第23話 白兎暴走Ⅳ

 金属コンテナの前部に作業用の二本のアーム、下部に四本の脚部ローラーをつけた、見ようによっては機械の蜘蛛にも見えるオートマトンたち。

 本来は自律支援機として人間の役に立つロボットだが、ウイルスによって人工知能を汚染されてしまっていた。

 機体はセンサー部を赤く変色させると、作業用アームがコンテナからガトリング砲を取り出す。


『排除開始、排除開始』


 暴走したオートマトンは俺と上級レイヴンたちを分断すると、大巳先輩や犬神さんを足止めする壁役と、俺を追いかける追跡役に分かれたのだ。


「冗談きついって」


 三機のオートマトンに追われた俺は、昏倒する白兎さんをお姫様抱っこしながら、ショッピングエリアの大通りを全力で走る。

 鉱石の鎧を身に纏っているとはいえ、ガトリング砲の掃射には耐え切れない。

 俺は少しでも足止めする為、磁力で両サイドにある店から金属類を引き寄せ、バリケードを作っていく。

 しかしオートマトンはバリケードをガトリング砲で軽々粉砕すると、脚部ローラーを滑らせ俺たちを追って来た。


「くっそ速ぇな!」


 バイクくらいのスピードが出るオートマトンと、鈍足の俺ではあっという間に距離を詰められてしまう。

 勝負することも考えたが、動けない白兎さんを抱えて三対一は無理だ。


『止マリナサイ。止マラナイ場合ハ発砲シマス』


 オートマトンから無機質な警告音声が響く。それと同時にズドドドドとガトリング砲が発砲され、背中を弾丸が掠めていく。


「言ってることとやってることが違うだろ!」


 これだからGアメリア製の人工知能は引き金が軽いんだ。

 多分ウイルスに狂わされて、安全装置がぶっ壊れてるだけだと思うが。


『優先目標ヲ放棄シナサイ』


 優先目標? こいつらやっぱり白兎さんを狙ってるのか。


「嫌に決まってんだろうが、このポンコツ共!」


 俺が叫ぶと明らかに攻撃が激しくなった。どうやらポンコツと言われて怒ったらしい。えらく人間味のあるAIだこと。



◆――


 白兎は頭の中がぼんやりとして、いまいちはっきりしない。

 自分が今寝ているのか起きているのかすら定かではない状態。

 小さな頭痛が走り、頭を振る。


「……ここは」


 周囲を見渡すと綺麗な花が咲き誇っていた。

 だがその花は菊や蘭、ユリなど、どこか物悲しい雰囲気があるものばかりだ。

 更に目の前を流れるのは虹色の川。明らかに普通の世界ではない異なる世界。


「お~い白兎~、白兎や~い」


 しわがれた声が聞こえる。声の方を向くと白い光が集まり、それは慕っていた祖父、御剣十兵衛の形となる。


「白兎~、こっちに来るんじゃ~」


 美しい川の対岸から笑顔で手を振る爺。

 白兎は直感的にあっちに行ったら死ぬなと理解した。


「ちょ、マジ死なんから! ワシの話聞いて! 白兎ちゃん! 白兎ちゃん! 飴あげるから!」


 爺はどう見ても三途の川をサブザブと渡って、白兎の前にやって来る。


「爺?」

「そうじゃ、爺じゃぞ。しかし爺であって爺ではない」

「爺ボケたの?」

「ボケとらんわ! ゴホン、ワシはお主の見ている夢みたいなもんじゃ」

「夢が夢って説明してくれるの?」

「お主の深層心理の中じゃからな。ワシを含めた今いるこの世界は、お主が作り出した虚像。逆を言えば未だお主はワシに甘えとるっちゅーことじゃ」


 そう言うと爺はヤレヤレと残念そうに首を振る。

 わりかし突拍子もない話だが、白兎はぶっ飛んだ話でも爺に言われたことは素直に受け取るタイプだった。


「そんだけムチムチボインな体になっても男の一人もできとらんとわ。いや、この場合根性の無い男の方が悪いか」

「彼氏いるって言ったら?」

「枕元に立って、そ奴を呪い殺す……絶対にじゃ」

「いつもの爺だね……」


 白兎は夢だろうが幻影だろうが、爺と再会できたことが嬉しかった。

 それと同時に彼女の表情が曇る。


「爺……」

「どうしたんじゃ白兎。そんな悲しい顔をして」

「僕は仲間を斬ったみたいなんだ」


 白兎はウイルスに体を乗っ取られ、仲間に剣を向けたことをうっすらと覚えていた。

 何もできず、客観的に友が斬られるところを見ることしかできない。

 まるでタチの悪い悪夢ホラーを見ているようだった。

 暴走した自分を止めに来た学生を、葵を、雫を、小鳥遊をこの手で斬った。

 石人間に様相をかえた小鳥遊が白兎を止め、元凶となっていたヘルムを破壊してからはプツリと外の情報は入って来なくなってしまったが、恐らく今までの出来事は夢なんかではない。

