くと思う』

「「「?」」」


 全員が頭に疑問符を浮かべる。すると――


 ズドン!!


 地震のような激しい衝撃。

 突然ショッピングエリアの真下から、人型の機体が姿を現す。

 真っ白い武者甲冑のようなボディをした全長約8メートルほどの対BM用人型アーマーギア月光。

 出雲の格納庫にいたはずのこの機体は、無人のコクピットを開いたまま俺たちの前に立ちふさがる。


「あぁ……コイツね」


 この場にいる全員の顔が引きつった。

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