第22話 白兎暴走Ⅲ

 ◇


「オラァ!!」


 ヤンキー先輩は遠距離戦をやめ、バットを握りしめてギリギリの戦いを行っていた。

 額に振り下ろされる刀を金属バットで間一髪はじき返す。


「ハァハァハァハァ……畜生が。くっそ強ぇ。こっちが息上がってるってのに、余裕そうなのもムカつくぜ」


 学ランのヤンキー先輩と対峙するのは、出雲最強の剣豪、強襲機動兵科の御剣白兎。

 ミリタリーヘルムにバニーガールのようなバトルジャケットを纏った少女は、その手に刀を持ち、静かに佇む。

 ヤンキー先輩は学ランを放り捨てると、上半身裸になり、バットからメリケンサックに武器を変える。

 バットでは刀の速度に対応しきれないと悟ったからだ。


「!」


 刀の切っ先が僅かに動くと、次の瞬間メリケンサックと刀が交差し、ガキンと鋭い金属音が響く。一合、二合、鋭い剣線が通るたびに、彼の拳から真っ赤な火花が散る。


「畜生見えねぇ!」


 あまりにも鋭い太刀筋。目で追いきることができない。

 しかしそれでもヤンキー先輩は銀色にブレる刀をメリケンサックで弾いていく。この打ちあいが成功しているのは、彼の野生の勘が人並み以上に優れていたからだろう。

 しかし何度も打ち合ううちに、ヤンキー先輩の体は押され態勢が縮んでいく。

 柳のようにしなやかに揺れたと思えば、竜の牙のような鋭く重い一撃を放ってくる。そして決まってその一撃は急所狙い。


「どらぁっ!!」


 刀をアッパーカットではじき返す。

 一発でも外せば首が飛ぶ。その緊張感と、斬撃の重さでヤンキー先輩は全身汗だくになっていた。

 呼吸は荒く、筋肉には乳酸がたまり、もう数回打ち返せば腕が動かなくなる。浮き出た上腕二頭筋の血管と、赤く染まった筋肉がそう物語っていた。

 だが――


「こいつ……剣筋が雑だな。力も速度もあるが、イマイチ技がノリきってねぇ……」


 遠距離戦になると拳銃に頼るなど不可解な動きを見せる敵。

 不審に思っていると、再び彼女の刀が揺れる。

 いきなり頭を狙った兜割。

 ヤンキー先輩はそれを無理やりはじき返す。


「なんだテメェおちょくってんのか!? そんな安直な攻撃入るわけねぇだろう――が!?」


 もう一度アッパーカットで刀を弾き返した直後、彼の野生の直感が危機、というより死を告げる。今かちあげたはずの刀が、もう自分の脇腹に迫っているのだ。

 急いで飛びのくが、彼の胸からブシュッと血が吹き出し膝をついた。


「くっ、死んでねぇ。助かった」


 今のは確実に致命傷をとられてもおかしくなかった。

 偶然――? そんなバカな、あの御剣がこの好機に仕留めきれないなんて。

 戸惑いを見せるヤンキー先輩の頭上に刀が稲妻のように落ちる。それを渾身の力ではじき返すと、一際巨大な火花が散る。

 奇跡的な反応速度で打ち返すことが出来た。しかしそれもここまで


「クソが! 腕が上がんねぇ!」


 強引に刀を受け止め続けた腕は筋組織が断裂し、内出血で青くにじんでいた。無防備な体に躊躇いなく振るわれる凶刃。



 俺はその間に割って入った。

 