 形は違えど、幼少期魔眼が暴走してクラスメイトを止めてしまった時と似ている。

 あの時は次の日から環境が激変し、それまで普通に接していた友人は化け物を見るような目になっていた。

 あの子に近づくな。

 危険だ。

 転校させて。

 学校に来させないで。

 それは同級生だけでなく教師、父、母までもがそう思い、白兎から一線を引いた。

 当時の完全なる拒絶は今でも忘れられない。

 集団から向けられる拒絶の視線は、魔眼なんかより遙かに恐ろしい。

 そこにいても相手にしなければいないものと同じ。意識の外に外し、見ないようにする。白兎は存在しないものとして進む学校生活。それはやがて彼女の存在を消滅させる。

 白兎の口数が少ないのは元からではない。それだけ沢山の拒絶を受け続ければ、誰だって心を閉ざす。

 いくら剣の腕がたつと言われていても、幼少期の白兎にそれを無視できるだけの精神力が伴っているわけではなかった。果てぬ孤独の淵に落ち、心に深い傷を負った。

 そんな時爺が助けを出し、剣術を教えてくれた。

 だからこそ彼女は壊れずにいることが出来た。


「爺……僕は、また居場所をなくしてしまったかもしれない」


 白兎は人が怖い。

 恐れられるのが怖い。

 拒絶されるのが怖い。

 だから心をフラットに。

 人につかず離れず中庸的な性格を維持しているうちに、それが白兎の本物となった。

 今回の暴走事件に関して白兎に非はない。

 しかし、彼女に襲われたという事実は独り歩きし、やがてあの時の状況が再現されるかもしれない。


 魔眼持ちが暴走した。


 聞くだけで危険な響きがする。

 学園側も何かしら制限をつけるかもしれない。

 チームから外される可能性、いや出雲から降ろされる可能性すらある。

 葵や雫、小鳥遊達、傷つけた全ての人間の目が怖い。

 俯く白兎に爺はふむと頷く。


「ではワシと一生目覚めず夢の中で生きてみるか?」

「えっ?」

「そんな恐ろしい世界に出んでもええ。ワシがずっとお前を守ってやろう」

「……爺」


 拒絶された世界に戻るくらいなら、自分から世界を拒絶して殻にこもってしまえばいい。

 爺はそう言う。

 また自身の存在を消滅させられるくらいなら、いっそここで爺と終わらない夢の中で過ごすのも……。それは甘く停滞した逃避


「じゃが……これを見てから考えるとええ」


 爺はパンっと手を打つと、目の前に小さなモニターが現れる。ブラウン管の超がつくほどの旧型テレビ。

 雑な色味しか出せないモニターに映るのは激しく揺れる外の光景だ。

 自分の体が誰かに抱かれ、機械の蜘蛛から必死に逃げている。

 響いてくるのは銃声。破砕音。ゼェゼェという荒い呼吸。


「小鳥遊……」


 最後に白兎が見た全身に石を身にまとった後輩。剣の雨に身をさらしながらも彼女の体を拘束し、ヘルム破壊を成し遂げた勇気あるチームメイト。

 彼は未だ白兎を守るために体を張り続けていた。

 追って来る機械の蜘蛛に向けて磁力を使ってモノを飛ばしたり、出雲の床板をひっぺがして道を塞いだりと、様々な手を使っているが追いつかれるのは時間の問題だ。


「ほぉようやっとるのぅ。しかしワシの若いころに比べればこの程度のピンチ、日常茶飯事じゃったがの」

