第2羽 新人レイヴンの受難

第6話 レイヴン見習から、新人レイヴンへ

 ――実技試験から一週間後。

 先週の試験に合格した俺や、その他の合格者は艦内講堂に集められ、学長から合格者講習を受けていた。

 出雲にいる人って教官含め、上に行くほど厳格な武人のような雰囲気が漂うのだが、学長だけは例外らしく、頼りなさ気な中間管理職おじさん的な見た目である。


 講堂に集まった学生たちは早くライセンスをくれと顔に書いているが、様式美のようなものなのでじっくりと話を聞く。

 一時間にも及ぶ学長の話を要約すると、レイヴンになると心技体全てが高いレベルで要求される。しかしそれより大事なことは、信念をもち自分自身に恥じない存在になること。

 まだ下級ライセンスの自分たちに求められるのは現場で役に立つことより、上級レイヴンをよく見習い、どのような役割を担っているかじっくりと観察し理解すること。

 最後にこれからは世界で活躍することになり、他都市型艦のレイヴンたちと協力することもある。出雲所属のレイヴンとして恥ずかしくない活躍をするようにと、話はしめられた。


 講習が終わり、学長は退出する。かわりに別の職員が合格者一人一人にライセンスを手渡していく。

 俺の手には銅色のカードがあり、C級ライセンスと表記されている。

 ようやくレイヴンとして仕事を受けられる切符を手に入れたようなもので、まだまだこれからB級、A級と上位のライセンス取得を目指すことになるだろう。

 ライセンス取得は言わば学年が上がったようなもので、見習いレイヴンがレイヴン一年生になり、次は二年生になる為B級を目指す。

 ちなみに雫さんや大巳教官は既にA級ライセンス持ちの上、それとは別の教導員のライセンスを所持している。改めて雫さんや大巳教官って優秀なんだなと実感する。


「「むっふっふっふ」」


 俺の後ろで気持ちの悪い笑い声が二重に聞こえてくる。一人は猿渡。もう一人は二年かけて、この度ようやくライセンスをとることができた原田はらだ戦国せんごく先輩。一応年上なので先輩と呼んでいる。見た目は猿渡よりひょろく、太い黒縁メガネで、歴史文化を愛する。尚知識は浅い模様。

