第7話 ホワイトフォックス&ブラックラビット
雫さんに呼ばれて彼女の元へと向かうと、隣に輝刃がいることに気づく。
「なぜお前が」
「それはこっちのセリフよ」
「二人とも間違ってないから大丈夫よ。私たちのチームは新人二人編入だから」
雫さんは説明を入れてくれると、俺達に優しくほほ笑んだ。
「一応自己紹介をしておくわね。私は牛若雫。悠悟君の従妹でもあるの。チームのとりまとめは私が行うから困ったことがあったら私に言ってね」
俺は周囲を見渡し、雫さんしかいないことに気づく。
「あの……雫さん、もしかして俺たちのチームって俺と龍宮寺の三人ですか?」
「ううん、違うわ。後二人、正確には後三人なんだけど、任務で遅れてるの」
「そうなんですか」
「多分もう帰って来るんじゃないかしら?」
雫さんの言葉通り、講堂の扉が開き二人の女生徒が入って来る。任務帰りからか、二人は制服ではなく戦闘用の服を纏っていた。
一人は白銀の髪に獣の耳が頭から伸び、側頭部に白狐の面をつけている。
服装は青のミニ丈の巫女装束で、肩が露出しており巫女というより花魁のようにも見える。
目尻に赤い化粧をしており、その瞳は冷淡で色を感じさせない。
もう一人は、褐色の肌に真っ白いレオタードのような
頭はミリタリー用のフルフェイスのヘルムを被り、顔を伺うことはできない。
一見痴女にも見えるが、このスーツは出雲が誇る最新の強化兵装で、これの使用が許可されるのはAランクレイヴンより更に上の教官クラスだけだ。
強力な戦闘力を誇るが、そのあまりにも軽量化を追求しすぎてぴっちりとしたバニーガールのようなスーツは、実力もそうだがよっぽどのスタイルがないと着こなせない。
そう、バニーガール侍は雫さんと並ぶほどの巨乳でスタイルが良かった。
元はGアメリアの
女子レイヴンたちからはすこぶる不評だが、男子レイヴンからは大好評だ。
二人の女子学生のただならぬ雰囲気に、周囲の生徒たちもどよめきを見せている。
「オイ、あれ式鬼の犬神と軍神白兎じゃ……」
「牛若、犬神、白兎……四天王のうち三人集めるって、出雲は戦争でもやるつもりか……?」
異様な雰囲気を纏う二人の美女が俺たちの前に立つ。
二人を一言で表すなら白い狐と黒い兎。
戦いに疎い俺でもわかる。この人たちは強い。隙のない立ち居振る舞い、身に纏うプレッシャーに足が小さく震える。
猿渡の筋肉先輩やヤンキー先輩を見て勘違いしがちだが、これが本物のレイヴン。
特にA級ともなれば、このプレッシャーが普通。
隣を見れば輝刃も同じように脚が小刻みに震えていた。
「この子たちがウチの新人。小鳥遊悠悟君と、龍宮寺輝刃ちゃん」
雫さんが俺たちの紹介をしてくれると、真っ白い雪のような肌に氷のような瞳をした巫女の女性が口を開く。
「わっちは術式掃討兵科、
青巫女の犬神さんは短く言葉を切ると、キセルのようなものを口にくわえる。
切れ長の瞳がこちらをチラリと見やるが、すぐに興味を失ったように視線を戻し、キセルに火をつけた。
うん、多分この人は怒らせると怖い
今度は強化スーツの女性が答える。
「強襲機動兵科、
白兎さんが喋った瞬間氷柱を背中に押し当てられたような、ゾワっとした感覚が全身を駆け巡る。
あっ、この人やばい。喋っただけなのに震えが止まんねぇや。
小刻みに震えていた足が、砕けそうなくらい震え始めた。
これは多分動物の本能的な恐れだ。目の前を猛獣が通りかかったら足がすくんで動けなくなるのと同じで、出会った時点で負けを悟っている。
ダメだ心臓を掴まれてるみたいで、息苦しさすら感じてきた。そう思っていると、雫さんがどこから取り出したのか、ハリセンでパーンっと二人の頭をはたいた。
「葵ちゃん、白兎ちゃん、任務帰りだからって、そんな殺気全開で自己紹介なんかしちゃダメよ。悠君も輝刃ちゃんも怯えちゃってるじゃない」
雫さんは笑顔ながらこめかみに怒筋が浮かんでいる。
「ちょっと試しただけじゃろう」
「雫……怒ると怖い」
二人は頭をおさえる。
「あと白兎ちゃんはそのヘルメットとりましょうね」
さっきまでの動けば殺す。動かなくても殺すといった、眉間に銃口をつきつけられたような空気が一気に霧散する。
白兎さんは強化スーツのヘルムをとると、中からボリュームのある長い髪がふわりと揺れる。