「…………」

「いつも影から現れる暗殺者たちを千切っては投げ千切っては投げ、キャー十兵衛様素敵! とそれはもう女子おなごにモテたもんじゃ。カーッカッカッカッカ……。あれ白兎ちゃん、いつもの爺うるさいはないのかのぅ?」

「爺、なんで彼は僕なんかを助けている? 僕なんて放り捨てて逃げた方がいい」


 白兎がそう聞くと爺は大きなため息を吐く。


「はぁ……白兎。お主はそこまで強くなっているのに未だ強さの本質に気づいておらんのか」

「本質?」

「刮目してよく見るんじゃ」


 爺は真剣な目をしてブラウン管を指さす。するとそこには銃撃を背中に浴び、苦悶の声を上げる小鳥遊の姿があった。

 石の鎧の隙間から滴るのは血の雫。苦し気に響く呼吸音。誰が見ても限界。

 もう追いつかれる、白兎は自分なんか捨てて早く逃げろ、そう思った。

 しかしその瞬間、何を思ったのか彼は抱っこしている白兎の胸に顔をうずめた。


『おっぱいブースターオン。ファイア!!』


 小鳥遊は白兎が動けないのを良いことに、おっぱいに顔をすりつけると、そのスケベパワーでぐんぐん加速して機械の蜘蛛を引き離していく。


『うぉー俺は人間機関車だ!!』


「…………」


 沈黙する白兎。爺は変わらず真剣な眼差しで告げる。


「強さとはな…………下心じゃ」

「…………」


 強さの本質が下心と言われて目をパチクリさせる白兎。


「……嘘でしょ」


 というか今回ばかりは嘘と言ってほしい。


「本当じゃ。初代御剣流も女性にモテたい一心で剣を磨いた。当初は御剣ウェーイ流やパリピ流などと呼ばれておったほどじゃ。しかし代を重ねるうちに白兎のような突然変異レベルの剣豪が産まれ、御剣流を陽火一の剣術にのしあげた」

「…………」


 あまり聞きたくない話だった。

 が、現にブラウン管に映る小鳥遊は胸に顔を埋めた後、『当たらん! 当たらん!』と叫びながらガトリング砲を右に左に避けている。


『うひょー爆乳最高!!』


 もう完全に何か怪しい薬をキメているとしか思えない言動だが、事実あり得ないほどのパワーを発揮していた。


「それにしてもあの小僧、動けぬ白兎の体を好きにするとは。あ奴が死んだら説教してやるわ」

「別にいいよ……彼には恩があるし」


 白兎はほんの少し顔を赤らめると自分の豊満な胸に触れる。


「ねぇ爺、こんな僕でも……そういう気分になるものなの?」

「何を言っとるんじゃ、このドスケベボディした孫は」


 見事なまでに発育した白兎の体は、爺の言う通りドスケベボディとしか言いようがなく、出雲を二分するほどの人気があることを本人は知らない。


「でも、僕皆を傷つけて……魔眼も持ってて……女の魅力なんてない……化け物だって言われたこともある……」

「白兎、男と言うのは本当にスケベでバカな生き物なんじゃよ。だからお主が暴走したとか魔眼がどうとかぶっちゃけどうでもええんじゃよ……おっぱいさえあれば」


 爺は慈愛に満ちた眼差しで言う。


「爺、全然いい話じゃない」

「あれ、おかしいのぅ雰囲気でいけるかと思ったんじゃが。カカカカ。それじゃあ少しだけ良いことを言ってやろう。あれだけ自分の命を燃やしてお前を助けようとしている男が、お前のことを嫌うと思うか?」