 二人も先週のうちにライセンス試験を突破して、俺と一緒に講習を受けていた。


「どうした気持ち悪い顔して」

「顔は関係ねぇだろ!」

「顔は関係ないでゴザル!」


 猿渡と戦国先輩の声がハモる。


「いやいや、これが笑わずにいられるかよ。ついにライセンス持ちだぜ」

「Cだしまだまだ駆け出しだけどな。このランクじゃ出来ないことも多い」

「何を言うでゴザルか。これさえあればいろんな国の公共機関やホテルがタダで利用できたりとメリットは大きいでゴザルぞ」

「今までの見学じゃなくて戦力として任務に投入されるわけですから、責任も大きくなりますけどね」

「だいじょぶだいじょぶ。その辺は先輩方がなんとかしてくれんだろ」

「そうか……下級レイヴンは、上級レイヴンとチーム行動なんですよね?」

「そうでゴザル。これからは手があいた先輩についていくのではなく固定のチームができるでゴザルよ」


 出雲のレイヴンは基本チーム制で、三人から六人くらいの編成がされる。

 個人で活動する生徒もいるらしいが、そういった一人でも任務をこなせるエリートは、学園より個人活動許可証が交付される。


「チームって学園が勝手に決めるんでしたっけ?」

「そうそう、成績や兵科、チームのバランスを考慮して任務を行う為の部隊が編成されるでゴザル」

「あぁ、じゃあ一緒のチームになれるといいですね」


 知ってる人と一緒の方が何かとやりやすいだろうし。そう言うと猿渡は露骨に嫌がった。


「えぇ、俺はヤダ。お前弱いしな。もっと強い奴と組んで、楽して任務こなしてぇ。例えば龍宮寺とか龍宮寺とか龍宮寺とか」

「多分でゴザルが、新人同士で組まされることはほとんどなく、Bクラス以上の先輩方のチームに編入されると思うでゴザルよ」

「なるほど、そりゃそうか。でもドキドキしますね誰とチームになるか」

「左様、拙者も昨日は眠れなかったでゴザル」

「そんなオーバーっすよ」


 猿渡がやだなぁというと、戦国先輩は大きく首を振る。


「いやいや猿渡氏、これから行われるチーム編成は、学友ではなく命を預ける仲間を決めるも同義。ともすれば一生一緒やもしれぬ」


 確かにレイヴンはある程度すると、艦を降りて軍属になるものや、所属国のエージェントになるものなど様々で、中にはチームメンバーと共に民間軍事プロバイダーPMCや、掃除屋モンスタースイーパー企業を起ち上げる者も多いと聞く。