「先輩、かわります!」

「お、おぉサンキュ」


 ヤンキー先輩は刀を受け止めた俺の姿に絶句する。


「ってお前……なんだその格好……」


 驚くのも無理はない。俺の体は磁石の魔法石によって、全身隙間なく鉱石を張り付けた岩石男と化していたからだ。

 見た目は動く石人間としか言いようがなく、顔も全て石で覆い隠されている。

 俺は石の拳を振るうと、白兎さんはヒラりと後ろに飛びずさった。


「お、お前そんな横スクロールアクションのボスみたいなナリで……」

岩石ロックマンと呼んでください。防御力は高いですよ!」

「攻撃が痛いから石張り付けるってバカの考え――」

「腕の上がらん、お主は下がっておれ」


 ヤンキー先輩は犬神さんの式神に引っ張られ後ろへと引っ込む。


「離せわっち女! オイ、後輩負けたら承知しねぇからな!」


 勿論ですとも。

 彼のかわりに雫さんが俺の隣に立つ。


「ユウ君行くわよ」

「うん、お願い!」


 雫さんが印を結ぶと、白兎さんの周囲に雫さんの分身が展開される。

 その数20人。これだけ数が多くなると、複雑なコントロールはできなくなるが、囮としては十分な役割を果たす。


「ユウ君、私は分身をコントロールするのに、ここから動けないけど大丈夫?」

「大丈夫。十分だよ」


 白兎さんとの距離は約15メートル。たったそれだけの距離を詰めるのに全力を尽くさなくてはならない。


「じゃあ……行くわね」


 雫さんが命令を下すと、分身が一斉に白兎さんの元へと駆けていく。

 それを律儀に迎撃するAI白兎さん。

 彼女が斬りつけると分身は全て煙になって消えていく。明らかに本物がどれかわかっていない動き。


「わかるわけないよなAI。お前はセンサーに映ったものを片っ端から迎撃してるだけなんだから」


 俺は分身デコイに紛れて突撃していく。

 三体の雫さんの分身と足並みを揃え、刀を振るう白兎さんに向かって駆ける。

 接近する者を感知したAI白兎さんは、横薙ぎに刀を振るう。

 剣線が一の字に走ると、斬り裂かれた分身は煙となって消え、俺の右腕の岩にも大きな亀裂が入った。

 おかしいな、めちゃくちゃ硬い鉱石を使ってるのに。

 だがこれでよくわかる。このAIは白兎さんの性能を100%引き出せていない。本物なら心眼で俺の位置を割り出し、岩の関節部を狙って腕を切り落とすくらいできたはずだ。

 一撃で俺を倒せなかったことに驚いたのか、AI白兎さんは刀の扱い方をかえる。


「御剣流……剣技……五月雨サミダレ


 技や力を捨てて数に徹した斬撃が全方位から襲い掛かり、俺の全身を纏う岩の鎧をガリガリと削り取っていく。

 これは回避を捨てて防御に全振りしたこの姿では避けようがない。

 纏っていた鉱石に刀の痕が刻まれていく。

 両腕を立ててボクサーガードを行うと、AI白兎さんは貰ったと言わんばかりに俺の脇腹を斬りつける。


「!?」


 しかし彼女の刀は狙ったわき腹から上にそれて、不格好に空振った。

 さぞかし変な感触があったことだろう。


「この石の鎧、外側は鉱石、内側は砂鉄と磁石を固めて作ってるんです。刀が磁力に弾かれてまともに通らなかったでしょ?」

 