「…………」

「男と言うのは時に気になる女子の前で命を賭けてカッコつけたいもんなんじゃよ。かくいうワシも婆さんと出会ってから随分スケベ心で強くなったもんじゃ」

「…………」

「下心、言い方をかえればそれも愛情。好きな者の為に限界を超えて強くなる剣、御剣流の極意じゃ」


 白兎の頬が更に赤くなる。それはつまり小鳥遊は自分に下心がある。女として自分を見ているということ。

 もう一度ブラウン管に視線を移すと、小鳥遊の肩を弾丸が貫通し、一瞬白兎の体を落としかける。しかし


『痛く……ない!』


 小鳥遊は歯を食いしばり、絶対に落とすものかと強く白兎の体を抱きしめ走り続ける。


『俺は白兎さん達にフレッフレッ♡ してもらうまで絶対死ねないんだよ!』


 清々しいほどの下心。しかし下心もここまで意地を貫けば信念である。

 かなり頭の悪いセリフなのだが、今までこんなにも力強く誰かに守られたことのない白兎は、産まれて初めて強く異性を意識させられる。

 表情はいつも通りフラット。しかし紅潮した頬が元に戻らない。

 白兎はプツリとブラウン管テレビの電源を切った。


「…………ごめん爺。僕、やっぱり元の世界に戻りたい」


 初めて見る白兎の恥ずかし気な表情に、爺はニッコリとほほ笑む。


「構わんよ。前に進むがええ、白兎よ」

「うん…………行ってくる」


 あまりにも強い、しかしその心はあまりにも繊細な少女はきっと受け入れてもらえる。拒絶されないと確信できた。

 その足取りに迷いはなく、停滞した夢の世界を去る。

 歩き出した白兎は「あっ」と声を上げると、爺に振り返った。


「もしかしたら”早めに”爺に僕の子供見せてあげられるかもしれない」


 孫の言葉に爺は「ん?」と首を傾げ、数秒沈黙して、その意味に気づく。


「ちょっと気が早いんじゃない!? それに冷静に考えたらあ奴はやめておいた方がいいんじゃないか!? 爆乳最高!! とかのたまっとるクズじゃぞ!」


 爺驚きの正論。


「赤ちゃん欲しい」

「白兎、白兎ちゃん!! ダメだよ! そういう母性だけ先行しちゃうのが一番ダメ! 白兎ちゃんのダメな天然の部分でてるよ!」

「大丈夫、ちゃんと見極める」

「ダメダメ! 白兎ちゃんきっと優しくされるとすぐコロッといっちゃう不幸系チョロインだもん! 爺そういうのわかるから!」

「大丈夫だから”爺も早めに成仏してね”」


 そう残して白兎の姿はシュっと音もなく消えた。

 心理世界に残された爺は「あ゛~~」と悲鳴に近い声をあげるが、一応あれでも孫を救った命の恩人である。白兎が多少なりとも惹かれてしまうのも致し方ないことかと諦める。


「誰にも興味をもてん子じゃったが、随分良い顔をできるようになりおった。ワシも婆さんに会いたくなってきおった。ちょっくら婆さんに会ってから”帰る”とするか」


 自称虚像をうたう十兵衛の魂は白い光の粒子となって消えていく。

 その光はようやく心残りがなくなったと言いたげで、ほんの少し寂し気で、ほんの少し嬉し気な優しい光だった。

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