息を飲む整った美しい顔立ち。ヘルメットにレオタードスーツって、変態(×)じゃなくて、凄い装備をしているなと思ったが、中身は犬神さんと同じくクール系美女。
しかし彼女の目は閉じられていて、ヘルムを外した後も開けられることがない。
「白兎ちゃんは目に強い魔力があって無暗に目を開けられないの」
「なるほど」
確か魔眼という、目を見ただけで無差別に術をかけてしまう恐ろしいものがあると聞いたことがある。出雲ではあまり魔眼は聞かず、
「ちなみに瞳を見ちゃうとどうなるの?」
「強い人は精神力で跳ね返しちゃうんだけど、ユウ君みたいな耐性がない人が見ちゃうと多分止まっちゃう」
「どういうこと?」
「体がね、石になったみたいにカチーンっと止まっちゃうの」
「時間停止って奴?」
だとしたら面白くない? リアルだるまさんが転んだである。
「呼吸も心臓も止まっちゃうけどね」
そんな可愛いものじゃなかった。
「……それやばない?」
「うん、死んじゃうわね」
白兎さんが目を開けただけで大量殺人できるとかやばすぎる。
そんなの引き金のいらない銃が目に仕込まれているのと同じだ。
「葵ちゃん、白兎ちゃん、悪いんだけどもう一回詳しく自己紹介してあげてくれる? ユウ君も輝刃ちゃんも緊張してあんまり頭の中に入らなかったみたいだし。と言うか、あなた達初対面なんだからもう少し情報出してあげて」
雫さんがそう言うと、犬神さんはキセルを口から離し、白い煙を吐き出す。
「……出雲では陰陽道と式神を使用しておる。式神とは護符に荒魂を降ろし、使役する術で――」
失礼ながら式神の話より、俺と輝刃の目は彼女の頭についている白い獣耳から離れない。
さっきからピクピクと動いてるので、多分偽物じゃないぞ。
その視線を感じ取った犬神さんは小さく息を吐く。
「…………わっちは狐憑きで、体の中に狐の
彼女が掌を上に向けると青い炎が上がり、その炎が狐のような獣の形になった。
拳を握りしめると、青い炎は霧散する。
「頭の耳はそやつのせいじゃ」
昔、陽火国には霊獣九尾がいると聞いたことがあるが、それと同じなのだろうか?
九尾は国を焼き尽くすほどの恐ろしい力を持っていると聞いたことがある。
それに類するものを体に飼っているのだとしたら、犬神さんの精神力ははかり知れ――
「葵ちゃん興奮すると、お尻から狐の尻尾が出てくるのよ。可愛いでしょ」
「雫は黙っとれ!」
恥ずかしい特徴を簡単にバラしてしまう母のような雫さんに、顔を赤くして怒る犬神さん。どうやら狐の特徴は彼女にとって恥ずかしいことらしい。
「あと大人ぶってキセル使ってるけど、中身はただ煙が出るだけの草なの。そういうところも可愛いでしょ」
ウチの子背伸びして可愛いでしょと言わんばかりの笑顔の雫さん。
「黙りんす! これは煙術という術で使っておるのじゃ! 伊達や酔狂で使っておるわけでない!」
犬神さんも段々言葉が怪しくなってきたな。黙りんすなんて言葉あるのだろうか。
彼女が大声を張り上げると、巫女のスカートを押し上げ、白い狐の尾が見えた。
どうやらあれが興奮すると出てくる尻尾らしい。良い毛並みで正直モフりたい。
「じゃあ白兎ちゃんも新人の子に挨拶して」
来た、強キャラ感半端じゃない軍神と呼ばれた女性。俺も彼女の噂は聞いたことがある。
軍神白兎、鬼神白兎などの名で呼ばれ出雲最強と呼び声が高い人物。
その刀の切れ味は一振りで都市型艦を真っ二つにした、山よりも大きい巨獣の首を刎ねたなどなど。嘘か実かわからない噂が立っている。
そんな武勇伝の多い白兎さんを英雄視する学生は多く、輝刃なんて大スターに会えたかのように目を輝かせていた。
「御剣白兎」
「「……………」」
「…………」
俺と輝刃はじっと言葉の続きを待つ。
「終わり……」
一瞬腰砕けになりかけた。犬神さんが小さく息を吐いて説明を入れてくれる。
「こやつ腕は確かじゃが、物事に興味が薄く、感情表現が下手。というか刀を握らんとポンコツじゃ」
「そ、そうなんですか?」
軍神などと呼ばれているから、もっと恐ろしい人かと思ったが意外とそうでもないらしい。
「おい白兎、あれをやらんでよいのか?」
「あっ……」
白兎さんは犬神さんの言葉で、思い出したかのように俺の前に立った。
この人身長高いな。170を軽く超えてると思う。
あれ? もしかして俺より身長高いのでは?