 おまけに俺の纏っている鉱石は磁力を帯びている。刀身には砕かれた微細な磁石が砂鉄と共に張り付き、切れ味を落としていた。

 一撃でやられないなら怖さはない。俺は一気に踏みこんで、思いっきり体当たりするようにして、彼女の体を抱きしめた。

 こちらの目的は相手に武器を使わせない超接近戦スーパーインファイト


「さぁAI、これで長物は使えなくなったな」

「!」


 鉱石の下で俺はニヤリと笑みを浮かべる。

 AI白兎さんは刀を地面に放り投げると、バトルジャケットから軍用短刀アーミーナイフを引き抜く。

 普段の彼女からすれば刀を捨てるなんてありえないだろう。

 しかし計算の塊で出来たAIが出した最適解は、武器を切り替えるだ。


「だからこそお前の動きは読みやすい。【磁界レベル1】」


 俺が磁石の魔法石に力を込めると、取り出したナイフは強い磁力に引き寄せられ床に突き刺さる。


「!」

「驚きました? 今俺と白兎さんの周囲に磁界を作りました。強力な磁石の上に立ってると思って下さい。金属、特に軽いものなんかは磁力に引っ張られて下に落ちます」


 賢い選択肢をするが故の判断ミス。

 ナイフと刀は地面に張り付き、今更拾いなおすことなんてできない。


「お前は凡人を軍人レベルに引き上げる知能を持っているが、軍神を扱うには適していない。お前の常識的な演算機能は逆に白兎さんの足を引っ張る」


 もし仮に白兎さんを自由に操ることができるのなら、堅実な戦いで勝利をもぎ取る戦術をとってはいけない。

 彼女の強引で理不尽なまでの剣術の強さで相手を斬り伏せるのが正解。


「…………」

「ウチのお姉様はウイルスお前如きが扱えるレベルじゃねーぞ」

「!」


 俺は声を低くしてヘルムを睨む。

 AI白兎さんは密着する俺より、その後方を見やる。ようやく俺と遊んでいる間に輝刃と犬神さんが術式を完了させていることに気づいたらしい。


「小鳥遊君が白兎先輩を抑え込むなんて、奇跡を通り越して事故ね」

「早くしてやりなんし。あ奴カッコつけてはおるが、磁界の中に磁石を着こんで入っているのじゃ。自分が一番苦しいはずじゃろ」


 そう、実は鉱石が磁界に引っ張られて超苦しいの。


「捨て身の足止めって奴ね。どっちが先に磁界に潰されるか見とくのも面白そうだけど」


 鬼か。確実に俺の方が先に沈むわ。

 輝刃の魔槍は犬神さんの陰陽術で強化され、青い炎を纏う。

 輝刃は【狐火の霊槍】を握りしめ、中空に飛び上がる。竜騎士がフルパワーの力で魔槍を放つには上空からの打ち下ろしになるからだ。

 出雲の天井ギリギリまで飛んだ輝刃は腕と背筋に力を込め、腰が後ろを向くくらい深くねじり白兎さんに向けて霊槍を投擲した。

 青き炎を纏う一撃必殺の槍。俺に抱きしめられたAIに躱す術はない。

 蒼い流星のような軌跡を描いた槍は、見事に白兎さんのヘルムに命中する。

 パキっと音をたてて縦に割れるヘルム。

 それと同時に霊槍は光の粒子となって消えていく。


 ヘルムの破片がカランと音を立てて地面に落ちると、白兎さんの顔が露わになる。

 彼女は意識を失っているようで、瞳を閉じたままグラリとその場に倒れ込んだ。俺はすかさず体を支える。


「ふぅ……なんとかなったか」


 俺の体も緊張から解き放たれ一気に脱力する。白兎さんは呼吸もしているし心臓の鼓動も聞こえる。恐らく命に別状はないだろう。

 あとはこれで無事に目を覚ましてくれることを祈る。

 あのウイルスAIが彼女の脳に悪い後遺症を与えていなければいいが。



「すげぇ、あいつ御剣を止めやがったぞ」

「さすがユウ君、やればできる子!」


 誰もがホッと胸を撫でおろす。大巳教官もなんとかなったみたいだなと安堵の息をついた。

 が、どうにも腑に落ちない。こんな簡単にやれてしまったことが。

 本来は喜ぶべきことなのだが、まだ何か起こりそうなそんな違和感。


『グリムリーパーシステム起動、迎撃プログラム実行、敵性戦力排除開始』


 機械音声と共に大巳教官の後ろでオートマトンがキュインとセンサー音を鳴らす。

 誰もが異変に気付く前に、構えられていた無数のガトリング砲が一斉に火を吹く。

 俺の嫌な予感は当たり、ブオォォォンと轟く銃声と共にいくつもの銃口炎マズルフラッシュが輝く。大量の弾丸が俺の背中に直撃した。

 白兎さんを鎮圧するために用意したオートマトンが、一斉に反旗を翻したのだ。


「ぐぅっ」


 背中の鉱石ヨロイが砕け、俺は膝をつく。

 幸い弾は貫通していない。

 しかし鉱石の鎧を着ているからといって、銃弾を大量に浴びて痛くないわけがなかった。


「なっ!? お前ら何をやってる!?」


 大巳教官は驚きと共に憤るが、オートマトン達は射撃をやめない。

 俺はオートマトンのセンサーが変な色に輝いていることに気づく。


「こいつ、オートマトンにウイルスを送り込みやがったな!」


 俺は真っ二つに割れたヘルムを睨む。

 このAI、ぶっ壊される直前に自分をコピーして手当たり次第にばら撒いたんだ。

 失念していた。こいつの一番厄介なところはBDTブレインデータトランスシステムを介したブレインコントロール能力ではなく、データであるが故の不滅性にある。


「雫さん、艦内のネット全部切って! ウイルスAIが拡散していく!」





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キャラ表作りましたので、そちらもよろしければどうぞ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890453914

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