 そうなれば本当に一生一緒になることになりそうだ。


「チームって組んだらすぐに任務に投入されるんですかね?」

「話によれば最初のうちは先輩方と寝食を共にすることになり、親睦を深めるらしいでゴザル」

「親睦ですか?」

「チームの世話係として、掃除や洗濯、食事を任されるようでゴザル」


 戦国先輩の話を聞いて猿渡は顔をしかめた。


「えー、ライセンスとったのにそんな雑用みたいなことするんすか? パシリじゃないっすか」

「そう腐る必要はないでゴザル。もしも女性の先輩と一緒になれば合法的にルームメイトになることも可能。公私ともに手取り足取り教えてもらえるでゴザルよ」

「マジっすか!? ごめんな悠悟、オレが雫さんと一緒のチームになったら。その時は義兄さんって呼んでくれていいぜ」

「だからお前は妄想から結婚までが早すぎる」


 俺はチラリと隣を伺うと、そこには金髪ツインテの龍宮寺輝刃の姿があった。

 いつも通りすました顔をしており、取り巻きの女生徒たちと優雅に会話している。

 あいつも雑用するのだろうか? そんな姿、全く想像できないが。

 一瞬メイド服の輝刃が想像に浮かぶ。

 少しだけ彼女がメイドとして先輩に仕えたらどうなるか、シミュレートしてみよう。


「先輩方、お茶の準備が出来ました。こちらへどうぞ」


 ほほ笑む輝刃。

 ……違うな。あいつはこんなおしとやかじゃない。


「先輩方、お茶ぐらい自分で淹れやがってください」


 ほほ笑む輝刃。

 うん、こっちの方があいつに相応しい。

 そんな失礼なことを考えていると、本物の輝刃が俺に対して柔和にほほ笑む。

 俺はあの笑顔が分厚い猫を被っているだけだと知っている。

 まぁ成績から考えて彼女と一緒のチームになることはないだろう。

 そう思っていると、ライセンスを全て配り終えた職員が声を張り上げる。


「これより新チームの発表がある。合格者は講堂の外に出ないように」


 いよいよか。緊張するが内心楽しみだ。


「拙者は誰とでござろうか?」

「オレはどんな可愛い子と一緒なんだろ」


 全員が自分のチームに期待を膨らませていると、講堂の扉がバーンっと開かれ、上級レイヴン、主にBランクAランクの先輩が入って来た。


「山本海はいるか?」

「高山瑞樹さーん」

「深沢卓さんいますか~?」


 どうやら先輩方の方からお出迎えに来てくれたようだ。新人レイヴンは名前を呼ばれて、先輩チームへと加入していく。


「原田戦国君いる~?」

「は、はい! 拙者でゴザル!」


 戦国先輩は呼び出されたチームへと走っていく。

 彼が受け入れられたチームは妖艶な雰囲気の漂う女性オンリーのチームだった。


「うわ、戦国先輩のチーム全員女の人じゃん。当たりかよ!」

「戦国先輩ガッチガチになってるな」

「早く早くオレも呼んでくれ! 猿渡く~ん♡ って」


 猿渡が気持ち悪く声色をかえて体をくねらせるが――


「お゛い゛猿渡! 諜報兵科の猿渡慎吾はいるか!?(野太い声)」

「あれ、なんか耳と目がおかしくなったのかな? ゴリラがオレを呼んでる気がする」

「安心しろ現実だ」


 筋骨隆々な三人の先輩が猿渡を取り囲む。なぜか先輩は皆上半身裸で顔や胸に大きな傷があり、屈強な猛者感が半端ない。


「猿渡、いるならちゃんと返事をしないか!」

「は、はい、すんません」

「なんだ、気合が足りないようだな」

「フハハハ。そうだな、もっと気合いが必要だ。よし今すぐ服を脱いでこれに着替えろ!」


 そう言って先輩が差し出したのは白いフンドシである。

 猿渡の顔からサッと血の気が引く。


「だ、大丈夫であります先輩殿! 猿渡慎吾、気合い満々です!」

「むぅ? そうか? 我輩はこのチームの長兄ちょうけい君島源きみしまげんだ!」

「ちょ、長兄? あ、あの先輩のチームって皆さんで全員でしょうか?」

「フハハハ! そうだ! 皆デスタイガーを素手で倒すほどの猛者揃いだ! 嬉しいだろう!」

「は、はは。それは凄い(白目)」

「今日は歓迎会だ! 我輩らのおごりで好きなだけ飲み食いさせてやろう!」

「フハハハハ! 喜ぶがいい、今日は義兄弟の契りをかわすぞ!」

「我々のことは遠慮なく長兄、兄者、兄ちゃまと呼ぶがいいである!」

「は、はは……ありがとうございます」


 フハハハハ×3と筋肉先輩たちは大笑いする。


「まさか自分が義兄さんと呼ぶ羽目になるとはな。別に呼び方はお兄様でも、にぃや、あにぃ、おぃちゃまでもいいんだぞ」


 俺は義弟となった猿渡の肩をポンと叩く。


「かわってくれ、ゴリラブラザーの一人になりたくない!」

「いいじゃないか12人の兄貴を集めて真のおとこを極める話なんて面白そうだと思うけど」


 12人の義理の兄の中で一人だけ血縁者がいるとかどうだろうか? 物語に深みが出ると思うのだが。


「他人事だと思いやがって!」


 そんなバカな話をしているうちにも、新人レイヴンたちは次々に呼ばれ、残るは俺を含めて3人。その中には輝刃も混じっていた。

 もうそろそろ俺の名前が呼ばれてもよさそうなのだが……。

 俺は残っている先輩の方を見やると、そこにはリーゼントをばっちり決め、爆走天使と書かれた長ランを着こなしたやべぇ先輩しかいないことに気づく。

 それを見て猿渡が俺の肩を叩く。


「良かったな、今度からぶっこみの小鳥遊イーグルって呼んでやるよ」

「待って、あれはレイヴンとしてまずいだろ! 完全にヤンキーじゃないか!」

「まぁヤンキー系番長だな。最初は下っ端だが、徐々になりあがって伝説のヘッド小鳥遊悠悟になる物語を期待してる」

「他人事だと思ってぇ!」


 が、予想に反してヤンキー先輩は別の新人の名前を呼ぶ。


「橋田武夫!」

「ひっ!? 僕ですか!?」

「あぁそうだ。これからテメーは俺様たちの舎弟だ! たっぷり可愛がってやるぜ!」

「た、助けて!」

「ヒャーーッハッハッハッハッハ! 行こうぜピリオドの向こう側まで!」


 残っていた新人は逃げ出したが、ヤンキー先輩はチェーンを放り投げて橋田イケニエを拘束すると、そのままズルズルと引きずっていった。

 悪魔のような笑い声と、橋田の悲鳴が耳に残り「うわぁ……」としか言えなかった。


「チッ、お前じゃなかったのか」

「心の底からホッとした」


 というかチームの先輩に呼ばれて助けを求めるって、どういう状況なんだ。もしかして出雲のレイヴンってちょっとおかしい人が多いのでは?

 そう思っていると、講堂に見知った顔が遅れてやって来た。


「あれは、まさか……」

「小鳥遊く~ん、小鳥遊君と龍宮寺さ~ん」


 最後に入って来た先輩は従妹の雫さんだ。俺がガッツポーズしている横で、猿渡はハンカチを噛みしめていた。

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