しかも体の起伏が激しく、とてもグラマラス。内臓入ってるのかと思う細い腰に突き出た胸と尻。恐らく猿渡ならエロ漫画体型とでも言いそうだ。
それがこのボディスーツを着ているせいで余計に引き立ってしまっている。
彼女目が見えていないと思うのだが、ちゃんとスーツの形状を理解しているのだろうか?
「あの……触っても良い?」
「どこでもどうぞ(紳士声)」
何が目的かはわからないが、気がすむまで触り、撫でてほしい。
すると白兎さんは俺の両頬を包むようにして触れると、しばらくペタペタと顔の形を確かめるように触り続けた。
「あんまり雫ちゃんに似てないね」
そうか目を開けられないから、触って形を確かめているのか。
軍神さん大変だな……。
「雫さん。白兎さんって私生活大丈夫なの?」
「大丈夫よ。あの子心眼が凄いから」
何その強キャラが使いそうなスキル。
白兎さんは同じ要領で輝刃の顔もペタペタと触る。
「美人顔だね……」
「あ、ありがとうございます」
輝刃は憧れの白兎さんに触ってもらい、しかも褒められたので恍惚とした表情を浮かべる。
「雫さん、心眼ってそんな凄いの?」
「それはもう凄いわよ。目を開けなくても相手の距離や位置、殺気までわかっちゃう」
「そりゃ凄い」
「悠君、どれだけ凄いか試してみたらどうかしら?」
「試すってどうやって?」
「白兎ちゃんの後ろから抱き付いてみるとか。多分手を伸ばす前に気づかれて、ひねりあげられちゃうと思うけど」
雫さんは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ほほぉ、それは凄い」
ひねりあげられるのは嫌だが、心眼の凄さには興味がある。
雫さんは多分冗談のつもりで言ったのだと思うが、俺はそろりそろりと白兎さんの背後から近づく。
すると輝刃がまたバカなことやってんなと言いたげにジトっとした目でこちらを見てくる。
そんな視線は気にせず、俺は白兎さんの背後から両手をワキワキさせながら抱き付いてみた。
「失礼いたします!」
俺の予想としては、手が触れる瞬間投げ飛ばされ地面に転がされているか、喉元に刀が突きつけられているかのどちらかだと思った。
しかし――
あれ? 難なく後ろから抱きしめられてしまった。
「…………」
白兎さんは全く微動だにしない。
大丈夫? 俺今白兎さんのおっぱい後ろから鷲掴みにしてますよ?
こう、なんかリアクションしていただかないと、僕の罪状が凄い勢いで膨れ上がっていくんですが。
周囲の学生は羨むというより戦慄しており、血の雨が降るぞ! と叫びながら逃げ出す学生もいる。
どこまでも沈み込むおっぱいをぷにゅんぷにゅんしているのだが、他の学生たちを見て手を離すに離せなくなってきた。
手を離した瞬間、俺の首は胴体とおさらばして地面に転がっている。そんなわりかしリアルな未来が見える。
段々この柔らかな果実が、爆弾に見えてきた。
「あんたは何やってんのよ!」
俺は輝刃のドロップキックを食らってゴロゴロと床を転がる。
「違うんや聞いてくれ!」
「とうとう正体を現したな、この変態石マニアが」
誰が変態石マニアだ。
輝刃はゴミを見る目で、シュシュッとシャドーボクシングで威嚇する。
「違う! 白兎さんの心眼がどれくらい凄いのか試そうと思ったんだ!」
「心眼~?」
俺はかくかくしかじかでと、白兎さんの心眼を伝える。
「ならなんでそのまま抱き付けたのよ」
「俺が聞きたい」
俺たちは白兎さんを見やる。
逆に白兎さんは小首を傾げていた。
「……なんで胸を触ったの?」
「いや、男の子はやっぱり女性の胸にあこがれを抱くものではないでしょうか……」
「そう……なの?」
白兎さんはよくわからんと言いたげに、自身の胸をたゆんたゆんさせて見せる。
俺の視線は胸に合わせて上下に移動する。
「こんな奴投げ飛ばしちゃえばいいんですよ!」
「怪我したら可哀想」
酷いことしちゃダメだよと、ズレた正論と共に小首を傾げる白兎さん。
あかん、この軍神感情の起伏がなさすぎる。なにされても感情がフラットの状態から動かない。
ある意味軍神と呼ばれるに相応しい変わったお方。
そうなると今度はどこまで許してくれるのか気になって来るな。おっぱいOKってことは次は……。
そんな邪なことを考えていると、輝刃に思いっきり足を踏まれた。
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